9.神眼vs勇者②
アランボルグの能力は未だ使えていた。つまりはアランボルグに上乗せして、もう一つの能力を使えるということだろう。アクトの言葉が正しければだが。しかしそれもどちらにせよ、見れば分かる。
「人器解放!」
その一言と同時にアクトが消える。いや、正確に言うなら無限加速を持つ俺をしても速いと思わせる速度で動いている。
「何かと思えば、単純な身体強化か!」
「おうよ!だが、一番やりにけえだろ!」
そう言って槍を突き出してくる。それを防ぐが、重い。パワーも相当上がっている。速度だけの強化じゃなさそうだ。
次々と放たれる攻撃を俺は全て剣で受け流し、隙を探す。この程度の攻撃も防げなきゃ、英雄剣術など手に入らない。
「無銘流奥義三ノ型『王壁』」
だからこそ守りに入る。目はもう信用ならない。信じるのは気配、そして己の経験から求め出される勘。
「らっ!」
相手の声と同時には放たれる槍を完璧に受け流しながら接近する。まるでダンスを踊るかのように流れる動作で、アクトが離れるより先に。
「『絶剣』」
今度は回復できないような斬り方をさせてもらおう。治すのが大変だからやりたくはなかったのだが、アクトが俺の想定よりも強過ぎた。俺は首へと刃を振るう。
「まだだ!」
アクトは俺の剣を右腕で防ぐ。自分の利き手を残して右腕を失うという覚悟で、俺に勝つために。アクトは右腕を失いながらも後ろに下がる。今のはそこにあるものとして、完全に切断した。つまりは元々何もなかったものとなるように斬ったのだ。そこに回復魔法は効かない。
「おいジン。これくっつくんだよな。」
「ああ。エースに頼んで治す武器を借りる必要はあるが。」
「……クラウスターに頼むぜ。あいつに貸し借りを作りたくねえ。」
そう言って左手で槍を構える。片腕を失えば、単純計算でパワーは半分に落ちる。恐らく俺の方が力が上となるだろう。
「まだ、戦うのか?」
「いいや、それはこっちの台詞だ。俺が勝つ。」
勝算がまだあると。なら、隠し球があるはずだ。猫騙しのような一回しか効かないようなものが。
「そのための、槍だ。」
左手で槍を持ちながら走る。時間が経てば経つほど、俺は速度を増す。だからこそ既にその動きは見えている。俺よりは速いが、それはそこまで大きな差ではない。更に言うなら片腕を失い、パワーも落ちている。普通にやれば俺が勝てる。しかし俺は油断できずにいた。
「『能力制御解除』」
そしてそれは正しかったわけだ。アクトは有り得ないほどのスピードで加速する。まるで炉心。槍から無限とも思うほどのエネルギーが生まれ、それを乱雑にアクトの体へ纏わせている。
一つ問題があるとするなら、それをアクト自身が制御できていないということ。しかしこの一撃で決めれるなら、それは些細な問題に過ぎない。
「穿て!『超過起動人槍』ッ!!」
何も考えずに剣を構える。考えたらその瞬間に穿たれる。そんな刹那の時間。本能的に、正確に言うなら俺が今まで戦った何千、何億もの経験が無意識に体を動かした。
「『守護之英雄』」
『何かを守るための戦いであること』
条件は満たした。これは、俺の想いを乗せた戦いであると同時にシルフェとの約束を守るための戦いなのだから。
「『絶対防御』ッ!!!」
最強の防壁。三代目勇者である勇者が、億を超える軍勢をたった一人で防ぐことを実現した障壁。薄い緑色の半透明な盾を持ち、その槍を正面から受けようと構える。
そして、最強の矛と盾が衝突する。アクトの体は少しずつボロボロになっていく。しかしそれとと同時に俺の盾にもヒビが入る。
一瞬か、それとも数秒か。どちらにせよあまり時間はかからずしてその結果は出た。
「はああああああっ!!!!!!」
真正面から最強の盾を最強の矛が貫いた。三代目勇者が持っていた盾を俺が持っていなかった。それが俺の敗因だ。しかしの槍の威力は確実に落ちている。そして、俺だけの剣を抜く。
「『絶剣』」
盾が壊れた瞬間。俺に届くまでのほんの僅かなラグ。その瞬間に俺の刃が走る。斬るのは槍が持つエネルギー。ここまで弱めてやっと、俺が斬れる領域まで落ちてくれる。
「……」
その槍ごと力を失い、アクトは倒れた。俺も反動で身体中から血が流れる。俺も十分大怪我だが、アクトはより酷い。片腕を失い、身体中からの出血、全身の骨折と見るからに痛々しい。ここまでしてまで、アクトは俺に勝ちたかったのだ。そしてその槍にそれだけの誇りと自信を持っていた。そして、それに恥じぬ強さだった。
『決着!』
そして決着の声があがる。俺は振り向き、出入り口の方へ歩く。辛いが、耐えれる程度。ここで倒れるのは、死ぬ気で戦ったアクトに失礼だ。
「……危なかった。」
もしも、もしもだ。現実には有り得なかった話ではあるが、もしも。アクトがもっと槍が上手ければ片腕を失うこともなく、もっと強い一撃を俺に撃てていただろう。アクトが魔法の扱いにもっと長けていたなら、エネルギーを有効活用して俺も防げないほどのパワーを出せていただろう。もしも俺が、前世の経験がなければ最後の一撃に反応すらできなかっただろう。
全ては可能性の話。結果として俺がここに立っている。それが事実だ。しかし、そのどれかを満たしていれば立っていたのは俺ではなくアクトの方だった。それぐらいにアクトは強かった。




