6.英雄剣術
魂の中。俺の部屋。そこには壁一面を本棚が埋め尽くし、部屋の真ん中には円状の小さい机と椅子。その上にはティーセットが置いてあった。俺はその椅子を左手で引いて適当に座る。魂の中でも、いや魂の中だからこそ未だに俺の右腕はないのだ。ポットから紅茶をカップに注いでいく。それは二人分だ。
「私の分も用意してくれたのね。」
壁の中からすり抜けるようにして少女が現れる。小学生ほどの身長だ。白いボロボロの布を纏ったような、服とも言えない姿のまま俺の向かいに座る。さっきまで椅子はなかったんだがな。
「よく来てくれたな。」
「あなた、楽しそうにしてたから。」
「……そうかい。」
俺の目の前に座る少女。なんとなく分かっている。この少女こそが、英雄剣術そのものであると。
「最強の剣術って、なんだと思う?」
「そりゃまた急な……そうだな。無駄がないことか?」
「それも、多分一つの真理だと思う。だけどそれじゃあ届かない。」
届かない?どこに?
「私はね、一人じゃない剣術だと思うの。ううん、剣術だけじゃない。武術全てにそれが当てはまる。いくら技術を高めても、その戦いに全てを賭ける覚悟がなければいざという時に押し負ける。それだけ必死というのは力になる。」
「俺はいつだって必死だぜ?」
「いいえ、あなたのは必死じゃない。命を捨てる覚悟と、何が何でも生き残る覚悟は違う。」
「……どう考えても前者の方が強いだろ。何も失うものがないやつと、何か失うものがあるやつ。絶対に全てを捨てた覚悟の方が強いはずだ。」
少なくとも俺は今までそう考えてずっと生きてきた。
「じゃあ破壊神を倒したら、死んでもいいの?」
言葉に詰まる。今までの俺なら、間違いなくそうだと言えただろう。しかし今の俺は、どこかに心残りがある。なにか死ねない理由があるような。
「自分が死んだら、自分が死ぬよりもっと嫌なことになる。それを知っている人間は、世界で一番強いと私は知っている。あなたが死ぬこと自体よりも、死んで起こることが怖い。そう思っているからこそ、直ぐに答えられなかった。」
「……俺が、か?」
死んで、その先のことが怖い。今まで考えたこともなかった。一瞬一瞬だけを気にして生きてきたはずだ。その俺が、死の先を恐れていると?
「行こうよ、ジン。私とあなたはずっと一緒だった。初めて剣を握った時から。」
少女は立ち上がり、ドアの方へと歩き、ドアの前で止まる。
「あなたは何のために破壊神を殺すの?復讐のため?憎しみの果て?」
「いや、ちげえな。」
これは断言できた。俺は破壊神が嫌いだ。自分の父親を殺した人間を嫌わずにいられる人がいるだろうか。俺は破壊神を絶対に殺す。しかしそれは復讐ではない。憎しみではない。復讐や憎しみに身を任せるのは確かに気持ちの良いことだ。さぞかし楽しいのだろう。しかし、そこで人生は終わってくれないのだ。だからこそ、その先を見なくてはならない。自分らしく生きれるのが、結局どれなのか。自分が一番楽しい生き方はどれなのか。
「父の誇りと、想いに賭けて。そして何より英雄らしく、友を、世界を守るためだ。」
「なら、分かるでしょう?」
俺は紅茶を飲み干して立ち上がる。
「左手だけでもあなたは戦えるはず。あなたには守りたいと思える幸福を見つけられたのだから。だから私も力を貸す。」
ああ、違いない。友人と他愛のない話をしてゆっくりする。それ以上に楽しいことがあるだろうか。もうこれさえ終われば、俺の戦いは終わる。もうこれほど苛烈な日常を送ることはないだろう。だから。
「その時まで、必死に生きればいい。」
「おうよ。」
ドアの前に立ち、開ける。
「行くぞ。勇者サマに世界を救う助けをしてもらわなくちゃな!」
聖剣の中へと、俺は向かった。
ジンの目的が世界最強から、スローライフするにシフトチェンジされました。




