5.戦え
今までに、十人の勇者がいた。その中で最も強い勇者を挙げるならば、二人の勇者が残る。
一人目は初代勇者にして、グレゼリオン王国の初代国王たる建国者。ピースフル・フォン・グレゼリオン。勇者の中で唯一の神代を生きた勇者。神から二つの神器を賜り、たった一人で人間以外の全種族を従え、魔王を倒して神代を終わらせた男。一千万を越える魔物の軍勢を一人で倒した話は、あまりにも有名である。
もう一人は二代目勇者。新たな魔王の出現の中鍛冶王と三人の仲間を引き連れ、四柱の神獣を従えた。二振りの聖剣を手に魔王を撃ち滅ぼした勇者。初代勇者の情報はあまり残っていないが、二代目勇者の戦い方は今でもはっきりと残っている。
「遅い。」
シルフェードが動こうとするのに対して手に持つ剣をヴァザグレイが投げる。それを弾くがその頃には懐に既にいる。
「がっ!」
掌底がシルフェードの体に突き刺さり、吹き飛ぶ。そして弾かれた剣が落ちてくるのをしっかりと掴み構えなした。
勤勉之徳を得るほどの圧倒的な戦闘経験。どんな防御をしようと、攻撃をしようとその全てが既に攻略し終えたものに過ぎない。だからこそ、相手の知らない戦い方を出せるかが最初の条件。
「立て。」
「言われなくても!」
シルフェードは駆ける。既に回復魔法によって傷はない。そして迷いなく斬りかかる。それを防がれるが、次々と連続で攻撃を放つ。ヴァザグレイはそれを防ぎながら後退していく。
「甘い。」
打ち合いの最中。ヴァザグレイの剣が大きくなり、大剣の形となり振るわれる。剣を吹き飛ばしてそのままシルフェードの体を大きく斬る。
「まだ、です。」
しかしその傷は即座に回復して攻撃という動作によって隙を晒したヴァザグレイに剣を振るおうとするが、短剣でそれをいなされ首に剣が突き刺さる。
「だから甘いんだ。」
そう言って首から短剣を抜き、ヴァザグレイはシルフェードを蹴飛ばす。その剣の長さは元の大きさに戻っていた。
「もう分かっているだろう。この剣は使用者の思うままに形を変えれる。大剣にも、短剣にも、この世界に存在しないはずの剣でも。」
その状況によって剣の長さを変えたり、形を変えたりすることによって隙を作らせない。
「まあこの力なんておまけに過ぎない。けど、君相手ならこれで十分だ。単純に技量がまだ足りない。恐らく未だにその剣術は剣王クラス。隣に世界最高峰のお手本がいるというのに、勿体無いね。」
シルフェードは立ち上がり、構える。技量は圧倒的に上。しかも手加減されてこれだ。悔しくないわけがない。
「徹底的に君の剣術を鍛えてやろう。君を短期間で急成長させる。」
言葉はいらなかった。ただシルフェードが何も言わずに剣を振るったのが答えであった。
数時間が経過した。しかし未だにヴァザグレイはそこに立っている。
「どうした。疲れているのか?」
シルフェードはもう汗だらけで疲労の色が見えるのに対して、ヴァザグレイは余裕の表情を浮かべている。
「回復魔法で肉体の疲労はどうせないだろう?なら、精神だ。この程度で音を上げるな。今代の勇者であれば、この程度なら鼻歌まじりに終わらせるぞ。まだ魔力も闘気も残っているだろう。」
普通ではない。数時間経過する訓練が当たり前だと断じ、そもそも魔力と闘気がなくなるまでやるのが当然であると。気絶してやっと鍛錬の終わりが見えると言うのだ
「戦え。」
これが勤勉之徳の所持者。自分の生涯を、自己研鑽のみに捧げた者達の姿。戦いは続く。
時間感覚は狂い、ただもう我武者羅に武器を振るう。魔力も闘気もとうに尽き、その体には傷が目立つようになる頃。
しかしその剣技は少しずつ冴え渡り、より効率的に、より速く、より鋭くなっていく。目の前の対象を打ち砕くために。
「……見事。」
そして決着がつく。初めて、シルフェードの攻撃が当たった。ヴァザグレイの体に大きく斬られた跡が残る。シルフェードはプツリと糸が切れたようにして、その場に倒れる。
「戦闘開始からおよそ一日と半日。約三十六時間。よく戦い抜いた。」
ヴァザグレイはしゃがみ込み、剣をシルフェードの前に置く。
「君の剣は俺が手を抜いていたとはいえ、伝説に届いた。誇るといい。並の人間では俺に傷をつけることすらできないのだから。」
ヴァザグレイの体から光の球が現れ、天に登っていく。それはヴァザグレイの魂の一部。そもそも聖剣の中にいなければいけないはずの存在が、これほどの長期間外にいるなど無理があったのだ。彼は再び聖剣に戻る。
「この剣は君のものだ。聖剣も、俺もそれを認めた。そしてこの剣の銘を教えておこう。」
消えゆく中、ヴァザグレイは言う。
「いいかい。一度しか言わないからよく聞きな。この剣の名は――
というわけでこれでこの話は終わり。この次がジンの話です。




