3.二つの城にて
王城、とある一室。椅子に座り優雅に紅茶を飲む男と、無表情で死にそうな顔をして顔をして横に立つ男が一人。
「どうした、やけにつまらなそうではないか。」
椅子に座る男はエース。言わずと知れたグレゼリオンが皇太子。
「……私めに執事の真似事は過ぎたことかと。」
「フハハ、いや、なに、様になっておるぞ。」
エースは声を震わせながら笑う。その死にそうな顔をしながら執事服を着た男、フィーノが溜め息を大きく吐く。
「この短期間で詰め込んだ甲斐があったではないか。」
「ええ、まあ。」
「なんだその不満げな顔は。」
「いえ、文句はありませんとも。殿下のお陰で私は武闘祭への出場も叶い、更に稽古もつけてもらえたのですから。」
「ククク、その代わりに随分と趣味の悪い首輪をつけることとなったみたいだがな。」
フィーノの首には黒い無骨な首輪がついている。それは奴隷の首輪と呼ばれるようなもの。強制的に命令をきかせる拘束具のようなものだ。流石に国家を揺るがす犯罪者を無罪放免は有り得ない。だからこそ永遠にその命を国家に捧げることになるわけだが。
「それこそ、お怪我はもう大丈夫なのですか?海に落ちたらしいですが。」
「エルが甲斐甲斐しく世話をしてくれたからな。あやつの泣き顔など随分久しぶりに見たわ。それだけで怪我をした価値があった。」
「……そうですか。」
何で自分は惚気話を聞かされているのだろう、とフィーノは思った。しかしそれに逆らえないのがフィーノの立場でもあるのだ。
「しかし、まあ、完治には至らんかったがな。」
やれやれという風にエースがポツリと溢す。そう言いながらエースは軽く腹をさする。そこには服に隠れて見えてはいないが、そこには大きな傷がいくつも残っていた。
「高魔力欠損、でしたっけ?」
「そうだ。強過ぎる魔力がぶつかり続けることによって、回復魔法が効かなくなってしまう。その魔力が自然分解されるまで待つしかないわけだ。」
しかしアレだけの激闘でそれだけで済むのだから殆ど無傷のようなものである。まあそれを言ってしまうのならば七十二柱の悪魔を全滅させたディザストに至ってはもう完治しているのだが。それを言ってしまえば意味がないというものだろう。
「しかし、それはどうでもよかろう。貴様如きにこの我の心配をするなどあまりにも早い。自分のことだけを貴様は心配すれば良い。」
「……そう言って、私に負けたらとてつもなくダサいですね。」
「フ、フハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!い、いや待て!なんだその下らん洒落は!ク、ククク!!!我を笑い死にさせるつもりか!」
フィーノは少し拳に力が籠るのを感じながらも、なんだか虚しくなって手を開けた。
「本当に倒しますからね。いいですね。」
「ま、待て!もう良い!呼吸ができなくて死ぬ!」
その日はそのまま笑い声が当分響いていたらしい。
そして、また所変わって別の国。修羅の国とも呼ばれる場所。オルゼイ帝国が皇城。
「どうしたの、シンヤ。あなたがわざわざ出向くようなものを見つけたの?」
「いや、別に。単純に私用だよ。数週間開ける。」
廊下にて七大騎士であるシンヤ・カンザキと、ティナラート・オルゼイが相対する。
「聞いてないわよ。休みを取るにしても前から申請しないと。」
「申請したら、休ませてくれたのかい?」
「……それもそうね。我が国が誇る七大騎士団筆頭騎士団長様なんだから、休みなんてあるわけないじゃない。」
「はは、相変わらず厳しいね。」
そう言いながらシンヤは近くにある窓を割る。
「なっ!」
「俺はやりたい事をやって生きるとは決めたけど、何をやりたいかは決まってなかったんだ。だから夢想技能が手に入らなかった。だから破壊神に負けた。」
風が皇城の中に入る。冷たい風だ。
「だから、やりたい事を探す旅に出るよ。仕事は全部任せた!ついでにここの窓の修繕もよろしくね!」
そう言いながら自分が割った窓から飛び立つ。ティナラートは唖然としながらそれを見送ることしか出来なかった。そしてそれから数秒後に頭の中の整理が終わり、言葉を発する。
「シンヤァァァ!!!!!」
皇女は絶叫し、悲痛な顔をしていた。これからティナラートは七大騎士唯一の常識人として苦しむこととなるのだが、それはまた別の話。
ここまでがプロローグ。ここからが七章の本題。




