18.精霊王
魔力が満ちる中、シルフェードがジンへと回復魔法をかけ、失っていた意識を取り戻す。
「ジンさん!大丈夫ですか!」
「……シルフェ?」
ジンは何が起こっているのか分からないように辺りを見渡す。そして地面に広がる魔法陣と、空に浮かぶ司祭服の男、そしてシンヤを見る。
「……すまねえ。負けちまった。」
「いえ、いいですよ。この状況でジンさんを責める人はいません。それよりもこれからです。」
「ああ。この魔法陣、デカラビアだろ?あいつは何をしようとしてんだ。」
ジンはアクスドラを呼ぶ前、オセを倒す時。二回にわたって悪魔を調べたことがある。その中でも奇怪だったからよく覚えていた。魔法陣という形の生物。何をする魔法陣なのかは不明。何も喋ることもなく、力も持たず、役立たずの悪魔。だが妙なことがあるのだ。だがそれは生きている。つまり殺せる。しかしあの魔法陣は死んでいない。あの魔界において生き残れるほどの何かがある。
「分からない。だけど、どうせろくでもないよ。」
「まあ……だろうな。」
ジンは聖剣を再び出し、構える。
「シンヤ、アレを落とせないのか?」
「多重に展開された結界が張っている。更に言えばしかもいくつもの設置型魔法があるから、近付いたら引っかかってかなりのダメージを負いかねない。できないわけではないが、発動にはまず間違いなく間に合わない。」
ジンは拳を深く握りしめる。自分が何もできないという悔しさと、自分が弱いという自己嫌悪がそこには籠もっていた。
「ジン!絶剣じゃあ斬れねえのか!」
「あいつに当たったところでどうしようもねえ。ちょっと血が出る程度だ。割に合わない。」
絶剣は、ありとあらゆることを可能とする。しかしそれに見合う代償を体で払わなくてはならない。あの結界の量でジンが剣を振るってしまっては間違いなく無事では済まない。
「じゃあ、何もできねえのかよ!」
アクトのあまりにも悲痛な声。それはここにいる全員の声を代弁していた。
「……来る。」
シンヤのその言葉に全員が空を見た。魔法陣から闇が漏れ出る。そしてそれは空で集まり、形を成していく。
「あれ、は……」
この王都にいる全員が、恐怖した。それは根源的な恐怖。人であるが故に逃れられぬ恐怖。つまりそれは人の天敵に他ならない。生態系の頂点に君臨するはずの人の。
それは人の形を取っていた。白い髪と白い目。色素が抜け落ちたように白い肌。美しい一人の男のように、それは見えた。
「おお、主よ!」
男が飛んでいく。シンヤ達は動かなかった。動けなかった。圧倒的強者である敵を相手に足が竦んだのだ。
「ああ、主よ!」
無表情でただ無機質に、司祭の男を人のようなものが見る。
「これで」
感激のあまりに泣き出しそうな顔で司祭の男は、人のようなものを相手に崇めるような動作をする。
「やっと」
辺りに更に魔力が集まる。人々の中で唯一、シンヤがいち早く復帰して人を守るために体を大きな魔物へ変えようとする。誰にも止められない。何かが始まろうとしている。それだけは全員が理解していた。
「お前を、殺せる。」
「え?」
耳がよいシンヤだからこそしっかりと聞けた。だからこそ動きを止めた。人のような何かと司祭の男を包むように一、十、百以上の魔法陣が瞬時に展開される。
「この時のためだ。破壊神。」
破壊神と呼ばれる存在は何も感じていないかのように、開かれた魔法陣を少し見た後に、男に視点を戻した。
「知らないとは言わせないぞ。あの時、お前をこの手で封印したその時から。」
司祭の男の体が変形する。顔の形が変わり、大きく髪が伸び、精霊のように実体を失って魔力生命体へとなる。
「私はお前を殺すために生きてきたのだ。」
それは、間違いなく。
「我が名は、アルメルス。『精霊王』アルメルス・リカオン。」
それはあの四人が倒したはずの、狂気に呑まれたはずの精霊王。いなかったはずの精霊王。
「だから、あの時……」
シンヤは思い出していた。精霊界でのことを。精霊王だったからこそ偽りの精霊王を滅ぼせたのだ。
「お前を、神界へと案内しよう。破壊神であるお前はありとあらゆるこの世界の現象で殺すのはほぼ不可能。だが神界であればお前を殺せる違う神が存在する。」
神界とは神が集まる場所。神の住処。本来、人が立ち寄れぬ場所。
「この魔法を作るのに、千年かかった。そしてこのために、もう千年悪として生きて苦しめられた。」
精霊王は大きく息を吐き、そして魔力を流す。
「我が命を捧げた魔法を喰らうがいい!」
魔法陣は大きな光をあげた。
やめて!破壊神の特殊能力で、頑張って作った魔法陣も壊されたら、破壊神に殺されて精霊王の精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで精霊王!あんたが今ここで倒れたら、誰がこんなややこしい状況を説明してくれるの?まだ戦いは続いてる。ここを耐えれば、破壊神に勝てるんだから!
次回、『精霊王死す』。ライフスタンバイ!




