17.勇者であるから
月の元で一人の男が地に伏し、それを見下すようにもう一人の男が立っていた。
「確かに、私には人の実力を見定める力はないのやもしれない。」
地に伏すのは勇者。人々の希望。それが、沈んでいる。
「しかし自分より弱いか強いかぐらいなら容易に分かる。そう、無論お前の方が弱かったのだ。」
王都を覆う勇者の結界は徐々に消え失せ、人々の顔は絶望に染まる。さっきまでは希望に満ちていたその顔が一人残らず絶望に染まっていった。
「さあ、勇者よ。その命を散らせ。」
男はその手に氷の刃を握り、倒れ込む勇者に氷を振り下ろした。しかしそれは届くことはなく、腕を掴まれ妨げられる。ジン・アルカッセルは運命に味方されている。最初にグラド・ヴィオーガーに拾われ、シルフェード・フォン・ファルクラムに出会い、エース・フォン・グレゼリオンという目標を見つけた。その人の縁は、一つたりとて無駄にはならない。
「世界の勇者に、何をしているのかな?」
その手には何も持たない。己が肉体が最高の武器であるが故に、必要としない。『魔王』と呼ばれる存在であるからこそ、魔物を己の肉体とし、戦いとするのだ。
「『魔王』シンヤ・カンザキ……!」
「勇者はたった一人の、世界を救う希望だ。まだやらせない。」
「ここで今私にやられる存在に何の価値があるというのだ。」
確かに、ここでやられた勇者に人々は失望しただろう。そんな勇者に将来を見出せないのは自然のことであろう。しかし、シンヤは知っている。ジン・アルカッセルという人間の可能性を。ジン・アルカッセルの進む道を。
「いいか。君も民衆もよく聞け!」
シンヤは声を張り出して言う。自信満々に、それが決定事項であるかのように。
「ジンは、十代目勇者はオルゼイ帝国最強の矛であるこの俺を絶対に越える!」
その言葉に信憑性はない。越えると言われたその男は敗北し、越えるはずの人間に守られているのだから。でも――
「人々のために、自分だけなら逃げられたというのに。動けなくなるまで戦ったこの勇者には何がある?」
それが他ならぬオルゼイ帝国最強の男が言うからこそ信憑性が出てくるというもの。
「俺が確約しよう!勇者は間違いなく勇気ある存在であると!勇者は間違いなく人々を救う存在であると!勇者は間違いなくこの世界を救うと!」
そして睨む。
「しかしまだその時じゃない。だからその時まで、俺達は勇者を守ろう。」
シンヤの後ろから二人が飛び出す。
「オラっ!」
「はあっ!」
シルフェードと、アクト。他ならぬジンの親友。二人が振るう剣と槍を見て司祭の男は後ろに下がって避ける。
「すまねえな、うちのジンが迷惑かけてよ。」
「いや、これは恩返しなんだよ。俺はジンからかえがたいものを貰った。」
ここにいるのは少なからずジンから何かを貰った人達だけ。ジンに大なり小なり、救われているのだ。
「さて、流石にこの戦力差を覆すのは厳しいんじゃないかい?」
「ふ、フハハハハハハ!!!」
突如男が狂気的に笑い始める。
「……何がおかしい。」
「いや、おかしいのではない。やっとこの時が来たと、歓喜の笑みを浮かべているのだ。」
ここ一帯に魔法陣が広がる。赤黒い魔力が立ち上り、地面を震わせる。
「これは魔法陣……いや違う!」
「七十二柱の悪魔序列第六十九位デカラビア。」
その魔法陣だと思ったものは普通に使う魔法陣とは明らかに違うと分かる。五芒星が大きく刻まれた魔法陣。
「戦闘能力はない。何もできはしない。たった一つのことを除いて。」
膨大な魔力が五芒星の魔法陣に満ちる。
「世界樹から奪った魔力はこのために……!」
その顔は喜びの表情ではなく、何かを憎むような憎悪の表情があった。
「終末を、世界が呼んでいる。」
静かに形を成す。
「破壊神を呼び出せ!!」
始まりの終末が、この世に。




