9.林檎
「おーい!」
頭上から元気な声が響く。エルの声だ。
「世界樹の林檎見つけたよ!」
「案外簡単に見つかるのな。」
エルの言葉に感想を一人ごちる。もっと世界樹の林檎とかいう大事なものなんだから手に入れるのは難しいもんだと思っていたのだが、案外そうでもないのかもしれない。
「ここに来れるだけで一財産築けそうだな。」
「夢のないこと言いますね。」
世界樹の林檎ってのは食うだけで活力に満ちる。エクリサーより強力な天然の回復アイテム。万病に効き、寿命を伸ばすと言われいるだけあって世界中から需要が絶えない。まあといっても取り尽くせないほどあるもんじゃないし、ここまで来れるほど力のある奴だったらもう金に困っていない。
「シル!上手くキャッチして!」
「え、ちょ、ちょっと待てください!」
エルは木の枝から飛び降り、一気に降りてくる。シルフェはそれに慌てながらもしっかりキャッチしようと動く。
「うっ。重い。」
「やだなあ。女の子に重いは失礼じゃないの?」
「重力がかかれば誰だって重くなりますよ。キャッチできるだけ私が高レベルで助かりましたね。」
そうやってシルフェはエルを地面に下ろす。
「それより見てコレ!人数分取ってきた!」
「これが世界樹の林檎ですか。」
エルの手には四つの金色の林檎。日本で見たら金のペンキでも塗ったのか、と言われるだろうがここは生憎異世界。すんなり受け入れられる。だがまあ林檎か。
「ありがたいが、俺はいらん。」
「え、どうして?」
「甘味はあんまり好きじゃないんだ。」
「ええ、こんなに美味しいのに……」
「ジンさんは一度決めたら曲げませんから。余った一個は自分で食べるなりなんなりしていいと思いますけど。」
「うーん。じゃあエースに渡しとくよ。」
そっちの方が受け取らん気がするけど。そう言ってポケットの中に林檎を仕舞う。おうおう、よく入るな。
「アクトー!林檎食べないのー?」
手をぶんぶん振りながらエルがアクトへ呼びかけるが、無念かな、アクトは今熟睡中だ。
「あ、そうだ。やってみたいことがあったんだ。」
そう言ってエルはアクトに近付き林檎をアクトの頭の上に置く。そして距離を離し、背中の弓を取り出す。構えるとそこに矢が現れ、それを掴んで狙いを定める。
「頭の上の林檎を射るのか。まあベタだな。」
「だけど誰もやってくれないんだよね。なんでだろ。」
「そこら辺の人じゃ、外したらそのまま即死ですよ。受けるわけないじゃないですか。」
まあよくよく考えなくてもそうだよな。元より弓矢とは殺しの武器。動物であれ、人であれ、殺すための武器であるのには違いない。
「まあ外さない自信はあるからね。安心して欲しいけど。」
「おう外すなよ。まあ最悪シルフェがいるから大丈夫だけど――
「へくちっ!」
え?
「え?」
あ、やばい心の声が漏れ出た。くしゃみを直前でしてしまったエルの矢は絶妙に角度がずれて、少し下の方へ飛ぶ。そしてそれは寸分違わずアクトの眉間へ――
「アクトォォォォォ!!!!!」
間違いなく急所ですありがとうございます。俺は迷いなくアクトの側へより眉間へ刺さった矢を抜く。
「アクト!大丈夫か!」
「ああ、なんか死んだ親父が見える……あれ、顔なんて知らねえはずなんだけど……」
「アクトォォォォォ!!!!!」
そんな茶番を無視して、シルフェは傷を癒す。油断してたからかなり深く刺さっている、低レベルだったら即死だった。
「生まれて、初めて矢が突き刺さって起きたぜ。」
「あ、頭の上の林檎、あげるよ?」
「なんてことしてんだよテメエ!」
「ご、ごめんって!」
そう言ってエルは一目散に世界樹を登り、逃げた。
「あんの野郎……!」
「まあまあ落ち着け。無事だったから良かっただろ。」
「良かったじゃねえよ!眉間に矢が刺さったんだぞ!冷静でいられるか!」
そう言ってアクトの眼が白く染まる。千里眼でエルを探そうとしてるのだろう。
「あ?」
「ん、どうした?」
「戻るぞ。」
「戻るって、まだ時間あるだろ。それまでならまだ別の場所を……ああ。何があった?」
アクトの冷静な顔を見て気付いた。何かあったのだろう、と。
「エル!お前なら見えんだろ!宿泊所の方向だ!」
「アクトさん。一体何があったんですか?」
アクトは槍を持ち、走り始める。
「場所は宿泊所!腐るほど悪魔が来てるぜ!」
「悪魔ですか!?一体何故……」
「知らん!だが考えるのは後だ!教師がいてもあの数はキツい!」
エルもそれぐらいで世界樹から降りてくる。その顔はやはり緊迫している。
「急がなきゃ!」
「おい待て。エースはいないのか?」
有り得ない数の悪魔ぐらいならエース一人で片付けられる筈だ。エースにはそれぐらいの戦闘能力と殲滅力がある。
「分からない。だけど、まだ悪魔がいるってことはエースはまだ動いていない。」
「そうかよ。行くぞシルフェ。取り敢えずは見て見なきゃわかんねえ。」
俺達は一目散に宿泊所へと走り始めた。




