7.修学旅行二日目
朝日が今日も昇る。俺はその日を眺めながらなんとなくと木刀を振っていた。いつも通り、完璧な一撃を目指して。目標は全ての一撃を絶剣へと昇華させること。今はまだ意識せねば発動には至らない。完璧な一撃を常たる一撃とする。それが目標。
「……ジンさん。今日も早いですね。」
シルフェが欠伸をしながらそう言う。さっき起きたばかりなのかシルフェらしくもなく、服装は少し乱れて髪も整っていない。
「女の子なんだから身嗜みぐらいしっかりしたらどうなんだ。」
「私は貴族の娘として最低限気をつけているだけですからね。」
「そういうのって気になるもんじゃないのか?」
俺は前世、親戚の娘がそうだったのを覚えている。休みの日でもきっちりしている子だった。
「人によるんじゃないんですかね。それに私は直ぐ終わりますから。」
そう言ってシルフェは指を弾く。すると服は制服に変わり、髪も整った。
「これは父が作ってくれたものなんです。指定した服装や、状態に体を変化させてくれるものですね。汚れも落とせるので便利ですよ。」
シルフェが俺に見せたのは立方体の手で握れるほどの大きさのもの。黒く、一見ただの積み木にと見えるもの。恐らくその中にいくつもの術式を刻んでいるのだろう。
「流石賢神の称号を持つだけあるな。魔道具作りにおいても一流なわけだ。」
「公爵家の当主が必要な技術とは思えませんがね。」
「それを言ってしまえばお前が持つ技術もいらねえってことになるだろ。」
特に家事なんて貴族らしくないスキルを元々持ってるわけなんだから。
「まあ、それもそうなんですが。ああ、それと今日は世界樹へと行く予定ですが構いませんか?」
「世界樹か。いいぜ、問題ない。面白そうだし。」
世界樹とはデルタ大陸の数少ない安全地帯の一つであり、世界最大の木。濃密な魔力で数千年単位で育ったその木には神聖属性が付与されており、魔物が近付くことができない。そしてその木から生まれる林檎は人の寿命を十年伸ばすとか伸ばさないとか。
「それでは、今日の朝食は学園側が用意するそうなので、それを食べたら行きましょう。」
「おうよ。あ、いやまて。一つ質問がある。」
ちょっと疑問には思っていたのだ。
「ベルゴ先生はどこにいるんだ?昨日は見当たらなかったんだが。」
「そうなんですか?私は知りませんね。もしかしたら来ていないのかもしれません。後で聞いてみましょう。」
「ありがとよ。」
なんか、嫌な予感がするんだよな。
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「よし!行くぞ!」
アクトが先陣を切りそう言う。世界樹の場所はデルタ大陸の最北部にある。俺達は北東部辺りにいるから少し移動する必要があるのだ。まあ常人なら少しじゃ済まない距離だが、俺達なら数時間で走れば着く距離だろう。
「魔物との戦闘は極力避けるようにお願いしますね。」
「おうよ。俺の知覚を掻い潜れるやつなんていねえんだから。」
アクトが先頭を行く理由としては、アクトの眼は危険察知に優れているのだ。アクトは万能なのだが、斥候的な能力は特に優れている。偵察向きなのだ。
「そういや、この修学旅行の意義ってなんなんだ?」
「意義、ですか。」
「ああ。初日はここに来ることに時間を使って、二日目はこんな感じで自由行動。まあ昼飯と夜飯は現地調達なわけだが。デルタ大陸まで来る必要はあるのか?」
結局戦闘学部の生徒。特に二学期以降まで残る生徒は強くなるという大きな意思をもっているもんだ。正直に言ってデルタ大陸ぐらいの過酷さなら日常的なもんだと思っている。
「だから、お遊びですよ。楽しむ為に来ているんです。ジンさんじゃないんですから多少の息抜きは必要なんですよ。」
あ、そうか。そりゃあ地球の方でも修学旅行に大した意義はねえわな。まあそりゃあそうだ。
「それだったらもう少し楽しそうな場所があるだろうに。」
「この学園、一応教育学校ですから。騎士や科学者とか、専門の人間を育成するための機関なんです。そんな公費を使ってまで行うところが、堂々と遊ぶなんて出来ないんですよ。」
「ま、そういうもんか。」
日本みたいに義務教育もないこの世界において学園とかに入るのは任意。一般的には税金の無駄遣いだと思われかねないわけだ。だからこの世界は学校が少ないんだろうけど。
「そういえば、ジンはエースが何してるか知ってる?」
「エースぅ?」
ふとエルがそう聞いてくる。エースか。用事があるとは言っていたが聞いてもいないし、知ろうとも思えない。だから気にはしなかったが。
「そういうのはアクトに聞いた方が早いと思うんだが。なあ、アクト。」
「すまねえ。その話は後でもいいか?」
アクトの眼で見てもらおうと聞いた時、アクトがそう返す。そして気付く。
「逃げるぞ!俺らは魔力が高いから目をつけられた!」
「エルっ!俺の背に乗れ!お前じゃ遅過ぎる!」
「う、うん!」
ゆったり話してる場合じゃなかったか!
「最悪ジンさんが全員を引きずって逃げてください!ジンさんがこの中で一番速い!」
「ああ分かってら!目標地は世界樹でいいな!」
「ええ!あそこは数少ない安全地帯ですから!」
そろそろ視界に入った。エルを背に乗せ、地面を蹴る。そしてその存在を確認する為にチラッと後ろを見た。
「なんで王種がッ!」
王種。魔物の中でも特に優れた王の名を冠す魔物。その危険度は10を超える厄災級。竜王、狼王、精王、鳥王、岩王、虫王、死王。その王種の中でも最速。絶滅の嵐とも呼ばれる存在。
「鳥王!」
その赤く染まった毛は返り血のように思え、その巨大過ぎる体は太陽すら覆い隠す。嘴は赤黒く染まり、青い目がこちらを睨んでいるように見えた。意志持つ厄災が、俺達の目の前に現れたのだ。




