6.月と酒
宵闇の中、ジン達以外の生徒もデルタ大陸に着く頃。一人の男が月を見ていた。場所はデルタ大陸のとある山頂。ここを登るまでは様々な魔物や天候、気温で苦しめられる。しかしこの山の頂上に来ると急に魔物も消え、魔力も薄くなることからデルタ大陸の数少ない安全区域とされていた。
「よう。」
そしてその近くにもう一人の男が。その右手には木刀を、左手には酒瓶を持って。
「何の用だ。」
「そりゃあこっちの台詞だ。わざわざこんなところに何でお前がいるんだ?」
男、ジンが酒瓶を置き、もう一人の男、エースの隣に座る。ジンは酒瓶の蓋を外し、腰の皮袋から二つの器を出す。
「一つ用事をこなしてな。暇であったから月を見ているだけよ。」
「そうか。俺はお前と話をしに来たんだ。」
ジンはその器に酒を注ぐ。そして酒瓶を置く。ジンも月を見上げた。
「お前、王様になりたいんだよな。」
「なりたいのではない。なるのだ。決定事項であり、それがこの我が生きる意味なのだ。」
「そうかい。」
ジンは酒を飲む。中々強い酒なのか、ほんの少しだけしか飲まずに器を下に置く。
「それがどうかしたか?」
「ああ、いや、別に大した事じゃない。いや性格と合わねえなと。」
「別に間違っておるまい。この我が全人類より優れているからこそ王にならねばならぬのだ。」
「王ってのは民の為にあるもんじゃねえのか?民の要望を聞き、それを助けるなんてお前らしくねえと思っただけだよ。」
「フッ。何をと思えばたわけたことを。」
エースも少し酒を飲む。その量はジンより多く、一気に半分ほど飲み干した。
「王の為の民だ。逆は有り得ぬ。」
「それはまた、随分と。」
「貴様とて分かっているはずだ。異界であってもそれは変わらんだろう。必ず国には先導者が必要なのだ。必ず代表者が必要であり、そのシステムが急に消失したら国政は回らん。結局代表を務める人物がいなくては集団とは成り立たないものだ。」
「まあ、確かにな。」
権力の大きさは違えど、国にはリーダーが必ず存在する。国王、大統領、総理大臣。必ずトップの何かが必要なのだ。
「そして、この我はあまりにも不出来な人間共に恩恵を与えようとしているだけだ。この我が不愉快に思うものを淘汰し、愉快だと思うものだけを残す。我がそれをするのに最も国王が都合が良いだけよ。」
「……やっぱおかしいぜ、それ。それはお前がこの国が好きだという前提があって成り立つもんだ。お前はどれだけ人を馬鹿にしてもその個人の可能性を閉ざす事はしない。突き放すだけだ。」
「……フハハハハハハ。まあ、よい。興がのった。これから話すことは酒によってうっかり出てしまった言葉だ。一度しか語らぬし、それを追求することは許さん。」
「おうよ。」
ジンは今度は一気に残りを飲み干す。そして再び酒を注いだ。
「この我は遠い昔、人というものに失望した。あまりにも我より劣る存在が、あまりにも劣悪な思考で争っていた。無論、美しい人は一部存在した。しかしそれはまた一部。いくら美しい宝石であっても泥沼の中では輝きを失ってしまうものだ。」
それは必然であったのだろう。あまりにも完璧な人は、他者の事を理解できないのだ。
「しかし、それは違った。エルが教えてくれたのだ。」
しかし他者の事が分かる人が隣にいるなら、それはあまり欠点にもならぬのかもしれない。
「人とは全てが原石であり、泥など存在しないのだ。その磨き方を間違える事もあれば、個体によって美しさは違っても、それは全てが宝石である。その例えに則るなら、貴様はあまりにも普通であるが、完璧に磨きあげられた宝石よ。」
宝石は例え濁っても、宝石であることは変わりない。
「醜くてもそれは我らと同じである。なんならそもそも善悪感情など、人が勝手に決めたものに過ぎん。だからこそ、それらを愛すと決めたのだ。一つでも美しい宝石に出会う為に。」
そう言ってエースは立ち上がった。そして金色の光がエースの体を包む。
「さて、そろそろ我はここを立ち去ろう。」
その光はまるで金色の翼のように形を成す。
「ジン・アルカッセル。我は貴様に期待している。」
そう言ってエースは空へ去っていった。飛んでいった後ろには金色の光がまるで道のように続いている。
「……期待してる、ねえ。」
ジンは酒瓶に直接口をつけ、残り全てを飲み干した。
この小説を書いてから1年が過ぎました。感慨深いものがあります。ちなみにエースの話はそんなにメインじゃありません。




