3.修学旅行開始
修学旅行は早朝から始まる。ちょうど12時、日が変わる頃。生徒達が集まっていた。久しぶりに一年生が集まったが、既に百人ほどまで数が減っている。様々な出来事で逃げ出した奴もいれば、単純に能力が足らずに叩き落とされた奴もいる。どちらにせよここに残っているのは、日々の鍛錬を欠かさず、自分の能力をひたすらに高めてきた奴らだけだ。……エースを除いてだけどな。
生徒達がもう今直ぐにでもデルタ大陸へ行かんとしている中、一人の教師が校舎の中から出てきた。学園長じゃないのか。こういうのって最高責任者がやるもんだと思ったんだが。
「これより修学旅行を開始する!法律に反しない限り何をやっても構わん!デルタ大陸に辿り着け!期限は明日の朝、日が昇るまで!」
生徒達は既に走り始めた。転移門に向かうものもいれば、自分の空間魔法でそのまま向かう奴もいる。だが誰にせよ簡単に辿り着くことはできないだろう。厳密に言うなら付近までに来るのは簡単だが、そこから先がまあ厄介。魔力が濃密で、天候も直ぐ変わり、魔法の発動も困難。そこにいるだけで吐き気をもよおし、場合によっては死ぬ。そんな劣悪な環境を乗り越える必要があるのだ。
「開始せよ!」
そして修学旅行が始まった。しかし、俺達は動かない。アクト、シルフェ、エル、エース、俺の五人はそんなに切羽詰まっていないのだ。
「どうした?行かんのか?」
そう教師が尋ねる。しかしエースを意図的に視界に入れていない。心配していないというのもあるし、口を開けば罵倒してくるエースは怖いのだろう。
「別の行き方があるからな。」
余裕があるのだ。一日もあれば絶対に到着するという確信もある。
「貴様らは四人で行くのか。」
「うん。エースと行ったら早すぎてつまらないでしょ?」
そう答えたのはエル。まあエースなら一瞬で到着するだろうな。
「なら先に待っておくぞ。それに、気になることもある。精々がんばるがよい愚民共よ。」
エースはその手に鍵を持ち、天にかざす。そうすると光り輝く扉が形成され、扉が開く。
「ああ、ジン。常に余裕は残しておけ。今回の旅に限ってはな。」
「あ?どういう――
俺が聞くより早くエースはその扉を潜り、そしてその扉は閉まって光となって消える。一体なんだったんだ。
「ジンさん、早く行きますよ。」
「ああ、すまん。」
俺は魔力を高める。俺が持つ中で最高の移動手段。それは悪魔竜。即ち、序列第七十三位の番外個体である俺の相棒。
「来い、アクスドラ。」
俺の契約悪魔である。
「クハハハハハハハ!久方ぶりに外の空気を吸ったな!」
大き過ぎる声が響く。空気は吹き荒れ、その場に魔力が満ちる。以前はできなかった悪魔召喚。それをレベル8にまでなってようやくできるようになったのだ。
「分かってると思うが、デルタ大陸へ行くぞ。明日までに着けばどれだけ遅くても構わん。」
「クハハハハハ!任せるといい!バティンほどとは言えんが、我輩は悪魔の中でも速い部類なのでな!」
教師はあんぐりと口を開けている。まあこんな生徒普通はあんまりいないよな。俺達は竜の背中に乗る。それと同時にシルフェが風除けの結界を張った。アクスドラの速度で空を飛んだら俺達は吹き飛んじまうからな。
「それじゃあ行け!」
アクスドラは翼を広げ、空へ羽ばたく。どんどん空へ向かい、直ぐに雲を抜けた。
「大丈夫だと思うが、息苦しくはねえよな。」
一応、急激に高度を上げると高山病の可能性もなくはない。まあそんなやわな体してないだろうけど。
「そりゃ僕以外全員レベル8でしょ?僕自身もレベル5なんだから大丈夫でしょ。というかこの程度で音を上げるような生徒はもう残ってないだろうからね。」
「まあ、そうでしょうね。」
今考えれば俺達も随分強くなったものだ。一年前は遥か遠い道だったはずの場所に近付けている。最高レベル、レベル10へと。
「ここから先は、デルタ大陸付近までは比較的暇だろうぜ。近くに行ったら魔物がわんさかいるだろうけどな。」
「ああ、視える。」
アクトはその白い右眼で何か遠くを見るようにして言った。千里眼か。相変わらず何でもできるな。
「だけど、あの程度なら正直言って敵じゃねえぜ。まあ大陸内となりゃ、ちょっと話は別になるけどな。」
「……ということは、危険度9以上の魔物がいるんですね?」
「ああ。大陸に何体も。危険度10も数匹いる。」
「さすがデルタ大陸だな。」
その濃密な魔力の溜まり場から魔物が大きく進化してるいる。過酷過ぎる環境に適応するために、何度も何度も進化を重ねているのだ。そこから魔王ができたことも多い。だがデルタ大陸の最深部なら兎も角、端の方ならまだ弱い魔物が多い。それでも危険度5とか6がゴロゴロいるからな。
ちなみに魔王などは危険度で表されない。単純に危険度10以上の強力な魔物は厄災級と呼ばれる。厄災級クラスの魔物は魔王と呼ばれることはないものの、その時代のレベル10が集まって戦うレベル。まあ言わば七十二柱級の力があるわけだ。
俺とアクトがオセを倒せたのは『究極の罪状』と相性が良かったのもあるが、オセが本気でなかったというのが大きい。アクトをずっと舐め腐っており、最後の瞬間だけ本気を出した。文献によるとオセはそこにあるものを全て利用する物量戦が得意らしい。元々一体一は得意ではなかったのだ。まあだから俺達が本気を出した他の厄災級に勝つというのは無理だ。それどころか危険度10に勝てるかすら怪しい。
そして知性を持ち、数多の魔物を従える文字通り魔物の王。それを魔王と呼ぶわけだ。そもそも知性ある魔物は魔族と呼ばれ、そこらの魔物と違う。ダンジョンでは魔族は現れないし、この世界に存在する純正の魔物から進化した個体。それが魔族であり、その中で一際強いのが魔王ということだ。頭がいいからこそ人類は幾度も苦戦し、何度も争ってきた。最近では一部の魔族が人類と共存していると聞くし、別に悪い奴ってわけじゃないと思うがな。
「おし、アクト。アクスドラの背は広いんだ。模擬戦でもやるか?夏休みの時はレベル差があってできなかったろ。」
「よしきた!まあ落ちないように互いに手加減はするけどよ。」
強力過ぎる魔法や攻撃は禁止。じゃないと落ちる。俺は飛行魔法使えないし。
「よっ!がんばれ!」
「私達の方に攻撃が来ないようにしてくださいね。」
おし、やるか。




