2.修学旅行があるらしい
「修学旅行だと?」
「はい。」
俺は木刀を振りながらそう言う。直ぐそばにはシルフェがいて、もう慣れた様子でこっちを見ている。
「そんな学校っぽいイベントあったのか。」
「ええ。そりゃあ学校ですからね。」
「一学期だけで半分はいなくなったのに?」
「厳しい学校なんですよ。」
ダンジョン攻略、対人訓練、座学、その他戦いに必要な色んなこと。それらが一定水準に達していると判断された時のみ、俺たちはこの学園に通うことができる。俺たちとかは結構余裕そうに見えるかもしれないが、俺以外の二人は稀代の天才。俺は自分で言うのもなんだが、そこら辺の奴の何倍も努力している。今更この程度のハードさで挫けるほど柔な鍛え方はしていない。
「んで、何やるの?」
今度はその場での素振りから踏み込みを入れたしっかりとした振りをする。目の前に仮想の敵がいることをイメージして。
「この大陸を離れます。」
「え?国外旅行?」
俺は思わず素振りを止める。まあこの木刀修行用の木刀だから、重いしで持ってるだけでトレーニングになる。この世界には五つの大陸がある。その中でもここ、大陸丸々をグレゼリオンが支配しているグレゼリオン大陸は一番小さい。
そしてここから離れるとなるとその他四つとなるわけだが。俺の出身にしてシンヤが所属するオルゼイ帝国があるグラスパーナ大陸。人間以外の種族が数多く存在するトリニティ大陸。悪人や、行く場所を失ったものが辿りつく場所、国が存在しないシルード大陸。そして人が住めないほど濃い魔力が渦巻き、それによって様々な自然災害が起こり続けるデルタ大陸。
「ええ、そうです。それに私達は戦闘学部。もちろんデルタ大陸ですよ。」
「ふるい落とすなあ。」
行ったことはない。だが父さんは不用意に行くものでもないし、行く意味もない場所と言っていた。ただ危険だということは周知の事実であろう。
「で、移動手段は?あそこらへんは魔力が濃すぎて相当強力な魔道具じゃなきゃ起動しねえんだろ。水路にしても空路にしてもなかなか大変だろうけど――
「いえ、現地集合です。行き方は指定されていません。」
「は?」
「嘘じゃないですからね。」
え、いや、え?
「修学旅行初日の予定は、一日でありとあらゆる手段を用いてデルタ大陸へ到着することです。それ以外はありません。到着できなければ退学ですね。」
「待て待て待て。デルタ大陸はグレゼリオン大陸のちょうど裏側だぞ!?いくら何でも遠過ぎる!」
この学園から最も遠い場所なのだ。そこに各自で行けと。貴族なら兎も角、一般人じゃ転移門を使うのもかなり金がかかる。しかも最寄りの転移門からでも周辺の魔物に気をつけてながら、進まなくてはならない。しかも船も飛行船も出ない。
「おや、自信がないんですか?」
「いや、俺は問題ねえだろうけど、他の学生はどうすんだよ。」
無限加速ならばその程度の距離は軽い。なんなら別の手段もあるし。
「だからこそ第一の試練というわけです。それに二十四時間全力でやれば切り抜けられるぐらいには他の生徒も鍛えられています。つまり必要なのは根気というわけですね。」
「……確か他のやつらの平均レベルは5か6ぐらいか。」
んー、まあギリギリ行けんのかな。まあ別に他の奴が退学になろうが俺には関係ないんだが、まあ、うん。ぶっちゃけて言うならまあ気にしてやった方がいいのかなっていう憐みの感情に近い。可哀想、が適切だな。こういうところから俺の思考の意地汚さが見え透けてくる。
「そんなことより、です。折角の修学旅行ですよ!」
「お前やけに楽しそうだな。」
「当たり前ですよ。デルタ大陸は環境こそ厳しいものの美しい景色がたくさんあるそうです。二日目は自由らしいですから色々見に行きませんか?」
「景色、景色なあ。」
最近俺は景色を楽しむという感情が芽生えてきた。というのも以前より切羽詰まってなくて、余裕があるからだ。前までは違うことに頭がいっぱいだったからな。
「……それもいいかもな。」
「それならみんなで行きましょう!アクトさんと、エルさんと、あとは殿下……」
「やめとけ。」
「……そうですね。口に出して直ぐ違うなと思いました。」
どうせエースは『貴様如きが我を誘うだと?図が高いわ!出直してこい!』とか言うだろ。あいつにとって人から誘われるってのも、何か言われるってのも許せないんだよ。傲慢だから。
「ああ、そうだ。みんなで行くならちょうどいい。俺に全員を連れて行けるあてがある。それで行かないか?」
「ええ、別に構いませんが。」
が?
「正直言ってジンさんにそんな他者との繋がりがあるように感じないのですが……」
「舐め腐ってんじゃねえよオイ。」
いや、まあ、事実ないのだが。
転売ヤー死すべしそうすべし。転売するなら標準価格より安くしなさい。




