1.天才が故に
新章開幕。この章で大きく物語が動きます(予定)
王城内にある訓練場付近。一人の少年と一人の騎士が立っていた。少年はあどけない端正な顔立ちをしていながら、その顔は妙に悲しそうで。黒き服装に身を包んだ騎士はその隣で無感情に立っていた。
「なあ、ディザスト。」
「はい。なんでしょうか。」
少年は空を見て、手を伸ばし、そして手を閉じた。そして口を開く。
「なんで、俺はこんなに強いんだろう。」
騎士は押し黙ることしかできなかった。それ程までに物悲しく、そして残酷だった。
話をしよう。グレゼリオン王国第72代国王カルテ・フォン・グレゼリオンが第一子。『神に愛された子』として生まれた一人の男の話だ。
当時、あまり子供ができなかった国王と王妃の間に生まれた待望の第一子。その子は、光と共に生まれ出た。比喩でもなんでもない、生まれながらにしてその子は光と共に溢れ出るように生まれてきたのだ。
その逸話は留まるところを知らない。曰く、最初からレベル10で生まれてきたと。曰く、誰も扱えなかった王国宝物庫の神器を容易く使いこなしたと。曰く、5歳にして最高位の悪魔と契約したと。曰く、初めて剣を握った時に『剣王』のスキルを手に入れたと。もちろん他にもあるが、一旦ここで割愛しよう。
重要なのはその全てが彼の才能によるものだということ。彼は天才だともてはやされた。このグレゼリオン王国の長い歴史の中で、紛れもなく賢王に至る器だと。事実、その期待を裏切らず完璧に成長していった。
否、完璧に成長し過ぎた。
君達が立つという感覚を無意識に理解して行うように、思考するという行動をなんの違和感もなく行えるように。彼はなんでも完璧にできた。だからこそ、理解できなかった。できない人間がいることを。
君達が立ち方を人に説明できないように彼もできない人間へ説明できなかった。それどころかできないという事実すらも信じることができなかった。
それでも、彼は努力した。彼は王を目指していた。国民と共に苦しみも喜びも分かち合える王を目指していた。父のように、別に大それたことができなくても大衆から慕われる王へとなりたかった。だからこそ分からないことを必死にその優秀過ぎる頭で考えたのだ。
「なんで、人は、こんなに・・・」
そして、理解できなかった。弱者の心が分からぬ為政者は、為政者足り得ない。弱者をまとめ上げ、その先導となるのが王なれば、強者でありながら弱者の心が分からなくてはならない。故にこそ、成長していく度に罪なき少年の悪評が広がった。
『そんなこと、できるわけないじゃないですか!』
「・・・違う。」
『なんで、こんな簡単に、俺より強く・・・」
「違う。」
『お言葉ですが、みんなが殿下のようにできるわけではないのですよ。』
「違う!」
『お前は、人の心が分からない。』
「違う違う!」
何度叫んでもその思いは一部にしか理解されず、自分と他人の差異が分からない王子は、他人を見下すような心無き王子として名を広げた。本人の意図とは別に。
「なあ、ディザスト。」
「はい、殿下。」
少年は振り返り、歩く。
「違うって、言ってくれよ。」
その目には、涙が浮かんでいた。
ジンは全てが分からなかったから、全てを理解できるように頑張った。だが、天才は全てが分かったから、一つだけ分からなかった。




