25.復讐者
私の魔力は刻一刻と減り続ける。このまま持久戦に持ち込めば、恐らくミゴが勝利するだろう。しかし、憤怒というスキルを得るほどの人間が、そこまで待つなどできるはずがない。
「邪魔だな!そいつ!」
案の定、火の中をミゴが突っ込んできた。そして地面に手を平行に滑らせ、手に火を握る。その低い体勢のまま手の炎が私の結界にぶつかる。
「燃やし尽くせ!『憤怒の炎剣』」
その炎は剣の形をしている。大きさや形は剣としては異質だが、それでも剣と分かる。その炎は最初は火花を散らし、結界に阻まれるだけだったが、徐々に、徐々に結界にその刃が沈んでいく。
「ぁ、あああああああ!!!!」
不気味な笑い声をあげながら私の結界を切断する。それに合わせて、私も接近する。体が問答無用で燃えるなら、燃やしておけばいい。壊れる所から順に治すだけのこと。
「はっ!」
「がッ!あああああああ!!!!」」
私が掌底を打ち込むと、のけぞり、後ろに倒れそうになる。しかし倒れることはなかった。炎が渦を巻くようにしてミゴを包み、炎が支えとなり、その足で大地を踏み抜いた。辺りの壁が溶け始める。それほどの高温。
「『炎霊の加護』」
高温の空気から体を守る魔法。炎自体を防ぐことはできないが、暑さが軽減されればやる気も出るというもの。
「怒りに身を呑まれ、技を失ってしまった貴女では私には勝てない。」
「黙れっ!」
私はミゴへと剣を向ける。そして自分から攻撃せずに相手から踏み込むのを待つ。そうしたら十中八九ミゴは自分から無遠慮に私の間合いに入ってくる。
「ふっ!」
隙だらけな上段からの振り下ろしを、完全に見切り、すれすれで避ける。そして地面を蹴り、即座に距離を詰めながら喉元へ剣を突き刺す。剣を燃やされないように直ぐに引き抜き、腹へ回し蹴りを叩き込んだ。
「おのれ!おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれぇ!」
炎が吹き荒れるが、それに合わせて青竜を飛び込ませる。青竜は風へと変化し、暴風となって火を吹き飛ばす。そして唖然とした表情のミゴへと再び接近する。
「今度こそ死んでくださいね!」
頭、即ち脳へと剣を突き刺した。心臓は即死足り得ない。人の思考を司る脳を潰すのが最も効率が良い。
「ふう。」
そして火が消えるのを確認して、私は安心して地面に座り込む。危なかった。精神的に優位に立つために啖呵を切ったが、あの火は当たるだけで即死しかねない。頭が悪くなっていたから勝てたが、冷静だったら負けていた。それに魔力ももうかなりない。回復までには更に時間がかかるだろう。
「さて、本当にここはどこなんでしょうか。」
現在位置が分からない。というかどうやって連れてこられたかも分からない、気付いたらいきなりここにいた。もしかしたら複数人での行動かもしれません。周囲には警戒しておかないと。
「……え?」
背後から熱気を感じる。私は勢いよく振り返った。頭は割れ、脳味噌が溢れ出ている男はそれでもフラフラとしながら立ち上がった。
「言った、だろう。一度死んだと!」
「なるほ、ど。不死者ですか。」
ミゴの頭から蒸気が出てきて再生をしていく。蘇ったのではなく、魔物に成り変わったと。人体の魔物化は一昔前研究されていました。ですが、あまりにも非人道的という事で大国の殆どが禁止した研究でもあります。まさか既に完成していたと?
「なら、跡形もなく消せば良いだけのこと。」
「否、もう私の勝ちだ。」
炎が噴き出る。炎の色は少しずつ黒く染まっていき、次第に真っ黒に染まった。その炎は度々弾け、パンッという音をあげる。そしてミゴの体さえも、泥のように溶け、炎となる。
「殺せ。」
その炎が温度を上げていくのを肌で感じる。そして何かが来ると知覚する。
「和が憤怒は、我が魂を、我が肉体すらも炎の薪と変え、何よりもどす黒く熱き炎となる。」
「穿て!『蒼き息吹』」
神たる蒼き竜が息吹とは違い、長い詠唱は必要としない。しかし速度と凡庸性に優れる砲撃。私の背後に現れる青竜の口から、蒼き波動の砲撃が、ミゴへと放たれる。
「その全てを復讐のために。我が野望を妨げた愚者に鉄槌を下すために!」
しかしそれは炎に飲み込まれる。包み込むように砲撃を取り込み、そして燃やし尽くす。あまりにも異質な炎。さっきもヤバかったが、今はもっとヤバい。
「その炎の名は『復讐者の怨炎』」
その言葉を最後に、炎が広がる。そして、青竜を燃やし尽くす。
「青竜っ!」
「燃えろォ!燃えろよォ!」
炎が吹き荒れる。人に終焉を届ける炎。ありとあらゆる法則を、能力を捻じ曲げ、問答無用で全てを燃やす炎。
「あーはぁ!はーははははははははははははははは!!!!!!!!」
恐怖に顔が歪んだのを理解した。足が震える。恐怖した。人生で今、最も。今までに絶望的な状況は何回かあった。
しかしその全てにジンさんが隣にいた。
死ぬ。誰も助けてくれない。誰も救ってくれない。誰も一緒に戦ってくれない。自信を持てない。体が震える。剣を持つ手が震える。思考が落ち着かない。
ジンさんならこの窮地においても冷静にそれでいて、確実に前へ進めるだろう。しかし、それは私にはできなかった。
私は彼にはなれなかった。




