14.理想のセカイ
「はは、はははは!!!!」
謙譲の女は笑う。既に服はボロボロで、今にも倒れそうなほどヨロヨロしている。しかもその辺りも謙譲の効果でダメージが譲られており、かなり荒れ果てている。
「……ほう。」
エースはどこか興味深そうな顔をして、攻撃を一度辞めた。
「攻撃をしないの?」
「もう必要ないからな。」
エースの周りから光の粒子が消える。そして地面を触る。するとまるで時間が巻き戻るかのようにして荒れ果てた土が元に戻る。
「成る程、王眼ね。王家が受け継ぐ人の心を読む眼。」
グレゼリオン王家が代々受け継ぐのが王眼。それの王眼は魔眼ではないため、アクトも使うことはできない。それの下位互換なら存在するが。代々この王眼により王族は完璧な治世を実現させたのだ。
「なら、私の考えもわかるんでしょう?」
「理解はできんがな。しかし、まあ奇天烈な考えよ。」
「理解なんてしてもらおうとは思ってないわ。ただこの世界には数多もの優劣が存在する。特にあなたなんてその代表例よ。生まれた瞬間に全ての上に立ったんだから。」
「我は強さなど求めておらん。王に必要なのは完璧な頭脳よ。こんな力付属品に過ぎんわ。」
エースは傲慢である。しかしそれは自分が世界で最も優れていると確信しているだけで、世界で最も優れていていたいとは思っていない。たまたまこの完璧な力を得ただけなのだから。
「ッ!どんなに努力しても!あなたに追いつけない人が何人もいるのよ!それを可哀想だとは思わないのかしら!」
「いいや思わん。事実、我より強い奴はいる。それは努力が足りていない証拠よ。」
『人類最強』ディザスト。それはエースを以てしても勝てないと言わしめる人物。この人間がいたからこそ、エースという人物は人間に絶望しなかった。
「理想の世界が必要なのよ!全員が平等で、決して苦しまない世界が!そのために、彼が必要なの!そのためなら!」
女から力が抜け落ちていく。何者かにその力が譲渡されているのだ。その先は、最早言わずとも分かるだろう。
「これで、ゴーレムの件は解決か。」
力が譲渡されれば一定期間とはいえ、能力が使われない瞬間が存在する。そうしたらゴーレムは動かなくなる。エースの目線はアクトと純潔の男がいる場所へ向いている。
「……アクトよ。選定してやろう。貴様が我が忠臣となるか否か。」
エースはわざと女を見逃した。その理由はアクトの能力を見定めるため。何人もいない、自分と並び得る存在であるかを選定するために。
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アクトが穿つ槍は寸前のところで何かにぶつかったように妨げる。
「誰も何もしなくていい世界なんて退屈だろうが!」
「なら!人が楽しむためだけに何人も犠牲になれというのか!」
完全支配により見えない壁を支配し、どかして槍を振るう。しかしその頃には既に男はいない。
「人が苦しまないのが絶対の幸福だと何で言い切れんだよ!」
俺は再び地面を蹴り、男の目の前へと行く。今度はしっかりと地面を操って動きを停止させた後に。
「苦しみは、絶望は何もいいことがない!そんな世界間違っている!」
「はっ!だから駄目なんだよ!」
再び槍を突き刺す。今度は足。もう動かさせない。
「確かに人の人生には何度も苦難がある。だけどよ、それは人として必要なことだ。」
両足を切り落とす。これでもう動けない。
「万人が平等じゃない。万人が善人じゃない。だが、それでしか生まれない美しさがある。」
王都からゴーレムが消えていくのが見える。あの女が死んだのだろう。
「誰もが争い、競い合うからこそ人は成長し、絆が生まれる。平等じゃないからこそそれを覆すために人は頑張れる。」
「……それ、は、平和よりも重要視されるものなのか?」
そんなん、当たり前だろ。
「この国は、今までそれで成り立ってきたんだぜ?」
グレゼリオンは色んな人が一番になるために競いあった地だ。だからこそ世界で一番強い男と、世界で一番強い魔法使いがこの国にいるのだ。
「万人が平等な世界では目標が生まれない。向上心が生まれない。それは、人としての終わりだ。」
何もしない。それは一種の地獄だ。目標があり、多様性があるからこそ、人は成長できるのだ。
「確かにお前が言うのも一つの理想郷だ。だが、それは同時に人の美しさを一つ消すことになっちまう。」
それは、あってはならない。それらは終わりがあるからこそ、美しいのだ。
「英雄は、夢を描いて、理想を描いて英雄となる。それを奪うなんて、これまでこの世界のために命を賭けた全生物を敵に回してるようなもんだぜ。」
挑むからこそ、英雄が生まれる。
「理解できない。何故俺の理想が分からないんだ。」
「そりゃこっちの台詞だぜ。」
その時にふと男に光が集まるのを感じる。なにか光の粒子が男の体に入っていく。
「なんだこれ。光が集まって……」
そして失ったはずの男の足が生える。
「なら、お前を殺すしかない。」
俺の眼は目の前で起こったことを俺に伝える。謙譲の女がその魂と体全てをこの男に捧げたのだと。足が生えたのもその効果の一つ。その瞬間、溢れる魔力が俺を襲う―――
―――ことはなかった。
「決着はついた。」
あんな悠長な長話、意味もなくするはずもない。既に奴の体内に宇宙の原初を置いてきた。勝負など既に終わっていたのだ。
「ま、待て!」
「じゃあな。」
俺は背を向け、クラウスターのもとへと歩いていった。後ろで起きている大魔法をチラリとも見ずに。
戦闘ってリアリティを求めれば求めるほど短くなると思うんだ。ゲームとかだったら長期戦も有り得るんだけど。




