第十話 桔梗10
ヤバい、これ詰んだ‥。
桔梗はとっさに叫んでしまった言葉に後悔する。
玉座の間はしんと静まりかえっている。
兵が意識を取り戻して押さえつける力を強めようとしたその時、
「あははははははは!!」
可愛らしい女性の声で大爆笑が聞こえてきた。
ついに空耳まで聞こえてきたのかと思ったが、皆が皆その笑い声の方を向いていたので、幻聴じゃなかったのだとわかった。
「すごいな!まさかこの状況でそんな事言えるなんて、さすが世界に害を成すもの‥だったかな??素晴らしいじゃないか!」
女性は顔が隠れるローブを被っていて、顔が見えない。
ただ大きな声で拍手をしながらこちらに近づいてくる。
「何者です?」
撫子が首を傾げて問いかける。
撫子の知り合いではないということか‥?
「ふふふ。」
女性は、桔梗に近づいてきて、桔梗を押さえつけていた兵のひとりを蹴り飛ばした。
小柄な肉体の人物が大の大人の兵士を二メートル位蹴り飛ばしたのだ。
玉座にいる皆が絶句した瞬間二人目の兵士を殴り倒した。
桔梗は解放され、その人物に手を引かれ、立ち上がる。
そして次に蘇芳の顔面を殴り飛ばした。
「嘘か真か、考えもせず、信じようともせず、大切な幼なじみに手をかけようとするなんて、大したナイトだな。」
その一連の行動は一瞬の出来事だった。
蘇芳は自分が殴られたのに気づくのが遅れるくらい一瞬だった。
そしてその人物は撫子に近づく。
「撫子先生!!」
蘇芳が叫ぶとその人物は呆れたようにため息をつく。
「まだ撫子先生か、」
「‥何者です?」
目前に近づく人物に臆せず撫子はもう一度問いかける。
「あなたがこんな風に葬ってきた人は沢山いるらしいから、覚えてはいないかもしれませんが」
ローブのフードを外したその先にはとても美しい白髪の少女がいた。
撫子は目を見開いて驚いた。
桔梗は初めてこの人物の人間らしい顔を見た。
「‥月草‥!?」
撫子の呟いた名に広間がざわついた。
「ふふ、光栄だな、憶えていてくれたなんて。」
「生きて‥?!」
「‥死ねないでしょう?‥私は約束を守らなくちゃいけないのだから。」
そういって月草と呼ばれた少女は笑った。
「でも、今はその時じゃない。
今回はあなたからこの子を助けにきたんだ。
だから、今日はこれで。
また会いましょう?撫子先生?」
そう言ったが早いか、月草は桔梗の手を引いて走り出した。
桔梗はなにがなんだかわからなかったが、月草に連れられ無我夢中で走った。
何度か追っ手に捕まりそうになったが、そのたびに月草が兵を倒してくれた。
城から出て、しばらくすると、近くに馬の蹄の音がして、誰かが馬で近づいてくるのがわかった。
敵かと身構えたが、見覚えのあるその姿に思わず涙が溢れてきた。
「忍くん‥!」
二人の前に現れたのは少しボロボロになった忍だった。
よほど慌ててきたのだろう。美少年が台無しなくらいうす汚れている。
忍が馬から下りて桔梗を抱きしめる。
「桔梗、よく頑張ったな‥!早くここから離れよう。
月草も、助かった。ありがとう」
「かまわないよ。ただ私ももう限界のようだ。
すまないが、葵のところまで連れて行ってくれ。
合流する手筈だろう?」
「あぁ。任せろ。行こう。」
忍は馬に桔梗と月草を乗せ、走り出す。
桔梗の長い長い時間が終わった。
桔梗は安堵し、宿についたとたん意識を失うように眠りについた。