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ぼくは海をみたかった

 ママが独り言のように「海に行きたいな」って言ったことがあった。


 僕に誘うという顔ではなかったと思うんだけれど。

 もしかしたら「一緒に行けたらいいね」って半分思ってたのかな・・・。


 ママは、小さい時は海に行ったことはあったけれど混んでいたし、綺麗な海に入ったことも見たこともなかったらしい。


 大人になって行った時には、海は綺麗で楽しかったと言っていた。

 砂の上を歩いたり、海に入ったんだって。

 乾いた砂の上は火傷やけどしそうなくらいに熱くて急いで海に入ったとか。

 波の色は白くて大きく自分に向かってきて、砂浜にいたのに体にかかってしまったり。

 貝殻はないと思っていたけれど、沢山見つかったみたいだよ。


 その時の想い出が忘れられなかったみたいだ。


 ***


 僕が、もしも海に行こうとすると電車を使うことになる。


 その頃、電車やバスに乗ってると、とても気分が悪くて立っていると座り込むことが多かった。


 椅子にすわっても振動なのかな、体にブルブルブルって変な感じが常にあって気持ち悪くてフラフラするし、駅や電車の中での大きなアナウンス。


 人が話す声。


 右でも左でも上から、後ろからも、どこからも僕の頭は「音をひろうん」だよ。



 窓の外も見るのも大変だった。


 風景はテレビやDVDが動くのとは違って、僕にとっては見たいものってわけじゃない。

 動画が自動的に不規則に動いていくように見える。


 順番もなくてストーリーのない風景という動画は、映像が流されるというよりも、壊れてしまったテレビのようなんだよ。


 耳からも目からの情報も全てが異物として、僕の体の中に入ってくるんだ。脳が疲れてしまう。


 海もプールと同じで水の感覚に違和感あるだろうな。海に入らなくても太陽の光が反射すると、刺激で辛いかもしれない。


 ***


 海では、人は眩しい太陽の光を体中に浴びたり、青い空に顔を向けることの楽しさ味わえる。


 水に反射するキラキラした光の粒子を見つめたり、高い波、小さい波と追いかけっこするのかもしれない。

 潮のにおいのする風を気持ちいいって思うんだろうね。



 僕にはあまり遠くに移動していくことも、海に行くことも無理だと思っていた。


 もしも個性がなければ、たとえ海に入らなくても「行きたい」って思っていただろうな。

 本物の海を見て、砂を触って何を感じるのかを僕は知りたかった気もした。


 夏じゃなくていいから、春でも秋でも冬でも、海でもいいから。


 それが、心残りかな。


 ***


 ママの知り合いがメールに添付してくれたと見せてくれた。ある県の、透明で澄んでいる美しい海の場所を写真に送ってくれたみたいだ。


 地元の一部の人や、そこに行く人達は「世界遺産にもなるくらいだ」っていう位の海。

 それに、行くことで「経済効果」があるらしい。

 わかるよ。行く人がお金を使うことで、別の誰かがお金を得る人がいるってシステムは。


 だけど、県として、その場所はアピールしてないんだって。

 人が沢山行くことで、ごみが捨てられたり汚されてしまうこともあるから、好きな人だけで海をそっとしておきたい考えみたい。秘密の場所のようだ。


 その写真は、本当の海の何分の1の大きさなんだろうね。

 海は自分にとって、どのくらい広いのか。


 どうやって写したのかはわからないけれど、上から見ると、とてもよくわかるよ、色の変わっていく様子が。


 砂の薄いベージュ。砂が透けて見える。

 淡いブルーから青、濃い青色。

 そして、碧色みどりいろになる深い場所。


 クラゲやイルカはいるのかな。

 小さな魚は泳いでるのかな、手で触ることは出来るのかな。きっと逃げちゃうね。水族館に行った時、魚は早く動いていた。


 ママが言ったけれど、そんな人をいやしてくれる宝石のような場所は、県の考えのように沢山の人が行かない方がいいんだろうって。


  宝石。


  お金で買うことが出来ない自然の、海のつくった青とみどり、その場所が好きな人達の宝物。



 心の宝石。


 僕の中にある、記憶の中に大切な大切な宝物がある。



 僕は、海がみてみたいと思った。とても。


 写真じゃなくて自分の目で。


 海は青いし空も青い。遠くの方を見ると、海と空が、くっついてるんだろうか。


 ***


 僕は、旅に出ることになった。


 そこはママもいない世界だね。

 僕がいなくなってしまうこと、泣かないで欲しいと思った。笑ってる顔で別れたいっていうか、僕には、言葉が思いつかなかったし。


 ママが泣いてもさ、僕はママを抱きしめてあげることが出来ないからね。

 大きくなったら、守ってあげるつもりだったけど。


 本当に別れなければいけないのか、それが信じられないよ。

 僕は泣いていない。

 感情がないからじゃないよ、それは、わかってるよね。

 言葉が出てこないのはママも同じみたいだ。言葉が要らない方が良いってこともあるんだなぁ。



 前にママが落ち込んで泣いてしまっていた時に、お兄ちゃん達は、励ましたり喜んだりするような言葉、元気が出る言葉をかけていた。


 僕は何て言っていいかわからなくて、自分だけが何も言えないのが、とても悔しかったんだ。

 だから、僕は確かチョコレートだったかな。「食べて」って渡した。

 それを「ありがとう」と受け取ってくれて、励ましたってことをわかってくれて本当に嬉かったんだよ。



 初めての赤ちゃんはお腹の中でだめになったんだろ。お兄ちゃんがパパから聞いたって、とても急いで来たんだよね。


「もし、その子が産まれていたら、僕は産まれてなかったの?」


 お兄ちゃんは、とても怖そうな顔をしていた。


 その子が産まれていたら「僕」も、いなかったんだね。そうしたらママは困ることがなかったのに。

 なのに、いつも、


「わたしの ところに うまれて きて くれて ありがとう」


 ってね。


 

 短い時間だったけれど、僕たちに幸せをくれたメガネ先生に手紙を書けて良かった。折り紙と手紙を送っておいてね。


 僕には、僕のために応援してくれた人達に何をプレゼントすればいいか、わからない。「こんなこと」は、初めてだからね。


 ***


 あの青くてみどりの宝石のような海を大切にしてる人達。


 僕はママのこと大切に思ってるし、忘れないよ。

 遠くからさ、見てるからね。

 そうだ、「おまもり」をあげるから大切に持っていて。


「ママのことは忘れないよ。」

 顔を見ないで言った。



 僕は海をみてみたかった。



 僕の好きな白い靴のままで砂浜を歩いて。

 貝殻を探したり、カモメを見たり。


 突然に白い飛沫(しぶき)をあげる高い波が押し寄せてきたり、静まったりする広い海を、ただ、ただ、ボーっと見ているのもね、きっといいよね。


読んで下さって、ありがとうございました。


嬉しいことに、Twitterを通して読んで下さる方が、いらっしゃるようです。


誰が誰に話しているのかが、わかりやすいように「人称」ーー僕、先生、ママという単語を意識的に多くしました。



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