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甘酸っぱ(本カレ本カノ W)9

 

「なあ、キスってどのタイミングでするもん?」


 突然の問いかけに柏木かしわぎはぶふぉ、とイチゴ牛乳が鼻に入った。ゲホンゲホンとむせていると、きったね! と溝口みぞぐちがぱっと横に飛ぶ。


 野球部の帰り道、柏木はかはっと喉に残ったイチ牛を吐き出すと、何いってんだ、と聞いた。

 まだ日は暮れてはいないが、だいぶ冬に近づき冷たい風が吹いているこの日、顧問が午後から出張で部活が珍しく早く終わったのをいい事に、いつもは真っ直ぐ帰る道から少しそれて駅近くのコンビニに来ていた。溝口が肉まんをおごると言ったからだ。

 イチゴ牛乳は自分で買おうと持っていたらそれもついでに買ってやるよ、と言ったので、うす、と何も考えずに渡したのが運のつきか。


「いやぁ、俺らちゃんと付き合ってやっと一ヶ月だしさ、そろそろだろ? たぶん。どーいうシチュでするのか聞いとこと思ってさ」


 照れながらにへらと笑う溝口に、イラっとしつつも、普通でいんじゃね、と返した。

 肉まんはとっくの昔に腹に入れてしまった。

 こいつが何もなくそんな太っ腹な事をする訳がないのを、失念していた。部活後の空きっ腹の所為で頭に血が回っていない。


「その普通が分かんねーから聞いてんじゃん、柏木はもう経験済みだろ? 俺初めてだしさー、失敗したくねーからさー、な、頼む」


 この通り! と手を合わせて拝んでくる奴をどうしたもんかと思いながら残りのイチ牛を飲んだ。


「……家、送った時にすればいんじゃね」


 ぼそっと明後日の方向を見て言うと、溝口は、おー! いいね! それ、頂きまっす! と目を輝かせてイガグリ頭をぶんぶんと振って頷くと、じゃ、俺ソッコーで決行できる様に対策考えるわー、と自転車にまたぐと返事も待たずに行ってしまった。


 忙しない溝口を見送ると、ズゴーと音を立ててイチゴ牛乳を飲みきり、パックをぐしゃっと潰す。


「家に送った時、か……」


 柏木はパックをガコッとゴミ箱に突っ込む。ショルダーのスポーツバックを自転車に乗りやすいように掛け直すと、ざっと跨いで走り出す。溝口の所為で思い出した加奈のとろけるような笑顔をぶんぶんと頭を振って振り払った。




 ****




「ね、キスってどのタイミングでした?」


 今日は部活の顧問が出張でテニス部が休みなったので、みのりは珍しく加奈の家に遊びに来ている。

 野球部も休みでは無いが早く終わるとは言っていた。みのりと加奈のそれぞれの彼氏も珍しく早帰りなのだが、今日どうする? とラインすると、わり、ヤボ用。とだけ返って来てウサギのゴメンねスタンプが押されてた。

 みのりも加奈に誰もいない所で聞きたかったから、ちょうどよかったのだけど。

 加奈が何も口にしないタイミングで聞いたのは、経験からだ。加奈が何かを吹き出すなんて想像できないし、そんなのさせられないし。


 案の定、加奈はかあぁと顔を赤くして、み、みのりちゃん何、突然、とドキドキしているであろうCだかDだかの胸に手を置いている。


「家に送ってもらうタイミングでする事は分かってる、でもそんな雰囲気なったらどうすればいいか教えて!」


 丸いローテーブルの反対から身を乗り出して聞いてくるみのりに、加奈はえええと仰け反る。

 加奈だってそんなまだ片手に数えるくらいしかしていないのだ。そんな事を言われても、と言いつつも前した時の事を思い返してしまう。



 柏木はいつもではないけれど、部活の帰りに加奈の家に寄ってくれて、きちんと母に断って加奈を連れ出す。

 たまには上がっていけばいいのに、という母の誘いにも、あ、すぐお返ししますし、この後も走らなきゃいけないんで、と普段のぶっきら棒からは信じられないくらいのスマートな喋りで母の誘いを断る。

 一度なんでそんなにすらすらと目上の人と喋れるの? って聞いたら、親の代わりにPTAの集まりに行った事があるから、と死んだ魚の目になって言ったので、そ、そうなんだ、大変だったんだね、とそれ以上はとても聞けなかった。


 柏木は加奈を連れ出すと、家の近くの公園に行き、いつも加奈が作ったお菓子を食べてくれるのだが、最近はだいぶ寒くなったので小さな水筒に紅茶を入れていく。

 加奈は白のコートに薄いローズピンクのマフラーをぐるぐる巻いて防寒するのだが、柏木は野球部のブルゾンだけだ。


 寒くないの? と聞いても、ない、と短く言うので、寒くないらしい。

 それよりも加奈の身体が冷えるのを心配して最近は公園にいる時間も少ない。

 そんなの、気にしなくていいのに、と言っても柏木はお菓子を食べて紅茶を飲むと黙って席を立ってしまうので、この間加奈は少し寂しくて、もう少し一緒に居たいよ、とぽそっと呟いた。

 そしたら立ち上がりかけた柏木はまた座ってくれて、おもむろにキスしてくれたのだ。


 これで寂しくない。


 近くて見ると大きくて切れ長の目が優しく笑う。加奈はぶわぁと顔が赤くなって、でも嬉しくて……うん、と笑って頷いたのだった。




「かな……加奈!! 戻ってきて!!!」

「あ……みのりちゃん」


 気がつけば目の前に心配そうなみのりが居る。


「加奈、トリップしてた」

「ご、ごめん」

「で、思い出した??」

「う、うん、思い出したけれど、分かんなかった」

「なにそれーー」

「だって一瞬なんだもの」

「あ、そなの……」

「うん……」


 何かを想像したのかみのりがぼんっと顔を赤くした。それを見て加奈もぶわぁと顔を赤くする。その顔をみて今度はみのりが倒れ伏した。


「もーー加奈、可愛すぎだよ」

「みのりちゃんこそ」

「私が可愛いなんて事は」

「あります、今可愛いもの」


 お互い顔を真っ赤にしながら頬に手を当てている。

 そしてぶふっ、ふわっと笑った。


 と、ピロンと音がなる。

 みのりがスマホを出すと、溝口からのラインだった。


「溝口くん?」

「うん、野暮用おわったって」


 今度は着信音が鳴った。

 加奈がスマホを出すと、柏木の表示。

 加奈はみのりちゃん、ごめんね、と断って電話に出る。


「あ、うん。今みのりちゃんと一緒。え? うん……聞いてみる。ちょっと待ってね」

「なに?」

「もうすぐ溝口からみのりちゃんに連絡行くから、って」


 加奈が話してる間にみのりのスマホがまたピロン。


「あ、うん、来た。今から会えないかって」

「来たみたい。……うん、うん、分かった。了解です。また後で」


 加奈は電話を切ると、みのりに向かってにこにこしながら言った。


「柏木くんが、今から溝口くんに会いな、だって。みのりちゃん行って?」

「加奈、ごめん」

「大丈夫。その代わり柏木くんがこっちに来てくれるみたい」

「あ、それならいいか」

「うん!」


 何よ、私よりカレシ? とみのりがつつくと、そっちこそ! と加奈が笑った。

 じゃ、また連絡するね! と言うみのりを玄関で見送り、加奈はまた部屋に戻って柏木に電話をした。


「はい」

「柏木くん? みのりちゃん行ったよ」

「ん、よし」

「溝口くんと居たの?」

「さっきまでな」

「そっか……ふふっ」

「ん?」

「あ、うんん、何でもない。何時頃着きそう?」

「もう後十分」

「今日、お菓子作ってない。ごめんなさい」

「いい、会えれば」

「そう?」

「ああ」

「じゃ、公園で待ってるね」

「いい、迎えに行く」

「大丈夫だよ?」

「迎えに行く」

「……分かりました」

「じゃ」

「はい」


 加奈は電話を切って、ふわっと笑う。

 そしてみのりと溝口の事を思った。


 もしかしたら。


 上手くいくといいな、と小さく呟いて、加奈は紅茶を沸かしにリビングへと部屋を出た。




 次の日の朝、女子二人は示し合わせた様に屋上近くの階段でお昼を食べる約束をした。

 朝のホームルームが始まろうとしているのに、背の高い一人はお目目がうるうるで常に上気した顔をして上の空。

 その後ろで背の低い一人はにこにこ笑ってる。

 いつも騒がしい男子は今日は鳴りを潜めて窓の外を見てにへらにへらと笑っていて、

 一人隣のクラスで蚊帳の外の熊みたいな男子は我関せずとし、教科書より先に野球のバッティングノウハウ本を読み漁るのであった。





お読み頂きありがとうごさいました!


甘酸っぱ、楽しんで頂けたでしょうか?

私自身、楽しんで書けた物語でした。

皆さまがキュンキュンして頂けたことを願って。


ありがとうごさいました。




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