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甘酸っぱ(仮カノは本当は……)8

 

『みのりちゃん?! 今どこ?!』

「…………っ」

『みのりちゃん、落ち着いて、柏木くんから電話があったの、だから、分かってる。みのりちゃん、今どこ? まだ学校?』


 みのりが顔を上げると、駅の近くの小さな公園が見える。


「……公園……加奈といつも話す……」

『そっか、公園、明るい? 大丈夫?変な人、いない? コンビニ、行ける?』

「……コンビニは、ちょっと……」


 ぐいっと目尻に溜まった涙を拭った。多分、目は真っ赤だ。コンビニの店員に泣いたと思われる。

 それは恥ずかしい。


『分かった、じゃ、このまま……ちょっとまって、ちょっと掛け直していい? すぐ』

「うん」


 すとんと切れて、シンとなった。

 明るい街灯の光がきちんと入るベンチに座る。座った瞬間ひやっとして、背もたれ深くは座れなかった。

 浅く座って、少しだけ脚を投げ出す。

 太い太ももが見えて、みのりは顔をしかめながらぎゅうぎゅうとスカートを伸ばした。


 この太い太ももが嫌い。

 テニス焼けの腕も嫌い。

 背が高いのも嫌い。

 嫌い嫌い嫌い!


 それだけじゃない。

 一番嫌いなのは勇気のない自分だ。


 加奈はちゃんと自分から告白した。

 ちゃんと柏木くんに真摯に向き合って、勇気をもって、あんなにふんわりとしてる加奈なのに、あんなにズレてる加奈なのに。

 ちゃんと自分で言ったのだ。

 震えてたのに、帰り際の昇降口を走っていった。

 加奈、いけーって単純に叫んでた。

 どれほどの勇気だったか、知りもしないで。



 いざ自分となると、加奈にかこつけて自分から言う勇気なんかなくて。

 溝口の近くにいる事が出来て、あわよくば好きになってくれたらいい、と思うだけで。

 自分からは何も言えなくて。

 何も。


 ぶわぶわっと視界が緩みだした。


 泣くな! 女だろ!!


 座っていられなくて、ばっと立って歯を食いしばり上を向いた。

 テニスの試合で負けたって泣かなかった。

 膝を故障して、クラブチームの選手としてはもう出られなくなっても、泣かなかった。

 ハードな練習についていかなくて良くなって…クラブチームの子が泣いてくれるのを慰めながら、ホッとしてた。


 強いふりして、本当は……。


 着信音が鳴った。

 ずずって鼻をすすって一呼吸入れてからタップする。


『みのりちゃん、ごめんね、大丈夫?』

「大丈夫」


 反射的に言って、また黙る。


『……大丈夫じゃないね。みのりちゃん、柏木くんに聞いたよ? 溝口くん、怪我した時、一緒に保健室行かなかったんだって』

「……」

『みのりちゃん、行っていいんだよ、みのりちゃんは行っていいの!』

「……っ仮」

『仮でもいい! 友達でもいい! 心配なんでしょう? 行っていいんだよ!』

「……っ、わ、私……また……逃げ……」

『逃げてないよ? 溝口くんの事思ってやめたんでしょう? 溝口くんはまだ仮だと思ってるから、まどわせちゃいけないとか』


 ぶんぶんと首を振った。

 加奈は買いかぶってる。

 私はそんな人のこと思える人じゃない。

 自分が怖かっただけ。

 勇気がなかっただけ。

 溝口の彼女だからついていきますって、言って溝口がどんな顔をするか見てられなくて、一歩も動けなくて。


 全てを吐き出したいのに、上手く言葉に出来ない。


 バカ脳!


 言葉にならなくて、嗚咽だけがスマホの向こうに届いてしまう。しばらくして、みのりちゃん、と加奈の真剣な声がした。


『いい、みのりちゃん、よく聞いて。とにかくみのりちゃんは大事な所で引く癖があるから。本心隠して引く癖があるの。だから、もう、私、隠せない様にしたから』

「っく、か、な……?」

『もうすぐ、分かるから。そしたら、ちゃんと言ってね』

「か、な、よく、分かんな」


 分かんない、と言う前に何かがバサっと身体にかけられてスマホを取られた。


「三村さん、ありがとう。到着したから、あと任せて。ん、じゃ」


 それだけ言うと勝手に切って勝手に人のスマホをみのりの制服のポケットに入れた。


 信じがたく呆然と見ていると、イガグリでメガネがない溝口が立っていた。

 メガネの無い溝口は、なんだか細目に見えて、ちょっとだけ目が鋭くて、何だか。


「何泣いてんの」

「……み、ぞぐちには……かんけい、な……」


 ああ、また……。

 何でそんな事言っちゃうの、なんで。

 ぶわぶわぶわともう視界が無くなった。

 溝口はそれを見てため息をつくと、バフンとみのりを抱きしめた。


「いいから落ち着けって」

「うっく……」


 背中をぽんぽんと叩かれて、その感触のふわふわした感じで、いつの間にか野球部のブルゾンをかけられていた事を知る。

 自分のうちとは違う柔らかい匂いに、少しだけ涙が薄らいだ。

 そしてはっと気づく。


「みぞ、かお……!」


 ばっとみのりは顔を上げて溝口の顔面を確認すると、左頬が少しだけ赤く膨れていた。

 もう少し時間が経つと色が変わっていくであろう膨らみに、触れたいけれども触ると痛そうで、思わず上げた手を迷っていたら溝口に握られた。


「つめてー手。こんな所にいるんなら保健室来いって」

「……っく……わたしに……そんなしかく、な……」

「じゃあこんな所で泣いてんなよ。心配するだろが」

「……っく……う……」

「もーなんなん? 竹内は俺の事好きなの?」

「……う……」

「仮カノじゃなくて本カノになりたいの?」

「うう……」

「ううん? 違うのか?」


 みのりはぶんぶんと首を横に振った。

 言葉が出てこない。

 相変わらずなのだ。


「じゃ、竹内は俺の事好き?」


 ぶんと首を縦に振る。


「好きだけど仮カノって言ってたから保健室には来れなかった」


 ぶん


「んじゃ、今日から仮カノから本カノ、それでい?」


 みのりは大きくぶんと頷くと、またうえぇと泣き出した。


「泣くなよーー」

「み……ぞ……ちの……っせい……」

「可愛すぎだろーー、何でそんな可愛いんだよーー」

「し……らな…」

「仮っつってたからダメかと思ったじゃねーか、アホーー」

「ご、め……っ」

「何だよ仮って、最初から言えよってまー言えなかったんだろうけどさ」

「みぞ……も?」

「竹内が仮っていうから俺は必死でだなぁ」

「も……ミッションじゃ、ない?」

「おま、そうとも言わんとやっとれんだろーーが! 俺はもう陥落してんのにお前は仮って言ってんだぜ、無理矢理抑えてたに決まってんだろ! このせつねー気持ち分かるか? ってまあ同じ気持ちだから泣いてんだろーけどさ」


 こくこくと頷くみのりに、溝口が嬉しそうに、んーとに不器用だなぁ、と笑った。笑ったらイテテと怪我をした頬が痛むのか顔を歪ませた。


「あん、ま、笑わない、ほうが」

「これが笑わずに居られるか、初カノだぞ? いつもいい人で終わる俺に!」

「うそだぁ」

「嘘言ってね」

「だって、慣れて」

「ああー、ねーちゃんがいるからね。よく振られてるから慰めるのは慣れている」

「慰める……以外だって」

「手を繋ぐのは竹内の所為」

「な、んで」

「竹内が可愛すぎだから」

「……」


 涙と共に顔を真っ赤にするみのりを見て、また溝口は笑い、イテテとしかめながら、ま、でも、明日には本カノになってたけどな、とボソッと言った。


「どゆ、いみ?」

「あー、部員全員に俺が竹内見て怪我したのバレてたから」

「?!」

「監督にもド叱られたし、ああ、最悪」

「し、し、しっ」

「んあ? 知ってるに決まってる。部員全員竹内が野球部の誰かを好きだって知ってんよ? 夏頃からフェンス越しに見てたろ?……誰を好きかはさすがに誰も分かんなかったみてーだけど」

「い、い、い、いやぁぁっ」

「ま、いーじゃないの、分かりがよくって」

「もう見ないもう見ないもう見ない!!」

「今度は堂々とベンチで見れば?」

「ぜっっっったいにいやっっ!!」


 みのりの叫びにあはははイテテテと溝口はどうしようもない顔で笑った。


「ところで俺らいつまでだきあってればいーの」

「……しらない!」

「怒んなよ。外す?」

「…………………もうちょっと」


 そう言ってぎゅ、と溝口の制服の端をつかんだみのりを見て、何なの? ほんと勘弁、コロス気か! と言って本カレはぎゅーぎゅーに抱きしめてくれた。




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