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甘酸っぱ(仮カノと仮カレ)6

 

 結局手つなぎはどうなったかというと、溝口の家を出る時には離され、ほっとしたような惜しいような気持ちでコンビニまで歩き、適当に飲み物と追加お菓子を買って帰る時に、今度はコンビニを出てすぐにさっと繋がれて、みのりは驚いてうんともすんとも声が出なくなってしまった。


「照れすぎじゃね?」

「……うるさい」


 溝口がからかい口調なのが何だかくやしい。

 慣れているのだろうか、女の子と手を繋ぐのに、とぐるぐると考えてしまう。


「ま、それぐらい赤ければイチャコラは成功でしょ」

「……溝口は余裕だね」

「ううん? そっか?」

「うん」

「そーでもねーぞー」

「そうは見えない」

「いやー女子の手、繋ぐとか、ありえねーし」

「繋いだことないの?」

「中学のフォークダンス以来」


 溝口の返しに思わずぶふっ、と笑ってしまった。


「フォークダンスって」

「そこ以外に公式に女子と手を繋ぐ場はねーよ」

「公式って……ウケる」

「竹内だってそれ以来だろ?」

「……幼稚園以来」

「何だそれ、フォークダンスは?」

「……男子が少なくて男子役」


 みのりの中学の時の学年は何故か男女の人数差が激しい学年でどうにも間に合わず、数人の背が高い女子が男子役をやらされた。中学の頃から背が高かったみのりも例にもれず男子役になり、それをきっかけに一部の女子からきゃあきゃあと言われ、男子からは距離を置かれた苦い思い出だ。


「……っ似合いそうっすね」

「笑いながら言われても嬉しくともなんともない」


 みのりとは反対の方を向いて肩を震わす溝口に、ど突きたくても荷物が邪魔して出来ない。


 それに、手も繋いでいる。


 みのりはその事実をまた目の当たりにしてぶわぁと顔が赤くなった。


「今の竹内を見たら男子役は回らないだろうけどな」

「え?」

「何でもない」


 意識をそこから逃がそうとみのりも明後日の方を向いていたので、聞き逃した。

 溝口を見るとほんのりと耳が赤い。

 いいから、行こーぜ、と急に早歩きになったので、みのりも引っ張られるように早歩きになってあっという間に溝口の家に戻った。


 靴を脱いだ時は離したけど、玄関を上がったらまたすぐに手を繋がれたので、もうみのりの顔面は赤くなりっぱなしだ。


「いちいち赤くなるの、どーなの」

「もう、いいからほっといて。早く部屋に入って!」

「なんつーか、竹内って」

「何」

「いや、いいわ。入ろう。ミッションコンプリート!」


 買ってきたぞー と溝口が声をかけてドアを開けると、パッと何かが離れた気配があった。

 みのりがひょいと溝口の肩越しに見ると、加奈があははと言って顔を赤らめている。

 柏木はというと、無表情で固まっている。


「あ、あの、もうすぐ家の用事があるって連絡があって、今日はこれで帰るね! 」


 ぱぱぱっとノートや教科書を片付けて帰ろうとする加奈を見て、じゃ、私も帰る、とみのりは慌てて言った。いいよね、と溝口を見ると、大きく頷いて、手を離してくれた。


「あ、みのりちゃん、いいのに」

「いやいや、一緒に帰る。駅まで距離あるし、一人より二人」

「あ! 送ってくか?」

「大丈夫! 道は覚えて来たし、まだ暗くないから」


 それよりも、柏木くん、と目で溝口にちらっと言うと、わーってる、とばかりにメガネの奥がパチパチとした。

 それを見て、うん、と頷くと、お邪魔しました、ありがとう。と言って加奈と二人、溝口の家を出た。


 黙って駅への道を加奈にしては早足で歩くのについて行きながら、加奈、そこ、右、次の交差点、左、と言って、線路脇の長い一本道になってから、みのりはゆっくりと言った。


「加奈、ごめん」

「ち、ちがう、みのりちゃん」

「でも、チャンスだったんじゃない?」

「あの、そんなつもりもなくて、何でああなったのかも」

「……ごめん!」

「全然! でも、あの、よかった」

「え?」


 柏木くん、そうゆうの、まったく興味ないかもって、思ってたから……と加奈はあはは、と口元だけで笑った。


「私に魅力がないかも、とか、思っ」

「そんな事ないよっ」

「みのりちゃん……」

「〜〜〜〜っ、柏木くんは加奈の事可愛いと思ってるよ!」


 みのりは上手く言葉が出なくて歯がゆかった。加奈を見る柏木の目は優しくて、みのりが可愛いと思った加奈の仕草を、同じ様に柔らかく見ていた。

 まともに話したのは今日が初めてだけれど、柏木の加奈への想いはみのりから見てもとても分かりやすいのに。


 加奈はそんな風に思っていたなんて。


 絶対、絶対、柏木くんはそんな事思ってないからっ、と何回も繰り返して、やっと加奈はふわっと笑った。

 いつもの笑顔に戻ったのを見て、みのりはほっと胸を撫で下ろした。




 ****




「あー……悪ぃ」


 溝口はメガネの縁の近くをぽりぽりとかきながら謝ると、柏木はいや、と短く言った。

 今日、何回目かのなんとも言えない沈黙に、溝口は脳をフル回転させる。


「あー、私服、可愛かったなー」

「あ、おう」


 お互い自分の(一人は仮)の彼女の姿を思い出す。


 加奈はフレアのふわりとしたピンクベージュのスカートに、上は所々にレースが入った白いブラウス……柏木は黙って頷く。


 みのりは薄い水色のワイドパンツにオフホワイトのVネックサマーセーター……だぼつき感がかわええ。


 まだ残暑厳しい九月の二人の装いは色は落ち着いた秋らしい色だが、涼しげにも見える。

 特にみのりは、手を繋ぐ度に赤くなって、赤くなると首元までぱぁ、と伝染するのだ。

 Vネックの先にちらりとみえる鎖骨まで染まるので、これには溝口もやられた。

 それが見たくて何度も手を繋いだ事がバレたら、どつく騒ぎじゃないだろうなぁ、と想像する。


(いや、でももしかしたら)


 また、あの顔でぱぁ、と赤くなるかもしれない。


 にへら、とだらしない顔をしていたら、柏木もよくよく見ないと分からないが、何かを想像して顔が緩んでいた。


 あ、とお互いの顔を見て、顔、ゆるんでんぞ、お前こそ、言い合う。

 しかたねーだろ、と溝口が言うと、柏木が同意、と短く言ったので、もう勉強どころじゃねーわ、と男子も早々に解散した。

 柏木の場合は帰ってからも走るだろうからそれも考えて早目に解放する。

 公立とはいえ夏の大会でベスト八まで行った野球部に、一年からベンチに座ったのは柏木だけだ。春にはレギュラーになる可能性が高い。期待がかかっているのは本人も承知だ。


 俺はそこまでではないからなー


 野球だけでプロはもちろんのこと、大学推薦も狙えるとは思っていない。

 自力で何とかするには勉強あるのみ。

 そう思って勉強机に向かうのだが。


 脳裏に竹内の鎖骨がチラついて全然問題が入ってこない。

 シャーペンを机に転がして、背もたれにギシッともたれる。


 いちいち可愛いって、どーなのよ


 分かんない、ってちょっと口を尖らせて言ってみたり、握った手が細くてびっくりしたり、おまけに太もも。

 今日は隠していたから残念だが、竹内の太ももはツボだ。絶対むちむちしているに違いない。本人が隠そうとスカートを伸ばしている姿もツボだ。あわよくばその下を。


 想像が下世話な方に向いて、いかん、と放り出したシャーペンを握って眉間にガツガツと突っ込む。


 とにかく可愛いのだ。

 クラスでそんな対象に見られた事のない竹内が、俺にだけ可愛い。

 それが困る。


「仮カノには手ぇ出せんだろーがっ! 何だ仮カノって」


 でもあっちから言い出した事だ。

 あっちは仮のつもりだ。

 仮のつもりなのになんで陥落させようとするのか。


「〜〜っ天然め!」


 思わず握ったシャーペンを目の前の壁にバコンと投げる。


 それにあいつ、好きな奴がいんじゃねーのかよ……。


 部活帰りにゆっくりと歩く竹内の姿と、手を握った時の竹内の赤くなった顔が交互に浮かんだ。

 だあ! と叫ぶと、ゴチンと音がなるほど額をノートに打ち付ける。


 もう聞けねーよ。

 誰が好きかなんて聞けねぇ。


 いつの間にか宿った想いに、溝口はまたゴチ、と頭をつけた。





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