甘酸っぱ(仮カノは勉強中?)5
駅から二十分ぐらい歩いた住宅街に、溝口の家はあった。駐車場に国産車だけど、なんか良さそう車と、その横に小さなスペースだけど広がっている庭が何だか趣味がいい感じ。
ガーデニング? みたいな。
慣れた手で柏木がインターホンを押すと、ガチャリとドアがすぐに開いて、溝口が、お、いらっしゃい、上がって上がって、と招き入れた。
お邪魔します、と三人三様に言うと、奥の方からパタパタっと溝口のお母さんらしき人が出てきた。
「いらっしゃい、ゆっくりしてね。啓、ジュース冷蔵庫にあるから」
「わぁってる、早く行きな。時間無いんだろ」
「そうだった。皆さんごめんなさいね、ちょーっと野暮用で」
「ただのおばはん会だろ、はい、行った行った!」
失礼な、お茶会よ! と顔をしかめ、すぐにはっとこちらを向くとおほほほーごゆっくり〜と言いながら溝口のお母さんは出て行った。
「なんか、綺麗なのにさっぱりとしたお母さんだね」
みのりが思わず呟くと、んなこたいいから、とにかく上がって! 柏木、俺の部屋分かるよな、と溝口は早口で一気に言った。少し照れているのかな、頭をがりがりしてるのがかわいい。
柏木は頷くとこっちっす、と玄関入ってすぐの階段を上がって行く。
溝口がリビングの方へ向かうのを見て、みのりは手伝おうか? と声をかけた。
溝口は一瞬首を横に振りかけたが、パパパっと三人の顔を見た後、竹内、わりぃ助かる、こっち、と手招きした。
みのりの家と同じぐらいのダイニングキッチンとリビング。でも溝口のお母さんの趣味なのかソファにあるクッションに刺繍がしてあったり、壁にドライフラワー? がかかっていたり、かなりかわいい趣味のお家。意外だなぁと思いながら溝口についていく。
みのりがそんな風に思っているとは知らない溝口は冷蔵庫を開けながら、ムズイなーと言った。
「何?」
「いや、いざ柏木と三村を呼んでみたけどさ。おれら二人の前でイチャコラってムズくね?」
「そりゃ、まあ、ね」
「どうすっか」
「んー、とりあえず仲良く話しておけばいいんじゃないの?」
「あ、そうゆうもん?」
「いや、分かんないけど」
「分かんない、か」
「うん」
ジュースを渡されたみのりは横に垂れる髪を耳にかけながら、溝口が出してくれたコップになみなみと注いでいく。
溝口がポテチとチョコ系のお菓子を出そうとするのを見て、あ、甘系は持ってきたよ、と言った。
溝口は、そ? サンキューと言ってみのりにポテチを持たせて、自分はジュースとコップ達を乗せたお盆を持つ。
部屋の前に行くと、溝口はうおーい開けてくれー と声をかけた。
大柄な柏木が開けてくれて溝口の後ろから中に入ると、ベッドと勉強机と後で入れたであろう四角いローテーブルで部屋はぎゅうぎゅうだった。
なんせ野球部二人がデカい。最初男女で別れて座って見たが、男子二人が暑苦しいのでそれぞれのカップル同士を隣り合わせにして座ってみた。
目の前に並んだ本物カップルをじっと見るみのりと溝口、仮カップルも同じ様に並んでいるので、柏木と加奈にじっと見られている。
なんだかお互い、気まずい沈黙が落ちる。
耐えかねた溝口が、とりあえず菓子食うか! と言ってくれたので、三人共少しホッとしていそいそと準備を手伝った。
みのりが加奈、と小さく声をかけてアレ、と言うと、あ! と加奈は思い出して、横に置いてある小さな紙袋を溝口に渡す。
「溝口くん、これ、みのりちゃんと私で作ったんだ、よかったらみんなで食べて下さい」
「お! 気がきくねー どれどれ? マフィンか? これ」
「そうそう、チョコチップ入れてみた」
「竹内が菓子作るって想像つかないんだけど」
「失礼な! 作れるわ! ……初めて作ったけど」
「ぶふっ、やっぱり」
笑うなら食わせない! とマフィンを取り上げている向かいで、はい、柏木くんの分、と加奈が柏木にマフィンをあげている。
色を水色にしたとはいえ、ファンシーな袋に入ったマフィンと熊みたいな柏木。加奈に礼を言ったかと思うと、柏木はゆっくり袋を開けて、マフィンが口元に近づくやいなや、もっもっ、と二口か三口で消えて無くなった。
早っっ
みのりが呆然と見ていると、隙あり! と手に持っていたマフィンを溝口に取られた。
「あ!」
「へへーん、よそ見してんのがいかんのだな、これは頂いた」
「食べて笑ったら二度と作らない」
「んなことしねーよ、次も食べてーし」
ドキッとした。
んーまそー、とマフィンの袋を開いている溝口を見る。
次って……。
もぐもぐもぐっと嬉しそうに食べている溝口を見て、胸が早鐘のよう鳴る。
急に黙ったみのりを見て、加奈がふわっと笑う。加奈はふと視線を感じて右を見ると、柏木が加奈をちらっと見ていた。加奈は、仲良いね、という想いを込めて柏木ににっこり笑うと、柏木は、ん、と頷いた。
「さーて、集まって何もやってないんじゃ突っ込まれた時に困るからな、そろそろやるか」
机の上を片付けると、四人は黙ったり質問したりしながら中間テストの勉強をしだした。
「……なんで中間なのにこんなに範囲広いのよ」
「しらねー。てか、竹内、この問題まちがってんぞ」
「うそっ、なんで?」
「この因数分解、二次じゃなくて三次に展開なんだよ。一学期で習っただろ?」
「え、うそ、三次なんてあった?」
「マジか覚えてないんか……二次は、覚えてるよな?」
「う、うん。当たり前」
「書いてみ、ここに」
「いーよいーよ、溝口自分の勉強しなよ」
「いーから書いてみ」
「……」
「………これ、覚え直し」
「なんで?!」
「アホか! これ理解出来てないとその先の問題なんか読めるかーー!」
みのりちゃん、数学苦手だもんね、と加奈から身もふたもないフォローが入ると、三村さん、苦手以前の問題だわ、と溝口がソッコー突っ込んでいた。その横で柏木が一心不乱に英語の単語をノートに書いている。その様子を見た加奈が、あ、スペル違うと指摘して柏木を愕然とさせていた。
溝口とみのりもそのノートをちらりと見て、もう完全に間違ったスペルで脳内記憶された事を悟り、あわれみの目を向ける。
あきらかに死んだ魚の目になった柏木を見て、溝口はちょっと休憩しようぜ、と声をかけた。
「あ、ジュース足りないわ、ちょっと買ってくる」
机の上のノートを片付けながら、ありがとう、と言おうと溝口の方を向いたら、溝口が何やら目で訴えている。
ん?
首をかしげると、溝口のメガネの奥の目が細まって、非常に残念な顔になった。
そして棒読みの様に言う。
「竹内、荷物要員」
「あ、はいはい」
みのりの返しに溝口がまた目をさらに細める。そして、はぁ、とため息をつくと、立ち上がったみのりの手を繋いで、じゃ、行ってくるから、と留守番の二人に言って部屋を出た。
ドアをパタンと締めて、しばし二人無言で立つ。
「……顔、赤くなりすぎだろう」
「……そっちこそ」
イチャコラの演出なら言ってくれないと分かんないよ、と無理くり怒った風に言うと、アイコンタクトしたのにお前がノッてこないからだろ、と返され、そんなの分かんない、と小さく呟いた。
「分かんない、か」
「うん」
しばらく無言だった溝口は、あー、とりあえず買いに行くか、と言った。
うん、とみのりも頷いた。
歩き出した溝口についていきながら、手は握ったままでいいのか、と思った。
向こうから離すまで……。
みのりは黙って、そう思った。