甘酸っぱ(溝口の仮……)2
ちょっと話がある、と次の日部活に行こうとする溝口を廊下で捕まえてみのりが言うと、クラスに残ってた男子が廊下の窓から顔を覗かせて、ひゅーひゅー、告白かぁ? とからかって来た。
一瞬、ぐっと唇を引くと、にかっと笑って振り向いて言う。
「私と溝口、そんな雰囲気に見える?」
からかっても何も赤らみもなく無表情のメガネ男、溝口啓と、にかっと笑っているが怒っても見える長身で女っ気の無い竹内みのりの両者を見比べて、ナイナ、と判断した男子達は、失礼しやしたーと顔をひっこめる。
それを見てから改めて溝口に、ごめん、ちょっと込み入った話。と口を引き締めて言うと、溝口はおー…じゃあ、と体育館の裏手に連れていってくれた。
体育館でバレー部の準備する音は聞こえるが、二学期からドアが締めてあるので誰にもみられなくていい。
みのりはようやく、ふー、と息をつくと、あまり時間も取れないし、と単刀直入に言った。
「あの、仮の、カレカノになって欲しい」
「へ? 仮カノ?」
ぽかん、と口を開けた溝口に、みのりは早口で策を言った。
柏木の彼女の加奈からファーストキスの相談を受けた事、どのタイミングでしてくれるのか、こちらからしてもいいのか、気になっている事、それを聞くための策として……。
「俺らがつき合ってる、って事にして一ヶ月後ぐらいに柏木に聞いてみる、と。……仕込み長くないか?」
「いや、加奈がこんな事考えてると柏木くんに知られたら死んじゃうとか言うからさ、なるべくこう、真実味を持たせた方がいいんじゃないかって思って」
「真実味を出そうとするとまた一ヶ月待つ事になるけど、三村さんはそれでもいいって?」
「それはそれでいいみたいだよ、何も分からずもんもんとするよりかは、はっきり分かるからいい、とか」
「ふぅん、そんなもん?」
溝口はあごに手を当てながら首をかしげてる。日焼けした腕の筋が白シャツからのぞいていて、みのりはあわてて目をそらした。勝手にどきりとする心臓に思わず自分の胸元をにぎってしまう。
「し、知らないけど、本人がいいって言ってるなら、それでいいんじゃない?」
ふぅん、と生返事をした溝口は腕をおろすとみのりをじっとみていった。
「竹内はそれでいいの?」
「え?」
「いや、仮だとしても、とりあえず柏木の前ではそんな雰囲気を作らなくちゃいけないだろ? そんなおおっぴらにはしないけどさ、噂になるんじゃね?」
「あ、ああ……まあ、さっきみたいにあしらえばいいし。っ溝口には迷惑だろうけど」
「いや、俺はいいけど。好きな奴も好いてくれる奴もいねーし。でも竹内は」
「ん?」
私がなんだろう? 私も好きなヤツなんて、……目の前にいるなんていえない。
あ、いや……と言葉をにごす溝口は何かを言いたそうな言いづらそうなそんな微妙な顔をした。
みのりは、勇気を出してほんの少し、自分の気持ちをいってみる。
「んー、私も、……いないから、万が一噂になっても大丈夫」
「ほんとか?」
「ほんとほんと」
それが本心なのかと心配そうに見てくる溝口。
だよね、伝わらない。
居た堪れなくて誤魔化すように横に垂れてきたショートの髪を耳にかけると、じゃ、よろしく、と手を上げてその場を去ろうとした。すると、あ、待て、と呼び止められる。
「なに? もう部活はじまるんだけど」
自分の気持ちが届かないのは溝口のせいじゃないのに、ついぶっきらぼうに返してしまう。
そうじゃない、そうじゃないのに!
みのりの心はどんどん焦ってくる。でも溝口はみのりの動揺を特に気にすることもなく制服のポケットからスマホを出した。
「ライン」
「あ……」
「仮でも交換しとかなきゃだろう?」
「あ、ああ、そうだね、そうだった」
「おーい、しっかりしろよー」
苦笑して笑う溝口のえくぼをみて、うわぁと体温があがりながら、みのりもスカートのポケットからスマホ取り出して交換する。
「アンドロイドかー アイフォンにしろよ」
「別にどれ使ったっていいじゃん」
「アイフォンの方が操作性がいい」
「そんなの使った事ないから分かんない」
みのりが無意識に口をとがらせてつぶやくと、溝口がぎくりとこちらを見た。
「なに」
「いや、竹内でも、分かんない、とか言うんだ」
「なんだ、それ。どう言う意味?」
「いや、ま、何だ。うん。まあ、いいや。じゃ、部活が終わったら連絡する。別に普段はいつも通りでいいだろ? 柏木の居ない所で無理にカレカノアピールしなくてもいいよな?」
「あ、うん、そうだね。とりあえずつき合うことになったと言っておけば、いいんじゃないかな」
「了解、また連絡する」
「よろしく」
じゃ、と言って今度は溝口が先に走って行った。
じゃ、とみのりも上げた腕をゆるゆると下げて、そのまましゃがみ込んで小さくなる。
うわぁ、と叫び出しそうになるのを、慌てて両手で押さえた。その右手には、スマホ。
トークの一番上に溝口の名前がある。
溝口って、まんま……
捻りのないトーク名に、こみ上げそうな笑いを抑えて、そっとタップした。
『ごめん、よろしく』
と、ぺこりとお辞儀したパンダのスタンプを送る。すると直ぐに既読がついて、了解、というウサギのスタンプだけ送られてきた。
「早っ」
早っ、と言った口元がにやけてしょうがない。あの溝口と、ラインしてる。
(ラインが……繋がった……)
胸がドキドキして止まらない。
うわぁ、と今度は小さく叫んだ。
ピロン
着音がなる、溝口? と思って慌てて見ると、今度はテニス部のラインで、副部長補佐、カギ!! と書かれていた。
「うああぁ!!」
みのりは今度こそ叫び飛び上がって猛ダッシュする。
部室前に待たせていた先輩、同級に平謝りして鍵を開けたのは、溝口には絶対内緒だ。
****
溝口啓は学校から帰ると直ぐひとっ風呂浴びて、部屋に戻るとスマホを開いた。
緑のアプリをタップするとトークの一番上に〝みのり〟と書いてある。
ベットをぎしっきしませて寝転ぶと、タップしてトークルームを出した。
『おつ、連絡遅くなった。ごめん』
土下座のスタンプを送ると、まるで待っていたかの様にすぐ既読がつく。
『お疲れ〜、今日、ありがとう』
トークが来たかと思うと、パンダのお疲れ様スタンプが送られてきた。
「早ぇなー」
呟く顔がにやける。
まさか竹内とラインが繋がるとは思わなかった。しかも仮とはいえ、カレカノ。
クラスの女子の中で長身の部類に入る竹内は物怖じしない性格とリーダーシップもあり、男子にも分け隔てなくはっきりと言うので、女子に慕われている。
男子達はというと、煙たく思う奴もいるが言ってる事は正論が多いので一目置いている、といったところか。
さっぱりとしているがさっぱりとし過ぎているので恋愛対象の話には上がってこない。
というか、もっと下世話な話になるので、必然的に、うん。とにかく竹内の話はそういう時には出ない。
まあ、可愛げがないっちゃないよな。しっかりし過ぎてるっていうか。
クラス男子の下馬評に溝口の感想も同じ様なものだった。だが。
仮のカレカノになって欲しい、と言うのはあの竹内にしても勇気が言ったらしく、少し赤らんだ顔が、、、
ショートだけど少し伸びた横髪を耳にかける仕草とか、、、
ラインも交換せずに行こうとするし、ライン繋がってみればトーク名がまさかの〝みのり〟、、、
「ちょっと可愛いよなー」
にやにやしてしまう。
友達を想って俺とカレカノなんてなー
結構やるじゃん。
そう思いながらやりとりをしていると、とりあえず明日柏木には伝えて、どこか柏木が居るタイミングでカレカノっぽくしてみるか、という事になった。
最後にスタンプを送りあってスマホを閉じる。
ポン、とベットの枕元にスマホを投げて起き上がると啓は勉強机に向かいながら、でも、竹内いいのかな、と思う。
あいつ、うちの部に好きな奴いそうなんだけどなー
夏の終わり頃、テニス部帰りの竹内が野球部の方を見ている所を何回か見た。
テニスボールを体育倉庫に片付ける帰りとか、一人で校庭の脇を通って帰る時とか。
常に大股早足で歩いている竹内がやけにゆっくりなのだ。そしてちらちらとこちらの方を見ている。
啓はノートを持ちながら止まって、誰なのか脳内でピックアップするがさっぱり見当がつかない。やがて丸めたノートをぽんぽんと頭に当てながら、
ま、いいか。本人が話して来たら相談にのるべ
そううんうんと頷くと、課題をすべく椅子に座った。