22.真正
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リーマが剣を抜いてからしばらく睨み合いが続いた。やはり武術の腕は自分よりリーマの方が上だ。全く隙が見えない。彼は多量の魔力を手に入れてもなお自分の専門分野を磨き上げてきたのだ。それに比べてこれまでオルヴァーハは騎士団の武術訓練は受けてきたものの魔力の保持量が一般平均を遥かに超えていた為、自ずと魔法が中心となる生活を送ってきた。魔力を失くしてから副団長に上り詰めるまでにそれこそ血の滲む訓練を積み重ねてはきたが、経験の量は明らかにリーマには遠く及ばない。当然正直勝てる気はしない。
「どうしたの?こないの?知りたいんでしょ、ナドヴァの本当の使い方」
リーマは余裕の表情でこちらを見ている。この余裕がオルヴァーハの焦りを煽る。リーマは昔から高慢な印象を与える話し方で色んな人間を苛立たせてきた。性格は変わっていないようだ。
しかしこのまま睨み合いを続けていても埒が明かない。オルヴァーハは剣を握り直し切りかかった。
「うん、そうそう。ちょっと遅いな。あぁ、そんな振り方して……」
涼しい顔でオルヴァーハの剣は簡単に受け流され、まるで稽古をつけられている気になってくる。
「真面目にしろ!」
「なんだ、もうとっくに今の君じゃあ僕には勝てないって気付いてると思ってたけど」
「……うるさい!」
オルヴァーハは図星を突かれてもなお剣を振るった。
(どうする……このままだとこちらの体力が尽きるのは目に見えているぞ……)
しかし次の手を考えている間に突然リーマが剣を下ろした。
「やめた」
「!?」
既にリーマの手からは剣が消えている。そして幸広とプロロクツヴィを見渡せる位置に移動すると、見えない椅子に腰掛けた。
「おい!」
「正直ぼくが彼らに協力する必要はないんだよね。目的を達成するためだけだったらもっと簡単だったのに……皆わがままだからねぇ、待ってたら疲れちゃった」
目線の先ではプロロクツヴィが湖の際まで追い詰められている。幸広の姿は尻尾まで生え、その要望は完全に悪魔だ。
「ユキ……!?」
「……君さ、面白いほど目に留まる所しか見てないよね。よくそんなので騎士団の副団長が務まるよ」
リーマが指を指したその先には、先程まで地面に崩れ落ちていた筈のミシュレンカが幸広とプロロクツヴィの元へと向かおうとしている。
「ミーシャ!?なんであんなところに……!」
「ほらほら、結が押されてるよ。苦し紛れに出したあの死刀は長くは使えないし……」
幸広がプロロクツヴィに襲いかかり、その拍子に幸広の爪で切り裂かれたプロロクツヴィの髪が大きく宙を舞う。
「プー!髪が……!」
「あっはは!君本当に忙しいね。見てるだけで笑えてくる」
次々と起こる出来事にオルヴァーハはその都度声を上げる。本人は至って真剣なのだろうが、今現在自分の置かれている状況を果たして理解しているのだろうか。
(……ほんと……これだからぼくは君を……)
リーマは今にも走り出しそうなオルヴァーハの腕を掴んだ。
「……やめろ!離せ!」
「あれはただの兄妹喧嘩だよ。彼らが自分たちで収束させなきゃ」
もう完全にオルヴァーハとは休戦状態だ。そう仕向けたのは自分だが、こんなにも流されやすくて本当に騎士団の副団長が務まっているのか。いや、恐らく周囲の手厚い援助があってのことなのだろう。何事にも全力で対処しようとするオルヴァーハを助けようとする人間が多いのだ。それだけオルヴァーハは人に恵まれている。昔からリーマはそれを感じ取っていた。そしてそれに対してどこか嫉妬に似た感情を抱いていたのは確かだ。だが今は……
「……そんな君が愛おしくてしょうがないんだ」
自分にしか聞こえない声量で呟いた。
一般的に闇者とは闇落ちした者の集団だと認識されているが、本来は「闇者」という種族である。いつの事か闇魔法を操るならず者が闇者を名乗り悪事を働いたことで「闇者は悪」というレッテルを貼られてしまった。リーマはそんな闇者の血族だった。
真正の闇者最大の特徴は見事なまでの白髪だ。それは光が当たればキラキラと輝く宝石のようで、髪を金に変える事も出来るほどだった。子供の頃は一般的によく見る黒髪だが、それがある日突然真っ白に色が抜ける。それが闇者へ覚醒した証だった。ならず者も「闇者」を名乗りだしてから髪を白く染めるようになったが、真正の闇者と比べるとその髪の美しさは天と地の差があった。並べると違いは一目瞭然だ。
まだ真正の闇者が「悪」ではなかった頃彼らは白髪のまま生活をしていたが、その事件があってからは自分達の身を守る為髪を黒く染め上げ、隠れるように暮らした。本来悪事を働くことのないほど温和な闇者だったが、少しでも白髪が世にバレると身に覚えのない罪を被せられ処刑された。
それにより人里離れて暮らす同胞が多い中、リーマの両親はイェギナの城下に暮らしていた。例に漏れず髪は黒く染め上げていたが、体質により闇魔法しか使用出来ない為表立って働くことも出来ず、スラムで紛れるように日常を送っていた。
そしてある日、リーマが覚醒した。
覚醒した闇者は持っている魔力の量が急激に増え、これまで収めていた魔力の器がキャパオーバーを起こし暴発する。更にこれまで使っていた属性の魔法が使えなくなり、代わりに闇属性しか使えなくなる。
元々スラムでも闇者であることを隠し生きてきたリーマの両親は、彼の魔力暴発を恐れてその夜のうちに街を離れた。その手際の良さを考えると初めからこの街には長く暮らしていく気は無かったのかもしれない。自分が闇者であることを知らされていなかったリーマは、自分に起きた変化に恐怖と怒りを露わにした。強く反発したが子供故に一人で生きていくことも出来ず、ただ従う事しか出来なかった。
そして街を出た二日後に高熱を出し、辺りを巻き込むほどの大暴発を起こした。死者は出なかったが、近くに住んでいたであろう浮浪者が重症を負ったと誰かから聞いた。
熱も下がりほとぼりも冷めた頃、リーマは意を決して街へ戻ろうと一人で外へ出た。街の近くまで行くとオルヴァーハがフラフラと一人で街の外へ出るのを見つけた。久しぶりに見る親友にリーマは嬉しさがこみ上げ、思わず後をつけた。どこまで行くのだろうと陰に身を隠しながらオルヴァーハの様子を伺っていると、彼は泣きながらリーマの名を叫び始めた。その声は聞き慣れた親友の声とは大きく変わり、掠れ切っていた。
オルヴァーハは毎日のように街の外にまでリーマを探しに出ていたのだ。
その瞬間リーマは飛び出して行きたくなる衝動を抑えた。今、ここを飛び出していけば彼はどんな顔をするのだろう。喜んでくれるだろうか。
だが、ふと自分に起きた変化を思い出し、絶望した。自分は闇者なのだ。覚醒してすぐの闇者の魔力の器はかなり不安定な状態だと聞いている。実際に体内で魔力が揺れているのも感じている。次にいつあんな暴発を起こすか分からない。そんな不安定な状態であんなにも消耗するほど必死に自分を想ってくれる彼に、この変わり果てた姿を晒すことはリーマにはどうしても出来なかった。リーマは悲痛な面持ちで元来た道を戻った。脳裏には涙を流しながら自分を呼ぶオルヴァーハの姿が焼き付いている。
そしてその日、リーマはある決意をした。
『ぼくは闇者を辞める。辞めて、オルヴァーハと一緒に生きるんだ。そのためには何だってしてやる……』
その時の決意は今でも変わっていない。その為に幸広も連れてきた。オルヴァーハと共に生きる為に……
(まさかこんなに時間が掛かるとは思ってなかったけどねぇ)
プロロクツヴィやミシュレンカを通じてオルヴァーハの状況は知ってはいたものの、こうして実際に関わるとやはり当時の気持ちが蘇ってくる。ずっと、子供の頃何も言わずに街を出た事を後悔していた。だが彼の何も変わっていない性格と、自分に向けられる怒りや闇堕ちした自分に対してどう接するべきかを迷っている彼の姿を見ると、全身がじわじわとむず痒くなってくる。
(こんな感覚が味わえるんだったら……離れてよかったなぁ)
リーマはニヤける口元を手で覆った。自分の感覚が一般とはズレていることは分かっている。そもそも自分の存在自体が他人とは違う時点で隠そうとは特に思わない。
「オルヴァーハ。ぼくはね、君が大好きなんだ。君が一緒に来てくれるならぼくがここを収めて身を引くよ。どうかな」
「はぁ!?何を……」
周りの状況に必死になっているオルヴァーハにはリーマの言葉がこれまでとは違う重みを持っていることに気がつかなかった。そんな鈍感極まりないオルヴァーハにリーマは顔を綻ばせて立ち上がる。そしてそのままオルヴァーハに歩み寄ると手を差し出した。
「ぼくは本気だよ。過去は変えることは出来ないけど、ぼくならすぐにこの先の未来を変えられる。オルヴァーハ、ぼくと一緒に来て」
差し出した手にオルヴァーハの目線が移される。彼の表情はまだ信じられないといった僅かに歪んだものだったが、この表情は迷っている時のものだということをリーマは知っている。少しでも自分との未来を考えてくれているのだ。その事実に再びリーマの全身がじわじわと浮き足立つ。
「ねぇ、オルヴァーハ。君次第で全てがまぁるく収まるんだよ。王女も助かるし、何も悪いことは無いよ。ぼくと一緒に世界を空に還そう。そうすれば何もかも終わるんだ」
その言葉にオルヴァーハの手がピクリと動いた。しかしすぐにその手はリーマの手を払いのけた。
「……リーマ、ふざけるのもいい加減にしろ!俺は……闇者にはならない!」
「別にぼくと来たからって闇者にはなれないよ。むしろぼくが闇者を辞めるためのお願いなんだ。そのために冥くん……ナドヴァが必要なんだ」
「お前……ユキをどうするつもりなんだ」
リーマはオルヴァーハを引き寄せ、抱きしめた。その腕の力は優しくも力強く、オルヴァーハは抜け出せずにいた。そして、聞き慣れない大人になった友人の声が耳元で響く。
「王女の魔力を得たナドヴァを食べるんだ。そうすればぼくは世界を空に還す力を得る。そしてぼくも闇者でなくなる。みんな、一つになるんだ」
「た、べる……だと……?」
「そう。ぼくはね、多分このシヴェトで最後の闇者なんだ。他の人たちはこの百年余りでぼくがみんな食べちゃった。それが運命だった。だから、ぼくが終わらせなきゃいけないんだ。それが闇者であるぼくの最後役目」
腕を振りほどこうとするが、リーマの力は強くビクともしない。
「あとはシヴェトで一番の王女の魔力を取り込んだ闇のナドヴァを体内に入れるだけ……本当なら君の魔力も欲しかったけど、今は無理だしね。しょうがない。だから後で貰うことにしたよ」
「!?」
リーマはオルヴァーハの首筋に思い切り噛み付いた。
「いっ……!?な、やめろ!」
「ふふ……君の血は美味しいね」
舌なめずりをするリーマに、オルヴァーハは初めて恐怖を覚えた。この男はもう完全に人ではなくなってしまったのか。
「お前……」
「そうだね、一般的に見たら普通じゃないのは知ってるよ。でもこれは真正の闇者が持つ忘れられた力なんだ。こうして物理的に摂取することで相手の力を自分に取り込むことができる」
オルヴァーハを解放するとリーマは幸広達のいる方へと歩き出した。首筋から流れ出る血を抑えながらオルヴァーハはリーマを追いかけようとするが、力が入らず地面に崩れ落ちる。
「ふふ、無理しないで。後でちゃんと迎えに来るから」
リーマは一度だけ振り返ると悲しそうな笑顔を浮かべ、再び背を向けた。




