20.異心
20
「ふふ、元気だねぇ。やっと仲直りしたみたいで安心したよ」
幸広とプロロクツヴィのやり取りを聞きながらリーマは微笑んだ。その表情は本当に安堵したようなものだったが、その背後では彼らが魔法を使い大きな音を響かせており、それは明らかに『仲直り』ではないことが窺える。
「……姫を返せ」
オルヴァーハの目には怒りが宿っている。
リーマの小脇に抱えられているミシュレンカは、縄で縛られ身動きが取れない状態だった。
「あれ?あの子たちに関しての説明はいいの?」
「それに関しては後で聞く。姫を返せ」
「いいけど……本当に必要?ぼくはもうこの人はいらないかなぁ」
「……っ!」
ミシュレンカを乱雑に地面に転がすと、オルヴァーハが慌てて駆け寄る。
「お前、一体何がしたいんだ……!闇者になんて堕ちて……子供の頃一緒に王国騎士になると言っていたじゃないか!あの時の言葉はどうした!」
共に戦おうと約束をしたはずだ。
しかし笑顔を崩さないリーマの顔から感情が消えた。正確には、笑ってはいるが仮面のような作られた笑顔で感情が読めない。
「まだそんなこと言ってるの?……ぼくも大人になったってことだよ。ぼくには世界を空へ還すって大事な役割があるんだ」
「空へ……?」
「そう。ぼくは世界を変えるんだ」
リーマは両手を広げて天を仰いだ。その先には黒雲が広がっている。
「世界って……何を言っているんだ。世の中を変えたいのなら、騎士団に入ればいくらでも世の中を良くすることだって出来る!闇者である必要なんてない!」
そのオルヴァーハの言葉を聞いた瞬間リーマの表情が崩れた。
「何?バカにしてる?そもそもぼくみたいなスラム出身者が騎士団になんて入れるわけないし。それに……騎士団に、イェギナに世界を変えるなんてそんな力あるって本気で思ってる?」
そのままリーマは冷たい目線をミシュレンカに向ける。その目にミシュレンカは恐怖を表し、首を横に振る。
「……何?」
「君もぼくがその女を連れ去ったなんてふざけたこと思ってるんじゃないよね」
「……!や、やめ……!」
ミシュレンカはリーマの言葉を遮ろうと立ち上がるが、長すぎる自分の髪を踏んでつんのめる。
「皆ぼくが彼女を連れてったみたいな感じに言うけどさ、ぼくそんな野蛮なことしないからね。彼女が来たいっていうからわざわざ連れてきてあげたんだよ。ぼくや結に嘘までつかせて」
「リーマ……!黙って!!」
体に巻かれた縄が食い込み、ミシュレンカの白い腕に血がにじむ。しかしそれでもミシュレンカはリーマの元へと向かおうとする。彼女のリーマを呼ぶ声が、二人の関係がただのものではないと物語る。
「……ミーシャ、どういうことだ」
「オルフ、違うの!聞いて!」
「何が違うのさ。まぁきっかけを与えたのはぼくだけどさ。力に溺れてた君はわざわざ結を介してまでぼくに力を分けろと言ってきたんじゃないか。そのためにぼくは好きでもない君と……」
「やめてぇ!」
叫ぶのと同時にミシュレンカは光魔法を発動させた。それはリーマを傷付けることは出来なかったが、その行為が更にオルヴァーハに疑惑を与える結果となった。
「……ミーシャ」
「はぁ……はぁ……」
「意地汚い女だなぁ。そんな風に自分を偽ったまま本当の愛を誓えるとでも思ってるの?そんな奴にオルヴァーハを渡すのは本当に嫌なんだけど……オルヴァーハ、彼女はやめといた方がいいよ。自分の力が一番だってことをシヴェト中に知らしめたくて、確固たる地位を築き上げる為に君の魔力を散らしたんだ。その為にぼくと寝たんだよ。君が魔力を失ったのは彼女の思惑なんだよ」
「いやぁぁぁ……!」
ミシュレンカは額を地面に擦り付けるように泣いた。足元で大きな声を上げて泣くミシュレンカをオルヴァーハは呆然と見つめる。
どういうことだ……リーマと、寝た……?
何故?いつから……?
地位……?
そんなことをしなくてもあなたが一番なのに、どうして……
『あの時』の、確かに愛を感じたあの言葉は……
「……嘘、だったのか……?」
「そうだよ。君から魔力を奪う為に彼女は心の声が聞こえる力を使って君の心を弄んだ。そしてそれに飽き足らずナドヴァの存在を知ると、他人の魔力まで集めようとした。最終的にそれを自分のモノにするために」
「も、やめ……」
その弱々しい声がリーマの言葉をより真実だと強調した。
自分の王女という地位と、生まれた頃から多量の魔力を保持していたミシュレンカはその力を誇っていた。成長するにつれて強くなっていく自分を愛してやまなかった。
いつしか魔力の量はシヴェトで一番という肩書きを手に入れた。それを狙って襲ってくる刺客も増え、その数が増えれば増えるほど、排除すればするほど自分の力がより貴いものだと証明した。そうすることで自尊心を保つことが出来たのだ。
ミシュレンカは自分の力に溺れ、その力をもっと欲するようになっていった。この力をこれまで以上に強めるにはどうすればよいか、それを考えない日は一日たりともなかった。その頃ミシュレンカの友人と呼べる存在はプロロクツヴィだけで、人生初の恥を捨てて自分の思いを打ち明けた。
プロロクツヴィはミシュレンカにとって不思議な存在だった。幼い頃に突然王城に連れてこられたプロロクツヴィは言葉がわからなかったのか、会話も出来ない状況だったにも関わらず短期間でシヴェト史を完璧に理解してみせた。それだけでなく、一度見聞きした事は完全に身に付ける彼の成長ぶりにミシュレンカも驚かされ、一種の尊敬の念も抱くようになっていた。
幼い頃から共に学んできたプロロクツヴィには魔力の量と質こそ決して劣ることはなかったが、頭の良さも魔法の応用力も叶わなかった。プライドの高いミシュレンカがそれを許せていたのもプロロクツヴィが「シュプリーク」という存在であることを知ったからだ。「シュプリーク」とは一度学んだことはそれが学問であろうと魔法であろうと何でも人並み以上に身につけることが可能な「体質」なのだ。そんなプロロクツヴィにはミシュレンカには計り知れない「何か」を抱えているように見えた。そんなプロロクツヴィならば何か案を持っているのではないかと考えたのだ。
正直笑われると思った。王女なのにそんな野蛮な事を考えて、と制されると思った。しかしプロロクツヴィは笑うどころか真剣に考えた末、手段を選ばないのであればとリーマとのコンタクトを提案してくれた。当初は王族でしかも光属性である自分が闇者と関わりを持つなんて、と抵抗があったが自分の欲求を満たすためにはなりふりかまうものかと受け入れた。
リーマとの出会いはミシュレンカにとってとても新鮮で、すぐにその関係に溺れていった。彼はすぐ闇の力を移してくれようとしたが、立場上それをする訳にはいかなかった。
しかしそれでも彼の持っていた知識と経験はミシュレンカには何事にも変え難い掛け替えのないものになっていった。だがあまりにもリーマとの接触が多くなりすぎ、闇の気に当てられて体調を崩してしまった。周りには刺客を追い払うために魔力を使いすぎたと説明した。それが間違いだったのかもしれない。
ミシュレンカの消耗を心底心配した王が急遽側近にある男を寄越した。それがオルヴァーハだった。彼は少しバカだが、とても優秀で魔力の量もかなり多いと聞いた。そして彼が王女付きの護衛に着任した頃から王女への刺客はぱったりと見なくなった。いや実際には来ていたがそれは全てオルヴァーハが排除していたのだ。オルヴァーハはミシュレンカの唯一の自尊心を保つための手段を取り上げてしまったのだ。その上彼は自分と同等程の魔力を持っている。これ以上彼が強くなれば、自分は一番でなくなってしまう……
その頃からリーマとの密会も格段に減り、これ以上自分を押さえつけられてしまうと自分が自分で無くなってしまう恐怖に苛まれた。だから、オルヴァーハの魔力を奪ってしまおうと考えた。彼が役に立たなくなればこれまでの側近の様に自分の元を離れると思った。自分を保つために、オルヴァーハを追い出そうとしたのだ。
「ミーシャ……」
「ちが、違うの……オルフ、私……」
ミシュレンカはオルヴァーハの足元に縋る。オルヴァーハは剣を抜きミシュレンカを縛る縄を切ると、目線を合わせるように腰をおろし真っ直ぐ目を見て問いかけた。
「ミーシャ……本当のことを教えて。俺は、お前の言葉を信じる」
その真っ直ぐな目で見つめられ、ミシュレンカの中にオルヴァーハの声が響く。
初めは本当にオルヴァーハの魔力を奪ってやろうと思っていた。そうしなければ、自我を保てないと思ったからだ。だが機会を伺っているうちにこの男がそばにいることが当たり前になる程の時間を過ごすことになった。その存在が自分のためにあるものだと思えるようになってしまい、一緒に過ごす時間が楽しくなってしまった。王女である自分と共に笑い、時には強く叱ってくれ、喧嘩もした。ミシュレンカは魔力のコントロールが効かないことが稀にあり、これまでは周りの人間を傷つけることが多かった。だが彼はそれを全身で受け止め、大丈夫、と抱きしめてくれた。これまで傍に仕えた者たちにはできなかったことをオルヴァーハはしてくれた……
いつからかオルヴァーハから自分に対して好意を向けられているのを感じるようになった。その好意に気付いたとき一度だけ彼の心を読んだことがあった。それはあまりにも真っ直ぐなもので、思わずこちらが赤面してしまうほどのものだった。この人はこんなにも自分を愛してくれている。その真っ直ぐすぎる人柄に惹かれ、次第にミシュレンカ自身も彼に対して愛を感じるようになっていた。
それなのに、ミシュレンカはそれでもオルヴァーハの力が邪魔に思えてしまった。彼がこんなにも大きな力を持っていなければこんな気持ちは生まれなかった。こんなにも苦しまずに済んだ。
ミシュレンカは隙を見てリーマに魔力を奪う方法を教えろと懇願した。その方法はある一定の条件をクリアしていれば確実で簡単な方法だった。それはオルヴァーハの愛を利用することだった。
リーマの提案は、ミシュレンカの器を破損させ、その傷が癒える前に別の……オルヴァーハの魔力を注ぐことだった。相反する属性同士の性行為は魔力が反発し器を破損させると、これまで国家の魔法研究で証明されていた。そして当時世にはまだ発表されていなかったが、他人の魔力は混じると拒否反応でお互いの魔力がバーストする事が分かっていた。ミシュレンカはそれを実践したのだ。
リーマと体を重ねることで体内に存在する魔力の器に傷をつけ、オルヴァーハとも体を重ねた。その結果、オルヴァーハとミシュレンカはお互いに大きな傷を負った。ミシュレンカは、自分の目的の為に愛する人を裏切る行為を行ったのだ。
涙が止まらなくなった。オルヴァーハは本当に、真剣にミシュレンカを愛してくれていた。そして今、その言葉の通りミシュレンカの言葉を信じようとしている。オルヴァーハには何一つ偽りはなかった。だがミシュレンカはそれでも結局自分が一番可愛いと思えてしまう。だが、こんなにも真っ直ぐ自分を見つめてくる目に嘘を貫き通すことは出来なかった。
「ごめ、な、さ……」
その一言を発した瞬間オルヴァーハの表情が悲しみに溢れた。それを見てミシュレンカの全身からは一気に血の気が引いた。
「……そうか。わかった」
オルヴァーハはそれ以上何も言わず、そのまま立ち上がるとリーマに向き合った。
ああ、終わった……終わってしまった……
全てを失ったミシュレンカがすすり泣くのをオルヴァーハは振り返らなかった。
「お話、終わった?」
リーマは欠伸をしながら見えない椅子に腰掛け、つまらなそうに自分の白い髪の毛先をいじっている。
「……お前の目的はなんだ」
「目的?だから世界を空に還すことだって言ってるじゃない。それには彼女の膨大な量の魔力を得た冥君が必要なんだよね。だからあんまり邪魔しないで欲しいの」
依然リーマはオルヴァーハの顔を見ず、今度は爪に目線を落としながら話を続ける。
「お前の勝手な目的のためにユキを使うな」
「なんだよ、君だって彼女のために彼を使おうとしてたじゃない。ナドヴァの本来の使い方も知らないくせに」
「……」
痛いところを突かれ黙り込むオルヴァーハに長い溜息をつく。
「結局ね、どいつもこいつも自分のことしか考えてない。そんなもんだよ。冥君……彼もそうだよ。不幸な境遇にあったからかもしれないけど、誰かに守ってもらいたいってどこか他人任せな思いが強いから、一度信じた相手に裏切られると癇癪を起こしてあんな感じになるんだ。皆同じなんだよ」
リーマの言葉にどこか妙に納得してしまう自分にオルヴァーハは嫌気が指す。全くもってその通りだ。自分も、ミシュレンカも、幸広も……。
「でも彼女を泳がせておいて正解だったよ。ホント余計な事する女だなぁって思ってたけど、結果あそこまで冥君が育ったのも彼女が絡んでくれた事が大きな要因になったみたいだしね。そこはぼくにも良い影響を与えてくれたから感謝すべきところだよね。ありがとう」
もはや顔を上げる事も出来なくなったミシュレンカに向けて、リーマは丁寧に頭を下げた。オルヴァーハはそんなリーマを見てある部分に引っかかりを感じた。
「おい……ナドヴァの本来の使い方ってなんだ。魔力の器じゃないのか」
「んん?何の事?」
「しらばっくれるな!今お前が言ったんだろう!」
「あぁ、もう面倒くさいなぁ……ホント君、真面目だね」
大きなため息をついたリーマは見えない椅子から立ち上がり、どこからともなく一本の剣を取り出した。その剣先をオルヴァーハに向ける。
「面倒だけど、邪魔されるのはもっと面倒だから教えてあげる。ぼくに勝ったら、ね」




