15.最悪
15
地面に蹲る幸広から大量の闇が溢れ出る。上空に渦巻く黒雲と匹敵する量だ。
「あは、あはは!すごい……すごいよ冥君!あの時の力をここまで育てるなんて……君はとても優秀な弟子だ!」
リーマが幸広から溢れ出る闇を仰ぐ。その表情は完全に悦に入っており、笑い声が不快感を煽る。それを打ち払うかのように金属を打ち付けたような甲高い音が響いた。
「ふふ。久しぶり、オルヴァーハ」
「……リーマ、お前が闇者だったのか」
切り掛かったオルヴァーハの剣をリーマは素手で掴むように止めた。見た目では分からないがおそらく魔法で腕を硬化しているのだろう。
「山ですれ違った時はぼくだってこと気付かなかったみたいだけどね。この髪のせいかな?でも思い出してくれたみたいで嬉しいなぁ」
リーマは嬉しそうに笑う。その間もオルヴァーハの剣には力が込められ、それを掴むリーマとの力比べで小刻みに震えている。
オルヴァーハは振りかざした剣を緩めると、幸広を庇うように二人の間に立った。
「うん、ちょっとは力も強くなったんじゃないかな」
「……お前、何してるんだ」
「でも太刀筋にまだブレがあるね。それじゃまだ僕には勝てないかな。魔力を手放しちゃったのが惜しいねぇ。組み合わせれば相当な力になると思うんだけど」
「何してると聞いてるんだ!」
ビリビリとオルヴァーハの声が響く。その剣幕にリーマは少し目を見開き、不思議そうに首を傾げる。
「何って……お仕事だけど?」
オルヴァーハの背後で幸広が呻く。体から出る闇は止まらず、瘴気へと化している。
「……ユキに何をした」
「別に何も?冥君がぼくのことを邪険にするから思い出してもらおうと思って昔の話をしただけだよ」
「メイ……?彼はユキヒロだ!早くこの闇を止めろ!」
「冥君だよ。その闇はぼくには止められない。これは彼の心の声だから」
言い終わる前にリーマの胸ぐらを掴む。
「ふざけるな!」
「ふざけてないよ。彼の心が闇に染まりつつあるからそれが具現化されてるの。ぼくは名前を呼んだだけ。冥君って」
胸ぐらを掴まれたままリーマはヘラヘラと笑う。その状況すらも楽しんでいるようだ。
「闇に……!?そんな、名前でなんて……」
「人には色んな事情というものがあるんだよ。君が知らないだけで。ねぇ」
いつの間にか立ち上がっていた幸広は虚ろな瞳で二人を見つめる。
「ユキ!」
リーマを掴んでいた手を離すとオルヴァーハは幸広に駆け寄ろうとするが、今度はリーマに腕を掴まれる。
「何をする!」
「今彼に触れない方がいいよ」
幸広の足元を見ると、噴出された闇の瘴気が強いからか先程まで青々と生えそろっていた芝は枯れ、地面が顔を見せている。その地面でさえも黒く焦げたような色に変わっていた。
「……ユキ」
「ふふ。嫌なことでもあったのかな」
視界の端ではヴィーの元にティトリーとラヴラフが駆けつけ回復魔法を使っているのが見えた。一応皆無事らしい。
リーマはオルヴァーハを自分の背後へ追いやり幸広と対峙した。魔法を使われているのか、オルヴァーハは見えない壁に囲まれているようにその場から動けなくなった。
「おい、リーマ!」
見えない壁を拳で叩くが全くビクともしない。幸広が今どのような状況なのかがリーマの背が邪魔で確認ができない。
「なんで……」
「んー?なぁに、冥君?」
その名前に幸広は目を見開く。
「なんで!……その名前……」
勢いは初めだけで、語尾まではっきりと口にすることは出来なかった。それは幸広にとってこれまで逃げてきた過去そのものだったから。
「なんでって……覚えてないかなぁ?むかーしぼく達会ったことあるんだけど。ぼくが君を助けてあげたんだよ?」
「知らん……」
「まぁ百八十年も前だし……あ、君の世界じゃ十八年くらい前のことかな?」
ニコニコと笑顔を浮かべるリーマに対して幸広の顔色は土気色に変わる。
「ふふ。君、妹を刺したんだよね。ハサミで」
全身から一気に血の気が引くのを感じた。
なぜこいつが
誰も知らないはず
なのに、なぜ
幸広はそれ以上聞いてはいけないと耳を塞ごうとするが、その腕をリーマに掴まれてしまう。リーマの腕は幸広から溢れ出る瘴気に焼ける。
「痛そうだったねぇ結ちゃん。痛いよぉって。まぁその後君も実の母親に何度も何度も……」
「やめろ!!やめ、…や……!」
耳を塞ごうと足掻くが、リーマの力が強く全く抵抗ができない。最終的に立っている余力もなくなり、腕を掴まれたまま地面にへたり込んだ。
目の前にその時の光景が映し出される。赤いモノが手から滴り落ちる。あの時持っていた銀色のハサミの輝きは今でも鮮明に覚えている。
幸広の顔にはもう生気は感じられない。それでもなお体からはとめどなく闇が流れ出る。
「リーマ!」
オルヴァーハは見えない壁に何度も拳を打ち付け、ついには拳から血が流れ出た。
「……オルヴァーハ、君は何故彼を助けようとするの?何故守ろうとするの?」
「何故、って……」
「君が守りたいのは彼じゃなくて彼女でしょ?」
リーマはちらりと祭壇に視線を送る。白い服を着た王女が横たわっている。
「姫……!?」
これまで目の前の事に必死だったため、すぐ傍にいた王女の存在に気付けなかった。オルヴァーハはより王女に近い場所にいるティトリーに目を向けたが、思いの外蔓延している闇の影響が強く思うように動けないようで、彼は険しい顔で首を横に振る。
それを見て思わず王女の元へと駆け寄ろうとし、見えない壁に囲まれていることを忘れて思い切りぶつかる。それを見たリーマの楽しそうな笑い声が届いた。
「ふふ……ほら、やっぱりオルヴァーハの一番はキミよりあの子だよ。あの子よりキミの方がピンチなのにね。無理やり連れてきたくせにねぇ。悲しいねぇ」
いつの間にか幸広の肩を抱くように寄り添うリーマは、オルヴァーハに聞こえるように言い放つ。
生気を失った幸広の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
ラヴラフはこれまでの戦闘とヴィー達の回復でかなりの魔力を消費していた。
「ちょっとメガネ……あんた回復魔法使えないの?」
「出来ないことはないですが……ここはお前がやりなさい」
ティトリーが横になり目をつむっているヴィーの頭部をゆっくりと撫でながら答える。
「ハァ……それにしてもアイツ何なの?すごい変な格好なんだけど」
「人のことは言えないと思いますが」
こんな時でも喧嘩腰な二人をストラッシュは回復を受けながら複雑な思いで見つめる。
あの男がオルヴァーハ達に気を取られているこの隙に王女を救出するのが最善なのかもしれないが、水に沈められたような息苦しい感覚が体を支配しておりまともに動けそうもない。何度か救出を試みてみたがあの黒ずくめの男の殺気がここまで届き、どうしても身が竦んでしまう。
「あの男、副団長殿とお知り合いの様です……」
「はぁ?知り合い?なら説得してー!王女を返せー!そしてお家に帰してー!」
オルヴァーハに向けて叫ぶが聞こえていない。
すると突然ティトリーが何かに気付いた様にハッとする。
「お前達……魔力は後どのくらい残っていますか」
唐突に切り出された話題に一同は若干困惑する。だがティトリーからこの任務中初めて見る焦りと緊迫感が感じられ、場を盛り上げるために言葉を発したのではないことは確実だった。
「あたしはもうほとんど残ってない。あんたが回復を手伝ってくれてたらもっと残ってたんだけどね!」
「そうですか。ゼロではないんですね。ではこれを」
「え、あ、うん……え、何?何があんの?」
ティトリーから少量だが魔力を補填出来る薬を受け取り、ラヴラフはそれを飲み込む。
「他は?みんなゴミですか?」
その言葉にストラッシュはムッとするが、ティトリーの口の悪さは今に始まった事ではないので、その先に何か意味があることを祈って突っかかるのをやめた。
「私は魔力はほとんど使っていませんが体力があまり戻っていません……」
「それは俺も必要か?」
ほぼ魔力を殴ること以外に使ったことのないコチカにもティトリーは黙って頷く。
「全員防魔の準備をしてください。最大出力で」
「え?最大?」
ティトリーはぐったりと横たわるヴィーにも小声で話しかけ、それに答えるようにヴィーも小さく頷いた。頭部に触れている手には優しさが込められているのが感じられる。いつもの態度に似合わず、従業員を思う彼の行動はギャップがあって面白いとラヴラフは心の中で笑う。
「今から僕の合図があるまで一切の魔法の使用を禁止します。僕が防魔の基盤を作るので、合図をしたら一気にそれに全力で魔力をつぎ込んでください。失敗すると死にます」
『おいおい……どえらいことをサラッと言う奴だな……』
淡々ととんでもないことを告げ、ティトリーはそれ以上口を開かなかった。真剣にオルヴァーハ達の動向を見つめるその目を見ると、決して冗談ではないことがわかる。必要最低限の情報しか伝えてこないティトリーに不満は募るものの、この状況を打破する案を思いつくのも彼であることは誰もが理解しているのでそれを口にする者はいない。
オルヴァーハに動きがあった。彼の目線は一度祭壇へと移されたが、すぐにこちらへ向けられる。ティトリーは彼の思惑を読み取り首を横に振る。今この場を離れると自分たちが生きて帰れない。それを見たオルヴァーハは渋い顔をし、そのまま祭壇へと駆け出そうとする。
「……!?オルちん何してんの!?ユキたん放っておくつもり!?」
「あいつの優先順位が明確になりましたね」
「え?」
ティトリーは皆がいる方を見ると一層怖い顔を見せる。
「おそらくもうすぐです。準備は整っていますね」
「何が起こるの!それくらい教えてくれていいじゃない!」
「うるさい」
再び背を向けるとティトリーは口を噤んだ。
「ユキ!違う、お前を選ばないとかそういうことではなく……」
「思わず駆け寄りたくなるほどお姫様に会いたかったんだよね。なんせ冥君を連れてくるのに十年も費やしてるから……」
「リーマ!お前は黙ってろ!」
この見えない壁が行く手を阻む。何度も出ようと試みるが突破口が見つからない。
心なしか幸広から出る瘴気が濃くなってきているように感じる。
「ふふ、必死だね。二股かけてた男みたい」
「ふざけるな!ここから出せ!」
「でもまぁもう疲れたからここらで冥君の潜在能力でも確かめようかな。それ次第ではぼくがキミを連れて行ってあげる。優遇するよ」
ニコニコとリーマは幸広の頭を撫でる。幸広の耳にはもうほとんど声は聞こえていないようだ。
「何をする!ユキに触れるな!」
「大丈夫、冥君。キミはなぁんにも悪くない。悪いのは全部キミの親だ。何も気負いすることはないよ」
地面にへたり込んだ幸広を背中から抱きしめるように、そしてどんな小さな声も届くように耳元へ顔を近づける。リーマの体からは幸広に触れている影響で瘴気で焼け、大量に蒸気が発生してきている。
「生きてるよ、キミの妹。結ちゃん。あの時こっちに連れてきたんだ。キミももう会ってるよ。綺麗になってたでしょう」
びくりと肩を震わせ、幸広の目が恐怖に見開かれる。
「でもねぇ。あの時のことずーっと、今でも覚えてるんだって。今でも目に焼き付いているんだって。痛い、痛いって今でも傷が残ってる。だからさ……」
幸広の体はガタガタと震えている。やはり耳を塞ごうとするが、抱きかかえられているので身動きが取れない。
嫌でも聞くまいと、声にならない声をあげる。
「キミもそろそろ向き合ったら?そんな風に逃げてるからまだ恨まれてるんだよ?ちゃんと謝らなきゃ」
「あああぁぁぁあぁあ」
「リーマ!?やめろ!」
リーマは幸広にしか聞こえない声で耳元で囁く。
「君は−−−……」
その瞬間幸広の意識が飛び、大きく崩れ落ちる。
ティトリーはそれを見て慌てて防魔を立てた。
「お前ら全力でやれ!!」
「え!?わわわ……」
ティトリー含む四人と一頭一体は言われるがままに魔力を防魔に流し込んだ。
その瞬間、幸広がいた辺りから街をも覆うほどの大爆発が起こった。
次話には多少の流血・暴力的描写があります。15歳以下の方は閲覧しないでください。




