第九話 你好!水谷拓海だよ!
俺は水谷 拓海。舞島稔の高校時代の親友だ。今、中国にいる。映画によく出てきそうな、屋台がいっぱいある人の多いところにいる。
何も考えずに、バスの行く方に電車の行く方に足を運ぶ。携帯なんて持ってない。財布なんて、ボロボロがま口の、祖母が昔作ってくれたもの。よれよれで汚れた服装に、おんぼろのバカでかいリュック。
「あ、おばちゃん! それちょうだい! いくら?」
「はいよ」
蛙の串揚げを一本買う。これが地味に美味い。
「なんか鶏ももみたい」
屋台で買い食いをしながら歩いていくと、市場を抜け、小さな商店街に来たみたいだ。
茶屋に入り、お茶を一杯頂く。
「ぷはぁ~。いやーいいね、気の向くままに足を運ぶって。おじちゃん! ごちそうさま!」
リュックを担いで、また進む。
人通りが多くなってきた。バイクや、自転車、タクシーなんかも増えてきた。山羊を背負ったおじさんや、靴磨きの少年。バイクの修理をする少女。野菜を売るおばさん。屋根の修理をするおじさん。子どもを三人連れたお母さんなど、本当に人がいっぱい。
スキップしながら進んでいた時、誰かが後ろからぶつかってきて、大きく転倒してしまった。
「いったたた……」
「不好意思!」
二つの三つ編みおさげの女の子だった。その子は布包みを抱えていた。でもやけに大きい……、女の子よりも大きかった。女の子は足をくじいたらしく、足をつかみ苦しそうだった。
向こうから男の叫び声がして、女の子はその方を見た。切羽詰まった顔で俺を見て、急いで立ち上がる。
「逃げなきゃ!」
女の子はそう言って、足を引きずって走り出す。
後ろからサングラスをかけた黒いスーツの大男が何人も走ってくる。
「どこの映画のキャストかな……?」
なんだか怖くなってきて、女の子を抱きかかえて思わず俺も走り出した。
「うわぁぁぁぁ何コレ何コレ何コレェェェ!?」
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
馬車の間を抜け、車に引かれそうになりながら走る。干してあった下着が顔にかかる。お店から飛び出た商品の棚を蹴散らし、商品のゴキブリが顔に大量に張り付く。揚げ菓子の屋台に突っ込み、菓子が口に飛び込んでくる。
「むごっ!?」
「好吃~」
走って走って、橋を走る。歩く人を蹴散らし、警察官も連れて走る。
「うそ~! おまわりさんまで来ちゃったよぉぉぉ!!」
夢中で走って、体が大きく下に下がる。ううん、落ちたんだ。
「あ……」
「お!」
「あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
あぁ……お母さん、お父さん。こんな息子をここまで育ててくれてありがとう……。稔、元気かなぁ……。
俺、死ぬのかなぁ。
――ドブン
「げぇっほげほげほ、おぅぇ、ごふっ……」
どうやら滝に落ちて川を下って、なんか森の中についたみたいだ。
「うぅ……吐きそう……」
もう大男たちはついてこないみたい。
俺は草の上に仰向けになった。
「あ……あの!」
「ん……?」
「ありがとうございます!」
女の子は拳包礼をした。
「あー、いいよ。俺も怖くなってテンパってやったことだから」
力なく手を振ると、女の子は申し訳なさそうな顔をした。
「お礼をしたいのですが、私は何も持ってなくて……。この包みも、師父に頼まれたもので……」
この子に何もさせてあげれないのもなんだかなぁ。
「……そうだ。今晩泊まる所を探していたんだ」
そう言うと、女の子の顔が明るくなる。
「この森を抜けた先にあります!」
女の子の後をついていく事にした。
「――ねえ、もう日が暮れそうなんだけど……」
「おかしいですねぇ。確かここらへんだったはず……」
女の子は首飾りを取り出し、
「本当に大事な時しか使っちゃダメって師父に言われてますが……オキャクサンが使えって言ってたって言えば大丈夫ですよね?」
「俺のせい!?」
女の子は首飾りを両手で包むと、呪文を唱えた。すると、首飾りの石が光って光線が森の向こうを指す。
「この先です!」
岩だらけの山を登ると、霧の切れ目から建物が見えた。それは古風な中国の伝統的な建物で、なんとも風流な物だった。
目の前に長ーい階段が構える。
「え!? これ登るの!?」
「えぇ。普通でしょ?」
「俺にとっては普通じゃない!」
最初は軽快に上っていたが、半分も登り切っていないところでもう一段一段が酷く重く感じられた。
「あ……足がァ……!」
階段をどうにか登り切り、門の前で倒れ込んだ。
「師父ー! オキャクサン連れてきましたー!」
門が開く。あぁ……桃のいい香り……。ここは桃源郷……?
「どうも。私の弟子がお世話になりました」
白くてフワフワしたあの階段みたいに長ーい髭のおじいさんが深々と頭を下げる。その横で女の子も下げる。
「い、いえそんな! 先ほど説明した通り、俺はテンパった勢いで……!」
まあ、いっか。
「実は、この子の持っていた包みの中にはこれが入っているのです」
おじいさんが見せたものは、金属でできた、大きな丸盾だった。
「でっか!!」
「これは私の遠いひいおじいさんから託されたもので、しばらく父の友人である師匠が持っていたんです」
「はあ、何ともややこしいお話で……」
おじいさんは続ける。
「コレの本当の持ち主が現れまして、お返ししようと思いましてね」
「ほお」
「私がちょうどこの子くらい……17でしたかな。師匠のお家に取りに行って、父にお見せしてから持ち主に渡そうとしたところ、師匠のお家に泥棒が入りまして、この武器を奪われてしまったのです」
「なんとも酷な事で……」
「それからこの武器は人間の私利私欲のままに悪事に使われまして……」
「うん……」
「なんとお悲しいことか……! うぅっ……!」
「う……ん……」
「神聖なるこの武器がそんな事に使われており、私は許せませんでした。ですので、持ち主の仲間の方に頼み、どうにか取り巻く人間を倒すことが出来ました。そして、その人間がいなくなった今、この子に取りに行かせたのですが、まだ人間の欠片がいたとは……」
「……」
「これを日本に届けたいのですが、この子は日本語が話せません。それに、このような山の中。世間なんてさっぱり知らない子ですから……。途方に暮れておるのです」
「……グウ……」
「こらっ、寝るでない!」
桃饅頭を顔に投げつけられた。
「ほぁッ!?」
おじいさんと女の子は桃饅頭を食べながら、
「あー、なんかこう、救世主みたいな人いないかなー」
「メシアいないかなー」
……何でこっち見るの?
「師父! このオキャクサマは日本人なのに中国語がものすごくうまいです! 桃饅頭うまい」
「何!? どおりで! 言葉遣いは酷いが、コイツなら任せれそうだ! 桃饅頭ウマウマー」
「えー」
「だが、コイツはなよなよ過ぎる! なよ竹!」
「大丈夫! 師父が鍛えればいいある! 熊猫!」
「あー、お茶おいしい」
「そうあるね、お茶おいしい」
二人はお茶をすする。
「てなわけで、よろしく頼むぞ。メシアよ!」
「メシアよ!」
え~。
すると女の子が礼儀正しく座り直し、
「自己紹介がまだでした。私の名前は鈴麗。こっちは師父の師父。名前は知りません」
「え。名前がシーフーじゃないの?」
「師父は師父! 桃饅頭は桃饅頭! 熊猫可愛い!」
……詐欺じゃないことを願う。
そして、なんかよくわからない状況と共に、俺はこの宝の武器とやらを持ち主に届けるため、日本へ向かう事となった。
お父さん。お母さん。稔。俺、なんかすごいことになっちゃった!
どうしよう!
何コレ!
ゴキブリってやっぱり食べられるんだね! 四本足なら机以外食えるんだネ!