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楔荘 破~聖女と楽園の真実~  作者: 五月雨 禊/作者 字
8/21

第八話 二つの存在

 タチキリが急に起動する。

「ピピッ、信号ヲ受信シマシタ。データニ音声キーヲ設置――」


『小町さん、ちょっと制御室に来てもらえませんか?』

 電話で研究員の一人が小町を呼び出す。

「何よ~……こっちは徹夜で死にそうだってのに……」

 小町は徹夜で酷い顔と髪で制御室に入った。

「うわっ、小町さん……」

「何よ。呼んだのはアンタでしょ」

「そ、それよりこれです」

「んー?」

 小町は荒れかえった髪をかきあげる。パソコン画面を覗くと、信号受信の跡のデータが表示されていた。

「コレいつの?」

「つい先ほど。10分程前ですかね」

「……このデータ、ベースも何もかも、これに関する全てを私のパソコンに送ってちょうだい」

「全部ですか!?」

「何よ」

「わ、わかりました……」

「あ、一応そのデータは印刷してちょうだい。それは別の研究機関に書類を送った方がよさそうだから――」


 尊は片腕を矛盾化させて大きな蟹の鋏を出すと、黒曜石の原石を砕いていく。出てきた欠片の中から一つ選び、電動ドリルのやすりで研磨していく。仕上げにフェルトで磨き光沢を出させ、皮で作った紐に通し、

「できた……!」

「兄さん、何やってるの?」

「か、要!?」

 物を後ろに隠す。

「えーと、その……」

「何。目が泳いでる」

「あーー!!」

 尊が大声で窓を指さす。その方向を要が見ると、

「……何もないじゃな……」

 要が振り向いたときには、尊はそこに居なかった。


「はい、禊。あーん」

「あ、あー……」

 嫌好が切ったりんごを禊の口に入れる。

「おいしい?」

「うん。農家の人の愛がいっぱい入ってる」

「俺の愛は!?」

「重い……」

 困った顔で黙々とりんごを食べる。

「……ねえ、禊。最近やけに華奢じゃない?」

「そう?」

「うん。この前体拭いたときに思った」

「……一体何を考えて拭いてたの……?」

「色々」

「怖いよ!」

 嫌好も寝てしまった夜中の事だった。

「風呂入りたいな……」

 禊は数日寝たきりで風呂に入れず、体を拭くだけだった。日本人の熱い湯に浸かりたい血が騒ぐ。

 おぼつかない足で風呂に入る。

「お湯はもう抜いてある……シャワーだけにするか」

 シャワーの蛇口をひねり、湯を頭から浴びる。

 石鹸を手に取ったとき、

「う゛ッ……!?」

 心臓が締め付けられるように痛い。

「がぁッ、あ、ぅ……!」

 湯船の縁に手を着き、左胸を押さえる。口から涎に混ざった血が流れる。胸に亀裂が入り大きく裂け、中から右手が出る。その光景に目を疑い吐き気がした。

 体から血まみれの人間が一人、湯船に滑り落ちる。足を滑らせ、禊も湯船に落ちた。

 禊は朦朧とする意識の中、必死に起き上がろうと湯船の中から顔を上げてドアの方を見た。曇りガラスの向こうに人影が一人、見えた気がした。

 とうとう意識が飛んでしまい、禊は湯船の中に倒れた。


 朝になって尊が禊の部屋に入ると、

「禊ー! 朝だぞー! 今日も俺様特製スタミナ抜群朝飯をお見舞いしてや……る……? あれ? どこ行った?」

 めくれた布団の中は空っぽだった。

「禊ー?」

 家中を探す。

「この家またデカくなったよなー、最初より3部屋増えてやがるぜ……」

 尊はため息をつきながら部屋を一つ一つ見ていく。

「禊―? オイ禊―! どこ行ったんだよぅ! 朝飯冷めちまうぞー!」

 家の中は嫌に静かだった。

 風呂場の電気がつけたままなのに気付く。

「オイ誰だよもー電気つけっぱなし。また怒られるの俺じゃん……」

 渋々電灯を消そうとしたとき、シャワーの音がするのに気づいた。覗いてはいけない気がしたが、確認のために少しだけ覗いた。

 お湯が出たままのシャワーと石鹸が床に落ちていて、床には血が点々と落ちている。

 脱衣所の籠の中を見る。

「禊の服がある……」

 嫌な予感がして風呂の中に入り湯船の中を覗くと、中には血まみれの禊と、よく似たもう一人が横たわっていた。

「禊……!?」

 服が濡れることも構い無しに、尊は禊を抱きかかえた。

 だが、顔を見るなり、

「違う……確かに禊だけど、今までに見たことない……いや、ちょっとだけ違う」

 もう一人の顔を確認すると、

「こいつもだ……似てるが、どこか違う……」

 尊は困惑したが、

「……こ、小町を呼ぼう! えぇとスマホ、スマホ……」


「――アァ~ッ! 徹夜明けの小倉トーストは最高だわ~。特にこの餡子! 甘すぎず、クリームもほんのり甘い……絶妙~!」

 小町が組織にある行きつけのカフェで朝食をとっているとき、スマホが静かに机の上で暴れだした。

「何よ、ウンコ」

「俺だ! ……ってウンコまたぁ!? じゃなくて! 大変なんだよ!」

「……えぇ?」


 嫌好が研究棟の特別無菌室の前の廊下を走る。

「嫌好、こっちだ!」

 尊が呼んで捕まえる。

「禊は!?」

「おちつけ、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け……」

「いや、尊が落ち着けよ。カレー食べるか?」

「あ、うん。……って!!」

 気を取り戻して、

「――ってことなんだ」

「あぁ……禊……可愛そうに……」

 嫌好は慈悲深げに震えだす。

「おい。話聞いてるか?」

「尊にそんなひどい事されたんだね……」

「俺は何もしちゃいねぇよ、オイ!」

「でも尊のごはんがまずいって愚痴ってたよ……?」

「うッ……」

 何も言えずに戸惑っていると、小町が部屋から出てきた。

「小町!」

「……今この場で私の口から言うのは難しい。折り入って後で話そう」

「まず一つだけ聞かせて」

 嫌好が前に出た。

「なんだ」

「もう一人は誰なの……?」

 小町は困ったように一瞬ためらったが、

「……禊だ」

「二人とも?」

「あぁ」

「本当に?」

「あぁ」

「絶対に……!?」

「何が聞きたい」

「じゃあ、本当の禊はどっちなんだ!? 偽物は! 偽物は!?」

 嫌好は小町の肩につかみかかった。

「嫌好、落ち着けって!」

 尊が嫌好を抑え込む。

「……資料を後で渡そう。DNA検査まで全てやった」

 自分が信じがたい事が真実なんだと悟り、嫌好はその場に座り込んだ。

――ピッピッピッ――

 ハートモニターが規則正しく鳴る。

 廊下側の壁についた、室内が見える窓から嫌好が心配そうに見る。

「嫌好」

 事を聞きつけてやって来た要が呼ぶ。

「……酷い顔だね」

 要が嫌好の頬に触れる。

「……触るな」

 嫌好は穢れ物を祓うようにその手をはらった。

「かわいくないなぁ。一睡もしてないでしょ?」

「こんな状況で寝れるかよ」

「……愛されてるんだね」

「は?」

「愛があって、良いね」

 聞こえたかどうか分からないが、

「……ほんと、羨ましくって憎たらしい……」

 小声で言った要に嫌好は首をかしげた。

「大丈夫。ここは本支部の医療機関とつながってるから、小町さんのところの研究員も張り込みで見てるし、何より小町さんが徹夜で頑張ってるから」

「……小町は?」

「休憩室で仮眠中。そこの廊下の角、自販機があるとこ」

 廊下の向こうを見るなり、嫌好は小町の元へ行った。優しいまなざしで見ていた要の目が冷める。

「ねぇ、禊。君は本当に素晴らしい論文を残してくれた」

 古いファイルを取り出す。

「このまま僕の仕事が終わるまで目覚めなければいいのにね。そして、目覚めた時には……」

 言葉が廊下の角で要の独り言に気づき、立ち止まって耳を澄ました。

「君の夢が欲しいなぁ……」

 その言葉の意味が分からなかった。

「あのファイルは……禊が昔持ってた……」

 こっちに来る要を見て、言葉は急いで窓から外に出た。


――――――。


 白くて薄い瞼がゆっくり上がり、黒曜石の目に光が差し込む。

 細い手で呼吸器を外す。

「んッ……ンん……」

 上体の骨を徐々に鳴らしていき、起き上がる。

 横のベッドに目をやる。

 そいつはベッドから降り、隣のベッドに乗り中の人間の上に馬乗りに座る。呼吸器を外し、鼻をつまみ口を押える。

「ん……ク、ぐぅ……が……」

 下の人間はもがき暴れだす。

「ぶはぁッ!?」

「……おはよう」

「誰!? ……あ」

「いぇーい、存在クンだよー」

「いや、お前違うだろ」

「違くない」

「じゃあ何でそんなに表情硬いんだ?」

「禊、知らないの? 俺は朝は低血糖&低血圧系男子なんだよ」

「いや知らねぇよ」

 存在は禊の顔に触れ、肩に顔をうずめた。

「え、何!? くすぐったい……ヒヒヒ」

 存在は大きく呼吸すると、顔を離し、

「……他人の匂いがする……」

 禊の左手を取り、自分の左胸に当てる。

「……動いてる……?」

 禊は疑問に思った。

 そして、禊の左胸に左手を当て、

「……君も、動いてる」

「どういうこと? 心臓が二つ……」

「簡単な話。俺は中身で、君は七つの石のつまった宝石箱」

「宝石箱の中には宝石しかないでしょう?」

「自分で考えて」

 無菌室の扉が開き、看護師とよれよれの白衣の小町が入ってくる。

「検査に来ましたー。きゃぁ!?」

 看護師が叫び声をあげる。

「うーん。大きさはちょっと大きいか……。柔らかさも微妙。ダメだなー」

 存在が看護師の胸を鷲づかみにしていた。

「ちょ、存在!? 何してんの!? うわぁぁごめんなさい! 存在、今すぐ土下座!」

 禊が存在の首根っこをつかむ。

「ななな何なんですか!?」

「スケベな年寄り患者だと思ってて」

 小町が注射器を取り出すなり、それを存在の腕に思いっきり刺し薬を注入する。存在は人形のように動かなくなってしまった。

「安心しろ、麻酔薬だ。検査が終わるころには目覚める」

「立てますか?」

 先ほどの看護師が禊の手を取る。


「う……うぅ……」

 存在が目覚める。

「あいっ、ててて……」

「大丈夫?」

「偏頭痛なんていつもの事だ」

 存在はベッドから降り、禊のベッドに乗る。

「な……何?」

「いや、他人のベッドっていいなって」

「変な趣味」

 存在は笑う。

 だがすぐに真顔になり、

「乳を揉ませろ」

「……はぁ!?」

 禊の病衣をつかむ。禊は脱がされないよう、必死で抑え込む。

「ちょ、は? 何!? やめ……あぁぁ!!」

 ベッドがギシギシ鳴る。

「んにゃろう!」

 禊は存在の胴を足ではさみ、頭を胸に押さえ付ける。

「はは……身動きできないだろう!?」

「……貧乳……」

「誰がまな板だ!! ……え?」

「やっぱりな」

 存在は禊の上で全身の力を抜く。

「七つの石と宝石箱、そして中身が入っていたから雌雄同体を保っていられたが、大きく異なる二つが分離した。だから、男女に分かれた」

「じゃあつまり……」

「俺が男で、お前が女だ」

 禊の顔が引きつる。

「俺の昔の論文どこにやった?」

「多分、一番古い棚の中に……無表記-000番だと思う」

「そこに書いてあるはずだ。美しい罪が」

 存在は口元に人差し指を置き、

「存在の美と、性別の美……」

 存在は口角を引き上げて不気味な笑みを浮かべた。

 禊は背筋がゾクッとした。

 その時、部屋の扉が開き忍が現れた。

「禊さーん! お見舞いの許可が出たんで……」

 部屋に入って来るなり、眼鏡にひびが入った。

「ふ、二人の可愛いらしい怨さんがぁ……」

 忍が床を這ってベッドに近寄る。

「うぇ~い。禊の生足~」

 存在が禊の足を撫でる。

「ひぃっ!?」

 すると共にやって来た小町がクリップボードで存在の頭を叩いた。

「この変態」

「女の子はおいしいぞ?」

 小町がため息をする。

「旦那様っ!」

 後ろから飛び出した言葉が存在と禊を抱きしめる。

「うむ。悪くない乳だ」

「こ、言葉……!」

「ご無事でなによりです!」

 言葉は涙目で禊に頬ずりした。

 禊は優しく微笑み、

「ありがとう、言葉」

 言葉の頭を撫でた。

 小さな花束を持った嫌好は、ドアの陰に隠れ中に入れずにいた。

「……誰が見舞いなんてしてやるか。顔も見たくない、考えただけで吐き気がする……」

 悔しそうに歯を食いしばると、その場を立ち去ってしまった。

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