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楔荘 破~聖女と楽園の真実~  作者: 五月雨 禊/作者 字
6/21

第六話 嵐の前の静けさ

 本支部、矛盾専用業務室。

「う……いてて」

 禊がこめかみを押さえる。

「大丈夫か?」

 尊は心配そうに禊の顔を覗いた。

「偏頭痛が酷くてさ……、げほっごほ……」

「お前、最近咳酷いよな。オバサ……小町んトコ行って薬をもらって来たらどうだ?」

「そだね、ちょっと行ってくる。あ、この論文を資料庫に片しといてもらえない? 番号振ってあるから、その棚に……」

「わぁってるから! ほら、お前はさっさとあのババァんトコ行ってこい!」

「……絶対後で殴られるぞ……」

 そう言い残し、禊は小町の元へ行った。

「――ウイルスでも菌でも、なんでもなさそうだな……。異物でも肺に入ったか?」

「肺だけに?」

「ダジャレじゃないぞ、ったく……」

 小町はため息をついた。

「仕事に支障は?」

「お前次第だな。あまり無理はするなよ」

「おう」

 案外明るい笑顔を見せる禊に、小町は少し驚いた顔をした。

「とりあえず咳止めを出しておこう。また何かあったら来い」

「いぇっさー」

 愉快に敬礼をする禊を見て、

「……その調子なら大丈夫そうだが……」

 ふと、禊の目に気が付いた。

「ん? 小町、何だ?」

 目を見つめる小町を不思議そうに見つめ返した。

「いや、何でもない」

 気のせいだろう……小町はそうごまかした。

 とりあえず禊はもらった薬を飲み、中国へ飛んで行った。

「――禊、最近仕事仕事で構ってくれないから嫌い!」

 論文のチェックをする要の横で頬を膨らませる嫌好。

「仕方ないだろ、本支部長なんだから……あ、ここ誤字」

「こんな色魔と遊ぶのもつまんないし」

「あ?」

 要は眉間にしわを寄せて嫌好を睨んだ。

「禊と観光しながら仕事したいな~」

「甘ったれてんじゃねぇよ」

 要が嫌好の頬をつねる。

「あにふんだお、鳥」

「鳥と決まったわけじゃないよ」

「何?」

「小町の研究結果が100%正しいってわけじゃないから、本当に鳥類の矛盾ってわけじゃないよ」

「マジ!?」

「言葉は虫と言われていたけど、どうやら説が覆されるらしいし……」

「じゃあ禊と俺は、実は前世で離ればなれになった夫婦とか!?」

「……バカァ?」

「あ゛ぁ!?」

「君と話してるとこっちまで馬鹿になりそうだ……」

 要は額に手を当てため息をついた。

「るっせ! 焼き鳥にしてやる!!」

 威嚇する嫌好を後に、要は資料庫に向かった。

 資料庫の棚を一つ一つ目で追っていく。

「B-137……138……あ、あった」

 棚に論文の入ったファイルをしまう。

「よぉ、要」

 後ろから声がして、急いで振り返ると、尊がけだるそうに手を振っていた。

「何で兄さんがここにいるの。今、捕まってるんじゃないの?」

「いやいや、確かにそうだけどさ……。本支部内なら禊の許可があればうろついて良いみてぇだ」

「じゃあ、普段は機密部のあの家に?」

「おう。暇でしょうがねぇが、住み心地は良いぞ。言葉の料理って美味いんだぞ~!」

「……そう。じゃあ僕はこれで」

 素っ気なく返事をして、軽く手を振り去っていく。

「冷てぇ奴だなぁ」

 尊は耳をほじる。

 要は古びた棚に目がついた。そして、その中の古いファイルの一つを手に取る。

 中を開いて確認すると、何かを見つけた顔をし、それを懐に隠し持ち出した。


 しばらく経った日の事だった。

「んだよ!」

「やんのかゴラあ゛ぁん!?」

 禊と尊がケンカしていた。

 原因はこうだ。尊が酒に酔った勢い(これは関係ないとして)で、『神様なんて所詮、人間の妄想だろ? んなもんいるわけねぇだろ』と笑いながら言ってしまったため、禊の地雷を踏んだのだ。それから1時間近くも論争している。

「貴様はバカだな! 自ら自分が無知蒙昧かつ幼稚な考えしか持ってないことを言いよる!」

 禊は机を叩いた。

「ったりめーだろ! 科学的に考えて見ろ!」

「ほーらまたそれ! 科学だのそんな単語ばかり並べりゃあ良いってもんじゃないんだよ! じゃあ妄想なら、何でこんなにも信者という支持が多いんだ!?」

「そりゃあ、都合がいいから……?」

 言い返すにも知識が追い付かず、疑問形になってしまった。

「大人には大人なりの悩みってのがあるんだよ! 子供のうちは経験も浅く、大人にでも相談すりゃあいいが、大人に先輩っちゅうもんは少なく、経験も厚い。相談して解決できるもんなんてのは無いんだよ! 精神的な事を考えろ! 心理を、真相、論理的な事を考えろ! だからお前は王になれなかったんだよ!」

「それは関係ねぇだろ!」

「あるわ! この論文でも読め!」

 高速でスマホを操作し、論文のあるページを尊のスマホに送る。

「それとこの前書き終わったばかりの論文! これ読んででもわかんねぇってなら、ラクランでも呼んでやる!!」

 禊は執筆されたばかりのレポート用紙の束を尊に投げつけた。

「え゛!? ラ、ラクランはアイツは……」

「うん、わかるよ兄さん。ラクラン怖いもんね」

 要は他人事のように頷く。

 禊はプンスカ怒りながらどこかへ行っってしまった。

「あ、禊、待って……!」

 嫌好が後を追ってその場を去って行った。

「……なんであんなこと言ったの、兄さん?」

 要が頬杖をついたまま訊ねた。

「……別に」

「らしくないね」

「……目だよ……」

「ん?」

「っあーもう!! マジ腹立つ!! 神がなんだとかどうとか、意味わかんねぇよ……! フツーに生きててそれでいいだろ!」

 尊も部屋を飛び出した。

 さっき、尊は“目”と言った。

「多分、禊の顔をよく見る人なら気付いてたと思う。怒って赤く光っていたけど、その光が弱々しかった。消えかかっているって言うのかな。消えても翡翠色のいつも通りの目になるのに、黒がかっていた……」

 要は一人、誰もいない部屋でぶつぶつと考え込む。

「黒曜石……」

 ふと思い出した、昔の事。この前見つけた論文と言い、何か引っかかる。何か隠してるのでは、と少し疑った。

 見つけた論文を書いたのは、アメリカ支部に居たアメリカ人の一般の男。大した能力を持ったわけでもない人間があんな事が書けるはずがない。それに、他の論文も別の人間が書いたにせよ、特徴がバラバラでも、よく読むと共通点がある。禊の論文にもある、他にはない点。要はそう見解した。

 一つの埃に汚れたファイルを開く。

「英文で書かれてはいるが、全文が英文でないところも不自然だ。ほかの言語で書かれている中で特に多いのは英文、その次がスワヒリ語。何故ここでスワヒリ語がつかわれているのかが謎だ……」

 他にも、死語となってしまったコプト語やゴート語、トカラ語などで書かれていた。資料の中に古い写真も多くあり、文字の書かれたなめし革の写真などもあった。

「他は何語かはわかっているけど、唯一これだけがわかってない……」

 ビニール袋に入ったパピルス紙を出す。物はかなり古いものだが、保存状態がとても良かったため今も綺麗な状態で残っている。そこに書かれている文字は今まで誰も見たことのない、どの学者も未だ知りえたことのない文字だった。

「紙自体は1000年ほど前のものだけど、文字が古すぎるのか、他で一切見つかっていない……」

 要は頬杖をついてため息をつく。

「しばらく組織を留守にしていたけど、無駄じゃなかったね。地球のあちこちをほじくり返して正解だったよ」

 机に突っ伏して腕の中に顔を伏す。

 沸々と心の毛穴から何かが染み出るのを感じた。

「アァ……の聖女……終天の娘よ……」

 要は思わず笑みがこぼれ、肩を震わせる。

「黒の君が見る世界を、僕も見てみたい……」

 口が裂けてしまうかと思い手で押さえるも、上がった口角はなかなか下がらなかった。


――――――。


「ごほっ……」

 禊の咳はなかなか止まらなかった。嫌好はスマホに向かって、

「オイ、たい焼き! お前ちゃんとした薬渡したんだろうな!?」

『んだとタコ焼き!! こっちはお前みたいな遊んでばっかのニートとは違うんだよ!』

 電話の向こうで小町が怒鳴っていた。

「嫌好、ありがとう、心配してくれて。俺は大丈夫だから……」

 禊は嫌好に笑みを向けるも、なんだか弱々しかった。

 せき込んだ勢いで吐き気がした。

「ねえ、マジで大丈夫?」

「……っせー、全部あいつが悪ぃんだ」

「あいつって?」

「……海老」

「あぁ、尊の事か」

「こんにゃろー、今晩の鍋のおかずにしてやる」

「鍋かー」

 嫌好が今晩の夕飯の妄想にふけっていると、禊はスーツケースを持ち、

「すまん、嫌好。そろそろ出かける」

「どこに?」

「一旦オーストラリアに行って、ラッキーの所に物をもらって、そっからまたマカオに行って、香港寄って……」

 指を順に折っていく。

「禊……」

「大丈夫、観光感覚で終わらせる仕事だから。この一山終わったら長期休暇取るつもりだから、その時出かけような」

 禊が嫌好の頭に手を置くと、嫌好は嬉しそうに頷いた。

 スーツの袖のほころびを気にしながら、禊は歩き始める。

 が、その時、

「ごほっ、うっ、ガハッ……!」

 突然、禊がその場にしゃがみこんだ。

「禊!?」

 床には血が広がっていて、口から血が滴っていた。

「大丈夫!?」

「早くしないと、飛行機の時間が……」

「ダメだよ! どうしよう……誰か……!」

 壁に体をもたれながら、禊は足を進める。

 体を支えていた足に力が入らず倒れそうになった瞬間、

「危ない!」

 嫌好が手を伸ばそうとしたとき、黙って尊が禊を支えた。

「尊……」

「変な無理すんじゃねぇよ、このアホ犬……」

 尊はため息交じりにそういうと、禊に肩を貸した。

「――咳のし過ぎで気管がやられたみたいだな」

 小町はため息をつきながら椅子の背もたれにもたれる。

 機密部の家の、禊の部屋で安静にさせた。

「小町、あとは俺がやっておくから」

 珍しく尊が真剣な顔で小町に向いた。

「お前に? プライドとウンコの塊の尊に?」

「ウンコってなんだオイ」

「ウンコネタ好きじゃん」

「まあ、面白いし……」

 尊は困ったように目をそらす。

「小町さん、私もついておりますから……!」

 言葉が身を乗り出して小町の顔を見る。

「言葉がいるなら大丈夫だろう」

 禊が仕事できなくなった分、自分が頑張らねば、と自覚した嫌好は荷作りを始めた。買って未だ数回も着ていないスーツをクローゼットから出す。

「禊の買ってくれたスーツを使う時が来るなんて」

 とりあえずオーストラリア支部に向かった。

「あれぇ禊さんじゃないダスか?」

 ラクランが不思議そうな顔して出てくる。肩には釣ったばかりの魚が入った袋を担いでおり、腰には浮き輪があった。

「うるせぇ。さっさとブツ出せ」

「不愛想なヤツダスなぁ」

 ラクランは困った顔をして魚の入った袋を差し出す。

「まあ言いダス。とりあえず手土産に持って帰れ。今、例の物を持ってくるから」

 物々しいアタッシュケースを渡される。

「お前には重いだろうから……」

「それくらい持って行ける!」

 見栄を張って嫌好はアタッシュケースを受け取るが、あまりの重さに足の上に落としてしまった。

「やせ我慢はしない方がいいダスよ」

 童顔でかわいい顔した笑顔のラクランが頭を撫でる。歳の差と身長差といい、嫌好は色々と屈辱だった。

 その後すぐにマカオに向かい、

「おや、珍しいですね、嫌好さんが私のトコに来るなんて。あ、エッグタルトどうです?」

 焼きたてのエッグタルトを手に健良が出迎える。

「ヌンチャクよこせ」

「はい?」

 ラクランの元での屈辱がまだ残っており、嫌好はかなりイライラしていた。机の上に乱暴にアタッシュケースを置く。健良は机に傷が付かないか心配そうだった。

「へぇ、禊さんが……。だから貴方が珍しく仕事をしているんですね。あ、お茶どうぞ」

 ジャスミン茶を出される。

「ニートで有名な貴方が仕事してるもんですから、終末でも訪れるのかと一瞬思っちゃいましたよ」

 健良はいつも通り変わらず平和な笑顔で笑う。

「喧嘩売ってんのか、あ?」

 次に香港。ここではかなりの上級の者と会食をし、マフィアを片づける。

「ねぇちゃんはいらねぇ。さっさと鶏蛋仔とマフィア出せ」

「な、なんだね君は!! 礼儀を知らないのか!?」

「マフィア片づけてやってんだから文句言うな!」

 嫌好の怒りはかなりピークを達していた。

 最後にアメリカの上司との会議。

「Hey! 見ない顔だね! 会議の前に……見てこの写真! 大きなブラックバスだろう!?」

 太鼓腹の白鬚の親父は得意げに写真を見せてくる。

「そしてこれがその時のブラックバスで作ったGyotaku! えっと……日本語で“魚拓”だったかな?」

「おいジジイ、さっさと会議始めろ」

 嫌好はこの上なく不機嫌だった。

「君はビジネスを知らないのか? これだから日本人は……」

 アメリカの上司はやれやれとため息をつく。

「うるせぇ! いいからこの書類にサイン書け!」

 机に書類を叩きつける。

「まあそうカリカリするなよ! 君は見た感じまだまだ若いんだから、もっと人生楽しく生きなくちゃ! ところで君、キリマンジャロは登ったことあるかい? この前登ったらね~!」

 嫌好は、禊がストレスをためる理由がなんとなくわかった気がした。

「ホラ可愛いだろう!? 孫娘なんだ~! 幾つだと思う? 3つ! キャー可愛い! もうおねだりされてばかりで、この前こんな大きな――!」

「お腹すいたなぁ」

 嫌好は上司の上の天井を眺めた。

(今日の夜、何食べようかな……)

 ずっと上の空だった。


――――――。


 何だろう、この感じ。夢のような、現実のような……。何もない感じ。

 ……あれ? 何で。見たことない小さな青い花の花束が、手に。

 目にそう見えてるわけじゃないけど、感覚的に、部屋が歪んでいる気がする。床の中央がくぼんで、ズルズル引き込まれていく感じ。

 頭の中が空っぽになって、自我が消えそうな感じ。

 あ、まただ。昔もあった気がする、こんな感じ。

 頭の中で鐘が鳴る。頭の中で響いて、波が頭を打つ。

 意識を保っていないと、自我が消えてしまいそうな、何かに飲み込まれてしまいそうな感じ。

 数えなきゃ。1000から7を引いていく。9993、9986……。

 気分が悪い。気味悪いって言うか、頭の中と体の中に汚物が入っているそんな気持ち悪さ。

 思い出せない……何だっけ。この場合……『誰だっけ』って言うべきなのかな。誰だ……。

 なんとなくわかった。大事な人……かな?

 なんとなくわかった。多分、俺を呼んでる。

 なんとなくわかった。笑顔だ。そして、その笑顔は今まで会ってきた人間の中で一番きれいな笑顔なんだと思う。

 なんとなくわかった。それが、俺の生きる目的だって。


 夢という水の中から這い上がった気分だった。

「ぅ……」

 眩しい電光が煌々と照らしてくる。目の奥が痛い。

「――オイ」

 禊の顔に影がかかり、眩しさが半減する。

「起きろ!」

「ぉ……」

「起きないなら……こうだ!!」

 脇腹に気持ちの悪い、くすぐったい感覚がする。

「あひっ、ちょ、やめっあははははは!!」

「参ったか!?」

「ま、参った参った!! あひゃひゃひゃ!!」

 ようやく解放され、息を整える。

「おはよう、禊」

 尊がほほ笑む。

「俺、一応獄中にいるようなもんだから暇なんだよ。だからお前の面倒見ることにした」

「プライドとウンコの塊のお前に面倒見るだぁ? 無理無理無理。絶対無理」

 禊は手のひらを横に振った。

「や、やってみなくちゃわっかんねーだろ!」

「あー、ハイハイ。仕事増やすなよ」

 禊は鼻先で笑う。

「あと何でウンコ!」

「うるせぇウンコ」

「お前だってウンコじゃん!」

「ばーか」

 お腹を抱えて二人で笑った。

「咳のし過ぎで気管やられて吐血したんだってな」

 尊はぬるい薬草茶をグラスに注ぎ、禊に渡した。

「お腹空いたか? 何か食いたいものはあるか?」

「お前の料理とか怖くて食えないわ」

「俺の料理は怖ぇぞぉ~!」

 尊が不気味な笑みを近づけてくる。

「どっちの意味だよ」

 禊はおかしくて笑った。

「あ、そうだ。アメリカの上司からメール来てるぞ。なんか苦情みたいらしい」

「なんて?」

「嫌好が上司の孫の自慢を居眠りしながら聞いてたって」

「あー」

 禊は呆れたような馬鹿々々しくなったような、力の抜けた笑いを溢した。

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