第二十話 終わりの始まり
小町が難しい顔をしてパソコンの画面を睨む。
ニーアがタピオカドリンクを飲みながら、
「そんな顔してたら、顔のしわがさらに一層深くなるよ?」
「うるさいわね、こっちは今難しいことしてんの。あとちょっとでわかるんだけど……うぅん!!」
小町は顔をしかめて髪をかき乱した。
「私だったら全部わかるのになぁ」
「何だって?」
「でも誰であろうと教えることはできない」
「何故だ」
「だって、日本語にするのが難しいんだもん」
「英語にでもすればいい」
「そうじゃないんだなー。君たちの知っている言葉にできない。つまり、言葉という存在に置き換えることができないってこと」
「何だよ」
「がんばってー」
ニーアはひらひらと手を振ると、小町のデスクにあるお菓子をそっと抜き取り、ばれないように食べた。
禊はアメリカのとある街をさまよっていた。
交差点でのことだった。フードを深く被ったリサが人混みの中に居た。アンナはスマホをいじりながら信号を待つ。
「アンナ……」
リサは人の影からアンナを見ていた。怨んでいるとかそんなではなく、ただ友が愛しかっただけ。
アンナの後ろから人間が足早に近づいてくる。その人間はアンナに追突すると、車道に押し出した。
「アンナ……!!」
リサが駆け寄りアンナの腕を引き、アンナと入れ替わるようにリサは車道に倒れる。アンナは信号を待つ人々の足元に倒れる。
倒れたリサに向かってトラックが流れてくる。トラックの乾いたクラクションが響き、ブレーキが叫び声を上げる。
アンナがリサを見た時リサの口が、
『会いたかった』
そう動いたように見えた。
「リサ――!!」
――ギィシャァァンン……!!
アンナが恐る恐る目を開けその光景を見る。
長い黒髪をヘアクリップで留めた人間の黒い左腕がトラックの顔に刺さっていて、リサはその人間の腕の中に居た。
リサは人間の顔を見上げる。
「……ボス……!」
「迎えに来たよ」
禊の息遣いがすぐ耳元で感じ、リサは胸が高鳴るのが分かった。
「リサ!」
駆け寄るアンナに気付いたリサは急いで立ち上がる。禊は太刀斬鋏を浮かせその上に乗り、リサの手を引く。
「ごめんね、アンナ……」
リサは禊につかまると、そのまま消え去って行った。
「リサ……」
アンナの目から涙がこぼれた。
ユートピアに着いたリサ。
「初めまして。ニーア・アルヴァンドです」
「リ、リサデス!」
「小町だ。えーと、なんかもう説明が面倒になってきた」
小町は矛盾についてなどを手短に説明した。
禊はしゃがみ、
「名前を変えなきゃいけないけど……」
「下の名前はそのままにしてください」
「……わかった」
リサがゆっくり目を閉じる。
ニーアはリサに頭から水を少しかけ、
「リサ。君は今日から、永友 李冴だ」
ニーアはそう言って、李冴の額に口付けした。
「さあ、目を開けてごらん」
開いた目は白群色で、深海で光る命の灯のようだった。
「ごめんね、濡れちゃったね」
ニーアはタオルで李冴の顔や肩を拭く。
「あ、ありがとうございます」
「ところで李冴、お前が何の矛盾かが分かっていない。だから、お前にかなりの量の質問と身体検査が必要だ」
小町は李冴を診察しようとしていた。
「えっえっ??」
戸惑う李冴をニーアはなだめ、
「まあ、とりあえず本支部行っておいで。検査には一週間かかるかもしれないけど、研究員とか、支部の人たち優しいから。怖いのは小町だけだから……」
「おい、ニーア」
「あ、私、用事を思い出したー」
小町に声をかけられ、ニーアはそそくさと逃げていった。
「禊」
外を歩いていた時、嫌好が呼んだ。
「何?」
「思い出したんだ」
「何を?」
「禊が、ニーアと別れてすぐ俺と遭遇した事」
「そうだっけ?」
「うん。夢で思い出した。俺、禊の事殺そうとしてたんだな」
「あー、そんな気がする……」
「……なんか、ごめん」
「最近謝ってばかりだな。ウザいわ」
禊は笑いながら空を仰ぎ見た。
嫌好の顔が和らぐ。
「……禊と結婚できたらな……」
「ん?」
「何?」
「え?」
「え?」
「……」
「……」
二人の間に沈黙が続く。
「お前ら二人で何コソコソしてんだよっ!」
尊が禊の肩に腕を回す。
「禊に触んな……」
「兄さん、抜け駆けは許さないよ」
草の茂みから要が出てくる。
「抜け駆け? 何が?」
「掘ったる」
「え? え?? 要さん? なんか顔が怖いデスヨ……」
禊が幸せそうに微笑む。
「禊、どうしたの?」
「いや、なんか、幸せだなって思った」
嫌好はちょっと驚いた顔して、
「……俺も」
満面の笑みを見せた。
「うわっ、タコが笑った」
「今日雪でも降るんじゃない?」
禊と要がひそひそ話す。
「なわけ」
尊が嫌好をつつく。
「禊ちゃんの誕生日が近いですの」
言葉が真顔で茂みから顔を出した。
「きゃぁ急に何!?」
「兄さん、変な声出さないで」
「なんだ、言葉か」
禊はいたって平然な様子で言葉の方を見た。
「ぱーちーを開きたいですの!」
言葉は禊に抱き付いた。
小町がパソコンを片手に本支部内を走り回る。
「あ、小町さん。この仕事なんですけ……」
話しかける忍さえoutオブ眼中。
「……小町さん?」
工事中のコーンを蹴り、男子トイレと女子トイレを間違えるほどに小町は夢中になっていた。
「ちょ、小町さん! 前科前科!」
「うるさい! あとちょっとでわかるんだ!」
「だからって……!」
忍の腕を振り払って走っていく。
「大丈夫かなあの人……」
ユートピアをうろついている要を禊が呼び止めた。
「なぁに?」
「あー、そんな期待した目で見ないでくれ……」
「何?」
「お前さ、髪いつも整ってるが、誰にやってもらってんだ?」
「自分で」
「そう……なのか」
禊が恥ずかしさを隠すように首の後ろをさする。
「その、俺の髪を切ってくれないか?」
「……は?」
「いや、だから……」
「切っちゃうの?」
「……うん。ちょっと鬱陶しいってか、もう女じゃねぇってか、元々男だけどって言うか……」
要の目から涙がにじみ出す。
「え!?」
禊はおどおどするように要をうかがった。
「あ、ごめん。なんかもったいなくて……」
「もったいない!?」
「禊、長髪の方が可愛いもん」
「あ、そう。でも、ニーアが……」
「わかった。いいよ、切ったげる」
木陰に椅子を置いて、そこに禊が座わる。
前掛けをつけ、ヘアクリップを外す。髪を軽く梳かし、鋏を入れていく。
「どれくらいにすればいい?」
「尊くらいかな?」
「襟足長めだね」
「前と横はそのままにしててくれ」
「うん」
風の音、木の葉の擦れる音、静かな時の中を自然の音が走り去っていく。
「禊、存在と分かれてた時の記憶はあるの?」
「まあな。……悪いな。アイツ、人にくっつくのが好きっていうか、スキンシップが激しいから……」
「いいよ、気にしない。……むしろそれもそれで嬉しかったし」
禊は要の手を取り、
「二人きりの時だけは、その……存在と同じように接しても良いが……」
「……そうして」
髪が切り終わる。
「……うん。どうかな?」
「ありがとう、楽になったよ」
要は禊の顔に触れる。前髪をどかして、右目を見る。
「……変わってるね。両目で色が違うなんて」
「人間だった証拠と、二つの矛盾だ」
「二つ?」
「……哺乳類の矛盾と、存在してはいけない矛盾」
「そっか」
要は右目に口付けする。
「くすぐったい」
「ん……?」
禊は首元に置かれた要の手に触れる。
「手、どかして。くすぐったい」
「ヤダ」
「ふひひッ」
禊と要は笑い合った。




