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楔荘 破~聖女と楽園の真実~  作者: 五月雨 禊/作者 字
2/21

第二話 皐月 琉子

 懐かしい記憶。

「――こ――りゅうこ――」

 ……ママ?

「琉子、起きなさい」

 声がして、夢から這い上がった。

「おはよう、琉子」

「おはよう、ママ」

 上体を起こして目を擦る。

「パパは?」

「もう起きて朝ご飯食べてるわよ」

 急いでベッドから降りて、大好きなくまさんのぬいぐるみを片手にキッチンへ走る。

「パパ! おはよう!」

「おぉ、琉子。おはよう」

「パパ、今日もお仕事?」

「ハハハ。今日はまだ金曜日だぞ」

「明日、皆で学校の準備の買い物に行きましょう」

 後からやって来たママがそう言った。

「わぁい!」

「ほら琉子、幼稚園に行く準備をしなさい」

 パパにそう言われ、私は元気よく返事をして支度を始めた。

 私が住んでいるのは、とある国の日本人村。パパはそこのサラリーマンなんだけど、何か隠してる感じ。仕事についてはあまり話してくれない。

 ママは専業主婦で、お菓子作りがとっても上手!

「行ってきまーす!」

 パパと手をつないで家を出る。

「行ってらっしゃい」

 ママが手を振った。

 幼稚園に着き、

「琉子ちゃん、おはよー!」

「おはよー!」

 友達と手をつないで自分のクラスの部屋に入る。

 たくさん遊んで、お昼はママの作ったお弁当食べて、夕方にはママが迎えに来る。

「せんせー、さよーならー!」

「また月曜日ね、琉子ちゃん」

 夕ご飯の時間に、パパが帰ってくる。

「パパ、お帰りー!」

「おぉ、琉子。ただいま」

 パパが私を抱きしめた。

「琉子ね、今日ね、幼稚園でね――」

「ハハハ、そうかい。そりゃあよかった」

 ママのおいしいごはんを食べて、パパとお風呂に入って、ベッドに入る。

「おやすみ、ママ」

「おやすみ、琉子」

 ママが私の額にキスして、電気を消す。

 明日の家族でのお出かけに胸が躍る。

 でも、こんな毎日がどれ程平和で幸せな事だったか、当時の私は知りもしなかった。


 デパートで靴を選んでいる時、

「ママ、ちょっと……」

「パパ?」

 パパとママがひそひそと何かを話す。

 二人は私に向き直すと、

「琉子。パパ、お仕事が入っちゃったんだ」

「ママ、琉子とお菓子作りたくなっちゃった。だから帰ろう。ね?」

 パパとママは私を刺激しないよう優しく言った。だが私は、

「ヤダ! もっとお買い物したい!」

「琉子……」

 ママが悲しそうな顔をする。

 パパが私を叱ろうとしたとき、

――ドォォォォン!!

 デパートの一角が大きく爆発した。

 パパは何も言わずに私を抱え、ママと走り出した。

 銃砲が雨音のようにたくさん鳴り響いた。

 パパは私をママに預け、ママと顔を見合わせると炎と煙の中に消えた。

「パパ!!」

 追いかけようとする私の手を引き、ママと私は走る。

 大好きなくまさんのぬいぐるみを落とさないよう、しっかりと抱く。

――バシュッ

 銃弾がママの足に当たり、ママが転ぶ。

「ママ!!」

 泣きながらママに駆け寄る。

「琉子……」

 ママは弱々しく、私の頬を撫でる。

「ママ! ママ!!」

「琉子、行きなさい……」

「どこへ……?」

「逃げるのよ。人の居る、安全なところへ……」

「イヤ! ママ、起きて!」

 壁が崩れて、瓦礫がママに降り注ぐ。

「行きなさい! 琉子!!」

 初めてママの本気で怒った顔を見た。

 泣きながらくまさんを力強く抱えて走った。光に向かって走った。

 瓦礫につまずき、顔を思いきりぶつけた。すると目の前に、銃を持った大人がいて、銃口を私に向けた。

「イヤ……」

 初めて死ぬ恐怖が分かった。

 死んだらどうなるんだろうとか、意識はあるんだろうかとか、そんな逃げる事よりも余計なことで頭の中がいっぱいになった。

 何より思ったのが、この人は何を思って私を殺そうとしているんだろう。

 銃は黒目を私に向ける。

 引き金を引いた瞬間、目の前に何かが立ちふさがった。それは人影のようで、大きな猿のようだった。

 銃は人影に何発も撃つ。人影は刀のようなものを持っていて、それが薄暗い煙の中でスラリと光った。

 気がついたら、人影は私を守るように覆いかぶさり私を抱え、走った。

 その時見た横顔を、私は忘れられなかった。

 薄暗い中、赤く光る一つの眼。横顔から、若い男の人と分かった。


 避難所へ逃げて毛布にくるまっていた。

 何もする気が起きなくて、生きる気力もなかった。渡された食料を食べる気さえなかった。

 ただ茫然と歩き、死体安置所に着く。

 なぜわかったのか、二つの死体の間に私は立った。毛布を軽くはがし、その顔を見下ろす。

『今日はどのお菓子を作ろうか』

『必ず戻るから』

 聞き覚えのある二人の声。

 そこにあの人影の人が来た。私の前にしゃがみ、死体に手を合わせる。仏教徒なのかな、日本人なのかな。そして私の方を向くと頭を撫でた。その手は大きくて優しくて、何より温かかった。

 空っぽだった心が満たされて、何かがあふれた気がした。

 目が熱い。涙があふれる。喉が引っ張られるようで痛い。

 その人は私を優しく抱きかかえると車に乗せ、どこかへと連れて行った。



 目が覚めた。ここは……東京のアパート。

 そっか。夢か。懐かしい。

 目を擦ったら濡れていた。

 ボロボロのくまさんに目をやり、笑顔を向ける。

「パパりん、どうしてるかな。勝手にお邪魔するのは悪いから、呼ばれたらお邪魔しよっか」

 そっとくまさんを抱きしめた。

 あの時とほとんど変わらない肌触りと香りだった。

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