第十八話 つかの間の休息
禊は目覚める。見慣れた天井、矛盾の家の天井だ。側には眠る嫌好がいた。長いまつ毛の生えた瞼は泣きはらしたように赤く腫れていた。
禊は包帯だらけの手で嫌好の頭を撫で、ベッドから下りた。もうどれくらい眠っていただろうか。
機密部だった土地はユートピアの横に融合し、一つの島になっていた。差し込む光が今までと違い、なんとなく優しく感じられた。
早朝だからか、人の動いている気配がない。
太刀斬鋏はメンテナンスで不在だった。禊は不安定な足取りでユートピアに向かう。
地下への入り口から入り、大きな空間に出る。中に海水が満ちていた証拠があり、乾いたものや、湿ったもの、サンゴや藤壺が瓦礫に生っていた。
ギリシア建築物が複雑に立っており、今歩いている高く作られた廊下もギリシア風の形をしている。
「ニーアらしいな……」
空間の中心に、渦を巻いて樹が生っている。見えているのは幹だけで、上部は空間の天井の上にあるようだ。
樹の根元に着く。根元の裂け目は大きく、高さのある廊下になっていて柱が支えている。細い根が天井から垂れていた。
禊は進んでいく。
岩の扉は開いており、機械が幾つか置いてあって配線がたくさん出ていた。
それをまたぎながら棺を目指す。棺の蓋は金属の台の上にあり、その横や周りに機械がたくさん置いてあった。
禊は棺に近寄り、棺の縁に寄りかかるように中を覗く。
「やっと会えた……」
棺の中には少女が眠っており、底には木の根と草花、水が敷き詰められていた。
少女は痩せこけていたが、顔はふっくらとしていて色つやが良かった。痩せている身体の、首や胸など至る所に根が刺さっており、これで命をつなげていたことが分かる。今は心電計や点滴とつながっており、チューブと配線がたくさん少女から出ている。
禊は棺の中の水に手を浸しながら、少女を眺める。
小町と研究員が入って来て、機械を動かしながらデータを取ったりパソコンを操作する。
「小町さん、関係者以外立ち入り禁止なのですが……」
研究員の一人が小町に話しかけた。
「いい、アイツだけは許してやれ。そうしないとまた癇癪を起こすだろうから」
「はあ」
小町は首から下げた左腕を邪魔そうに研究を進める。
「なあ、あの変なのなんだ?」
研究員の一人がもう一人の研究員に話しかけた。
「幼児……女の子……だよな」
「むっちゃこっち見てるな」
「怒ってる?」
「いや、威嚇してんじゃね?」
「おーい、こっちおいでー」
手を振るとそれは木の根の陰に隠れてしまった。
「あ、隠れた」
「逃げちゃったか……」
「お前の顔が怖いからじゃね?」
「それはお前だろ」
「オイ、二人とも。口よりも手を動かさんか」
話し込んでいた研究員の間に小町が割り込んだ。
「あ、小町さん。あれなんでしょう?」
「どれだ?」
「ほらあれ、あの……」
「あぁ、矛盾だ」
「へぇー。……え!?」
「新種らしい」
研究員は不思議そうに見ていたが、小町にボードで頭を叩かれ、そそくさと研究に戻った。
しばらくして禊がいなくなると、女の子は棺に近寄る。
少女の体についているコードを引き抜こうとして、
「こら!」
小町に怒られて急いで根の影に隠れる。
女性の優しい研究員が、
「大丈夫よ。私たちは、この少女を守ってるの、だから安心して。貴方はずっと、この子を守ってきたのよね?」
女の子は目で返事をする。
女性研究員は優しく微笑んだ。
小町がポケットからチョコを出すと、女の子が反応する。チョコを左右に動かす動きに合わせて、女の子の首が動く。
小町が扉の外にチョコを投げると、女の子はチョコを追いかけて出て行った。
「これで大丈夫かね……」
小町は不安そうに女性研究員の方を見た。
少女はチョコを両手で持つと、後ろの扉の向こうの棺を気にしながらも、前へ進んでいく。
ユートピアの外に出ると、潮風が女の子の二つに縛ったおさげをなびかせる。胸いっぱいに潮の匂いを吸い、キュッと目をつぶって吐き出す。
女の子は清々しいような気持ちで、機密部の土地に足を入れる。
靴と靴下をポンチョの大きなポケットに押し込んで、裸足で水を跳ね飛ばしながら進む。
途中で大きな花を一つ摘み、鼻を押し付けて嗅ぐ。
「はっくちゅ……!」
小さなくしゃみを一つ。
木苺や野苺、ドングリを拾ってはつまみ食いしてカバンの中に入れる。
木々が開けてきて、広い場所に着く。向こうの中央には巨木があり、その木陰に白い家が建っている。部屋数も増え、前よりも大きくなっていた。
女の子は家のアルミのネームプレートの文字をなぞる。
「Contradiction of house……?」
背伸びをして、インターホンを鳴らす。誰も出ない。
裏に回って中を覗いてみる。さっきまで人がいたような感じはあるが、やはり誰も居ない。
「おー……」
足をハンカチで拭いて、中に上がってみる。
「おー」
声を出して反応を待つ。
「おー!」
物音はするけど、やっぱり反応がない。
「のーおー!!」
部屋を駆け回って探す。キッチン、トイレ、ふろ場、リビング、ソファの下、棚の中、冷蔵庫の中、床下の収納、二階廊下、吹き抜け、物置、等々。いたるところを開け閉めして見ていく。
「う―!!」
女の子は頬を膨らませ、廊下の真ん中で膝を抱えて座った。
「んも゛ー!」
ふと、急に体が浮く。
「おぉっ!?」
女の子はジタバタしながら後ろを向くと、
「つぅかぁまぁえぇたぁ~……!」
「ひきゃぁ~!!」
女の子の目には、尊が不審者か変質者に見えた。
「おいお前、何飲むんだ?」
尊が問いかける。女の子はリビングの1人掛けソファに膝を抱えて座っている。体が小さい為、ソファの腕置きで頭しか見えない。
「そんなに怒るなって。ホットミルクにしようか?」
「ぷー!」
もっと頬を膨らませる。
尊はカップを二つ持って隣のソファに座る。カップを渡すと、女の子はふてくされたように受け取る。
尊は一口飲み、
「お前、名前なんて言うんだ?」
「ぬん!」
「ぬん?」
「ぶえー!」
「は?」
「ぶぁ、かー!」
「あぁ!?」
女の子は舌を出した。
カバンからボロボロのノートを出し、
「お、まえ、なんぞに、ななど、お……おし、おしぇぬっ!」
一生懸命読み上げた。
「名前は言わねぇってか」
尊はカップに口をつける。
「言葉を聞いて理解はできるが、話したりはできないと……」
ふと、女の子の腹が鳴った。恥ずかしそうに尊を見る。
「仕方ねぇ。まだ昼飯にゃ早いが、サンドイッチ作ってやる」
女の子は嬉しそうにジャンプする。
「うぉう、うぉう、いえー!」
数分でサンドイッチが出てくる。
「冷蔵庫にある物だけだが……」
そういい、出来上がったサンドイッチの盛られた皿を置くなり、女の子は急いでつかんで必至に頬張った。
「そんなに焦んなよ」
尊が笑う。
食べ終わって口の周りのマヨネーズをハンカチで拭うと、女の子は満足げな顔をして部屋を探索する。
「見て回るのは良いが、勝手にいじったりするなよ」
尊は本を開く。腕や首、肩に多く張られた絆創膏を気にしつつ、剥がれかけたものを張り替える。
しばらくして禊が帰ってきた。
「どうだった?」
本を置きながら尊が尋ねると、
「回復が遅いって怒られた」
「らしいな」
「お前はどうなんだ?」
「大丈夫。かすり傷程度だったから、ほとんど一日で治った」
二人が話していると、女の子が階段から降りてくる。
「おっ、おっ、おっ、お……」
禊を見て、
「ぉおぉ?」
不思議そうな顔をして近づく。
「たえ?」
「ん」
「た……だ、れ、な?」
「……禊」
「お前コイツの言葉わかるのか!?」
「なんとなく」
禊は女の子の前にしゃがみこむ。
女の子が首をかしげ、
「おんな?」
禊が髪を縛っていないからだろうか。女の子は禊のおろした髪をつかんだ。
「違うよ、男。……まあ、一応ね」
「一応ってなんだよお前」
「アイアム雌雄同体」
「おー?」
禊は尊の隣に座る。
女の子はまたノートを取り出し、
「えー、あなたわ、ニーアの、だんな、しゃん?」
「そうだよ」
「えっ!?」
尊は思わず本を閉じた。
「しゃ……しゃみだれ、みしょ、ぎ……?」
「そうだよ」
禊は尊の肩に頬杖を突く。
「お前コレやめろ」
尊は鬱陶しそうにその腕をはらった。
女の子の目が輝く。
「みしょぎ! みしょぎ!」
そして、禊の膝の上に乗った。
女の子は禊の長い髪で遊ぶ。
「ねえ、君の名前は?」
「?」
禊が聞いても、女の子は首をかしげたままだった。
「……What's your name?」
「英語で大丈夫なのかよ」
苦笑いする尊。
「みしゃ!」
「通じた!?」
女の子はノートの1ページを見せる。そこには達筆で、美紗、と書かれていた。
「みさ?」
「ううん。みしゃ!」
「これは“さ”じゃないんだね」
「うん」
女の子は息を荒げる。
「……ニーアの文字だ」
「は?」
禊のノートを見る表情が少し悲しげだった。
「ニーアはずっと眠ってたんじゃなかったんだ。海に沈んでいくにつれて眠っている時間が長くなって、ずっと眠ったままになったんだ」
「……おい、美紗。お前幾つだ?」
「んおー」
美紗はしばらく考えて、右手の平の指をピンと伸ばして見せる。
「5つ?」
「ご!」
「幼いな」
「身体面でも心配だな、小町に見てもらうか」
「そうだな。おい美紗、行くぞ」
尊が手を取ろうとすると、
「や!」
美紗は禊にしがみついた。
「わがまま言うな、コイツはけが人なんだぞ」
美紗は尊の手に噛みついた。
「いっでー!」
「うがうがうが」
どうにか手を引き抜く。
「何だコイツ!?」
「や~ぁ!」
「お兄ちゃん怖いねー、やだねー怒鳴り散らしてばっかりで。ねー?」
「ねー」
「んだとゴルァ!」
美紗が泣きそうになる。
「いいよ、俺が行くから」
禊は美紗を膝から降ろして立ち上がる。
「大丈夫か?」
「平気、ちょっと歩くくらいなら。本支部を島の横に停めておこうかと思ってたし」
「そうか」
「その……わざわざ心配、ありがと」
禊が薄ら笑みを浮かべながら言うと、
「お、おう……」
尊は頬を少し染めて小さく手を振った。
美紗と禊は手をつないで家を出た。
尊がカレンダーを見る。
「もう5月の半ばか……、禊の誕生日も近いな」
美紗は謎の歌を歌いながら歩く。
「おうおう、えいえい、やっほ~! ふぉう!」
「なにそれ」
「おぉ?」
美紗はカバンから小瓶を出し、飴を一つ口に入れる。
「ん!」
禊にも差し出す。
「あーん」
口を開けるように指示すると、
「あー……」
禊の口に放り込む。
「これ何味だ?」
「ん~ふっふっふ」
美紗は嬉しそうに飴を舐める。
電話で小町を呼ぶ。
「あ、小町? うん、例の子。連れてきたよ。うん。あい分かった」
「んを?」
「小町んトコ行こっか」
「こ~?」
ユートピアに横づけされた本支部。梯子が掛かっていてそこから中に入る。元々船のような形をしているため、海に浮くことができる。
廊下を歩き、エレベーター、エスカレーターで移動し研究所に着く。
「遅い。10分も遅刻だぞ」
「仕方ないだろう、子どもの足に合わせて来たんだから」
「ったく……」
小町は機嫌悪そうに髪をかき上げた。
美紗は禊の後ろに隠れる。
「チョコ……」
「チョコ?」
美紗は禊の後ろから小町を指さし、
「チョコ」
「あぁ、さっきのな。私がコイツにチョコを渡したんだ。ほい」
つぶチョコを一つ投げ渡す。
「なー!」
美紗はチョコに向かって飛びついた。
「実に変な声で鳴くガキだ」
「いやこれ、鳴き声じゃないと思うけど。人間だから、同じ哺乳類でも動物じゃないから」
「人間は動物だ」
「そうだけど」
「それにそいつは矛盾だ。人間じゃない」
「だとしても」
「まあいい。さっさと検査を済ませるぞ」
美紗は小町に連れられて奥の部屋に入る。心配そうに禊を振り返る。禊が優しく微笑んで手を振ると、美紗は安心して連れられて行った。
「禊、良いか?」
小町がドアから首だけ出して呼ぶ。
「検査にかなり時間が掛かるだろう。2……3時間はかかるかな?」
「あ……わかったよ」
「だからここにいるな。さっさと要のトコにでも行け!」
「何で要なの」
「見舞いに行けっつってんだ」
「チョコー!」
「おい、美紗が呼んでんぞ」
「うるさいガキだな」
小町はドアを閉めた。
禊は要の所へ行く。
「いやいや、気まずすぎるでしょ」
本支部病棟の入院棟入り口前で、禊は行ったり来たりを繰り返す。
「……とりあえず、顔だけ見とくか」
ため息交じりに要の入院している部屋に入る。
「寝てる……かな?」
ベッドの横の椅子に座る。
リサの言う通り天使みたいだ、と、ほほ笑みながら禊は思った。
要の目が開いたと思った瞬間、禊は体を引っ張られベッドの中に入れられた。
「おぅわッ!?」
目の前に鼻からチューブの出た要の顔がある。
「……んだよ」
要は黙ったままだった。
「ガン飛ばしてんじゃねーぞ、おい」
禊は要の鼻をつまむ。
「うがっ……」
「何だよ、しゃべれんじゃん」
「……るさい」
要は禊の唇を奪う。
禊は跳ね起きて、真顔で袖で口を拭く。
「え。ひどくない?」
要は苦笑いをしながら言った。
「やめてくれない? ムードとかなさすぎ」
「そこ?」
「つーか、男同士でとか……プッ!」
「笑わないでよ~」
「いやいやいや、琉子が喜びそうだなって……!」
「もう……」
禊は要に抱き付くと、微妙そうな顔をした。
「乳揉みたい……」
「言葉に頼んだら? 奥さんなんでしょ?」
「いや、それはアイツが勝手に言ったことだから。それに――」
禊は悲しい顔をして、
「もうあいつは、奥さんじゃないんだ。ただの……幼馴染なんだ……」
要は透かした表情をして、
「じゃあ、僕も幼馴染だ」
禊を思いっきり抱きしめた。
「痛いって、離せよ」
二人で何がおかしかったのかわからないが、とにかく笑いが込み上げた。
「じゃ、また暇ができたら来るわ」
「ん」
禊は要に手を振って、病室を出た。
本支部の上の屋外を歩いていたところ、
「あ」
「あっ」
嫌好と鉢合わせする。
「……よお」
「ん……」
二人はベンチに座る。
何を話したらいいかわからない。ただ沈黙が続くだけ。
「……ごめん」
嫌好が急に謝る。
「いや、謝罪なんてそんな……」
すると嫌好が急に抱き付いた。
「なんか、ごめんね……」
「……俺も、ごめん」
「何が悪いなんて、はっきりはわからないけど……謝らないといけない気がして。ごめんなさい……」
「ごめんな、嫌好。とにかく、ごめん」
禊は嫌好の頭を撫でた。
「じゃあさ、禊……」
嫌好は顔を上げ、
「本気ですまないって思ってるなら、キスして」
「……は?」
「ちゅー」
「いやいやいや……はぁ?」
「ん」
嫌好は唇を突き出す。
「えっ、いや、ちょ……はぁぁ!?」
「ねーえー、早くー」
「何なんだよお前。意味わかんねぇ」
「ねえってばー」
「え? え??」
「あくしろよ……」
嫌好の顔に影がかかる。
「怖い怖い怖い! 何!? 今日の要と言いお前と言い…」
嫌好が反応する。
「要? 要がどうしたの?」
「えっと、要に……?」
「要に何されたの!?」
「怖い! 怖いから!」
禊は小さい声で、
「……キ、キスされた……」
嫌好の頭に電撃が走る。
「許さん!!」
「嫌好!?」
「俺でもまだ禊の唇奪ってないのに!」
「いや、俺のファーストキスはフランに奪われたから」
その言葉に嫌好は急いで振り返った。
「フランが小学生の頃……だったかな? あれ?」
「……それマジ?」
「あ、うん。マジ」
「マジなのー!?」
と、叫びながら背後の植木から尊が頭を出した。
「うわっ尊!?」
「やべっ!」
逃げようとする尊を嫌好が捕まえる。
「どういう事だ」
「イヤー!」
嫌好が急に手を離すから、尊が転倒した。
「禊」
「ん?」
「大好きだよ」
「え。急に何?」
「男でも大好き」
「え゛……」
禊は少し引いていた。
そんな禊を抱きしめて、嫌好の唇が禊の唇に触れる。
「いてて……おい嫌好! 急に手ぇ離す――」
その光景を見た尊が固まる。
「……旦那様?」
三人の前に言葉が仁王立ちで現れた。
「こっ言葉……」
禊の笑顔がひきつる。
「これはどういうことですの?」
「言い訳させてくれ!」
「どうぞ」
「かくかくしかじかで、コイツに奪われたんだ!」
「禊ちゃん可愛そう!」
言葉は泣きながら禊に抱き付く。
「可哀想な可哀想な旦那様! いいえ、禊ちゃん!」
言葉は嫌好を睨む。
「今日のお昼はタコ焼き……いいえ、タコ刺しも良いわね……」
言葉は怪しく笑う。
「おい、逃げろ尊」
嫌好が真顔で尊の肩を叩く。
二人はこの上ないくらい全力で走った。
白い家のリビングで尊、嫌好、要、言葉、榊がくつろぐ。
「要、傷はどうだ?」
尊が爪を気にしながら訪ねた。
「包帯は取れないけど、特に大事はないよ兄さん」
「はいはいはい! 俺オレンジジュースがいいっす!」
榊が手を上げて言った。
「俺ジャスミン茶」
嫌好が便乗して言った。
「榊はオレンジジュースね。嫌好、貴方にはホウ酸飲んでもらうわ」
言葉の声は酷く冷たかった。
「え、何で……」
「何ででしょう?」
尊が小さい声で嫌好に、
「言葉、まだ怒ってるな……」
「うん……めっちゃ怖いぃ……」
玄関の音がして、美紗と禊が帰ってくる。
「うぅ……ひっぐ……!」
美紗は目から大粒の涙をボロボロとこぼし、顔を真っ赤にして泣いていた。
「おいおい、どうしたガキ」
尊が心配そうに尋ねると、
「小町にぶっとい注射を打たれたらしい」
禊が美紗の背中を撫でると、美紗は禊の足にすがりついた。
すると言葉が近づいて来て、
「あら? どちら様ですの?」
「美紗だ。矛盾の子」
「うわぁぁぁ!」
美紗はしゃがんだ言葉に抱き付いた。
「よしよし、大丈夫よ」
嫌好が禊に手招きして隣に座らせる。すると禊の隣に尊が座り、さらにその横に要が座る。
「あの……このソファ三人掛けなんですけど……」
ぎゅうぎゅう。
「じゃあ俺はここに座るっすー!」
榊が禊の膝に乗る。
「痛い痛い痛い! 重い!」
「兄さん、邪魔」
「鬱陶しいわ! 要お前降りろ!」
「尊、お前が降りろ」
嫌好が尊に向かって中指を突き立てる。
「アァ!?」
美紗と言葉が白い目で五人を見る。
「いやね。男ばっかりで居ると、あんな風になってしまうのね。怖いわ。旦那さ……禊ちゃんが可哀想ですの」
「あーう」
美紗が飲み物を配膳する。
「気を付けてね」
「おー!」
震える手で机に置く。
「たー!」
配膳し終わり、禊の膝の上によじ登る。
「禊、モテモテだなぁ」
「いいなあ、禊の膝の上」
要と嫌好が羨ましそうに眺める。
「俺さっき乗ったっす!」
「お前ら赤ちゃん返りするなよ」
尊は鼻を膨らませて二人を見る。
「だーぅ」
美紗が白い目で見た。
「何。別に良いでしょ? 僕はただ禊の事が……」
「あー! それ以上は言わせねぇぞ要!」
「うるさい兄さん!」
尊と要が頬を引っ張り合う。
「美紗、あそこのうるさい黒髪のアイツが尊」
禊が指さして教える。
「みー?」
「み、こ、と」
「み、きょ、と?」
「うん」
「みきょと! ぶぁかめ!」
「はぁ!?」
要が笑いをこらえる。
「で、あそこの白いのが、要」
「きゃ?」
「か、な、め」
「きゃなめ!」
美紗が禊の顔を叩きながら、
「きゃなめ、てっす!」
「要、お前ティッシュみたいだってよ」
「えっ」
要が落ち込む。
「元気出せ、弟よ。俺のイケてる見返りポーズ1~10まで教えてやるから」
「いらない。ダサいから」
「なっ!?」
尊が落ち込む。
「で、あそこの変態が嫌好」
「きぇ……お?」
「禊、俺は断じて変態じゃない。ただ禊よりも性欲が強いだけで……」
「それが変態って言ってんのよ!!」
言葉がお盆で嫌好の頭を思いっきり叩いた。
「酢漬けではなくホルマリン漬けにしてあげましょうか本当に……!!」
言葉は嫌好の首を絞める。
禊は榊を指さし、
「あそこの赤髪が榊」
榊が美紗の手を取りあやす。
「榊だよ~」
「しゃか!」
「釈迦!?」
榊が釈迦の真似をする。
それを見た美紗が嬉しそうに榊の顔を叩いた。
「ハイハイ、いつまでも腐ってないで。お昼ごはんができましたよ」
言葉が両手に大皿の料理を運んでくる。
「冷蔵庫の中の物で作ったから、これくらいしかないけど……」
エビチリにコールスローサラダ、小さなピザに焼き豚とフランスパンが少しとバタープレッツェルが数個。
尊は涎を垂らしながら皿を覗き込み、
「言葉、お前ぜってぇ良い嫁さんになるよ……」
「縁起でもないこと言わないで」
ピシャリと言葉に頭を叩かれる。
「いただきまーす!」
一同が取り皿に分けて食べ始める。
「美紗ちゃんおいで、私が取り分けてあげますから。どれが食べたい?」
美紗は選びきれない様子で料理を覗く。
「エビチリ一番乗り!」
「榊、あんまり取り過ぎるなよ」
禊に注意され、榊は渋々禊にも取り分ける。
「ちょっと兄さん! それ僕の分!」
「嫌好! 最後の一個俺の分!」
「知らね」
ワイワイ大騒ぎしながらも、楽しい昼食だった。
「……小町さぁん……」
脇腹の傷の痛みを抱えつつ、忍は資料の山を運んでくる。
「おつかれ。次はこの機材を第三部隊に届けてくれ」
「まだあるんですか!?」
忍の腹の虫が無く。
「もうへとへとですよぉ。あぁ、小町さんのお昼が食べたい……」
「早急栄養補給食ならあるぞ」
小町がカロリーメイトを渡す。
「え~、それじゃあお腹は膨れませんよー! 第一、こんなのばかり食べてたら顎の筋肉が落ちて腸内の――」
「お前は怨か!? 文句垂れてる暇があるなら仕事しろ!」
小町が怒鳴りつけると、忍は飛んでいくように走り去っていった。
「全く……」
ため息と同時に、微笑ましさも感じられ笑みがこぼれた。
「私の料理、かぁ……フフ」
少し嬉しそうに頬を染め、計器の上に頬杖をついた。




