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楔荘 破~聖女と楽園の真実~  作者: 五月雨 禊/作者 字
18/21

第十八話 つかの間の休息

 禊は目覚める。見慣れた天井、矛盾の家の天井だ。側には眠る嫌好がいた。長いまつ毛の生えた瞼は泣きはらしたように赤く腫れていた。

 禊は包帯だらけの手で嫌好の頭を撫で、ベッドから下りた。もうどれくらい眠っていただろうか。

 機密部だった土地はユートピアの横に融合し、一つの島になっていた。差し込む光が今までと違い、なんとなく優しく感じられた。

 早朝だからか、人の動いている気配がない。

 太刀斬鋏はメンテナンスで不在だった。禊は不安定な足取りでユートピアに向かう。

 地下への入り口から入り、大きな空間に出る。中に海水が満ちていた証拠があり、乾いたものや、湿ったもの、サンゴや藤壺が瓦礫に生っていた。

 ギリシア建築物が複雑に立っており、今歩いている高く作られた廊下もギリシア風の形をしている。

「ニーアらしいな……」

 空間の中心に、渦を巻いて樹が生っている。見えているのは幹だけで、上部は空間の天井の上にあるようだ。

 樹の根元に着く。根元の裂け目は大きく、高さのある廊下になっていて柱が支えている。細い根が天井から垂れていた。

 禊は進んでいく。

 岩の扉は開いており、機械が幾つか置いてあって配線がたくさん出ていた。

 それをまたぎながら棺を目指す。棺の蓋は金属の台の上にあり、その横や周りに機械がたくさん置いてあった。

 禊は棺に近寄り、棺の縁に寄りかかるように中を覗く。

「やっと会えた……」

 棺の中には少女が眠っており、底には木の根と草花、水が敷き詰められていた。

 少女は痩せこけていたが、顔はふっくらとしていて色つやが良かった。痩せている身体の、首や胸など至る所に根が刺さっており、これで命をつなげていたことが分かる。今は心電計や点滴とつながっており、チューブと配線がたくさん少女から出ている。

 禊は棺の中の水に手を浸しながら、少女を眺める。

 小町と研究員が入って来て、機械を動かしながらデータを取ったりパソコンを操作する。

「小町さん、関係者以外立ち入り禁止なのですが……」

 研究員の一人が小町に話しかけた。

「いい、アイツだけは許してやれ。そうしないとまた癇癪を起こすだろうから」

「はあ」

 小町は首から下げた左腕を邪魔そうに研究を進める。

「なあ、あの変なのなんだ?」

 研究員の一人がもう一人の研究員に話しかけた。

「幼児……女の子……だよな」

「むっちゃこっち見てるな」

「怒ってる?」

「いや、威嚇してんじゃね?」

「おーい、こっちおいでー」

 手を振るとそれは木の根の陰に隠れてしまった。

「あ、隠れた」

「逃げちゃったか……」

「お前の顔が怖いからじゃね?」

「それはお前だろ」

「オイ、二人とも。口よりも手を動かさんか」

 話し込んでいた研究員の間に小町が割り込んだ。

「あ、小町さん。あれなんでしょう?」

「どれだ?」

「ほらあれ、あの……」

「あぁ、矛盾だ」

「へぇー。……え!?」

「新種らしい」

 研究員は不思議そうに見ていたが、小町にボードで頭を叩かれ、そそくさと研究に戻った。

 しばらくして禊がいなくなると、女の子は棺に近寄る。

 少女の体についているコードを引き抜こうとして、

「こら!」

 小町に怒られて急いで根の影に隠れる。

 女性の優しい研究員が、

「大丈夫よ。私たちは、この少女を守ってるの、だから安心して。貴方はずっと、この子を守ってきたのよね?」

 女の子は目で返事をする。

 女性研究員は優しく微笑んだ。

 小町がポケットからチョコを出すと、女の子が反応する。チョコを左右に動かす動きに合わせて、女の子の首が動く。

 小町が扉の外にチョコを投げると、女の子はチョコを追いかけて出て行った。

「これで大丈夫かね……」

 小町は不安そうに女性研究員の方を見た。

 少女はチョコを両手で持つと、後ろの扉の向こうの棺を気にしながらも、前へ進んでいく。

 ユートピアの外に出ると、潮風が女の子の二つに縛ったおさげをなびかせる。胸いっぱいに潮の匂いを吸い、キュッと目をつぶって吐き出す。

 女の子は清々しいような気持ちで、機密部の土地に足を入れる。

 靴と靴下をポンチョの大きなポケットに押し込んで、裸足で水を跳ね飛ばしながら進む。

 途中で大きな花を一つ摘み、鼻を押し付けて嗅ぐ。

「はっくちゅ……!」

 小さなくしゃみを一つ。

 木苺や野苺、ドングリを拾ってはつまみ食いしてカバンの中に入れる。

 木々が開けてきて、広い場所に着く。向こうの中央には巨木があり、その木陰に白い家が建っている。部屋数も増え、前よりも大きくなっていた。

 女の子は家のアルミのネームプレートの文字をなぞる。

「Contradiction of house……?」

 背伸びをして、インターホンを鳴らす。誰も出ない。

 裏に回って中を覗いてみる。さっきまで人がいたような感じはあるが、やはり誰も居ない。

「おー……」

 足をハンカチで拭いて、中に上がってみる。

「おー」

 声を出して反応を待つ。

「おー!」

 物音はするけど、やっぱり反応がない。

「のーおー!!」

 部屋を駆け回って探す。キッチン、トイレ、ふろ場、リビング、ソファの下、棚の中、冷蔵庫の中、床下の収納、二階廊下、吹き抜け、物置、等々。いたるところを開け閉めして見ていく。

「う―!!」

 女の子は頬を膨らませ、廊下の真ん中で膝を抱えて座った。

「んも゛ー!」

 ふと、急に体が浮く。

「おぉっ!?」

 女の子はジタバタしながら後ろを向くと、

「つぅかぁまぁえぇたぁ~……!」

「ひきゃぁ~!!」

 女の子の目には、尊が不審者か変質者に見えた。

「おいお前、何飲むんだ?」

 尊が問いかける。女の子はリビングの1人掛けソファに膝を抱えて座っている。体が小さい為、ソファの腕置きで頭しか見えない。

「そんなに怒るなって。ホットミルクにしようか?」

「ぷー!」

 もっと頬を膨らませる。

 尊はカップを二つ持って隣のソファに座る。カップを渡すと、女の子はふてくされたように受け取る。

 尊は一口飲み、

「お前、名前なんて言うんだ?」

「ぬん!」

「ぬん?」

「ぶえー!」

「は?」

「ぶぁ、かー!」

「あぁ!?」

 女の子は舌を出した。

 カバンからボロボロのノートを出し、

「お、まえ、なんぞに、ななど、お……おし、おしぇぬっ!」

 一生懸命読み上げた。

「名前は言わねぇってか」

 尊はカップに口をつける。

「言葉を聞いて理解はできるが、話したりはできないと……」

 ふと、女の子の腹が鳴った。恥ずかしそうに尊を見る。

「仕方ねぇ。まだ昼飯にゃ早いが、サンドイッチ作ってやる」

 女の子は嬉しそうにジャンプする。

「うぉう、うぉう、いえー!」

 数分でサンドイッチが出てくる。

「冷蔵庫にある物だけだが……」

 そういい、出来上がったサンドイッチの盛られた皿を置くなり、女の子は急いでつかんで必至に頬張った。

「そんなに焦んなよ」

 尊が笑う。

 食べ終わって口の周りのマヨネーズをハンカチで拭うと、女の子は満足げな顔をして部屋を探索する。

「見て回るのは良いが、勝手にいじったりするなよ」

 尊は本を開く。腕や首、肩に多く張られた絆創膏を気にしつつ、剥がれかけたものを張り替える。

 しばらくして禊が帰ってきた。

「どうだった?」

 本を置きながら尊が尋ねると、

「回復が遅いって怒られた」

「らしいな」

「お前はどうなんだ?」

「大丈夫。かすり傷程度だったから、ほとんど一日で治った」

 二人が話していると、女の子が階段から降りてくる。

「おっ、おっ、おっ、お……」

 禊を見て、

「ぉおぉ?」

 不思議そうな顔をして近づく。

「たえ?」

「ん」

「た……だ、れ、な?」

「……禊」

「お前コイツの言葉わかるのか!?」

「なんとなく」

 禊は女の子の前にしゃがみこむ。

 女の子が首をかしげ、

「おんな?」

 禊が髪を縛っていないからだろうか。女の子は禊のおろした髪をつかんだ。

「違うよ、男。……まあ、一応ね」

「一応ってなんだよお前」

「アイアム雌雄同体」

「おー?」

 禊は尊の隣に座る。

 女の子はまたノートを取り出し、

「えー、あなたわ、ニーアの、だんな、しゃん?」

「そうだよ」

「えっ!?」

 尊は思わず本を閉じた。

「しゃ……しゃみだれ、みしょ、ぎ……?」

「そうだよ」

 禊は尊の肩に頬杖を突く。

「お前コレやめろ」

 尊は鬱陶しそうにその腕をはらった。

 女の子の目が輝く。

「みしょぎ! みしょぎ!」

 そして、禊の膝の上に乗った。

 女の子は禊の長い髪で遊ぶ。

「ねえ、君の名前は?」

「?」

 禊が聞いても、女の子は首をかしげたままだった。

「……What's your name?」

「英語で大丈夫なのかよ」

 苦笑いする尊。

「みしゃ!」

「通じた!?」

 女の子はノートの1ページを見せる。そこには達筆で、美紗、と書かれていた。

「みさ?」

「ううん。みしゃ!」

「これは“さ”じゃないんだね」

「うん」

 女の子は息を荒げる。

「……ニーアの文字だ」

「は?」

 禊のノートを見る表情が少し悲しげだった。

「ニーアはずっと眠ってたんじゃなかったんだ。海に沈んでいくにつれて眠っている時間が長くなって、ずっと眠ったままになったんだ」

「……おい、美紗。お前幾つだ?」

「んおー」

 美紗はしばらく考えて、右手の平の指をピンと伸ばして見せる。

「5つ?」

「ご!」

「幼いな」

「身体面でも心配だな、小町に見てもらうか」

「そうだな。おい美紗、行くぞ」

 尊が手を取ろうとすると、

「や!」

 美紗は禊にしがみついた。

「わがまま言うな、コイツはけが人なんだぞ」

 美紗は尊の手に噛みついた。

「いっでー!」

「うがうがうが」

 どうにか手を引き抜く。

「何だコイツ!?」

「や~ぁ!」

「お兄ちゃん怖いねー、やだねー怒鳴り散らしてばっかりで。ねー?」

「ねー」

「んだとゴルァ!」

 美紗が泣きそうになる。

「いいよ、俺が行くから」

 禊は美紗を膝から降ろして立ち上がる。

「大丈夫か?」

「平気、ちょっと歩くくらいなら。本支部を島の横に停めておこうかと思ってたし」

「そうか」

「その……わざわざ心配、ありがと」

 禊が薄ら笑みを浮かべながら言うと、

「お、おう……」

 尊は頬を少し染めて小さく手を振った。

 美紗と禊は手をつないで家を出た。

 尊がカレンダーを見る。

「もう5月の半ばか……、禊の誕生日も近いな」

 美紗は謎の歌を歌いながら歩く。

「おうおう、えいえい、やっほ~! ふぉう!」

「なにそれ」

「おぉ?」

 美紗はカバンから小瓶を出し、飴を一つ口に入れる。

「ん!」

 禊にも差し出す。

「あーん」

 口を開けるように指示すると、

「あー……」

 禊の口に放り込む。

「これ何味だ?」

「ん~ふっふっふ」

 美紗は嬉しそうに飴を舐める。

 電話で小町を呼ぶ。

「あ、小町? うん、例の子。連れてきたよ。うん。あい分かった」

「んを?」

「小町んトコ行こっか」

「こ~?」

 ユートピアに横づけされた本支部。梯子が掛かっていてそこから中に入る。元々船のような形をしているため、海に浮くことができる。

 廊下を歩き、エレベーター、エスカレーターで移動し研究所に着く。

「遅い。10分も遅刻だぞ」

「仕方ないだろう、子どもの足に合わせて来たんだから」

「ったく……」

 小町は機嫌悪そうに髪をかき上げた。

 美紗は禊の後ろに隠れる。

「チョコ……」

「チョコ?」

 美紗は禊の後ろから小町を指さし、

「チョコ」

「あぁ、さっきのな。私がコイツにチョコを渡したんだ。ほい」

 つぶチョコを一つ投げ渡す。

「なー!」

 美紗はチョコに向かって飛びついた。

「実に変な声で鳴くガキだ」

「いやこれ、鳴き声じゃないと思うけど。人間だから、同じ哺乳類でも動物じゃないから」

「人間は動物だ」

「そうだけど」

「それにそいつは矛盾だ。人間じゃない」

「だとしても」

「まあいい。さっさと検査を済ませるぞ」

 美紗は小町に連れられて奥の部屋に入る。心配そうに禊を振り返る。禊が優しく微笑んで手を振ると、美紗は安心して連れられて行った。

「禊、良いか?」

 小町がドアから首だけ出して呼ぶ。

「検査にかなり時間が掛かるだろう。2……3時間はかかるかな?」

「あ……わかったよ」

「だからここにいるな。さっさと要のトコにでも行け!」

「何で要なの」

「見舞いに行けっつってんだ」

「チョコー!」

「おい、美紗が呼んでんぞ」

「うるさいガキだな」

 小町はドアを閉めた。

 禊は要の所へ行く。

「いやいや、気まずすぎるでしょ」

 本支部病棟の入院棟入り口前で、禊は行ったり来たりを繰り返す。

「……とりあえず、顔だけ見とくか」

 ため息交じりに要の入院している部屋に入る。

「寝てる……かな?」

 ベッドの横の椅子に座る。

 リサの言う通り天使みたいだ、と、ほほ笑みながら禊は思った。

 要の目が開いたと思った瞬間、禊は体を引っ張られベッドの中に入れられた。

「おぅわッ!?」

 目の前に鼻からチューブの出た要の顔がある。

「……んだよ」

 要は黙ったままだった。

「ガン飛ばしてんじゃねーぞ、おい」

 禊は要の鼻をつまむ。

「うがっ……」

「何だよ、しゃべれんじゃん」

「……るさい」

 要は禊の唇を奪う。

 禊は跳ね起きて、真顔で袖で口を拭く。

「え。ひどくない?」

 要は苦笑いをしながら言った。

「やめてくれない? ムードとかなさすぎ」

「そこ?」

「つーか、男同士でとか……プッ!」

「笑わないでよ~」

「いやいやいや、琉子が喜びそうだなって……!」

「もう……」

 禊は要に抱き付くと、微妙そうな顔をした。

「乳揉みたい……」

「言葉に頼んだら? 奥さんなんでしょ?」

「いや、それはアイツが勝手に言ったことだから。それに――」

 禊は悲しい顔をして、

「もうあいつは、奥さんじゃないんだ。ただの……幼馴染なんだ……」

 要は透かした表情をして、

「じゃあ、僕も幼馴染だ」

 禊を思いっきり抱きしめた。

「痛いって、離せよ」

 二人で何がおかしかったのかわからないが、とにかく笑いが込み上げた。

「じゃ、また暇ができたら来るわ」

「ん」

 禊は要に手を振って、病室を出た。

 本支部の上の屋外を歩いていたところ、

「あ」

「あっ」

 嫌好と鉢合わせする。

「……よお」

「ん……」

 二人はベンチに座る。

 何を話したらいいかわからない。ただ沈黙が続くだけ。

「……ごめん」

 嫌好が急に謝る。

「いや、謝罪なんてそんな……」

 すると嫌好が急に抱き付いた。

「なんか、ごめんね……」

「……俺も、ごめん」

「何が悪いなんて、はっきりはわからないけど……謝らないといけない気がして。ごめんなさい……」

「ごめんな、嫌好。とにかく、ごめん」

 禊は嫌好の頭を撫でた。

「じゃあさ、禊……」

 嫌好は顔を上げ、

「本気ですまないって思ってるなら、キスして」

「……は?」

「ちゅー」

「いやいやいや……はぁ?」

「ん」

 嫌好は唇を突き出す。

「えっ、いや、ちょ……はぁぁ!?」

「ねーえー、早くー」

「何なんだよお前。意味わかんねぇ」

「ねえってばー」

「え? え??」

「あくしろよ……」

 嫌好の顔に影がかかる。

「怖い怖い怖い! 何!? 今日の要と言いお前と言い…」

 嫌好が反応する。

「要? 要がどうしたの?」

「えっと、要に……?」

「要に何されたの!?」

「怖い! 怖いから!」

 禊は小さい声で、

「……キ、キスされた……」

 嫌好の頭に電撃が走る。

「許さん!!」

「嫌好!?」

「俺でもまだ禊の唇奪ってないのに!」

「いや、俺のファーストキスはフランに奪われたから」

 その言葉に嫌好は急いで振り返った。

「フランが小学生の頃……だったかな? あれ?」

「……それマジ?」

「あ、うん。マジ」

「マジなのー!?」

 と、叫びながら背後の植木から尊が頭を出した。

「うわっ尊!?」

「やべっ!」

 逃げようとする尊を嫌好が捕まえる。

「どういう事だ」

「イヤー!」

 嫌好が急に手を離すから、尊が転倒した。

「禊」

「ん?」

「大好きだよ」

「え。急に何?」

「男でも大好き」

「え゛……」

 禊は少し引いていた。

 そんな禊を抱きしめて、嫌好の唇が禊の唇に触れる。

「いてて……おい嫌好! 急に手ぇ離す――」

 その光景を見た尊が固まる。

「……旦那様?」

 三人の前に言葉が仁王立ちで現れた。

「こっ言葉……」

 禊の笑顔がひきつる。

「これはどういうことですの?」

「言い訳させてくれ!」

「どうぞ」

「かくかくしかじかで、コイツに奪われたんだ!」

「禊ちゃん可愛そう!」

 言葉は泣きながら禊に抱き付く。

「可哀想な可哀想な旦那様! いいえ、禊ちゃん!」

 言葉は嫌好を睨む。

「今日のお昼はタコ焼き……いいえ、タコ刺しも良いわね……」

 言葉は怪しく笑う。

「おい、逃げろ尊」

 嫌好が真顔で尊の肩を叩く。

 二人はこの上ないくらい全力で走った。


 白い家のリビングで尊、嫌好、要、言葉、榊がくつろぐ。

「要、傷はどうだ?」

 尊が爪を気にしながら訪ねた。

「包帯は取れないけど、特に大事はないよ兄さん」

「はいはいはい! 俺オレンジジュースがいいっす!」

 榊が手を上げて言った。

「俺ジャスミン茶」

 嫌好が便乗して言った。

「榊はオレンジジュースね。嫌好、貴方にはホウ酸飲んでもらうわ」

 言葉の声は酷く冷たかった。

「え、何で……」

「何ででしょう?」

 尊が小さい声で嫌好に、

「言葉、まだ怒ってるな……」

「うん……めっちゃ怖いぃ……」

 玄関の音がして、美紗と禊が帰ってくる。

「うぅ……ひっぐ……!」

 美紗は目から大粒の涙をボロボロとこぼし、顔を真っ赤にして泣いていた。

「おいおい、どうしたガキ」

 尊が心配そうに尋ねると、

「小町にぶっとい注射を打たれたらしい」

 禊が美紗の背中を撫でると、美紗は禊の足にすがりついた。

 すると言葉が近づいて来て、

「あら? どちら様ですの?」

「美紗だ。矛盾の子」

「うわぁぁぁ!」

 美紗はしゃがんだ言葉に抱き付いた。

「よしよし、大丈夫よ」

 嫌好が禊に手招きして隣に座らせる。すると禊の隣に尊が座り、さらにその横に要が座る。

「あの……このソファ三人掛けなんですけど……」

 ぎゅうぎゅう。

「じゃあ俺はここに座るっすー!」

 榊が禊の膝に乗る。

「痛い痛い痛い! 重い!」

「兄さん、邪魔」

「鬱陶しいわ! 要お前降りろ!」

「尊、お前が降りろ」

 嫌好が尊に向かって中指を突き立てる。

「アァ!?」

 美紗と言葉が白い目で五人を見る。

「いやね。男ばっかりで居ると、あんな風になってしまうのね。怖いわ。旦那さ……禊ちゃんが可哀想ですの」

「あーう」

 美紗が飲み物を配膳する。

「気を付けてね」

「おー!」

 震える手で机に置く。

「たー!」

 配膳し終わり、禊の膝の上によじ登る。

「禊、モテモテだなぁ」

「いいなあ、禊の膝の上」

 要と嫌好が羨ましそうに眺める。

「俺さっき乗ったっす!」

「お前ら赤ちゃん返りするなよ」

 尊は鼻を膨らませて二人を見る。

「だーぅ」

 美紗が白い目で見た。

「何。別に良いでしょ? 僕はただ禊の事が……」

「あー! それ以上は言わせねぇぞ要!」

「うるさい兄さん!」

 尊と要が頬を引っ張り合う。

「美紗、あそこのうるさい黒髪のアイツが尊」

 禊が指さして教える。

「みー?」

「み、こ、と」

「み、きょ、と?」

「うん」

「みきょと! ぶぁかめ!」

「はぁ!?」

 要が笑いをこらえる。

「で、あそこの白いのが、要」

「きゃ?」

「か、な、め」

「きゃなめ!」

 美紗が禊の顔を叩きながら、

「きゃなめ、てっす!」

「要、お前ティッシュみたいだってよ」

「えっ」

 要が落ち込む。

「元気出せ、弟よ。俺のイケてる見返りポーズ1~10まで教えてやるから」

「いらない。ダサいから」

「なっ!?」

 尊が落ち込む。

「で、あそこの変態が嫌好」

「きぇ……お?」

「禊、俺は断じて変態じゃない。ただ禊よりも性欲が強いだけで……」

「それが変態って言ってんのよ!!」

 言葉がお盆で嫌好の頭を思いっきり叩いた。

「酢漬けではなくホルマリン漬けにしてあげましょうか本当に……!!」

 言葉は嫌好の首を絞める。

 禊は榊を指さし、

「あそこの赤髪が榊」

 榊が美紗の手を取りあやす。

「榊だよ~」

「しゃか!」

「釈迦!?」

 榊が釈迦の真似をする。

 それを見た美紗が嬉しそうに榊の顔を叩いた。

「ハイハイ、いつまでも腐ってないで。お昼ごはんができましたよ」

 言葉が両手に大皿の料理を運んでくる。

「冷蔵庫の中の物で作ったから、これくらいしかないけど……」

 エビチリにコールスローサラダ、小さなピザに焼き豚とフランスパンが少しとバタープレッツェルが数個。

 尊は涎を垂らしながら皿を覗き込み、

「言葉、お前ぜってぇ良い嫁さんになるよ……」

「縁起でもないこと言わないで」

 ピシャリと言葉に頭を叩かれる。

「いただきまーす!」

 一同が取り皿に分けて食べ始める。

「美紗ちゃんおいで、私が取り分けてあげますから。どれが食べたい?」

 美紗は選びきれない様子で料理を覗く。

「エビチリ一番乗り!」

「榊、あんまり取り過ぎるなよ」

 禊に注意され、榊は渋々禊にも取り分ける。

「ちょっと兄さん! それ僕の分!」

「嫌好! 最後の一個俺の分!」

「知らね」

 ワイワイ大騒ぎしながらも、楽しい昼食だった。


「……小町さぁん……」

 脇腹の傷の痛みを抱えつつ、忍は資料の山を運んでくる。

「おつかれ。次はこの機材を第三部隊に届けてくれ」

「まだあるんですか!?」

 忍の腹の虫が無く。

「もうへとへとですよぉ。あぁ、小町かあさんのお昼が食べたい……」

「早急栄養補給食ならあるぞ」

 小町がカロリーメイトを渡す。

「え~、それじゃあお腹は膨れませんよー! 第一、こんなのばかり食べてたら顎の筋肉が落ちて腸内の――」

「お前は怨か!? 文句垂れてる暇があるなら仕事しろ!」

 小町が怒鳴りつけると、忍は飛んでいくように走り去っていった。

「全く……」

 ため息と同時に、微笑ましさも感じられ笑みがこぼれた。

「私の料理、かぁ……フフ」

 少し嬉しそうに頬を染め、計器の上に頬杖をついた。

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