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楔荘 破~聖女と楽園の真実~  作者: 五月雨 禊/作者 字
17/21

第十七話 理想郷奪還宣戦

 存在は鼻歌交じりに本支部内を歩く。

「しっあわっせは~、歩いてこない~♪ だ~から……」

「お」

「あっ」

 尊と目が合う。

 途端に殴りかかる尊を軽々と避ける。

「逃げんな!」

「逃げるなと言われて逃げないのは女だけだよ!」

 尊の頭を地面に押し付ける。

「くっそ……!」

「なまったか?」

 尊を蹴り飛ばす。

「黒鉄彦!」

「俺も宝器があればなぁ!」

 飛びかかる尊の首に、黒鉄丸のグリップを押し当てる。だが尊はそんな攻撃などと言うように余裕の笑顔を向ける。

「余裕!」

「残念!」

 尊の首に電気が流れる。

 全身の筋肉が硬直し、視界にノイズが走る。体が言う事を聞かず、顔面から倒れてしまった。

 存在は息を切らし、

「……残念。君は攻撃は大きいものの、隙が多い」

「くっそ……」

 尊は床にはいつくばって悔しそうに存在を睨む。

「ひと段落したら遊んでやるよ」

 存在は髪を縛りながら進む。

「髪長いと、意外にうざったいな」

 小町がマシンガンを撃ちながら廊下の十字路を横断する。

 弾の半分が存在に当たる。

「こんなの、たかが鉄の塊……!」

 体が動かない。

「は……?」

「『残念』ながら、それは対矛盾弾だ」

「オウム返しはやめてくれないかな……俺のネタなのにねっ……!」

 自ら腹に黒鉄彦を刺す。

「充填完了」

「何をした?」

「研究員なら知ってるかと思ったけど……まあいいや。俺の体内の対矛盾弾の効果を黒鉄彦の中に入れた。ナイフの刃に毒を塗ったようなものさ」

 小町は唇を噛み、存在に向かって撃ちながら走る。

 存在は笑顔で弾を全て黒鉄彦で弾いていく。目前まで近づき、銃を真っ二つに切り落とした。

 小町の足を蹴り、倒れた小町に黒鉄彦を向ける。

「くっ……降参だ……」

 悔しそうにする小町をまたいで、存在は進んでいく。

 壁を壊し、禊のいる部屋に行くが、籠の中は空で横には嫌好がいた。

「うっす!」

 笑顔で挨拶する存在に、嫌好は黙ったまま触手を構える。

「いい構えだねぇ……中国武術の構えかな? 師匠は誰だい?」

 存在の笑顔が冷めていく。

「まあ、覚えないに決まってるよな」

 嫌好は存在に向かって触手を飛ばす。それを宙返りをして存在は避ける。

「ここじゃあ狭いからもっと広いとこ行こうか!」

 噴煙の中から、黒鉄彦と存在が突進してくる。

 一面の白い砂の上、水の浸る地に着く。存在達はそこに突っ込み、水しぶきをあげる。嫌好と存在の上に水が降り注ぐ。

 存在は黒鉄彦を構える。

 嫌好は問う。

「お前の目的は何だ」

「目的を達成すること」

「答えになっていない」

「お前は頭が悪いな」

 嫌好は存在の足元に向かって触手を刺す。だが存在は軽々と避けてしまう。

「お前は偽物だ!」

「本物も偽物もない!」

 触手と黒鉄彦が何度も擦れ、ぶつかる。存在は怒りを露にしたように嫌好を睨み、

「偽物も、偽物という本物だ! どうしてそれが分からない! 存在の定義を知らないのか!?」

「知るか!」

 存在は全身を回転させながら切り付ける。

「古い論文の中にあったはずなんだけどなぁ……」

 黒鉄彦の刃が取れ、嫌好の腕をかする。

「太刀斬鋏の仕組みくらい知っといてもらいたいな!」

「黙れ!!」

 触手が存在の腹をかする。

「禊が本当の禊だ。お前は禊の中に溜まった異物だ、だから禊が本物だ。肉体が本物だ!」

「あぁ、まだ思い出せないのか」

 存在は嫌好を地面に叩きつける。

「肉体はあくまで傀儡だ」

「お前が言うな!」

「お前が言うなよ……」

 存在の笑顔がまた冷める。

 嫌好の触手と両手をつかむと、黒鉄彦を刺し地面に押さえ付けた。

「あ゛ぁぁぁ!!」

「思い出せよ……!」

「思い出してる……お前は、禊の負の感情だ……!」

「……そう見るか……」

 存在は嫌好の胸ぐらをつかむ。

「それはお前の本当の記憶か? 空虚な妄想と勘違いしてんじゃねぇのか?」

「してない!」

「本当に?」

「俺は……!」

 嫌好の頭の中に何かが流れ込んでくる。

 違う。違う。禊はもっと明るくて……!

 嫌好の記憶が描きかえられていく。

『ゴメン、嫌好。俺、お前が思ってるほど優しくないんだ』

『お前がいなくなったら、どうなっちゃうんだろう……』

『嫌好……殺しちゃった……。ほら、見て。俺に乱暴するのが悪いんだ……!』

 嫌好の顔が恐怖にひきつる。

「違う……ちが……!」

 記憶の中の無邪気で純粋な禊が壊れて崩れていく。

「俺は……!」

「認めろ!!」

 存在は思いっきり嫌好を殴る。

「これが現実なんだよ! 現実ってのは認めるしか飲み込む方法がないんだよ! 自分を洗脳してまでやんないと、自分が飲み込まれちまうんだよ……!」

 嫌好の目から涙が溢れる。

「じゃあ……今までのは何だったんだよ……!」

「……お前の妄想でしかない。夢の世界だ……」

 存在の顔は悲しそうだった。

「『オオカミ少年は泣かない』」

 そうつぶやき、黒鉄彦を持って立ち上がる。

 立ち去ろうとする存在の腹に嫌好が抱き付いた。

「……離せよ」

 嫌好は黙って首を横に振る。

「離せ……!」

 嫌好の手をつかみ、爪を立てるもんだから爪が刺さった。

「俺……偽物も本物も無い……ただ、禊という存在が好きなんだよ……!」

「やめろ……」

「ごめん……!」

「やめてくれ……!」

 存在は嫌好を突き放すと、回し蹴りをして嫌好を蹴り飛ばした。

 嫌好は水面を飛ぶ石のように飛ばされる。

「お前にだけは汚れてほしくないんだよ!」

『俺、禊の事守るから!』

 小さいころの嫌好の言葉。

「俺を守ったって俺は守られてないし、守る側は傷つくだけなんだよ」

 存在は空を見上げ、

「……いや、違うな。お前なんぞに俺は守れない」

 存在は嫌好を見下す。

「み……そぎ……」

「俺のこの名前の意味さえ知らないくせに」

 存在は吐き捨てるように言い、嫌好から離れる。

「いや、この記憶は誰のものだ? この意識は? ……あぁ、混同しているな。随分長く一緒にいすぎた。だが致し方ない事だ、やむを得ぬか――」

 存在はブツブツと独り言を言い終えると、

「黒鉄彦、白銀姫の所へ迎え」

「了解しました」

 黒鉄彦の上に乗り、存在は禊の元に向かう。

『本当の君は何処? 本当の君は誰?』

「『本当の君は……』思い出せないなぁ。なんて言ってたっけ」

 存在は怪しく笑う。

「宣戦布告だ」

 白銀姫が受信する。

「認証シマシタ」

「白銀姫?」

 心配そうに禊が抱きしめる。

 すると白銀姫が急に動き出した。

「えっ? わ、うわぁぁ!!」

 本支部から飛び出し、禊を乗せたまま宙を飛ぶ。

「うわぁ高い! 怖いぃ!」

 雲行きが怪しくなっていき、吹雪いてくる。

「寒っ!!」

 雪の上に禊は落ちた。

「おい~っす」

「存在!? 今までどこ行ってたの!?」

「そんなの言えるわけないじゃん~」

 存在は笑顔で黒鉄彦を構える。

「ちょっと理不尽かもしれないけど、目的達成のための段階の一つだ」

 存在の笑顔が静かに消えていった。

「旦那様、大丈夫ですか?」

「白銀姫……。ありがとう、大丈夫だよ。でもね、今ここで逃げるわけにはいかないんだ」

 禊は白銀姫をつかむ。親指輪ではなく、刃の途中の穴に手を通す。

「へぇ。白銀姫ってそういう風に使うんだ」

「俺も初めて使うけど……」

「任せてください、旦那様!」

 存在が突進してくる。

「双子だからこそ、負けず劣らずなのですよ!」

「口だけじゃ意味ないよ」

「うるさいのだよ、黒鉄彦!」

「アンタもだよ、白銀姫」

 禊は白銀姫を前に構え、目前に張られた結晶に存在が衝突する。

「うっ……くぅ……!」

「割れろぉ……!」

 結晶は黒鉄彦を押さえながら変形し、存在ごと吹き飛ばす。

 存在は容赦なく攻撃してきて、禊はそれを受け流すことしかできない。

『本当の君って……』

 存在はまた思い出す。

「クソッ! 何で思い出せないかなぁ……この続き」

 禊は存在の異変に気付く。

「存在?」

「あんだよ」

 禊はわかった。そしてわざと、

「……禊」

 優しく微笑んでそう呼んだ。

「ハ……ッ!」

 存在の体の中で鼓動が大きく響く。

「俺は――」

 やっぱり……。禊はそう思った。

「目的って……すぐそこなのに、何のために……」

 存在は立ち尽くす。

「そもそもあるかどうかさえ分からない。1000年も前……。アレ……?」

 存在は左手で左胸に爪を立てる。

 体の中から自分の声がした。

「今まで何やってたんだ?」

「目的を追いかける必要性ある?」

「何のために生きてる」

「何って……」

「俺から奪ったのは何だ?」

「奪われたところで何のデメリットがあった?」

「人間……」

「そうだ。そして、この人間は俺から奪ったあげく、お前の中まで破壊しようとしている」

「別にいいじゃないか」

「破壊……?」

「復讐だ」

「復讐して何になる?」

「早く楽になっちまえよ」

「『お前は頭が悪いな』」

「違う……」

 闇の中から手が伸びて、存在の目を覆う。

「お前の本音は何だ?」

「身を委ねちまえよ」

「俺の本音って……?」

 存在は頭を抱えて膝を地面につく。

「ア……アァァ……」

「旦那様、大変ですわ! 存在の旦那様が、自我を失いかけて……!」

「分かってる」

「旦那様……」

「ギリギリのトコまで引き出すしかないんだ。これは半分、自分との闘いなんだ」

「アァァァァ……!」

 禊は振るえる足を叩き、白銀姫をぎゅっと抱きしめる。だが、目だけはずっと存在を見つめていた。

「ヴォァァァァァァ!!」

「来た……!」

 禊は白銀姫で存在の頭を思いっきり殴った。

「ヴァァッ!!」

「禊ぃッ!!」

「禊……?」

 存在には、禊の顔が存在に見えた。

「来ルナ……来ルナァァァ!!」

 存在が腕を振り、爪が禊の頬をかする。黒鉄彦をつかみ、禊に向かって突き刺す。

 禊も、存在に向かって白銀姫を刺した。

――ドシュッ

 二対の剣が一本になる。

 お互いの剣がお互いの心臓を貫く。

 二人の口から血が溢れ出た。存在は禊の肩に噛みつく。

「い゛ッ……!!」

 禊の髪留めが取れ、長い黒髪が垂れる。存在の髪を縛るゴムもちぎれ、髪が下りる。

『見た目とか、性別なんて関係ない。私はただ、君が好きなだけなんだ。君という魂を愛してるんだ』

 禊はとある人の言葉を思い出す。

「俺は、君のおかげで気付けた。自分を好きになれた……」

 禊は存在を抱きしめ、優しく頭を撫でると、

「思い出して。自分の中には自分はたくさんいる。嘘に嘘を重ねて、醜い自分を見られないようにするために、本当の自分を隠す」

 存在は逃げ出そうと暴れるが、禊はきつく抱きしめて離さない。剣が傷口を広げる。

「でもね……結局、自分を隠してるつもりでも、全て自分なんだよ。本当の自分なんてない。全てが本当の自分なんだよ」

 存在は言葉の続きを思い出した。

「花と同じ。どんなに花弁を剥がしても、何も出てこない。花が無くなっちゃうだけ」

 禊は存在の顔を両手で包み、

「俺はお前で、お前は俺なんだ」

「君ハ俺デ、俺は君……」

「そう。だから今までここまでこれた、答えが見えたんだ」

 禊は優しく微笑む。

 存在の目が潤む。

「やっと泣いてくれた……」

「泣いちゃいけないのに……っ、お天道様が……」

 存在は嗚咽を漏らす。

「もういいんだよ。どうしてもだめな時は、仕方ないんだよ」

 禊の目からも涙がこぼれる。

「でも、俺は……お前とは」

「確かに違うさ。でも、もうずっと一緒にいただろう? 人生のほとんどを共にしたんだ、君にならわかるだろう?」

「俺を……許すなよ……」

 存在は静かに涙を流す。存在の白い頬が紅色になる。そして、笑った。

「ありがとう……」

 存在は禊を強く抱きしめた。

「おかえり」

 二人の姿は消え、黒鉄彦と白銀姫は一つになる。

 禊は一つになった太刀斬鋏を抱きしめて佇んでいた。

 禊はゆっくり立ち上がる。

「……俺の名前は、五月雨禊。存在の精神と、禊の肉体を持つ」

 風が禊の前髪を吹き上げる。

 右目は黒く、左目は翡翠色に輝く。

「……待っててね。今、行くから」

 禊は太刀斬鋏にまたぎ、

「行くぞ!」

「場所は?」

「どこですか!?」

 黒鉄彦と白銀姫が元気よく訪ねた。

「決まってんだろ、ニーアの所だ」

 宙を舞い、空の彼方へ飛んでいく。

「旦那様! 急接近する物体が!」

「何だ?」

「それが……鳥の宝器なんです……!」

 黒鉄彦の声が震えていた。

「要の宝器……? いつの間に手に入れたんだ?」

 禊の左目が青く光る。

 飛んできた宝器を結晶で受け止める。

「六角棍棒……?」

 石の色は藤色だった。

「まさか……」

 宝器は結晶を破壊し、禊の左肩に突き刺さった。

「うわぁぁぁ!!」

「旦那様!」

 禊は雪山に落ちた。

 目の前に要が立つ。

「要……!」

 禊が助かったと言う思いで要を見上げたが、その笑みを浮かべた顔は明らかに暗かった。

「やっと……やっと! これで君が手に入る!」

 宝器が肩から抜け、要の手に戻る。

「お前、どこでそれを……!?」

「簡単だよ。前々からあるなーとは思ってたんだけど、まさか、くちばしを突き刺したら取れちゃってね」

「だから場所は何処だって聞いてんだ!」

「横浜だよ」

「は……!?」

「いやぁ、すっごい大混乱だったね。まあ、他人なんてクソほどどうでもいいんだけど」

 要は笑顔で宝器を撫でながら、

「組織に戻ってからずっと調べてたんだ。中国の方から不思議な武器を輸入したって文献があったから、それを追ってたらまさかの宝器にたどり着いてね。その後博物館に展示されちゃっててさぁ。おかしな話だよね! だから取って来た」

 要は棍棒を振り上げる。

「僕はねぇ――」

 禊は急いで避けると棍棒が背後の岩に当たり、岩が粉々に砕けた。

「――君の全てが欲しいんだよ!!」

 要はむちゃくちゃに棍棒を振り回す。

「君の肉体もそうだけど、思考も、ユートピアも何もかも全て欲しいんだよ!」

 棍棒が禊の顔に迫る。それを腕でガードしたため、腕の骨が折れた。

「くぅっ!!」

「僕は君ヲォォ!!」

「……お前は頭が悪いな」

 禊はニヤリと怪しく笑う。

「お前がその気なら、こっちも全力で行かせてもらうぞ!!」

 服がはち切れ、禊は巨人になる。

「ヴォァァァァァ!!」

 要もたちまち鴻に姿を変える。

「ギュェェェェェ!!」

 鴻対巨人。

 要は鉤爪で攻撃する。巨人の灰色の皮膚が裂け、肉芽が覗く。

「ヴァァ!!」

 禊は要の足をつかみ、地面に何度も何度も振り回し叩きつける。

「ギュィエ゛ッ!!」

 鴻のくちばしが巨人の左目に刺さる。

「ア゛ァァァァ!!」

 真っ白い雪が紅く染まる。

 倒れた巨人の鳩尾に鴻はくちばしを刺し、胸骨を引き剥がす。

「ヴゥォァァ!!」

 鴻をつかもうとする巨人の腕を切り落とした。

 鴻は自らの胸を裂き、心臓を露わにする。鴻は巨人の心臓との接触で大爆破を試みていた。

 巨人はそれを食い止めようと口を開け、口から血が溢れ赤黒い口内と牙が露わになる。そして鴻の首に噛みついた。

「ギャァァァ!!」

 そのままひっくり返り、鴻の喉笛を噛み切る。

「ウゥゥゥ……」

「ギィ……ァァ……」

 二人の姿が人間に戻る。

 禊の切れた腕も徐々に回復し、要も息を取り戻す。

 要はせき込み、口から血が溢れ出る。血まみれの首をさする。

 禊は要の上に馬乗りになると、太刀斬鋏を構えた。

「……震えてるよ。どうしたの?」

 要が太刀斬鋏をつかみ、

「構えるなら、頭じゃなく……ココ」

 自らの左胸に当てる。

 禊は唾を飲む。

「……やっぱり、君は綺麗だ」

 要がそう言い禊の顔に触れると、禊は血にまみれた顔で目を見開き、太刀斬鋏を下ろした。

「僕はずっとこの感情について考えていたんだ、そしてやっとわかった。……これは嫉妬なんだと思う。でも君に対して一切憎しみなんて無くて、むしろ君を手に入れて額縁に入れたかった」

 要は禊の左胸に触れる。

「たぶん、君という装飾品が欲しかったんだ」

「やめろ……」

「君は本当に美しい」

「俺は美シくナんかない」

「その目といい、全て……そのまっすぐな性格も……」

「やめろ!!」

 禊は要の左胸にタチキリを刺した。

「やっと、答えてくれた。やっとこっちを見てくれた……」

 要の口から血が溢れ出る。この上ない幸福に見舞われたかのような笑顔で禊を見つめる。

「僕は全部覚えてるんだ。皆、2000年前の事思い出せないが、僕は覚えてる……」

 要は禊の首に腕を絡めると、禊の顔を近づけ、

「君が何だったかだって……」

 その言葉に禊は身動きが出来なかった。

 要は禊の口にかぶりつくようにキスをすると、要の腕は力なく落ち、動かなくなった。

 禊は口についた要の血を舐めた。要の胸に額を置くと、大きく息を吸い、

「……他人の匂いがする……」

 愛しく恋い焦がれるかのような、か細く弱々しい高い声でそう言った。

 禊は立ち上がり太刀斬鋏を持ち、当てもなく歩き出す。

「……Nia……Nia・Alvand……」

 いや、当てはある。

 途中雪崩に巻き込まれながらも、滑りながらも山を下りていく。

 山のふもとに下りると言葉が待っていた。

「旦那様……!」

 血まみれの禊に毛布を掛け、抱きしめる。

「もう、旦那様だけで行動なさってはいけませんわ! 私も付いて……!」

「言葉……」

 言葉は黙った。

「もう、俺を旦那と呼ぶな」

「そんな……!」

「このままだと、お前を傷つけてしまうかもしれない」

「それでも……!」

「お前が良くても俺がダメなんだ!」

 言葉は驚いた。

「お前は俺の言う事を何でも聞いてきた。だから、最後に聞いてほしいんだ。頼む……」

 言葉の目から涙が溢れた。

「分かりました。何でも聞きましょう……」

「俺はお前の旦那ではない」

「はい」

「俺とお前は、幼馴染でしかないんだ」

「はい……」

 言葉の声はだんだん涙ぐんでいて、

「性別が同じでも違っても、結ばれはしないんんだ……」

「はい……!」

「だから……」

「旦那様、私からもお願いを一つ、宜しいですか……?」

「何だ。何でも言え」

「私は旦那様が大好きです。それでも、この愛を受け入れてもらえない事が悔しくて仕方ありません。心の隅で旦那様を恨む私がいて、どうにも手のつけようが無いんです。お許しくだされば、どうかこの愚かな言葉のわがままのために、旦那様の頬を引っ叩いても宜しいでしょうか……!!」

 必死に涙をこらえようにも、言葉の目からは涙が溢れかえっていた。

「あぁ、好きなように何度でも殴れ」

 禊はまっすぐに見つめた。言葉は目を合わせず足元に目を落とし、スカートを強く握りしめた。

 だがしばらくして顔を上げ、強く目を見つめると、腕を高く振り上げた。

 その腕を振り下ろそうとするが、できない。

「禊ちゃん、ごめんね……!」

 もう一度大好きと言いたかった。愛してると言いたかった。だが言えなかった。今の自分にはもう、言ってはいけないと思ったから。

 言葉は思いっきり引っ叩いた。

 言葉は禊の胸で泣いた。禊は優しく言葉を抱きしめた。

 風呂敷に包んだ着替えの服を差し出す。言葉は赤くなった目で禊の着替える姿をじっと眺め、

「行ってらっしゃい」

 そっと手を振った。

「あぁ」

 禊はまた、歩き出した。


 太刀斬鋏に乗り、日本海を越え太平洋側の浜辺についた。

 地震が起き、水平線に島が浮かぶ。

「やっとここまでこれたよ、ニーア。あとちょっと……あとちょっとの辛抱だから……」

 禊はビーストモードとなり、島に向かって進む。

 左右からミサイルが何発も撃たれる。

 だがそんな物は一切効かず、禊はただ進んでいく。

 そこへ、ビーストモードの尊が突っ込んでくる。

「コカカカカ……」

 獣と甲殻が暴れる。

「砲弾用意!」

 小町が指揮を執る。

「着火!!」

 何百もの戦車から、対矛盾弾が撃たれる。

「ァオォォォォ……!!」

 禊の咆哮と共に、幾重の結晶が禊の周りを囲む。弾は結晶の上で爆破する。

『離せぇ! 離せぇぇ!!』

 しがみつく尊を振り払おうと、禊はもがく。

『島に行ってはならん!』

『何故だ!?』

『理想郷とは、天国とも言えるなれ、何が起こるかもしれぬ故!』

『そんなものは知らぬ! 他など、どうなろうが我にはどうとでもよいもの!!』

 小町が指揮を執る。

「第二波、放てー!!」

 ミサイルが幾つも何度も飛んでくる。

「ヴォォォォォ!!」

『獣に巨人が混ざるだと!?』

 巨人の姿に変身すると、それは今までと違い頭には獣の角と尾があった。

「邪魔ヲスルナァァァ!!!!」

 咆哮は大きく、小町はその波に倒れる。

「くっ……何としても食い止めろ! ユートピアのエネルギーと矛盾のエネルギーが合体した瞬間、地球は吹っ飛ぶ!」

「小町さん、それって……」

 戦車の中から忍が頭を出す。

「矛盾の心臓が触れる以上の破壊が起こる。ビッグバンどころではない、太陽系が消えるやもしれん!」

「俺、ビーストモードで出てきます!」

 忍が戦車から降りると、

「お前は行くな!」

 背を向けたまま怒鳴った。

「小町さん?」

「お前だけは、いなくなってほしくない……」

「小町さん……」

 その時ばかりは、小町の背中がいつもより小さく、悲しく見えた。


「えぇー!? 通行規制!? 聞いてないよ!」

 タクシーの運転手が困ったように、

「兄ちゃん、仕方ないよ。なんせ、国連の特殊部隊がナントカで、日本の東側は立ち入り禁止なんだよ。みんなシェルターに避難だってさ」

「おじちゃん、お釣りはいらねぇから!」

「あ、おい!」

 拓海は金を置いて走る。

「すまねぇ……宝器よ、俺にちょっとだけ力を貸してくれ。お前を主人に合わせるためなんだ」

 丸盾の宝石が光り、宙を浮く。そして拓海を乗せて飛んでいく。

 榊は何かを感じた。

「来るのが遅ぇっすよ」

 朱い光が近づく。

「お待たせしましたぁぁこれどうやって止めるのぉ!?」

 榊は片手で丸盾をつかみ止める。

「ギャフ!」

 拓海が落ちる。

「あざっす!」

「後で、師匠からの手紙とか渡しますね」

「おう! いいタイミングっす!」

 榊は丸盾を構え、

「名も無き聖霊よ、我が意志を聞き給え……」

 榊の肌に亀裂が走り、皮膚が剥がれ鱗が露になる。

「ガォォォォォ!!」

「竜……いや、ドラゴンだ! 六つ脚のドラゴン……いや、あれは翼脚?」

 拓海は腰を抜かして榊を見上げていた。

 榊は尊に向かって飛んでいく。

「ガァァァ……!」

 口から炎を吐き出す。

 尾を振り回し、丸盾で尊を押し退けていく。

『禊よ、ここは俺に任せるっす!』

『心得た。感謝す!』

 水しぶきを上げながら、禊は島に向かって走る。

「お願い、御神様……」

 言葉が合掌すると機密部の天井が開き、中の土地が浮いて島に向かって飛んでいく。

 土地は瞬間移動で島の脇に着き、島の崩れた部分と土地の形が一致した。

 ビーストモードの忍が禊に向かって突っ込む。

「忍、行くな!!」

 小町が叫んだ時にはすでに遅し。巨人と蛙はもつれ、島に突っ込む。

 衝撃で二人は人間に戻った。

「禊さん!!」

「邪魔をするなぁぁ!!」

 太刀斬鋏の指輪で忍を投げ飛ばす。

「ガハッ!」

 忍は岩に当たる。

「禊さん……! 行ってはなりません! 貴方が、消えてしまうかもしれない……!」

「何故わからない!?」

「分かりません! 僕には、禊さんがここまで必死になる気持ちが!」

 禊は気を静め、

「そりゃそうだ、俺とお前は他人だ。一者と二者だ。その二人は全くの個体だ。どこかがつながっていようが、別々の個々である以上、本当の理解はできないんだ」

「俺は貴方を理解したいんです……!」

「やめてくれ!」

 禊は忍の背後の岩に太刀斬鋏を刺す。

「理解した気になってたって、それは本当の理解じゃねぇ。それ以前に、他人に理解ができるわけないし、理解されるなんて気持ちがわりぃんだよ……!」

「禊さん……!」

 禊は太刀斬鋏を抜き、忍から一定距離離れる。

「一騎打ちだ」

「分かりました」

 忍は壊れた眼鏡を投げ捨て、唾を飲むと禊をじっと見た。

 禊は太刀斬鋏を地に刺し白と黒の大腕を出現させ、忍は息を飲み構える。

 二人は同時に消える。否、消えたのではなく、高速で動いたのだ。

 禊の爪は忍の胸と腹をえぐり、忍の毒爪は禊の首をかすった。そして忍を地面に叩きつけた。

 禊は太刀斬鋏につかまり、

「すまねぇ、忍……」

 禊は動かない忍を後に先に進んでいった。

 何もできない忍は、血と涙を流すだけだった。

「また、届かなかった……」


 禊は毒に侵された体を何とか動かし、血の足跡を着けながら進む。

「……Nia……Alvand……」

 石に躓きながらも、禊は進む。

「旦那様!」

 白銀姫と黒鉄彦が心配そうに声をかける。

「大丈夫、白銀姫。黒鉄彦、ありがとう。残りのエネルギーも少ないだろう。お前たちは俺についてくるだけで十分だよ」

「旦那様……」

「旦那様ぁ……! 死んじゃダメです……!」

 白銀姫の声は泣いていた。

 禊が一歩を踏み出したとき、床が崩れて、禊は落ちていく。

「きゃー! 旦那様!」

「旦那様!」

 太刀斬鋏にはもう浮くエネルギーが無い。

 太刀斬鋏は先に落ち草の上に突き刺さる。その横に禊が落ちた。

 衝撃で花弁が散る。

「うっ……くぅ……」

 禊は重い体を何とか持ち上げて前を見る。霞む視界の向こうに大きな木の幹と棺が見えた。禊の落ちた空間には僅かに光が差し込み、少し薄暗かった。静かだが温かく、草木が一面覆っていた。古いギリシャ建築や瓦礫がそこらに落ちていた。

 太刀斬鋏を持ち、足を引きずりながらできるだけ早く進む。

 棺に覆いかぶさるように倒れると、棺の穴に手を入れ太刀斬鋏の接続部を棺につながってる根につなげる。

 優しい光を帯びて棺のふたが開く。

「――ニーア……!」

 泣きそうになる禊の後ろ向こうの大きな岩の扉が開き、防菌装備の人間達と小町が入ってくる。

「禊、今すぐそれから離れろ!」

「黙れぇぇ!!」

 禊は何かになり、人間を二人ほど襲う。

 人間は真っ二つになり、紅いしぶきをあげ倒れる。小町の顔に紅い珠がつく。

 小町は急いで対矛盾弾を撃つが、全く効かない。

 何かは小町をつかみ、壁に思いっきり叩きつけた。

「……許サナイ……絶対ニ……! 俺カラマタ奪ウノカ……!」

「禊、落ち着け……!」

「黙レ黙レ黙レ黙レ黙レエェェェ!!!!」

 黒い左手を振り上げた何かに、

「禊ごめん!!」

 嫌好が勢いよく抱き付き何かを吹き飛ばす。二人はもつれ、

「離セ……離セェェェァァア゛ア゛!!」

 爪が嫌好の顔をかする。首にも、胸にも、腕にも。

 小町が対強力矛盾弾を棺に向けて数発撃つ。

「ヤメロォォォ!!」

 が、弾は棺の手前で爆破しただけだった。

「何……?」

 波動が空間に響く。

 すると、小町は頭を抱えてもがきだす。

「う……あ゛ぁ……!」

 嫌好は意識が遠くなっていく。

 何かの耳にとある声が聞こえた。

『やっと、会えた――』

『――静まりなさい――』

 何かは禊に戻り、その場に倒れた。


『やっと、会えた……』

「迎えに来たよ」

『早く君の顔が見たい』

「目を開ければいい」

『ゴメンね。ずっと寝てたから、瞼がくっついちゃった。切ったらいいのかな?』

「そんなことしたら、君がつらいだろう」

『いいの。君に会えないよりまし』

「大丈夫。もう、君の横に居るから」

『嬉しい。でも、感覚がないの』

「目覚めるまでずっとこの手を握ってるよ」

『……ありがとう』


 強い女性の声がその場にいる全員の頭の中に響いた。

『静まりなさい――!!!!』

 小町の持っていた銃は不自然に分解され、共に連れて来た人間は気を失いその場に倒れた。嫌好は頭を抱え地面にこすりつける勢いだった。

「何……コレ、頭痛い……!」

「手遅れか……!?」

 小町はその神々しく輝く棺から発される光と目に見えない壁に理解が追い付かなかった。

『彼かの聖女と獣人が触れたとき、花は咲き誇る。蝶は天へ昇り、海月を産む。有るべき処に帰られよ――』

 小町は予言の意味が分かった気がした。

「……聖女……そうか、そういう事か。私は何を恐れて勘違いしていたんだろう……」

 小町の意識は遠のいていき、最後に聞こえたのは、

『可愛い私の友達』

 脳裏に見た事も無いはずの光景が浮かび上がる。

 青い空に若い草原、風が白い人影と戯れている。

 それは真っ白い一切の穢れの無い、一人の少女の姿だった。

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