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楔荘 破~聖女と楽園の真実~  作者: 五月雨 禊/作者 字
16/21

第十六話 水雲になるとき

 リサはふと、目が覚めた。何かに起こされたような、そんな気がした。

「……お腹空いた……」

 一階に降りると母がミートスパゲッティを作っていた。

「あら、お昼寝でもしてたの?」

 リサは母の持つ鍋をじっと見つめる。

「今日はねぇ、麺も手作りなの。おやすみだからちょっとがんばっちゃった!」

 母は恥ずかしそうに、それよりも嬉しそうに話した。

 弟が匂いを嗅ぎつけてやってくる。

「ママ! 今日のお昼何!?」

「今日は……」

「すぱげっちーだ!!」

「ケン、言えてないわよ」

「俺、手洗ってくる!」

 電話が鳴る。

「あら、いけない」

 母が席を外す。

 リサは席に座って盛られたスパゲッティ―を眺めると、

「……いただきます」

 フォークを握って食べ始めた。

 久々の空腹、久々の母の料理。

「ママのごはんって、こんなにおいしかったんだ……」

 涙で喉が詰まる。急いで袖で涙を拭い、スパゲッティ―を頬張る。

「お姉ちゃん、本屋に寄ってから帰るから、夕食には帰ってくるって」

 戻ってきた母に、

「おかわり」

 リサは真顔でお皿を差し出す。

「アラ……」

 母は少し驚きながらも、

「たんとお食べ」

 お皿にスパゲッティ―をたんまりと盛る。

「あー! お姉ちゃんだけ先にずるい!」

「……うるさい! バーカ」

「ブース!」

「何よッ……!」

 弟のお腹をくすぐる。

「ぎゃははは! このやろ!」

「きゃー! 何すんのよバカ! やったなぁ……!」

「ぎゃー!」

「ちょっと二人とも、遊んでないで食べなさい」

「ハーイ!」

 リサの顔に笑顔が戻った。

「ねえママ、午後なにか予定とかある?」

 落ち込んでいたリサが元通り明るくなっている事に、母は驚いたが、

「まあ、いつも通りお掃除して……特にこれといった事は無いわね」

「じゃあさ、お菓子作ってもいい? おばあちゃんから教わったピーチパイ、もう一度作ってみたいの!」

「パイ? パイシートあったかしら……」

 母は冷蔵庫の中を漁る。

「ちょっと古いけど、あったわよ。生の桃はこれしかないけど、缶詰なら床下の収納にあるわよ」

 リサは台所の床下収納を開ける。

「ねえ、お姉ちゃん喜ぶかな?」

「お姉ちゃんは甘いものが好きだからね~。お菓子なら何でも喜ぶわよ」

 材料を調理台に並べる。

「ママ、小麦粉どこ~?」

「そこの戸棚どう?」

 夜、父と姉が帰ってきた。

「疲れた~。どの本屋にも無かったわ~」

「ただいまー」

「パパ、お帰りぃ!」

 弟が父に飛びつく。

「お前、お風呂は?」

「まだ」

「ようし、じゃあパパと入るか?」

「うん!」

「えぇ~、アタシ先に入りたい」

 姉は疲れたため息を漏らす。上着を適当にコートかけにかけ、姉は自室に入った。

「ママ、手伝おうか?」

「ありがとう、リサ」

 夕食の支度もでき、

「いただきまーす!」

 全員で手を合わせる。

「パパ、それ取って」

「ん」

 父が姉に醤油の瓶を渡す。

「ケン、ニンジン残さない」

「お姉ちゃんだって、ピーマン残してる!」

 弟とリサが睨み合う。

「野菜食わないと太るぞー」

 姉が黙々と白米を食べながら言う。

「お姉ちゃんだって最近太ってるじゃん」

「デブー!」

「うるさいわね」

 姉は自分の皿の中のから揚げを弟の皿にいくつか移す。

「やった!」

「食った分動かないから太るんだぞ」

 父が鼻を高くして言った。

「パパだって最近、内臓脂肪危ないじゃん」

 リサに弱みを突かれたように、父は頭を抱える。

「ぱ、パパのは努力のたまものだ……」

 父が缶ビールの3本目を開けようとした時、

「アナタ、1日2缶までよ」

 素早く母に手を叩かれる。

「いいじゃないか、金曜日なんだし」

「ダメです! 家族の為にも健康管理は怠ってはいけません。ほら、アナタのために豆のサラダ作ったのよ」

「あ、それ私も食べたい!」

「アタシももらおうかな~」

「俺も!」

 子供3人がお皿を差し出す。

「足りるかしら……」

 母は嬉しそうに困った。

 楽しい一日だった。

「おやすみ、パパ、ママ」

 リビングにいる両親に挨拶すると、

「おやすみ」

 母が縫物の手を止めて言う。

「良い夢見るんだぞ」

「お姉ちゃんの漫画貸そうかー?」

 テレビを見る姉と父が顔を上げて言った。

「いや、いい……」

「おやすみー!」

 弟が部屋に走り去っていく。

「おやすみ、ケン」

 リサは幸せそうな顔をしながら、眠りについた。

「ねぇー、リサーぁ!」

 階段の下から姉の声がした。

「ちょっとー、起きてるんでしょー?」

「何よー!」

「友達から漫画借りてきた……」

「もう明日! おやすみ!」

「えー!? 明日返すんだけどぉ!」

 姉は髪をかき上げながら仕方なく部屋に戻った。

 リサは平凡で平和な日常の幸せを、ベッドの中で思い返し噛みしめていた。眠りから覚めてやって来る明日がこんなにも楽しみだったことを思い出した。

 だが、悪魔は許さなかった。

 深夜の三時ごろだった。白い家は赤い炎に包まれた。

 五人の命はあっけなく天へ上った。

 蝶は戯れながら空の彼方へ飛んでいく。



 リサは目を覚ました。でもそこは何もない世界。

「なに、ここ……」

 体が軽い。一糸まとわぬ姿で、夢の世界の様だった。

「なんか楽……」

 リサは思い出した。

「そっか。私、死んだんだ……」

 炎の中、父と母は寝室で寄り添いながら、姉は弟を助けようとしたが、一酸化炭素中毒で、弟はガラスの破片が刺さり……。

 リサは、家から出たものの、火だるまになっており玄関の外で ――。

「痛かったな……」

 自分を抱きしめた。

「アンナと、仲直りするつもりだったのに……。高校行って、楽しい青春を過ごすつもりだったのに」

 リサの目から涙が溢れる。

「まだ……まだ、やりたいことあったのに……!」

 後悔した。

「一度たりとも、死にたいなんて思わなきゃよかった……!」

 抱いた腕に爪を立てる。腕に爪が刺さり、紅い珠が浮く。

「会いたい……。こんな世界、嫌だ……!」

 絶望した。

「夢の世界に行きたい……!」

 光がリサを包む。

 温かい、母のような光。

『君の願いは?』

「私の、願い……」

 リサは胸に手を当てる。

「あなたに、会いたい。あなたと、そのみんなの世界に私も行きたい。私も、仲間に入れて……!」

『君がそう望むなら』

 リサの目から涙が溢れた。

 懐かしい声。夢の世界の声。

 水になりたかった。水になって、全てと一体化して、地球の底の底まで、見て見たかった。世界旅行より、地球旅行、宇宙旅行。もっと知りたかった。

 人間の行けないとこまで行ってみたかった。

 神様に、触れてみたかった。許されるなら、浄化しても構わないから、触れてみたかった。

 みんなと一緒にいたかった。


 アンナはリサの家の前に行ってみた。

「何……コレ……」

 大きな火の塊。

 アンナはリサの家の前から姿を消す者を見た。仲間の一人だった。

「そんな……いやぁぁ!!」

 消防士がすぐ駆け付ける。

「リサ! リサァ!!」

 飛び込もうとするアンナを消防士が押さえる。

「リサ! リサ! 返事してよ! 速くこっち来なさいよ!」

 出てきたのは、火だるまになったリサだった。

「リサ!」

 アンナは上着で火を消そうとする。が、無理だった。消防士がリサの火を消したと同時に、命の灯も消えてしまった。

 炭の塊と化してしまったリサを見つめ、アンナはその場に座り込んだ。

「リサ……ねぇ、どうして……ねぇ、返事してよ。ねぇ――」

 駆け付けた警察官がアンナをリサから引き離す。

「いやっ! リサ! ねぇお願い、リサ――!」

 遺体安置室にはリサの親戚と、アンナと、アンナの父親がいた。

「リサ……!」

 アンナは泣き崩れた。

「ごめんね……本当、ごめんね……!」

 リサとその家族が出棺されていく。

「パパ……アタシ、どうしたらいいの。なんの償いもできない……!」

「考えなさい。お前にしかできない償いを」

 アンナは父の腕の中で泣いた。

「リサ……リサ! リサぁ……!!!!」

 アンナは泣きながら何度も何度もリサを呼んだ。

 蝶は天花の上を舞う。

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