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楔荘 破~聖女と楽園の真実~  作者: 五月雨 禊/作者 字
13/21

第十三話 虚言妄言嘘つき狼

 僕ら、要と存在は電車に乗った。

「え~、切符を……?」

 存在は目を細めて電車の路線地図を見上げる。

「乗車券ICカードがあるでしょ」

「あ、そっか」

 電車に乗ると人が多く座れないため、二人でドアの側に立っていた。そのうち人も増えていき、車内はぎゅうぎゅう詰めになる。

 存在がドアにもたれる。人が増えてきたため後ろから押され、存在に悪いかと思いドアに手を着く。

「……壁ドンみてぇだな」

 存在のぼやくように放った言葉に一瞬胸がドキリと鳴った。

「つらいなら俺にもたれても構わねぇが」

 一瞬考えた。

「あ、お前が嫌なら別にそれで……」

「じゃあそうさせてもらう」

 存在の肩に額を置いた。

「後ろも結構きつかった……」

 そっとため息をつく。存在は一切気にする様子もなく、爪先をいじっていた。

 男女のベストな身長差10~15㎝。

「君、身長幾つ?」

「170㎝前後。お前は179㎝だな」

「流石、何でも知ってるね」

「今は目はあまりよくないからな、耳も悪い。だから身長、体型、歩き方、仕草、口調、声の周波数、口癖…色々な部分で人を区別してる。ほとんどは……」

「嗅覚で判断してるって?」

「あぁ」

「変わってるね」

「趣味みたいなもんだ」

「……悪趣味」

「よく言うよ……何とでも言え」

 存在は深くため息をついた。

「……人間くせぇ……」

 存在は服の袖で鼻を押さえる。

 電車が止まり、存在の後ろのドアが開き人がなだれ込んでくる。

 とにかく人が多い。

「日本の通勤ラッシュみてぇだな」

「今は休みだし、皆出かけから帰ってくるんだよ」

 そう教えると、存在は少し苛立ちを隠せない様子で生返事をした。

 詰め込まれた人で圧迫され、存在の膝が、お腹が、胸が、全部僕に当たる。

「……悪いな」

 存在は鼻先で謝った。

「仕方ないよ」

 ちょっとした本望みたいなもんだ。

「僕、ここで降りていいかな?」

「どこ行くんだ?」

「本支部に物を取りに行くのを思い出した」

「そうか、気を付けろよ」

 珍しい言葉が存在の口から出てきた。

「……ありがとう……」

 存在にフードをかぶせ、ばれないように一瞬で唇にキスした。

 人をかき分け、呆然とする存在を置いて電車から降りる。

「……こりゃ禊の美で、俺のじゃないな……」

 存在は軽く袖で口を拭いた。


 カードキーを玄関の認証口にかざして、本支部内に入る。

 資料庫へ足早に進む。

 中に入り、古い棚を探す。

「あった……」

 誰かに持ち出されては無いようだ。何冊かのファイルをかばんの中に隠し入れる。

 すると赤茶けた古い白黒写真が一枚落ちた。自然的な風景だが、夜明けの太陽の手前に両手を広げて立つ少女と、その少女に向かって頭を差し出す化け物の図。逆光で少女の顔や、細かい部分は見えない。

 写真を拾い上げ裏を見ると、

「I love you,Nia――Utopia」

 と、書かれていた。

「要?」

 後ろから声がして、急いで振り返る。兄の尊だった。

「そ、そんなに警戒するなよ。ほら、羽しまえ」

 気がついたら、腕から羽が出ていた。

「やっと許可が出たんだ。第一ホールならうろついていいって」

 兄さんは顎で後ろを示した。

 ホールの噴水広場にあるベンチに二人で座る。

「喫茶店にでも入ればいいのに」

「お金持ってない……」

 兄さんは悔しそうにうなだれる。

「僕がおごろうか?」

「いい、大丈夫」

 しけた顔でタバコを銜える。

「いつの間に」

「ん。二千年も前から吸ってたけど?」

「……禊や小町に怒られそう」

 兄さんは一息つき、

「お前、覚えてるか? 二千年前の初めての友達」

 そういえば、屋敷には王族しかいなく友と呼べる人間なんていなかった。

 僕がしばらく悩んでいると、

「じゃあ、黒曜石は覚えてる?」

「うん」

「黒曜石の子っつったら、わかるか?」

「うん」

 だって、初めての心の底から友達って思えた相手なのだから。そして、初めて好きになった他人。

「実はさ……俺の初恋ってあの子だったんだ」

 何言ってんのこの人。急に何?

「男か女か区別付かないけど……性別なんか関係ない。ただ、好きだったんだ」

 本当の事、言わない方がいいかな。

「あの子、もういないだろうな……」

 兄さんはきっと真実を知らないんだ。

 この人は何でこんなに頭が悪いんだろう。頭が良いくせに頭が悪い。

 兄さんのそんなところがやっぱり大嫌いだ。

「兄さん、黒曜石の首飾り作ってなかった?」

「なッ!?」

 やっぱり。兄さんは顔を赤くして驚いた。

「誰にあげるの?」

 兄さんは目を逸らす。

「……黒曜石の、子……」

 面白い。

「二千年も前の人だよ? わたせるわけないじゃん」

「いいんだよ」

 兄さんは口をとがらせてタバコの火を消し、

「墓に供えるだけでもいいから……」

「クサい」

「気持ちだけでもな」

「兄さん、クサいセリフ言うなよ」

「いちいちうるさいなもう!」

 兄さんは本当に知らないのだろうか。

 気づいてるはずなのに。目の前に居るのに。

「……渡せるといいね」

 兄さんはつくづくバカでどうしようもなくて、本当に面白い。

「無理だろうから、俺が身につけるしかねぇんだよな」

「本当に覚えてないの?」

「何が?」

「二千年前の事」

 兄さんは黙った。

「古ぼけた、埃被った汚れた写真みたいにな、顔に靄が掛かって見えないんだ。自分はようやく見える。弟の顔さえ、よく見えない」

「……僕も。その後の事も思い出せない。古すぎた記憶みたいに。千年以降は思い出せる」

 あえて少し嘘をついて兄さんに合わせてみた。

「『知らぬが仏』……」

 兄さんは僕の耳をつかみ、

「じゃね?」

「何で耳つかむの」

「いや、今思ってな。昔も装飾品ジャラジャラ着けてたなって」

「兄さん、ピアス幾つ?」

「右4、左3」

「僕、右3、左2」

「ヘイ勝った~」

 兄さんは嬉しそうに手をあげる。

 兄さんのこういうところ、腹立つ。

「じゃ、僕帰るから」

 そう立ち上がった時、

「どこに?」

 しまった。

「あ……間違えた。もう行くから」

「どこ行くんだ?」

「……旅行?」

 あぁ、ダメだ。存在って本当、嘘つくのが上手いよな。

「こんな時に?」

「仕事も含んで」

 兄さんを置いて、足早にその場を離れた。

「がんばー」

 兄さんは脚を放り投げて軽く手を振った。

 少し道草を食ってみたくなり、禊の所に寄ってみた。

 管理人を眠らせ、中に入る。

「白銀姫」

 眠る禊の上を浮遊する白銀姫にむかって、人差し指を立てて口に当てた。

「変な事したらぶち殺しますからね! ……借りはちゃんと返してくださいね。シー……」

 白銀姫はそう囁いて知らんぷりをするように檻の隅に移動した。

 眠る禊の頬を撫でる。

 僕にとっての君って何だろう。確かに、君と同じ世界が見たい。君が欲しい。君になりたい。君を殺したい。君を……。

 この感情を混ぜたら、何になるんだろう。この感情をなんて言うんだろう。人間の言葉で、日本語でなんて言うんだろう。

「……君の言う通りだ。言葉って難しい」

 涎を垂らして、幸せそうに眠る君。もっと見たい。もっと聞きたい。もっと知りたい。君の全てを。君の頭の中はどうなっているの? この頭をかち割ったら、何かが分かる?

 眠り姫にキスをする王子のように、僕は口づけをした。

「……君の匂いだ……」

 君を見下ろす。

「大丈夫。殺しに来たわけでもなんでもない、ただ愛でに来たんだ」

「今すぐ禊から離れろ」

 低い、殺意を纏った声が背後から聞こえた。

「警戒心の強いタコさんだ」

「禊に触れるな、穢らわしい……!」

「君にとってはこの子が生きがいで、真実で、女神か何かなんだろうね」

「何が言いたい」

「なるほど。『幻想の美』を司る聖霊と君の能力の訳が分かったよ」

 声の方を振り返り、

「じゃあ、僕の美は何? この感情を、人はなんて呼ぶの?」

 不思議だ。別に悲しくとも何とも思っていないはずなのに、目から涙が止まらなかった。あぁだめだ、やっぱり僕は嘘が下手だ。自分に嘘をつくことすらできない。僕の心はきっと本当は泣いているんだ。

 嫌好が目を奪われている隙をついて、翼を広げその場を去る。

「タコ! 捕まえたか!?」

 小町が部屋に駆け込んでくる。

「……無理だ」

「くそっ!」

「……俺には、できない。俺もわからない」

 嫌好は悔しそうに歯を食いしばり、拳を握った。


 存在と合流した。

「湖?」

「あぁ。ここの湖の底にある岩に、ほんの少しだけだが予言の一部が刻まれていてな。まだ誰も気づいていないだろうな」

 存在は湖の周りを歩く。

「潜るの?」

「おう」

 冷たそう……。

 服を脱ぎ始める存在に僕は少し驚いて、

「もう脱ぐの?」

「何かまずいか?」

「いや、そうじゃないけど、恥じらいとか……」

「そんなもの、残念ながら俺は持ち合わせていない」

 存在はさっさと全裸になり、湖に飛び込んだ。

 僕は服を畳み、草の上に寝転がって目を瞑った。すると感覚が急に暗闇に引きずり込まれ、黒い何かが背後から絡みつくように近づいた。恐る恐る話しかける。

「……誰?」

 黒い何かは何も言わなかったが、低く唸るような笑い声を喉の奥から鳴らした。あぁ、彼か。

「何か探しているの?」

『Vipande vya Nia』

 ニーア……何? これはスワヒリ語か。ニーアの欠片……ってことか?

 しばらくして存在が水面から上がる。

「どうやら、あの少女が矛盾かどうかわからないといけないらしい」

「誰?」

「リサ」

「あの子は矛盾なの?」

「過去に接触があったらしい。彼女から聞いた。幼馴染に感染者がいて、その感染者は矛盾とかなり接点があったらしい。リサの通っていた幼稚園は孤児院の付属幼稚園だったんだ。そりゃ何年も感染者と接点はあったろうな」

「ねぇ、その感染者って?」

「矛盾ウイルスと小町らが呼んでいる細胞に突然変異的作用を起こすウイルスのようなモンだ。それに影響されることを感染と呼ぶが、感染した人間や動物は本来の生態以上の能力を発揮する。その感染者を異能力者、と呼んだりするか。矛盾の場合、死んだ際にそのウイルスが作用して矛盾となる。あくまで所説に過ぎないが……。矛盾と感染者については未だ解明されてない。わかったのは本来の生態以上の能力発揮だけだ。それすらも知らないのかお前は」

 僕は少し腹が立ったが、

「で、予言とそれがどう関係あるのさ」

 存在は濡れた髪を束ねながら、

「予言に書かれているんだ、『少女は天花の絨毯で眠る。悪魔は囁く、許せ許せよと。愛に飢えた少女は毎度夢に出る悪魔に恋い焦がれ、彼女は悪魔を受け入れた』……」

「確か続きが『少女が悪魔に惑わされたと思い込んだ友は、悪魔を倒すべく家に火をつけた』……。でも、その家ってどの家?」

 話の内容としては別に変ではないが、今回の件と比べると辻褄が合わない。

「もうしばらく様子見だな」

 上裸の存在が草の上に座る。

 その痩せた、白い背中に指を置いてみる。

「……カサカサしてる」

「まともに食ってないからな」

 髪を束ねて留めてあるから、うなじが丸出しだった。

 存在は上着から飴を一つ取り出すと、そんなにおいしくなさそうな顔をして食べた。

 僕は存在のうなじに噛みついた。

「んっ……」

 存在は嫌そうな顔をする。

「顔、見せて」

「見た目なんて所詮……」

「傀儡でしょ? だから」

 目元を撫でる。目の下の隈が濃くなってる気がした。

「お前はいいな、肌のハリツヤも良くて」

「僕は君が羨ましいよ。ねえ、この感情を人は何て呼ぶの?」

 存在はしばらく僕の目を見ると、

「他人への思い入れが憧れへと変化した……という事に近いだろうな」

 存在の骨のような指が僕の前髪に触れる。

「うん、綺麗な髪だ。鴻らしい眩しい白だ」

「褒めても何も出ないよ?」

「称えているんだ。良いものを良いと言っているだけで、嘘偽りも何もないよ」

「珍しいね、嘘つきの君が本音を言うだなんて」

 強く抱きしめようかと思ったが、この骨のように細い彼が折れてしまうと思い、そっと抱きしめた。

「自分がどうでもいいだけだ。己の真実を他人に話して何になる。ならいっそ、その時得となる事を話した方がお互い損はないはずだ」

「悲しくないの? 孤独だと思わないの?」

 存在は立ち上がると腰を折って、僕の顔をその両手で包み、

「実体が無くとも、何らかの形で存在はするんだ。故人だって俺の中にまだ生きている。だから俺は独りじゃない、だから孤独なんて感じたことなど一度もない」

 不気味に微笑む目から放たれる視線が、とても痛くて悲しいものだった。

 彼は嘘でできている。

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