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楔荘 破~聖女と楽園の真実~  作者: 五月雨 禊/作者 字
12/21

第十二話 ✡Lisa♡

 アメリカの小さな町。ごくごく普通の、よくある感じの町。

「リサー!」

 親友のアンナが私を呼ぶ。

「アンナ!」

「おはよう」

「はよー」

 四月になり、私たちは中学三年に上級した。

「今年は受験かぁー」

 アンナが気だるそうに呟いた。

「が、頑張ろう!」

「めんどくさー。アタシ、リサと旅行に行く予定だったのにー」

「え、本当!?」

「うん。アタシんトコの別荘に行こうと思ってた。ハワイなんだけどさー……。あ~ぁ、パパがダメって~」

 アンナは頭の後ろで手を組み、ため息をつく。

「リサ、夏休みは?」

「夏期講習が~……」

「えー!?」

「じゃ、じゃあさ! アンナの家に行って、勉強を教えてもらうってのは?」

「誰に?」

「……アンナに……」

 アンナは立ち止まり、

「OKッ!」

 私に抱き付いた。

「わッ、アンナ近いよ~!」

 アンナと私は笑う。

「あ、いっけない! 私、日直なんだった!」

 私は思わず立ち止まってしまった。

「ほら、急ぎな! アンタ足遅いんだから!」

「先行ってるねー!」

 アンナに手を振って走る。

 ――放課後。

「アンナ、一緒に帰ろう!」

 帰る支度をするアンナに話しかけると、

「あー、ごめん。アタシ今日ちょっと用事あるんだ」

「付き合おうか?」

「ううん、大丈夫。パパに頼まれたことだから……」

「そっか。じゃあまた明日!」

「うん、また明日」

 アンナに手を振って、家へまっすぐ帰る。

「ただいまー」

「おかえりー」

 懐かしい声がして、

「あれ……」

 キッチンを覗くと、お姉ちゃんがいた。

「お姉ちゃん!?」

「おう」

「日本に留学してたんじゃ……」

「ん。一時帰宅」

「そ、そっか……」

 お姉ちゃんのことは好き。日本のアニメや漫画に詳しくって、漫画もたくさん持ってて、日本語でも読めるし聞ける。

 でも、はっきり言ってその他はあまり好きじゃない。よくケンカするし、叩くし、口悪いし……。

「あ~あ、優しいお兄ちゃんが欲しかったなー」

「姉ちゃんまたそれ言ってる」

 弟のケンが白い目で私を見る。

「な、何よ!」

 ケンは両鼻に親指を入れ、指をひらひらと泳がせる。

「バーカ!」

 そしてそう言い残して走り去って行った。

「可愛い妹が良かった……」

 ため息と不満を溢すと、

「もうこれ以上産めないわよ」

 ママが後ろから話しかけてきた。ママは日本人でとても黒髪がきれい。怒ると怖いけど……。パパはアメリカ人で、私たちは皆ハーフ。お姉ちゃんも弟もブロンドの髪で青い目だけど、私だけが黒髪で、くすんだ青い目。まるで私だけ醜いアヒルの子のように見えて、私はこの外見があまり好きじゃなかった。

「ママを幾つだと思ってるの? もう50歳になるん……」

「四捨五入して、でしょ? 47歳なら大丈夫だよ」

「あら、そうかしら?」

 ママ、嬉しそう。

 部屋に入ってアンナから借りた本を出す。

『これね、すっごく怖いの! アタシには只々怖かっただけだけど、リサなら気に入ると思う。ほら、この小説ね、日本とかで二次創作ってのも多いらしいし』

 アンナの言っていた言葉を思い出す。

 まだ真ん中までしか読み切ってない小説の表紙を撫で、しおりを挟んだページを開いた。今日中に読み終えるぞ!


 次の日――。

「リサー?」

「ん……アンナ……」

 机に突っ伏す私にアンナが話しかける。

「もう。何で朝、置いて行っちゃったの? 待ってたのに」

「ごめん……昨日、夜更かししちゃって……」

「らしくないわね」

「お姉ちゃんが帰って来たってのもあったから……」

「……オタクって怖いのね」

 いや、オタクに限った話じゃないと思うよ……。

「保健室行って来たら?」

「ううん、大丈夫」

「そう……」

 アンナが心配そうに見る。

 ふと、アンナの髪を縛るシュシュに目が行った。

「アンナ、シュシュ変えた?」

「あぁ、これね。叔母様が作ってくれたの」

「へぇ~、可愛い!」

「でしょー」

 アンナの髪型はいつもポニーテール。私はボブヘアで、前髪が長いから暗いし地味に見える。髪飾りとか付けたら、もう少し見栄えが良くなるかなぁ。

「可愛い髪飾りとかつけたいけど、お小遣い少ないから、次のお小遣いの日まで我慢だぁ」

 私が残念そうにため息交じりに呟くと、

「その時は一緒に買いに行きましょ!」

 アンナが元気に誘ってくれた。私はそれに応えるように明るく返事をした。

 お昼休みの事だった。

「おい、見ろよ」

「日本人じゃね?」

「ぎゃはは、ジャップだ、ジャップ!」

 いつもの男子たちが私を指さして笑う。

 ほっとけばいい。無視すれば……。

「ちょっとアンタたち!」

 アンナ?

「ジャップジャップ言って、それしか言えないの!?」

「ア、アンナ?」

 私の前に仁王立ちになったアンナに驚き、私は焦りを隠しきれずにいた。

「リサもリサよ、言わせておくのも悪いわ! いい? リサのお父様はアメリカ人で、アンタらの生活を支える仕事してんの! アンタたちがこうやって無事に生活してられるのも、リサのお父様とお母様のおかげなんだからね!」

 アンナは男子の一人の足を蹴って、

「行こう!」

 私の手を引いた。

 男子は足を抱えて悔しそうにこっちを睨んでいた。

「わ、私のパパはそんなに凄い仕事じゃ……」

「凄いわよ。国の政治を動かす人たちを支える仕事してるんでしょ?」

「それは、政治家の人たちが凄くて……」

「違うわ」

 アンナは立ち止まり、私の目をじっと見て言う。

「直接ではなくとも、リサパパは支えているの」

 アンナの目はいつも強い意志を抱えた強い目をしているけれど、今はいつも以上に強かった。

「リサ、私いつも言ってるでしょ? 自分に自信を持って。自分の家族に誇りを持ち、自分にも誇りを持ちなさい」

 それは……アンナのお母さんの言葉だ。

「うん……ありがとう」

 アンナのお母さんは強い人だった。でも病気になってしまって、幼いアンナを一人家に残して入院してしまった。アンナのお父さんは仕事で忙しくて家に帰ることが少なく、お母さんのお見舞いすらまともにできなかった。それでアンナはお父さんの事が嫌いになってしまって、挙句お母さんが死んでしまったとき、お父さんは側にいてあげることができなかった。それ以来アンナはお父さんを恨み、嫌うようになってしまった。

『ママは最後に、三人で笑いあいたかったって言ってたわ。パパと私を抱きしめたかったって……』

 アンナは時々そう寂しさを溢すことがあった。

 家に帰って、アンナから借りた小説の二次創作を検索してみた。日本のサイトを特に入念にチェックした。

 私は日本人のイラストや作品が特に好きで、日本人って何でこんなに絵が上手いんだろうっていつも思う。

「こんな絵、描けたらいいのになぁ」

 お姉ちゃんなら少しは描ける。でも下手なんだよなぁ。

 画面の向こうの男の子、小説の主人公だ。健気で残酷な結末を迎え、最終的には殺人鬼になってしまった。同じように残酷な結末を迎えた幼馴染の女の子も、行方をくらませた主人公を探すべく殺人鬼になっている。

「思い出すと涙が出てくる~」

 画面の男の子は黒い長髪で、前髪で右目が隠れてる絵が多い。肌の色がとにかく白くて、黒い目、不気味に黒い目の周り、裂けた赤い口……。

 何より、白い肌と白いパーカーに咲く、紅い血と月夜に光るナイフが魅力的だった。

「こんな人、いたらいいのになぁ」

 私は恋い焦がれるようにため息をついた。


 今日はアンナの家で勉強会。

「リビング大きいなぁ」

「前にも来た事あるでしょ」

 アンナがお茶を入れながら笑う。

「さ、始めましょ!」

 アンナは頭がとてもよく、学年で5本の指に入るくらい。

「ここの公式は……」

「うんうん。じゃあここは……こう?」

「違う! もう、何度も言ってるでしょ!」

「あはは、ごめ~ん」

 日が傾いてきた頃。

「もうこんな時間だわ、帰った方がいいわ」

「そうだね。今日はありがとう、アンナ」

 アンナに手を振って、門を出た。


 テストも近いから、軽くテスト勉強をした。

 休憩がてら、窓の外を見る。

「綺麗な月……」

 何かを思い出して、クローゼットを開けた。黒のミニレーススカートを履き、黒のハイソックス、黒のパーカーを着る。お姉ちゃんの日本のお土産の金色の花の髪飾りをつけて、桜色のグロスを付ける。この前買った黒いスニーカーを履いて、こっそり家を出た。

 一応スマホは持った。

 少し歩いて、たまたま見つけた公園のベンチに足を投げ出して座る。

 こんな時間に中学生が出歩いてるなんて、おまわりさんのお世話になっちゃう。そんなハラハラした冒険みたいな気持ちを楽しんでいた。

「綺麗……」

 蒼い月なんて珍しい。

 向こうの方で男の人の声がして、近くまで行って木の影から覗いた。

 3人ほどの大小のストリートボーイが1人を囲んでいる。真ん中の人は白……と言うより、灰色のパーカーを着ていて、黒のスキニ―ジーンズの姿だった。パーカーのポケットに手を入れていて、背中にギターケースがあった。フードを深くかぶってるから顔が見えない。

 月明かりが照らす。ようやく細かい部分が見えた。顎のあたりが細く、長い黒髪がフードからはみ出てるから、女の人かな?

 いや、違うかもしれない。背はそこそこ高くて、170㎝くらい。

「おい、聞いてんのかお前! あぁ!?」

 ストリートボーイは怒っていて、真ん中の人に怒鳴った。とにかく怒鳴る。

 しばらく黙っていた真ん中の人が口を開く。

「……っせぇなぁ……」

 日本語? 低く枯れかけた声だった。

「あ? お前なんつった?」

「うるせぇっつってんだよ。お前らそこそこ周波数多いから、耳が痛ぇよ」

 真ん中の人は小指で耳をほじった。

「あ? こいつ何言ってんだ?」

「頭おかしいんじゃねぇの?」

 ストリートボーイが笑う。

 日本人? は、とっても上手で丁寧な英語で、

「実に申し訳ございませんが、貴方々にはどうやら理解不能な言葉を使ってしまったようです。許していただけるなら、貴方々でも理解できるお言葉に直しても宜しいでございましょうか?」

 3人は黙った。

「つまり……」

 日本人は右手の指を三本、3人に向け、

「お前らは頭が悪いな」

 そう呟いた瞬間、3人は怒り狂った。

 そんな3人に向かって、日本人は何かを言った。小さな声だったから私には聞こえなかった。言い終わると、日本人は怪しく笑った。

 そして、細い腕からは想像もつかないような強さで、三人の腹にパンチを決めた。ストリートボーイは尻尾を巻いて逃げる。

 日本人はしばらく悦に浸ったように笑っていた。が、

「――ねぇ、何で隠れてるの? 聞こえてるはずだし、通じてるはずだと思うけど」

 どこを見ているわけでもなく、空中に向かってそう言い放った。

 言ってる意味が分からないけど、確かに聞こえてるし通じてる。なんでわかった……?

 私はわざとその場から動かなかった。

「おっかしいなぁ……その意志さえあれば通じるはずなのに……」

 瞬きしたときには、そこに日本人はいなくなっていた。

「あれッ……?」

「ホォ~ラ、こぉんなところに居たァ……」

 上から声がして仰ぎ見ると頭があった。陰で顔は見えない。

 叫び声が出そうになり、日本人に口を押えられた。

「シー……ッ」

 日本人はもう片方の手の人刺し指を立て、口に当てて静かにするように合図した。

 今にも消えそうな街灯の下のベンチに座る。

 なんとなく近寄りがたくて、日本人から離れてベンチの隅ギリギリに座る。

「そんなに離れなくってもいいのに」

 日本人が近づいてきて、胸が私の肩に当たった。さっきの距離、60㎝で十分だったのに……! たった60㎝だけど!

「……ち、近いです……」

 消え入りそうな声で話しかけた。

「お、やっと君の声が聞けた。なぁんだ、言葉が通じなかったらどうしようかと思ったよ」

 低く枯れかけたような声は私の気も知らず、楽しそうにそう言った。でも何だろう……恐怖が消えたって言うか、緊張が解けた。この人の声……なんだか優しい……?

「あの、貴方は……?」

「ん、俺?」

 その人は被っていたフードを脱ぎ、

「何か」

 ニヤリと笑った。

 長い黒髪、右目を隠す前髪、闇よりも黒い目に、濃い目の下の隈、肌がとても白くて細い。何より、裂けたように広がる口に覗く八重歯。

「同じ……」

「ん?」

「やっと……出会えた……」

「ハイ?」

 嬉しさのあまり、

「とっ、友達になって下さい!」

 抱き付いていた。

「……意外と強引なんだね」

 ハッ!

 私は急いで離れた。

「――そっかぁ。その話の中の少年と俺が似てた、と」

「はい……」

「その本、俺も持ってるよ?」

「本当!?」

「日本に居た頃に読んだ」

「日本人ですか!?」

「君がそう望むなら」

 日本人はクククと不敵に笑った。

「ギターやってるんですか?」

「うん? これは……」

 日本人はギターケースに手を置くとしばらく見つめた。何が起こるんだろうと首をかしげて見ていると、

「……内緒」

 彼は人差し指を口元に当てて微笑んだ。

 私が不満げな声を出していると、日本人は立ち上がり、

「俺に名前はないよ。ただ、皆からはボスって呼ばれてる」

「ボス……」

 日本人は背を向け、当てもなく手を振り歩き出す。

 私は勇気を出し、

「あ、あの!」

 日本人は立ち止まる。

「またどこかで……会えますか?」

「……君がそう望むなら」

 日本人の横顔は笑っていて、八重歯が光っていた。


 そろりそろりと、静かに家に入る。

 大丈夫、誰にもばれてない……。

「リサ、アンタ何やってんの? 夜中の1時だよ?」

 お姉ちゃんがスナック菓子を食べながら話しかけてきた。

 ギクリ。

「あ、あー……えっとね、ちょっとコスプレ。勉強の息抜きに……」

「そっか。本格的なのやりたいならいつでもいいな」

 お姉ちゃんは指についた菓子の粉を舐めながら部屋に戻って行った。

 危ない……。

 あんな言い訳で良かったのか!? 本当に大丈夫か!? ひやひやしつつも部屋に戻り、ベッドにダイブする。

 不細工な猫のクッションに顔を押し付ける。

「運命の人に、出会えた……」

 つまらない毎日だった。アンナと一緒に居るのはつまらない訳じゃない。当たり前だから、刺激が足りなかったんだと思う。

 運命だからって、恋人とかそんなんじゃない。ただ友達でいられれば、横にいれるだけで嬉しい。

 あのボスって人の横には、どこかのお姫様みたいな可愛い女の子がちょうどよくて、ボスは甲冑とか着てて、私はメイド服。メイドの私はお姫様の毎日のお世話をして、おしゃべりにつき合ったり、甲冑を磨いたり、お姫様のドレス選びをお姫様と一緒にしたり……。

「早く死んで、生き返りたいな……」

 鏡に映った自分の顔を見る。

「この色、嫌い。汚い色」

 鏡に映る私の目に触れた。

「汚い色なんて存在しない」

「え!?」

 声のした方に振り向くと、窓辺にボスが座っていた。

「汚い色ってのはその色から連想されるものが汚い訳で、その概念が無くなってしまえば、全ての色は綺麗だ」

 私は突然の事に熱くなる顔を隠せなかった。

 放たれた窓から吹く夜風が、彼の髪をなびかせる。

「ちょっといい?」

「は、はい!」

 何で緊張してるんだろう。

「家の電球が切れちゃってさ。まだここに来たばかりで、よくわからないんだ」

「ホテル……ですか? もしかして旅行……?」

「いいや。マンション買った」

「買った? どこのですか?」

 その人は少し考えてから、

「そこの、バスで30分の自然の多いとこの近くの、ホラ……」

「え、あそこ!?」

 あそこって、高級マンションだった気が……。

「そこの最上階なんだよね」

 最上階!!

「アメリカって夜になると店閉めるって本当なんだね」

「特にこの時期は……」

「で。電球を買いたいんだけど」

「あ……この時間に開いてるお店無いんで、家ので良かったら……。サ、サイズはいくつですか?」

「えっとねー、コレ」

 メモを渡される。

「あ、これなら多分……」

 玄関横の押し入れを漁りに行く。この段ボールの中に……あった!

「ありましたー――」

 部屋に戻りドアを開けた瞬間、電球を落としそうになった。

 だって勝手に私のパソコン開けてるんだもん!

「ななな何やってるんですか!?」

「こんな趣味あるんだね」

「どどどどこまで見たんですか!?」

 急いでパソコンに抱き着いた。

「検索履歴からファイルの中、ゴミ箱まで全部」

「この短時間で!?」

 ボスはギターケースを開けると、中から謎の黒い物が出てくる。

「黒鉄彦、ハッキング出来るか?」

「白銀姫程ではありませんが、一般のハッキングなら」

 グリップの根元から接続線を出し、パソコンにつなげる。

「ハ、ハッキング!?」

「まあ見てろ。壊しはしないよ」

 画面にたくさん数字が出て、カメラがオンになる。画面に知らない男の顔が出てきた。

「あれ、この人って同じクラスの……」

 見覚えのある顔だった。教室の端っこでいつもパソコンを見ている、静かで誰とも関わろうとしない子。

「ビンゴ」

 ボスは指を鳴らした。

 画面の向こうのその子が焦る。

「お前のパソコンはこいつにハッキングされてて、ずっと監視されていた」

「え?」

「だから、コイツのハッキングを俺の有能な黒鉄彦に利用して、ハッキング返しをしてやった」

「そんな……」

「ついでに、コイツのパソコンの中のお前の下着写真等を削除し、削除したことを削除した。後は、コイツのパソコンを焼くだけだ」

「下着!?」

 黒い物は冷たい子供の声で、

「了解しました」

「ま、待って!」

 キーボードを操作しようとするボスの腕をつかんだ。

「焼くのは……やめてあげてください」

「何で?」

「……きちんと、その、仕返しも平等に……」

「それじゃあつまらないじゃないか。相手が仕返しできないくらい潰してやんないと、いつまでも鼬ごっこすることになるじゃないか。……まあ、君がそうしたいのなら俺は何もしないけど」

 言い返す言葉が無くうつむいていると、

「……君はお人よしだな」

 そう言ってボスは合図をすると、クロガネヒコとかいう機械は線を離した。

「明日にでも、先生に言いつけな」

 彼は電球をつかむと窓辺に足をかけ、

「お邪魔したね。ありがとう」

 窓の外に飛び出した。


 退屈な日曜日。アンナが用事がある日はつまらない。

「アンナ最近、用事で忙しそうだな……」

 中間テストも近い。

「……会いたいな……会えるかな?」

 この前の夜と同じ格好になり、街を歩く。人通りが増えてきたから、フードを深くかぶる。

 彼が言ってた通りバスに乗って、例のマンションに向かった。

「ここか……」

 大きい。

 最上階って言ってたけど、本当にそうなのかな?

 インターホンで呼ぶ。

『はい』

「あ、あの! リサ・テイラーです。ボス……を、知りませんか?」

『ボス? どちら様ですか?』

「あ、この顔見おぼえないですか?」

 フードを脱ぐ。

『いやぁ……知らないですね』

「そ、そうですか……すいません。間違いだったみたいです」

 沈んだ心を抱えてマンションを出た。

 いない。彼のヒントがどこにもない。彼を表す代名詞はたくさんある。でも、それは代名詞で、彼を示す、彼であることを表示している名札ではない。

 なんで……涙が出てきた。悔しい。見つけることのできない無力感。

 街をとぼとぼ歩いていたら、腕をつかまれビルの隙間に引き込まれた。

「じゃあ、ちょっと飛ぶっすね~」

 腕をつかんだその赤髪の男は私を抱え、翼を広げる。

「え、えっ!? え?」

 鱗まみれの翼。鱗まみれの鋭い手。……ドラゴン?

 彼に抱えられて宙を飛ぶ。すると苔むした古いレンガの家が見えてきた。赤髪はそっと庭に下り立った。

「さ。こっちこっち!」

 赤髪は私の手を引く。

 玄関から入ろうとした瞬間、すぐ脇のドアが開いて赤髪の顔面にドアが直撃した。

「いっだい!!」

「あぁ、ごめんよ」

 そう言って白い人が現れた。天使のように真っ白な髪、華やかな藤色の目、長い真っ白なまつげ、桃色の唇、スラリとひょろ長い体。

「んもー! ここのドアは開けないって約束でしょ!?」

 赤髪が怒る。

「……だって、面倒臭いんだもん」

「そんなイケメンスマイルしても無駄っすよ!!」

 赤髪はプンスカ怒りながら私を連れていき、

「ボス~」

 二階のある部屋のドアをノックする。

「ボス~?」

 もう一度ノック。

「開けるっすよー?」

 ドアを開けると、人が倒れてた。

「ボ、ボス!?」

 赤髪は急いでボスを起き上げる。

「上裸で何やってるんですか!?」

 いや、そこじゃないでしょ。

「飲み物っすか!?」

 しばらくして、

「いやー、ごめんね。足の小指って必ずぶつけるからさ、もう起き上がるのも嫌になってそのまま倒れてた」

「もー、ボスってば~」

「あははー、つつくんじゃねえぞぶちめかすぞ」

 赤髪が小さくなる。

 どうやら全員集まったらしく、赤髪の男の人が、

「南方榊っす! 韓国産っす!」

 天使さんが、

「蒼月要だよ。よろしくね」

 前髪が眉上のセミロングヘアの女の子が、

「玉前言葉です」

「あれ、言葉いつの間に」

 ボスが少し驚いた様子で振り向いた。

「私は悩みました、どちらの旦那様につくべきか。そして、多数決で決まりましたの! 存在の旦那様の方が仲間が圧倒的に少ないと! だから私、旦那様の匂いを嗅いでついてきましたの!」

「うん。言葉、怖いよ」

 ボスは無感情な笑顔をコトハさんに向けた。

「ところで、このか弱い女の子は?」

 コトハさんが私の顔を覗く。

「あ、わ、私、リサ・テイラーです。日本人とアメリカ人のハーフです!」

「何で連れてきましたの?」

 コトハさんは榊さんの顔を覗く。

「ボスが連れて来いって……」

「何でですの?」

 今度はボスの顔を覗く。

「彼女がそう望んだから」

「またそれですの……」

 コトハさんは呆れたようにため息をついた。

 ボスは私の手を取り、

「どうだい、君もこのメンバーに入りたいかい?」

「は、はい! 入りたいです! お願いします!」

「君がそう望むなら」

 取られた手の甲にキスが落とされる。一気に顔が赤くなるのが自分でも分かった。

「さてと……来てもらったは良いものの、特にすることがないんだよね」

「買い出しとかしましょうか?」

「いいや、まだ大丈夫」

 というか、いつまで上裸でいるつもりなんだろう。

「ボス、早く上着てくださいっすよ~」

 榊さんがボスに服を渡す。

 天使の要さんが私に話しかけた。

「あいつってさー」

「アイツ?」

「そん……ボスってさ、すっごい着こむんだよ。今日なんかシャツだけで十分なのに……ほら」

 確かに。タンクトップ着て、黒のカットソー着て、Tシャツ着て、パーカーを着る。

「……寒がりなんでしょうか……」

「今、気温20度くらいあるけどね」

「なぁなぁボスー。何でそんなに着るんすか?」

 榊さんが不思議そうに尋ねた。

「ん?」

 天使さんが割り込む。

「それ地雷じゃない?」

「え、地雷?」

 ボスはしばらく自分の服を見ながら、

「なんか、ちゃんと着こまないと落ち着かないんだよね」

「……あー」

 榊さんだけが反応する。

「まあ、ボスは真夏でも長袖長ズボンっすもんね。全身真っ黒。帽子被って外出るから、見た目不審者っすよ~」

 ボスがパーカーのチャックを閉めると、榊さんはボスに抱き付いた。

「そうだ。リサ、もうすぐで中間テストだろう?」

「何で知ってるんですか!?」

「ハッキング」

 あ、なるほど。

「テストの答えは言えねぇが、コツやらを教えることはできる」

「お願いします!」

「榊」

「はい! そう来ると思って持ち出してきました!」

 あれ!? 私のノートと教科書!

 なんか色々凄い人たちだなー……。

 今気づいたけど、ボスに呼び捨てで呼ばれた……。リサって。やばい。キュンキュン高鳴る胸をそっと抑えた。


 中間テスト結果発表。

 去年は真ん中の70位代。一昨年もそうだった。

「アンナ、結果張り出されてるって!」

「いいわよ、またいつもの5位以内なんだから」

「お願い! 私、自分のを見る勇気が……」

 アンナに向かって手を合わせる。アンナは立ち上がり私の手を取ると、

「しょうがないわね……。行きましょう」

 張り紙の前の生徒たちをかき分けながら、頭と頭の間から見る。

 3526、3526番……あった!

 やけに上の方にあるなぁ。どうせ50位くらい……。

 でも、違った。すぐ近くにアンナの名前があった。

「12位……」

 訳が分からなかった。夢だと思った。どうせまた、私の妄想を思い込んでしまった現象かとさえ思った。

「……リサ……リサ!」

 アンナに呼ばれて我に返る。

「やったじゃない! アンタ、12位って!」

 アンナが私を大きく揺する。

「アンナ、アンナ、痛イヨ。ソンナニ揺スラナイデ」

「何、ロボットみたいになってるのよ!」

 アンナに揺すられながら、横目で貼り紙をもう一度見る。

 アンナは5位……か。だんだん一つずつ下がってる……?

 帰りの事。

「リサ! 今日はお祝いに、アンタが行きたいって言ってたカフェ行きましょ! 今日はアタシのおごりよ!」

「あ……ごめんね、アンナ。今日、どうしても行きたいところがあるんだ……」

「何よ。付いていこうか?」

「ううん、大丈夫。なんかごめんね。その……親戚の家に行くんだ! その人、知った人以外と会いたがらなくて……」

 アンナは少し冷めた顔をして、

「……そう、なら仕方ないわね。カフェはまた今度行きましょ」

「本当ごめんね! 今度埋め合わせするから……」

 アンナは仕方なさそうな顔をして、私の頭を撫でた。


 会いたい、会いたい……。

 どこにいるの? どこでどう願えば会えるのですか?

「『君がそう願うなら』……」

 公園の木々の中、後ろから声がして振り向く。

「……天使さん」

「迎えに来たよ」

 笑顔が優しい。お砂糖みたい。

 ふと、視界の隅に黒い動くものがあった。

「きゃっ!?」

 蛇が足元にいた。びっくりして、思わず天使さんの腕に抱き付いていた。

「へ、蛇か……」

 すぐ横から悪寒を感じた。藤色の刃みたいなものが、目に見えたのか脳裏に見えたのか分からないけど、見えた。

 蛇は急いで逃げていった。

「……大丈夫?」

 天使さんが優しい声で話しかけた。

「あ、はい。ちょっとびっくりしちゃって……」

「蛇って実はね、ほとんどの種類が毒を持ってないんだ。毒を持っているのは一部だけ」

「そうなんですか!?」

 蛇の逃げて行った方を見つめた。

「……人間みたいだよね……」

「うん?」

 今、何か言った……?

 ボスの家に行く。開け放された玄関に飛び込み、ボスに向かって走る。

「ボス!」

「……おう」

 ボスの胴に思いっきり抱き付いた。ボスはされるがまま直立不動で歯を磨く。

「今日ね、テストの結果が出たの!」

「ん」

「順位が12位だったの!」

「ふ~ん」

「今までずっと真ん中の70位代だったのに!」

「ほうか」

 存外ボスの反応が薄いため、不満に思ってボスの顔を見上げると、それよりも手前に腕が見えた。青い袖。ボスのじゃない……じゃあ誰?

「うぅー……」

 ボスの後ろから榊さんが睨んできた。

「ウッ……」

「俺のボス……」

 ボスが私たちを引きずって洗面台前に立つ。

 うがいをし終わって、

「これからちょっと出かける」

「どこに行くんですか?」

「俺とデートっすか!?」

 榊さんが明るい声で反応した。

「要と出かける」

 榊さんが倒れる。

「ちょっと、ロサンゼルスに居る知り合いの所までな」

「今からですか!?」

「大丈夫だ」

 ボスはタオルで口を拭いて部屋に戻る。カバンの中に荷物を詰めると、上着を羽織り、

「要、行くぞ」

 天使さんも準備する。

「い、行ってらっしゃい……」

「行ってらっしゃいませ、旦那様」

 言葉さんも見送った。

 玄関を出かかったボスがUターンして私の前に立ち、

「良かったな」

 私の頭を撫でた。撫でるというより、頭皮マッサージをする感じに似ていた。ママやパパとはちょっと違う撫で方。

 他人なんだなぁと、改めて思った。そして、他人という不思議な存在に少し胸が締め付けられた。

「い、いってらっしゃい……」

 恥ずかしくてそれ以上何も言えず、遠くなっていく背中を見つめていた。

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