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この戦いが終わったら真の弁当を食おう


園神の様子がおかしい。いや、こいつは常におかしいのかもしれないが……。


 週明け。月曜日。1週間の始まり。そして、昼休み。昼食。至福の時。


 ――会話、なし。


「……」


 金曜日に別れたときは普通だったはずだ。馬鹿みたいなテンションだったという意味で。

 

だが、今は……。


 俺は隣に座ってチョコチップメロンパンを食べている園神を見る。


 遠い目。

 その目はチョコチップメロンパンを見ていない。かと言って、青く広がる暑苦しい空を見ている訳でもない。

 チョコチップメロンパンに口を付ける。齧る。噛む噛む噛む噛む。飲み込む。


「園神? せめて10回くらい噛んだ方がいいんじゃねぇか? 米は30回噛めとか言うし…」

「あらそう」

「……」


 おかしい!! 園神まで九条のように人の話を聞かない生命体に陥ってしまったというのか!?

 ……いや、俺は認めない!


「今日も暑いな!」

「あらそう」


 再度チャレンジ。


「もうすぐ夏休みだな!」

「あらそう」


 まだチャレンジ。


「俺、実は女だったんだゼ☆」

「あらそう」


 まだまだチャレンジ。


「弾丸返しちゃおっかな?!」

「あらそう」

「……」


 駄目だ……。完全に上の空で聞いちゃいねぇ。


 ズズゥ……ゴゴッ。俺はパックタイプのカフェオレをストローで飲み干す。俺がこの程度のシカトで諦めると思うなよ……。


 俺は園神がチョコチップメロンパンを食べ終わるのをじっと待った。チャンスは園神が食べ終わった瞬間だ。


「ごちそう様」


 園神が丁寧に両手を合わせた。ここだぁあああああ!!!


「なぁ!園神!!」


 俺は園神の正面に秒速で移動し、園神の顔にズイっと自分の顔を寄せる。


「あ、拓斗。どうしたの?」

「園神ぃ……」


 俺は自身の存在を漸く園神に認識されてほっとする。とりあえず、園神と向かい合う形で胡坐をかいた。


「さっきからずっと呼びかけてたんだぞ?」


 ギャグを交えてな……。


「そうだったの?」


 園神はキョトンとして目をぱちくりとする。


 どうやらわざと無視していた訳ではないらしい。


「どうしたんだよ? この土日になんかあったのか?」


 ちなみに俺はお前のおかげで散々な目に遭ったぞ。今日は文句を言ってやろうと思ってたのに、お前がそんなテンションじゃ言えねぇだろうが……!


「う、ん……。ちょっとね……」

「なんだよ。歯切れ悪いな」


 今までと違う様子の園神に、なんだかちょっとイラついてくる。


「なんかあったなら、言えって」


 何、隠してんだよ。


「拓斗……」

「ああ?」

「弾丸、そろそろ返して欲しいかも」

「はぁああ?!」


 予想外の言葉に自分でも驚くようなでかい声が出た。


「どういうことだよ?! まだ2週間も経ってねぇだろ?!」

「そうなんだけど……。今返してもらわないと、もう取りに行けないかも……っていうか……」

「意味が分からん」


 俺は園神を正面からまじまじと見る。しかし、園神は俺から視線を外して自分の足先を眺めている。その目もどこか遠い。


 なんだか距離を取られている感じがしてムカついた。


「ちゃんと説明しろよ。俺に話すことが弾丸返す条件だぞ」

「!」


 やっと園神が俺を見た。少し迷っているように見えたが、諦めたのか、ため息をひとつつくと話し出した。


影井一将(かげいかずまさ)……」

「?」


 なんだ?

 突然出てきた名前に反応が遅れる。


「5年前。アタシが13歳のとき、殺しのターゲットのボディガードをしていた男よ」

「13歳って……。お前いつから殺し屋やってんだよ?!」


 男の事も気になったが、思わず聞いてしまった。


「10歳からよ。この世界では遅い方よ。おじい様が過保護だから」

「……」


 10歳……。そのとき俺は何をしていただろうか。ゲーム?


「影井に出会うまで、殺しに失敗したことなんてなかった。アタシは……」


 園神がギュッと拳を握り締める。


「あの時、初めて敗北を味わったのよ」

「園神……」


 俺は記憶を遡ることを止め、園神に何か言おうと頭を捻る。しかし、何の言葉も出てこなかった。


「……手も足も出なかった。アタシはただ殺されるのを待つことしか出来なかった」

「いや、でも、園神は今…」

「生かされたのよ!!」

「!」


 生きてここにいるじゃないか、その台詞を予測したらしい園神が叫んだ。


「成長して強くなったアタシとまた戦いたいって! それも、暇つぶしにね! 最後に影井が何て言ったと思う? 『今のお前に、殺す価値はない』よ!!」


 興奮した園神はガッと屋上の床を殴る。


「――こんな屈辱はないわ」

「……」


 園神の怒りのオーラに俺は言葉を失う。


 園神の話をまとめると、5年前、13歳のときに園神は殺しに失敗した。ボディガードをしていた影井一将という男に返り打ちにあったらしい。しかも、ボロボロにされた挙句に相手の都合で生かされた…。


「その影井と……やっと再会できるの」

「?!」

「次の殺し、ボディガードが影井なの」

「……確かなのか?」

「えぇ。だから、今度こそアタシは影井を殺さなくちゃいけない……。アタシのプライド、いえ、意地にかけて!!」

「……そっか」


 園神が弾丸を返して欲しいと言った理由がやっと分かった。因縁の男と命がけで戦うことになるのだ。もしもの場合を考えているのだろう。


 ――自分が負けて、弾丸を回収出来なくなってしまう可能性を。


「笑わないの?」

「へっ?」


 思考の世界に入り込んでいた俺は、園神の問いかけに随分間抜けな声を出してしまった。


「だから! 笑わないのって聞いてるの!!」

「何でだ?」

「だって、馬鹿みたいじゃない! ムキになって、私情に流されて……」

「うーん」

「意地で命かけるのよ?!」


 俺の反応が薄いことが不満だったのか、園神は口調を強める。


「別に。その影井ってやつの言葉は、命かけたくなるほどムカついたんだろ?なら、それでいいじゃねぇか」

「……」

「だいたい、命がけの覚悟を笑えるわけねぇだろ……」


 俺は園神の目を真っ直ぐ見つめる。


「俺はそんな覚悟……人生に一度だって決めたことねぇんだからよ」


 俺はただ毎日を当たり前のように生きてきた。生きていることは当たり前だった。

 だけど、お前はそうじゃないんだろ? 園神……。生や死を身近に感じるって、どんな感覚なんだ?

 きっとどれだけお前の話を聞いても、俺には想像も出来ないんだろうな。


「……拓斗」

「……っ!」


 目を丸くして驚いている園神を見ると、流石に恥ずかしくなってくる。


「ま、まぁ。そんな感じだ! お前が馬鹿なのは今に始まったことじゃないんだし、いいんじゃねぇか?」

「一言余計よ」

「うっ……」


 しまった。思わず口が滑ってしまった。


「拓斗じゃなかったら、一発殴ってるわよ」

「ハハ……すまんすまん」


 にしても、殺し合い、か……。

今さらだけど、話がでか過ぎて想像できないな。それに――。


「園神」

「ん?」

「その影井って男はボディガードなんだよな?」


 園神が殺しの対象にするのは、簡単に言ってしまえば犯罪者なのだろう。しかし、それでも命を奪うことに変わりはない。話を聞く限り、園神はもう人を殺している。

「殺人」の是非について考えたことなんてなかったから、どう理解していいかが分からない。


「拓斗が今考えてること、なんとなく分かるわ」

「ああ?」

「アタシは命を奪う側、影井は命を守る側」

「!!」


 なんとなくどころかピッタリ当たってんだけど……。


「どっちが間違っててどっちが正しいかなんて分からないわ。ただ、アタシは自分のやってることは間違ってないと思ってる。こういう汚いことも、誰かがやらなきゃ駄目なのよ」

「……」


 俺は黙って話を聞くことしか出来ない。


「影井は分からないけど、こいつも元殺し屋よ」

「!」

「いつからどんな理由でかは知らないけど、ボディガードになったわ。アタシたちの中では殺し屋専門の殺し屋って呼ばれたりもしてる」

「殺し屋専門……」


 色んなやつがいるんだな……。


「でも、拓斗は仕方ないわよ」

「何が?」


 急に明るい声を出した園神に俺は首を傾げてみせる。


「戸惑って当然ってこと。だって、拓斗は殺しの世界なんて今まで知らなかったんだから」


 そう言って笑う園神に物凄い距離感を覚えた。


「いつだ!!!」

「はぁ?」

「あ、いや、だから」


 いかん、焦って色々省き過ぎてしまった。


「その影井ってやつと会う日!!」

「なんでそんなこと」

「いいから教えろ!!」


 俺はこれ以上は出来ないっていうくらい真剣な表情を作った、はずだ。自分の顔は見れないからな…。


「4日後の夜…」


 俺の真剣な表情のおかげか、園神は答えてくれた。

4日後ってことは金曜日の夜か……。


「じゃあ俺、弁当作る」

「はぁあ?」


怪訝そうな顔をする園神。


「手作り100%の弁当」

「おおっ!!」


パッと顔を輝かせる園神。


「6日後の昼に」

「はぁああああ?!!」


超不満げな顔をする園神。


 まったく、いいリアクションしてくれやがる。それでこそ園神だ! それに、真の弁当の話も覚えてたんだな……。嬉しくて涙が出そうだ。


「何で4日後に命がけで戦いにいくのに、お弁当は6日後なのよ!!」


 まさに正論。だが――。


「うるせぇ!!6日後に弁当作りてぇ気分なんだよ!!」


 んなもんはシカトだシカト。


「どんな気分よ!!もしかしたらアタシ…」

「知るか!!食いたかったら戻って来いよ!!」

「……えっ?」

「あ……」



ぐうぉあわぁらいやぁああaaaaa……!!!



 今、めっちゃ恥ずかしいこと言った気がする!! 「生きて帰ってきてネ」的な??!! 俺は戦場へ向かうパイロットを見送るヒロインか?!!!


「分かったわ」

「……はぁ?」


 恥辱という渦に呑まれていた俺は最高に間抜けた声を出した。


「食べに行くわよ。だって、手作り100%のお弁当はすっごく貴重なんでしょ?」

「……おぅ。食いに来いよ」


 俺は園神から視線を外した。

 まったくらしくねぇ。俺はこんなキャラじゃなかったはずだ。


「じゃ、6日後……日曜の12時に俺ん家来いよ」

「えぇ」

「それから、弾丸だけど……」

「ああ……そうね」


 俺はちらっと園神を見た。ばっちり目が合った。げっ……。


「もう少し持ってて貰っていい?」

「……ああ」


 ったく、もう俺駄目だ。色々と。


 しかし、ここで空気を読んだチャイムが昼休み終了10分前を知らせた。GJチャイム!


「教室戻るか」

「そうね。……拓斗」

「何だ?」

「アタシ、色々準備したいことがあるから、明日から学校休むわ。それと、今日は真っ直ぐ帰るから、拓斗も一人で帰ってね」

「!」

「じゃ、お先」

「あ!おい!」


 俺の呼ぶ声も虚しく、園神は俺を置いて屋上を去ってしまった。


 額から一筋汗が流れ落ちる。


「……大丈夫、だよな?」


 弁当食いに帰って来い。これは死亡フラグにはならないだろう?

 

そして――。

次の日、園神は宣言通り学校を休んだ。




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