「コイツはマジで殺し屋だ」 by 麻川 拓斗
「弁当の定義はなんたるか!」
学校からの帰り道、俺は園神に熱弁を奮っていた。なんで一緒に帰っているかはツッコマないで欲しい。後で分かるから。
それよりも俺が何故弁当について熱く語っているかというと、屋上であの会話をした後、俺の弁当を見ながら園神が「お弁当って食べたことない」と言ったからだ。確かに殺し屋には無縁のものだろう。
昼休みに話す時間がなかったので、こうして今、園神に弁当について教えてやっているわけだ。
屋上でのシリアスムードはどうしたんだって? そんなムード、俺が本気を出せば一瞬で破壊できる。あんな重い空気はごめんだ。
「弁当とは、『携帯できるようにした食糧のうち、食事に相当するものであり、家庭で作る手作り弁当と、市販される商品としての弁当の2種に大別される』んだ(Wikipediaより)」
園神の真剣な眼差しを横顔に感じる。
「だがしかし! 俺は、弁当とは家庭で作る手作り弁当のことだと思う! これこそが、真の弁当だ!」
「その理由は?」
完璧なタイミングで園神が質問をする。優秀だ。
「誰かを想って作られた弁当! 手作りには愛情がこもる! 弁当において、これが最も重要だからだ!」
「おおー」
園神の拍手。まぁ、待て。まだ続きがあるから。
「しかし、現代社会において真の弁当は失われつつある…」
「どうして?」
「現代社会で弁当は、手間のかかるもの! 忙しい朝には面倒なものとなってしまったからだ! 『ちょっ…何で給食じゃないの?! 高校も給食で良くない?!』みたいな扱いを受けている!」
園神が驚きで目を見開いている。
「そして、忙しい主婦の味方・真の弁当の敵として、あるものが生み出された……」
俺は園神を見る。
「そう、真の弁当を脅かす存在――冷凍食品!」
「冷凍、食品……」
園神がゴクリと唾を飲み込む。
「そうだ。電子レンジで温めるだけで出来あがる超お手軽食品。今じゃ、凍ったまま弁当に入れるだけという商品もあるくらいだ」
「凍ってたら冷たいじゃない?!」
「入れた時は凍っていても、昼食時には溶けて食べ頃になってるんだよ……」
「?!」
驚きの技術に園神は声も出ないようだ。
「でも、俺はこれを弁当だとは思わない! これはただの手抜きだ!!」
俺は全国の忙しい主婦を敵に回す発言をする。
「手作り100%の真の弁当……今じゃ、幼稚園児の弁当くらいだろうな……」
「何で?」
「幼稚園といえば可愛い時期だし、『ママ、○○ちゃんのお弁当タコさんウィンナーが入ってたの』とか言われれば、作らざるを得ないだろ?」
「なるほど。真の弁当は貴重なのね」
「おう」
園神は真の弁当の有り難さを理解したようだ。よかったよかった。
「是非、食べたいわね」
「は?」
「手作り100%の真のお弁当!」
園神はキラキラした目を俺に向けてくる。俺に作れと?
「食べたいな!」
殺し屋がおねだりしても可愛くないから。でも……。
「気が向いたらな……」
断れない俺。何とでも言え!!
こんな感じで、帰宅中も俺と園神はどうでもいい話をしている。一応、園神の……殺し屋の話を聞かせてくれとは言っているが、実際は大して聞いていない。今日の屋上でのやり取りが初めてだ。
正直な話、園神が殺し屋っていうのも完全には信じ切れていない。だって、普通に同い年の女の子にしか見えない。馬鹿だし。弁当の語りにこんなに付き合える奴がいるか?
しかし、疑っていた俺も「コイツはマジで殺し屋かも」と思わされるようなことが、帰宅中に起こった。
いつも通って帰る道に、ガラの悪そうな男がたむろしていたのだ。場所は自販機の前辺り。20~25歳くらいだろうか、派手な頭、耳や鼻にピアス、奇抜な色の服を着た5人組だ。めんどくせー。
こういう時は見て見ぬふりをするのがベスト。
しかし、園神がこいつ等を見て、「知っているわ」と言いだした。
知り合いなのか? という疑問を抱いた俺だったが、続く園神の言葉に疑問も吹っ飛ぶ。
「ああいうのをチンピラって言うんでしょう? 派手な身なりで力をアピールし、群れなければ何もできない無能の集団だと聞いたわ」
「ちょっ……!!」
てめぇ、なんてこと言いやがる!! お前にそんな不要な知識を与えた奴は誰だ?! って、得意顔してんじゃねぇええええ!!
案の定。
「あぁん?」
と、チンピラのリーダーと思わしき太郎君(名前が無いと不便なので、俺が勝手に付けた仮名だ)がこちらにやって来る。それに続いて残り4人も以下同文。
「お譲ちゃん、今、なんつった?」
太郎君が園神に顔を近づけながら言う。猫背で両手はポケットにIN。眼を飛ばしまくっている。そんな太郎君に向かって
「今? あなた達みたいなのをチンピラって……以下略」
と言う園神。
良し! 俺は他人のふりをしよう! ええと、この女は誰? Who? 早く家に帰って勉強、勉強っと。
俺は自宅へ足を向ける。しかし、
「おいおい、どこに行くんだ?兄ちゃん?」
太郎君の手下と思しき、一郎君と次郎君(いずれも仮名)に行く手を塞がれる。
「いや、俺は無関係ッスから」
「この女の知り合いだろうが」
「いえいえ、彼女にはさっき道を聞かれただけで……」
「拓斗?」
「……」
んの、馬鹿やろー。
「のわりに、随分親しそうだな?」
「ハッハッハッハッハ!」
The 笑って誤魔化せ……ないよな……。
太郎君、一郎君、次郎君、三郎君、四郎君(All仮名)に俺と園神は囲まれる。
早速、警棒とかジャックナイフとかスタンガンとか取り出して来るし……。いたいけな高校生にそんなもの向けるんじゃありません!!
「おい、園神。お前なんとかしろよ」
男のくせにとか言うなよ! 恐いもんは仕方ねぇだろ?!
「なんとかって? 何かまずい状況になっているのかしら?」
「お前が原因で限りなくまずい状況になってるだろ!!」
お前には状況判断能力がないのか?!
「無視してんじゃねぇぞゴラァ!!」
「いぃ?!」
一郎君が警棒を振り上げて突撃してきた。狙いは園神だ。
「園神! 危ねぇ!!」
俺は叫んだ。そして、それ以降声を発することはなかった。否、正確には驚きのあまり声が出なかった。
まず、園神は振り下ろされた警棒を身体を僅かに反らせるだけでかわし、警棒を持つ右手首を掴むと容赦なく捻った。
グギッ……
「ぐあぁ!!」
一郎君の痛々しい声。
「ヤロッ!」
一郎君への攻撃を見た次郎君、三郎君、四郎君が3人掛かりで園神に襲いかかる。
「フン…」
園神は鼻で笑うと、スタンガンを持った次郎君の手を左脚で蹴り上げ、スタンガンを遠くへ飛ばし、そのまま右脚を軸にして鋭い蹴りを次郎君の側頭部に決めた。
吹っ飛び、アスファルトの地面で全身を擦る次郎君。声も上がらない。
そんな次郎君のことなど眼中に入れず、園神は左右から迫って来る三郎君と四郎君に冷たい目を向ける。
「このおおおお!!」
「らあああああ!!」
三郎君と四郎君は武器を持っておらず、それぞれ拳を固めている。
「……」
園神は三郎君と四郎君が自身に到達する直前に地を蹴り、真上に飛ぶ。
「?!」
「なっ!!」
突然姿を消した園神に、三郎君と四郎君は目を見開く。
そんな二人の頭上で園神はくるっと一回転して体勢を整えると、三郎君と四郎君の脳天にそれぞれ踵落としを叩き込んだ。
ドスッ!!
「ガッ!!」
三郎君と四郎君は白目を剥いて崩れ落ちる。
「……なんなんだお前は?!!」
最後の一人になった太郎君は震える手でジャックナイフを園神に向けている。
「なに……って。それはアタシが聞きたいわ。いきなり攻撃してくるなんて……殺すわよ」
「!?」
園神の容赦ない言葉に太郎君と一緒に俺もビビる。
冗談で「殺す」と言ってる訳じゃない。コイツは本気だ。
園神の発する言い知れないオーラと冷え切った眼がそれを物語っている。
「ふ、ふざけんじゃねぇえええええ!!」
恐怖よりもプライドが勝ってしまった太郎君は、無謀にも園神に突っ込んで行った。
「うっっとうしい!!」
園神はまるでサッカーボールでも蹴り上げるように、太郎君の顎をぶち抜いた。
「がはっ!」
太郎君の手から一度も活躍しなかったジャックナイフが落ち、乾いた音を立てる。その後を追うように、太郎君も倒れ込んだ。
「園神?!」
終わったかと思われた一方的な暴行だったが、園神がスカートのポケットから取り出したものに俺は思わず叫んだ。
手のひらサイズのピストル。
銃の知識などない俺にはこう表現するしかない。園神の手にピストルが握られていたのだ。
「お前! 何する気だ?!」
俺は園神と気絶した太郎君の間に割って入る。
「見て分からないの? トドメを刺すのよ」
「?!」
「1+1=2」とでも答えるかのように園神は言った。
「もう、気絶してるだろうが…」
「そうね」
「やりすぎなんじゃねぇの?」
「攻撃してきたのはこいつ等よ。正当防衛ってやつでしょ?」
「お前のは過剰防衛だ!!」
それから、お前の考え方は異常だ。
「いいから、もう行くぞ!」
俺は119番通報して救急車を呼ぶ。匿名で喧嘩があったことと怪我人が5人というのを伝えた。119番通報なんて人生初だ。めちゃめちゃ緊張した。
「さっさとソレしまえよ!」
携帯を閉まって、俺は園神のピストルを目で指し示す。
「ソレじゃないわ。『コルト・ベスト・ポケット』よ」
どうでもいいっつの! んなことは!
俺はやっとピストルを片付けた園神の腕を引いて帰路へついた。
「さっきから変よ。拓斗」
「るせぇ」
まだ心臓がバクバク言っている。駄目だ、こういうときこそ軽口を叩かなければ。
「だいたいな、あんなトコでピストルなんて出すんじゃねぇよ」
「何で?」
「何でって……ほら、監視カメラとかに映ったらヤバいだろ? 銃刀法違反で捕まるぞ?」
て言うか俺、コイツを警察に引き渡したほうがいいのか?
「フッ、その心配は無用よ」
「はぁ?」
俺が園神を警察に売ろうか迷っているときに、園神が得意そうに鼻を鳴らす。
「あそこはちょうど監視カメラから死角の位置になってるの。映ってないわよ」
「マ・ジ・で?!」
お前は張り巡らされた監視網を把握しているというのか?!
「拓斗もなにか悪いことするときは活用するといいわ」
「……ああ」
もういい。ここは素直に頷いておこう。もうすぐ俺の家だ。2階建ての一軒家。
「じゃ、俺はこれで」
なんとか自宅前まで辿り着いた俺は、園神に別れを告げる。が――。
「待ちなさい! 拓斗!」
芝居かかった口調で園神が呼び止める。
「……」
「今日こそは例のものを返しなさい!」
例のものとは、もちろん園神が落とした弾丸のことだ。
今日は色々あったが、俺と園神が一緒に帰宅している理由はこれである。毎日、俺の自宅前で形だけの「返せ」というやり取りが行われる。実際これで返してやったら園神は困るけど。
「……」
いつもなら、「ハッハッハ!そう簡単に渡すか馬鹿」とか言ってノッテやるのだが、今日はそんな元気もない。
なにせ、目の前で5人の男がまるで虫けらのように蹴散らされ、撃ち殺されそうになったのだから。
しかも、それをやったのはこの園神だ。いくら切り替えの速い俺でも、今回の件は衝撃がでかい。
「ああ、それ無理」
「いいよ」と言いたくなるのを必死に堪え、一言。俺って超優しい。
「ちょっと、ノリ悪くない?」
しかし、俺の親切に気がつかない園神はむくれている。なんてわがままなやつだ!!
「悪いな。今日はちょっと疲れてんだ。また月曜日に」
明日は土曜日で休みだ。ゆっくり心身を休めよう。
俺はむくれる園神を残して家の扉を開いた。