奇妙な日常
屋上でのやり取り以降、つまりは、園神が転校してから園神と俺は一緒にいる事が多くなった。あれから、早一週間が経つ。
「付き合ってるのか?」という九条からの質問は、もちろん否定したが、奴は信じていない。あのニヤニヤした面をぶん殴ってやりたいところだ。
「拓斗」
「……なんだ?」
九条が俺たちが付き合っていると勘違いしている理由の一つがこれだ。
名前の呼び捨て。
屋上で話がまとまった後に俺は自己紹介をしたのだが、いきなり呼び捨てだった。別にいいけどな。ちょっとハズイだけ。ちなみに、俺は「園神」って呼んでる。
「昼食に行きましょう」
園神は購買で買ったピロシキとチョコレートのドーナッツ、牛乳を手にしていた。
購買のパンが気に入ったらしく、園神は毎日違うパンを買ってくる。牛乳は毎日一緒だけどな。
「分かった」
今日は弁当だ。俺は水筒と弁当を引っ掴んで立ち上がる。目指すは屋上。
屋上に出ると、夏の日差しが照りつける。教室にいても冷房などないのから、暑いのはどこも一緒だ。俺たちは給水塔の影まで移動。ここで昼食を取るのが暗黙のルールとなっている。
「今日はパンじゃないのね」
「ああ、母さんが早起きできた日は弁当がある」
「……へぇ」
うん、リアクションに困るよな……。
「俺の母さんは朝がめちゃくちゃ弱いんだ」
俺より起きるのが遅い。俺が朝起きて一番にすることは、着替えでも顔を洗うことでもなく、母さんを起こすことだ。二度寝しやがるけどな……。1週間に1度早起き出来ればいい方だ。
だから、朝食も自分で作ることが多い。とは言っても、トーストとか目玉焼きとか簡単なのだけだけど。ちなみに、父さんは飲み物係。父さんの淹れる紅茶やコーヒーは超うまい!
というわけで、俺と父さんは朝に母さんが活動することを期待していない。別に夜型って訳でもないんだが、起きてこないんだよな……。
「ってことだ」
「ふーん」
俺の説明に園神は納得したようだ。
「園神の両親はどうなんだ?」
「アタシの家系は代々殺し屋よ」
「……へぇ」
うん、リアクションに困るな…。
「父は3代目。母とは仕事を通じて知り合ったみたい」
「お母さんは何の仕事してたんだ?」
「殺し屋に決まってるじゃない」
「……」
殺し屋って結構いるんだな……。
「まぁ、二人とも仕事で死んじゃったけど」
「えっ?」
「ターゲットが雇ったボディガードに殺られたの。仕方ないわ」
「仕方ないって……」
ちょっと言葉が出てこない。
「両親が死んだのは、アタシが6歳の頃だし、ほとんどおじい様に育てられたの」
「嫌だとは思わなかったのか?」
「?」
「殺し屋になるの」
「……」
園神は俺から視線を外して、空を見上げる。
「……思わなかったわね」
「……」
「アタシの周りの人間は、皆殺し屋だった。皆、生死の狭間を生きていた。アタシにとって、それが日常だったから」
「……」
「おじい様は、最初は嫌がっていたわ。でも、アタシの気持ちが変わらないって知ると、誰よりも厳しく、アタシに色んな技術を教えてくれた」
それはもちろん、『殺し』の技術。
「でも、勘違いしないでよね」
「?」
「アタシ達は人殺しを楽しむ殺戮集団じゃない」
園神は空に向けていた視線を俺に向けた。
「アタシ達のターゲットは秩序を乱す――闇よ」
それは、例えば薬物の密輸組織やテロ集団。危険な組織は他にもたくさんありそうだが、俺が知ることではないだろう。
「お前の話は重すぎるな」
俺はやっと感想を漏らす。
「拓斗が聞きたいって言ったんじゃない」
まぁ、そうだけれども……。
「俺にとっちゃ、学校行ってダチと駄弁って、塾行って家に帰って飯食って風呂入って寝る。これが日常だからな」
お前の話は非日常すぎる。
「アタシにとっては、『今』こそが非日常よ」
そうか。園神してみたら、そういうことなんだろうな。
互いに互いが非日常。
全く、妙な日常が始まったものだ……。俺はため息を飲み込むことが――出来なかった。