現状維持→不可
「ふぅぁあー」
「でっけぇ欠伸だな、麻川」
「おぉ、はよっす、九条」
学校に登校し、日頃の寝不足で3回連続の欠伸をかましたところで、友人の九条直人が声を掛けてきた。
「知ってるか、麻川。今の時期に転校生が来るって話」
早速、話題を振ってくる九条。九条はこういう情報をつかむのが速いのだ。
「マジか? あともう少しで夏休みだぞ? 受験もあるし、こんな時期に学校変えるなんて正気か?」
俺はまともな意見を返す。
「だから、気になんだって。確実にワケありだぜ?」
九条はニヤッと笑う。
「不用意に他人を探るなよ……。失礼だぞ」
「良い人ぶるなよ、麻川。お前はただ面倒なだけだろ?」
「……」
無言は肯定の証。俺は変化からくるエネルギーの消費が嫌いなんだ。出来るだけ関わりたくない、のに――。
「お前らー、席につけ。季節外れの転校生を紹介するぞー」
担任の先生の横に立っていた転校生は、紛れもなく俺が昨日の夜に見た血まみれの女だった。
違うところは、学校指定の制服を着ている点。当然だが、血まみれでもないし、銃も持っていない。
さらに観察すると、結構……いやかなり美人だ。肩の辺りで綺麗にカットされた黒髪は、ここから見てもサラサラである。肌は白く、目は少し鋭め。
「!」
と、じろじろ見ていたらめちゃくちゃ目が合った。
俺は視線を窓の外へ向ける。いやぁ、今日もいい天気だ。
「今日からこのクラスの仲間になる――」
「園神舞です」
「と、いうわけだ。よろしく頼むな。変な詮索はしないように」
担任の先生は好奇心旺盛な生徒たちに一言忠告すると、園神に席を指示した。
俺の隣、ではなく窓際の前から2番目。ちなみに俺は窓際の一番後ろの席。
このまま何事もなく済めば……なんて淡い希望は昼休みに打ち砕かれた。
「ちょっといい?」
返事は「はい」しか認めません。と、言わんばかりの鋭い視線で声を掛けられた。
九条がニヤニヤしながら俺を見ているが、お前は一体どんな展開を期待してるんだ? 一目惚れされてこれから愛の告白か?
この射殺さんばかりの眼を正面から受けて欲しいところだ。
「いいけど。場所変えるか?」
「ええ。その方がいいわ」
俺は園神を連れて屋上へ。昼飯は朝コンビニで買ったパン3つとカフェオレ。九条が後ろで「頑張れ」とか言っているが無視。
「もしかして昨日のことか?」
屋上に着いてすぐ、俺の問いに園神はひとつ頷いた。
「昨日拾ったモノを渡して」
園神が憮然とした表情でそう言った。
「その前に事情を説明するべきなんじゃねぇの? 俺、昨日アンタの姿も見てるんだけど」
「……! ……チッ」
いや、舌打ちは酷くね?
「やっぱりそうだったの。見られていなければいいと思ってたんだけど……。そううまくはいかないわね」
「悪いな。俺も見たくて見たわけじゃないんだけど」
なんせ俺は平穏を愛する男だからな。
「分かった。事情は話す。ただし、他言はしないで」
「安心しろ。俺は口が固い」
「そう……。別にばらしたらアナタも話した相手も殺すからいいけど」
「……」
なんだろう。今、平穏な昼休みにかなり相応しくない発言が聞こえたが。
「えっと……」
「私は殺し屋」
「はぁ?」
えっと、笑うシーンなのか? でも、コイツの顔は冗談を言っているようには思えないし……。
「安心して。一般人は出来るだけ巻き込まない主義だから」
「へぇ……出来るだけ、ね」
「そう、出来るだけ」
安心できるか……。
「信じる?」
固まる俺に園神が問うてくる
「……」
血まみれだった目の前の女。そして、昨日拾った弾丸と思わしき物体。
「信じたくないけど、信じよう……」
とりあえず、そうでも言わないと話が進まない。
「ありがとう。あなたの安全のためにも昨日拾ったモノを返して欲しいの。こちらの事を知られるものは回収しないといけない」
「じゃあ、落とすなよ」
「うるさいわね! 私だって気が抜けるときがあるのよ!」
「す、すまん」
しまった。うっかり心の声が口から出てしまった。どうやら園神にとっても触れられたくなかったことらしい。
「怒られたのか……?」
平穏を望む俺も好奇心には勝てない。つい、聞いてしまう。
「……おじい様に、ちょっとね…」
「ふ~ん」
「だから、アタシが転校生としてここに来たのよ。アタシのミス……みたいだし?」
「みたいだし……ってな?」
俺は呆れる。
「だって! 弾丸落っことすなんて間抜けなことするなんて!!」
園神は悔しそうに地団太を踏む。
信じたくないんだな。というか、「弾丸」ってはっきり言いやがったぞコイツ。これなら「弾丸落っことすなんて間抜けな」真似もやりそうだ……。
「しかし、どうやって潜り込んだんだ?」
「色々と裏ルートがあるのよ!」
なるほどね。最初はクールな奴かと思ったがそうでもないらしい。興奮して色んなことをペラペラと話している。誰かに話したかったのかもしれない。だが、それでいいのか自称殺し屋……。
「しかし、俺から弾丸取り返すだけなら、わざわざ転校して来なくてもよかったんじゃね? 待ち伏せとか……っておい? 大丈夫か?」
俺が至極当然のことを言ってみると、園神が目を見開いて固まっていた。なんだ? 不味いこと言ったか?
「……その手があったわ」
ってお前は馬鹿なのか?!! 今気付いたのかよ?!
俺はツッコミをごくりと飲み込む。いかんいかん、冷静に……。とりあえず、話題を変えよう。
「ま、まぁ……昼飯でも食わないか?」
「お昼、持ってくるの忘れた……」
「……」
どこまで間抜けなんだ!!
「弾丸のことで頭がいっぱいで……」
流石に恥ずかしそうな様子の園神。仕方がない……。
「ひとつやるよ」
俺は「焼きそばパン」、「コロッケパン」、「クリームパン」を園神の前に並べる。園神は少し悩む素振りを見せたが、空腹には勝てなかったらしく、素直にクリームパンを取った。
「飲み物は?」
「……ないわ」
「小銭は?自販機で……」
「……」
「……おごってやるよ」
察しがよく優しい俺は質問を止め、自販機へ向かった。後ろから「お茶でいい」との声。了解。
あれが本当に殺し屋なのだろうか? 自販機で160円のお茶を買いながら考える。出会ってすぐにはあった威圧感とも言うべきものが、ボロボロと音を立てて崩れていっている気がする。
屋上に戻ってみると、クリームパンを握ったままの園神がいた。
「先に食ってて良かったのに」
意外と律儀なやつだ。
「それは……ちょっとね……」
園神はボソボソとそう言うと、お茶を受け取る。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
互いに無言の食事が始まる。
焼きそばパンに噛り付きながら、園神の話を整理する。
昨日の夜塾帰りに見た女は園神で本職は殺し屋。ぼーっとしてて落っことした弾丸を俺が拾い、わざわざ転校して取り返しに来た、と。
ん~、やっぱり転校の必要性が見えないな。返してもらったら、この学校に長居する理由はないだろう。かといって、またすぐ転校じゃ怪しまれる。転校なんかせず、待ち伏せて用だけ済ませればこんな大掛かりなことはしなくてよかっただろうに……。
「なぁ」
「何よ?」
「俺が弾丸返したらどうするんだ?」
「え? 返してくれるの?」
園神が驚きに目を見開く。
「いや、なんで抵抗すること前提なんだ?」
「こういうときって、なんかこう……『これを返して欲しくば、わしの言うことを聞けぇ』的なことを言われるものと……」
「それはどこ情報だ?」
うん、分かったぞ。コイツは殺し屋云々の前に『馬鹿』だ。
「えっと、すぐに返してもらえるなら学校に来た理由が……。すぐに転校したらおかしいし……」
そうそう、やっと気づいたか。俺はほっと胸を撫で下ろす。
どうやらこの馬鹿はすぐに弾丸を返してもらえるとは考えていなかったらしく、長期戦になると見込んで転校してきたらしい。
なんとういか、考えなしの馬鹿だ。もう少し俺のこと調べてから来いよな。
しかし……。
「どうしよう……」
と隣でウジウジ悩まれるのはアレだ。すごく困る。
「……」
俺は変化が嫌いで平穏が大好きな男。
「また、おじい様に何か言われるわ……」
面倒事には巻き込まれたくない。
ションボリ
そんな効果音が聞こえてくる。え? これ、マジで殺し屋? とかツッコンでみるが――どうやら俺の負けだ。
「やめた」
「え?」
「弾丸返すのやめた」
「ええっ?!!」
園神が声を張り上げる。
「あれだ。『これを返して欲しくば~』ってやつ。俺から取り返すのはめちゃくちゃ大変だぞ? しばらく、学校に通わなきゃまず無理だな」
「……」
園神はポカンとしている。しかし、漸く自体を理解したのか、園神の顔が輝く。「おじい様に怒られないで済む!」って感じのオーラが超出ている。
「じゃあ、弾丸を返してもらうにはどうしたらいいのかしら?!」
「は? んー、そうだな……」
俺は考える。
「話聞かせてくれ」
「話?」
「ああ。お前の話」
「アタシの?」
俺は頷く。殺し屋の話を聞ける機会なんて二度とないだろう。
それに――。
「分かったわ」
なんて軽く了承してしまうこの自称殺し屋にも興味が湧いてきた。
俺は変化が嫌いだけど、好奇心と困っている人には弱いのだ。それに、コイツ美人だし……。
どれが本音だって? そんなのは勝手に想像すればいい。