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「仕事なんて知らない」by 園神 舞

舞はとある廃工場に身を隠していた。

右手にある何かを眺めている。それは、拓斗が作った即席のお守りだった。この仕事の直前に祖父から渡されたものだ。


祖父と拓斗が接触したことは舞にとって驚くことではない。舞にもしものことがあった場合、弾丸を回収する人間がいなくなる。そのため、舞が今回の仕事をする前に会いに行っておいたのだろう。


だが、拓斗からお守りを預かってくるのは予想外だった。舞はふっと笑みを浮かべる。『真・弁当!』という文字がなんとも拓斗らしい。


舞はもう一度じっとお守りを見つめると、尻ポケットにお守りを閉まった。


(そう。アタシは負けられない。アタシのプライドのためにも……拓斗のためにも……)





舞は腕時計で時刻を確認する。


(そろそろターゲットがここに現れるわね)


 今回、舞はターゲットのことなどはっきり言って眼中にない。記憶したのはターゲットが現れる時間と場所だけだ。ほとんどの時間を影井との戦いの準備に費やした。


舞はゆっくりと動き出す。足元は薄い鉄仕込みの黒ブーツ。黒のストレッチタイプのパンツの左右の太もも付近にはホルスター。太めのベルトを巻いて腰にナイフを横向きに装着している。手には指ぬきタイプの黒の皮手袋。左手首にはワイヤーが仕込まれたブレスレット。そして、胴体部分は極薄タイプの最新型防弾ベスト。上着は七分丈の黒のブルゾンを着用している。



カツコツカツコツ……



 舞の足音が廃工場に響く。


(この角を曲がれば……あの男がいる)

 舞の脳裏にかつての敗北の記憶が蘇る。


 ゆっくりと角を曲がった。



果たしてそこには――影井一将と、影井が守るターゲットがいた。



「お前は……」


 舞に気付いた影井が呟く。


「アタシのこと、覚えてる?」


 舞は小首を傾げてみせる。


「ああ、久しいな。少しは強くなったのか?」

「アンタのおかげで多少はね」

「そうか」


 影井の口元がぐにゃりと歪む。おそらく笑みを浮かべたのだろう。


「何を呑気に話している!! さっさとその女を殺せ!! 私を殺しに来たに違いない!!」


 すると、いきなりターゲットの男が喚きだした。影井の表情が不愉快そうに歪む。


「お前の腕は確かだと聞いたから高い金を払って雇ったんだぞ!! それを」



ガァウン……!



「……黙れ」


 ターゲットは舞にではなく、ボディガードを依頼した男に撃ち殺された。


「その人を守るのが、アンタの仕事じゃないの?」


 その様を眺めていた舞が静かに問いかける。


「フン。おれはただ殺したいだけだ。よりおれ自身が楽しめる方法でな。警護されている奴を殺すのは簡単すぎる。ボディガードを自称している奴らも弱すぎる。そう思ったときおれは気づいたのさ」


 影井は舞を見る。


「同じ殺し屋相手なら楽しい殺し合いができるんじゃないかとな」

「それで、殺し屋専門の殺し屋になったの?」

「ああ、そうだ。――園神舞、今度こそおれを楽しませてくれよ」


 その言葉を聞いた舞は軽く肩をすくめる。


「アンタが下手な正義感振りかざすような奴じゃなくて安心したわ」


 右のホルスターからFNハイパワーを引き抜き。舞はゆっくりと銃口を影井に向けた。


「影井一将、アタシと戦え!!」


 その瞳は殺気で爛々と輝いていた。






パァン!! パパン!!



 互いに様子見の発砲を繰り返す。


 影井は背にクロスするように2本の銃を持っている。大きさから考えてサブマシンガンか散弾銃であろうと舞は推測する。さらに、右太ももにジャックナイフのようなもの。そして、護衛対象を殺したワルサーP99。


 舞は影井の装備を見える範囲で分析しながらじりじりと後退していく。


「どうした? 逃げるだけか?」


 影井が舞を挑発する。


「ふっ」


 影井の挑発に舞は不敵な笑みを浮かべた。


「何を言っているの? まだ始まったばかりじゃない!!」


 舞は両足にぐっと力を込めると、大きく跳躍する。そして――。



 ――空中に着地した。



 舞が後退していたのはこのエリアに影井を誘導するためだった。このエリアは、舞が前もってワイヤーを張り巡らせていたのだ。舞は今、そのワイヤーの上に立っている。


「ほう」


 影井の口元が歪む。


「これで少しは楽しくなりそうかしら?」

「ああ、そうだな」


 両者が同時に動く。



パン……!! パンバン!!!



 舞は空中を舞うようにワイヤーからワイヤーへ移動し影井を狙う。

 影井は背中からFNP90を掴み出すと、舞に向かって引き金を引いた。



ダダダダダダダダダッ!!!



 連射される弾が舞を追う。


「くっ!」


 舞は左ホルスターからベレッタ9000sを引き抜き、2丁拳銃で相対。


 先程から何発か影井にヒットしているにも関わらず、影井は平然と立っている。


(全身防弾仕様か……!)


 舞は短く舌打ちし、ベレッタ9000sとFNハイパワーをホルスターに戻す。撃ち合いでは舞の方が分が悪い。


(装備をぶっ飛ばす!)


 ぐっと舞は足に力を込めた。


「はぁああ―――!!」


 影井がリロードするわずかな隙を使って、一気に距離を詰める。右手で腰に装着したナイフを引き抜く。

 影井はFNP90を投げ捨て懐からジャックナイフを取り出すと、舞の刃を受け止める。



ギィイン……!!キンキンッ!!



 舞は身軽な身体にスピードを乗せる。そして張り巡らされたワイヤーを利用し縦横無尽に飛ぶと、影井を斬りつける。深追いはせず、浅い攻撃を何度も繰り返し行いチャンスを狙う。

 何度目の攻防か、舞のナイフが影井の右肩にわずかに刺さる。


(ここ――!!)


 舞はナイフのグリップに付けられているスイッチを押した。



ドォオン!!



 爆発音。ナイフが爆発したのだ。


 舞のナイフはグリップにガスボンベが搭載されており、スイッチを押すことで刃にある穴からガスを噴出。そして、噴出の勢いを利用して刃の内部で発火、ガスに引火させるのだ。特注の爆砕ナイフである。


 舞は爆風に身を任せ、一旦影井から距離を取る。もうもうと上がる煙が影井の姿を隠している。


「!!」


 強烈な殺気を感じ、舞は反射的に身を翻した。



パァアン!! ヒュンヒュン!!



「!?」


 異常な音に舞は地面へゴロゴロと転がった。



ドスドスドスドスッ!!



 弾とは思えない着弾音。


「ぅああ!!」


 右足に鋭い痛み。目を向けると、そこには針――否、アイスピックのようなニードルが2本突き刺さっていた。


「散弾銃の……改造版か……!!」


 通常の散弾銃は撃てば弾が拡散する銃だ。しかしこれは弾の代わりにニードルを仕込んだのだろう。


「……」


 舞は鋭い視線を影井に向ける。


 煙の中からスパス12のような見た目の散弾銃を構えた影井が現れた。その右半身は大きく肌蹴、皮膚が焼けている。右腕はだらりと垂れていた。


 舞と影井は目が合った瞬間互いに凶悪な笑みを浮かべた。


「えげつないもの使ってくれるじゃない」

「えげつないもの使ってくれるな」


 舞は足にニードルが刺さったまま立ち上がり、ワイヤーゾーンへ飛ぶ。


(地面を走るより、空中を移動した方が動きやすい)


 影井は散弾銃を背に戻すと、徐に右足に取り付けていたナイフを取った。――否、それはナイフではなかった。1枚だと思われた刃が回転するように3枚現れ、計4枚の刃が風車型に並ぶ。――俗にいう手裏剣である。


(なんて時代遅れなものを!!)


 舞の顔に焦りが生まれる。


 影井が手裏剣を投げる。それは舞が張り巡らせたワイヤーを的確に切断していく。これまでの戦いでワイヤーの位置を分析されたのだ。


「チッ!」


 足場にしていたワイヤーも切断させ、舞の身体が空中へ投げ出される。そこを狙ったかのように手裏剣が舞を襲う。


「……くっ!」


 舞は咄嗟にナイフで手裏剣を弾く。



バキィン!!



 回転の加わった手裏剣と当たり所が悪かったらしく、舞のナイフが砕ける。だが、手裏剣も勢いをなくし、舞と共に地面へと落下していった。


「ぐっ!」


 地面に叩きつけられた衝撃で舞は呻く。



ガチャ……!



 弾をリロードする音。


「!!」


 舞は痛む身体を無理やり動かし、左へ転がった。



ドスドスドスドスッ!!



「くっ!!」


 先程の改造散弾銃だ。


(このままじゃ殺られる!!動き続けるしかない!足のなんて気にしてられない!)


舞は刺さったニードルを引き抜き、痛みを無視して立ち上がると地を蹴る。



ドプッ……!



傷口から血が溢れる。

ベレッタ9000sとFNハイパワーをホルスターから抜き、装備の吹っ飛んだ右半身を狙う。影井も改造散弾銃を放つ。


ニードルの散弾をバックステップで交わしながら、舞は何度もトリガーを引く。弾切れ。片手で空のマガジンを外し、リロード。その隙を突かれて散弾攻撃。頬、右腕、左足にニードルがかする。


「ぐっ!」


内1本が左脇腹に刺さる。舞のベストは防弾性であり防刃ではない。容赦なくベストを貫通してくる。

しかし、影井にも舞の放った弾は2発当たっている。


「まだまだぁ!」

(一気に決める!)


舞は距離を縮め、威力の強いベレッタ9000sを構える。



パパパン!



影井の右半身へ連続で3発。影井はわずかに身を逸らし、交わす。



ガチャ! パシュ……!



影井の攻撃。地面を転がりかわす。振り向きざまにベレッタ9000sを影井に向ける。が――。


「……!」



ガン!



ベレッタ9000sの銃身にニードルが刺さる。使えなくなった武器を舞は即座に捨てる。


(長期戦はまずい!! はやく勝負をつけないと!!)



ドスドスドス!!



舞は急所を外すことだけに集中して、ニードルの雨の中を進む。ハリネズミになりながら、FNハイパワーを影井に向ける。


「影井ぃいいい!」



カチッ!



「ーーっ!」



弾切れーー!



戦いに熱くなりすぎていた舞は基本である弾数のカウントを間違えたのである。舞の顔に絶望が過る。


「ふっ」


影井の笑い声。


「まだまだ青いな」


影井の手にワルサーP99。



パンパンパン!



「うぁあ!」


舞は3発くらいながらも辛うじて急所を外し、建物の影に逃げ込んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ」


舞の目に悔し涙が浮かぶ。


(馬鹿! 弾数のカウントなんて基礎中の基礎じゃない! こんな結末ないわ!)


自分自身に憤りながらも、血を流しすぎた身体は勝手に尻もちをつく。


「っ!」


全身の痛みの中、尻ポケットに違和感。ポケットを探ると、手できたのは拓斗からもらったお守りだった。



――拓斗。



いよいよ舞の目から涙が一粒溢れる。


(ごめん、拓斗。約束守れない……!)


影井は今回も見逃す真似はしないだろう。それは直接戦った舞には分かる。今、追撃をしてこないのは勝負がついたと余裕があるからだ。


舞はギュッとお守りを握り締める。


「?」


舞は違和感を覚えた。中にティッシュしか入っていない割に中が硬いのだ。


「……」


舞は祖父から言われた中は見ないでくれという伝言を思い出した。


(でも、もうこれで最期……。見てもいいわよね、拓斗?)


舞はチャック袋を開けて、ティッシュの中を見た。


「!!?」



そこには弾丸が巻き込まれていた――。



それは拓斗が拾った弾丸だった。弾の種類は、FNハイパワーのもの。


「拓斗…!」

舞は思わず名前を呼ぶ。


(ありがとう……! あなたのおかげでもう一度戦える……!)


舞の目に先ほどまでとは違う涙が浮かぶ。舞は涙を拭うと、弾をFNハイパワーに詰める。そして、身体に刺さったニードルを無造作に引き抜くと影井の前に姿を現した。


「死ぬ覚悟は出来たか?」

「わざわざ待っていてくれるなんて優しいわね」

「そこそこ楽しませてもらったからな」

「そう……」


 舞はFNハイパワーをギュッと握りしめる。


「死ぬ前にいいことを教えてやろう」

「?」


 舞は訝し気に影井を見る。



「お前の両親を殺したのは俺だ――」



「!!」


 舞は影井から視線を背ける。


「そんなこと――とっくに知ってるわよ」

「!」

「アンタのことどれだけ調べたと思ってるの?今更そんなことで取り乱したりしない。お父さんもお母さんもいつでも死ぬ覚悟はしてた。それはこの世界で生きるもの皆に言えることよ。今回の戦いは復讐じゃない。私のプライドをかけたものよ!」


 舞は光のこもった目で影井を射抜いた。


「悪かった。野暮な真似をしたな。なら――」


 影井がワルサーP99を舞に向ける。


「これで死ね」

「ええ、アンタがね!!」

「!??」


 舞は地を蹴り、影井に向かって真正面から突っ込む。動揺した影井から放たれた弾丸は舞の頬の薄皮一枚持っていった。


(予想外だったでしょうね。アタシが勝負を諦めていないなんて――)


 あのとき――FNハイパワーが弾切れになったとき、舞は負けを思い絶望した。それは間違いなく影井にも伝わっていたはずだ。


「ああああああああ―――!!!」


 舞は傷だらけの身体をしならせ、影井のボディにスピードと体重を乗せた蹴りを放った。


「ぐっ!!」


 影井の体勢が後方に揺らぐ。左手に持っていたワルサーPPを弾き飛ばすと、舞は影井の胸倉を掴んでそのまま押し倒した。


「はあ、はあ、はあ」


 FNハイパワーを影井の額に当てる。


「馬鹿な。それはもう弾切れのはずだ」

「ええ、さっきまでは間違いなく弾切れだったわ」

「どういうことだ」

「天の助けって言ったら信じる?」

「馬鹿馬鹿しい」


 影井はそう吐き捨てると、舞を見上げた。


「だが、結果がすべてだ。それに弾が装填されているのなら――俺の負けだ」

「そうね。予想外の助けだったけれど――アタシの勝ちよ」


 舞はFNハイパワーの引き金を引いた――。



 舞と影井の因縁の戦いは舞の勝利で幕を閉じた。

 しかし、舞も影井も知らなかった。この戦いを第三者が見ていたことに――。





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