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それぞれの想い人

未来からの手紙

作者: 鈴本耕太郎

 中学生の頃の僕は、現実の厳しさなんてこれっぽちも知らないで、過ぎていく日常をダラダラと過ごしていた。あの頃のあの時間がどれだけ貴重なモノだったのか、大人になってようやく気付いた。

 授業中、教師の退屈な話を聞き流しながら僕はくだらない妄想を繰り返していた。妄想の中では当然自分が主人公で、漫画の中に入ったり、現実世界でテロリストをやっつけたり、はたまた学校内でライブをやったりと、その時の気分で好き勝手していた事を良く覚えている。


 そんな事をはありえない。

 当然のように理解してはいたけれど、心のどこかで自分はきっと特別な人間だと信じて疑わなかったんだと思う。いつか自分は大きな事を成し遂げる。何の夢もないのにそんな事を考えていた。

 その何の根拠もない希望の捌け口が、くだらない妄想だったのかもしれない。

 もちろんそれだけじゃない。恥ずかしい話だけれど、見えないモノが見えたり、聞こえないモノが聞こえたり、不思議な能力が使えたり。そんな期待を少しだけしていた中二病の自分がそこにはいた。

 そんな時期だったからなのか。ある日突然、未来からの手紙が届いた時、僕は驚く程あっさりとその存在を信じたんだ。


 手紙は学校での自分の机の中に入っていた。

 朝、それを見つけた時はラブレターかと思って舞い上がった。誰にも見られないようにこっそりと手紙を見た。でも手紙には宛名しか書いておらず、差出人の欄は空白だった。不思議に思ったけれども中身を見ない訳にはいかない。もしかしたら、慌てて書き忘れたのかもしれないからだ。

 封を開けて便箋を取り出す時、自分の心臓の鼓動が一気に跳ね上がるのを感じた。あまりの大きさに周りに聞こえてしまうのではないかと不安になった程だ。自分を落ち着けようと深呼吸を繰り返し、震える手で折りたたまれていた便箋をゆっくりと開いた。


 そして僕はそこに書いてあった内容に我が目を疑った。

『はじめまして。というべきかな?僕の名前は谷川俊介、現在二十五歳の社会人で十年後の君だ』

「――へ?」

 予想外の内容に僕の口から間抜けな声がでた。

「どうしたの?もうすぐ先生来るよ」

 声に反応して横を見れば、隣の席の相川さんだった。部活でやっているバスケの為に、短く切った髪を指先で弄りながら、不思議そうな顔でこちらを見ている。

「いや、なんでもないよ。一時間目はなんだっけ?」

 適当にその場をごまかして、手紙を机の奥の方へと追いやった。


 その日の一時間目は社会だった。始まって三十分程経つと、いつもの如く話の内容が脇道に逸れ出したので、こっそりと先程の手紙を取り出して読む事にした。

『突然こんな手紙をもらっても信じられないと思う。だから君に信じて貰う為にいくつか予言をしよう。まず一つ目。四月二十日、一時間目の社会の時間。隣の席の相川沙希が消しゴムを落とす』

 今日の事だ。僕は慌てて隣を見た。相川さんはノートの端に落書きをしていた。人気なキャラクターの絵で、随分と上手かった。真面目な彼女もこんな事をするんだなと少しだけ親近感を覚えた。

 僕の視線に気付いたのだろうか。相川さんが顔を上げてこちらを見た。目が合ったので、僕はニコリと笑ってノートの端を指さして落書きを指摘した。相川さんは恥ずかしそうに笑って、すぐにそれを手で隠した。

 その時、手に当たった消しゴムが床へと転がった。

  

 予言が的中した。

 内容自体は些細な事だけれど、実際に起こると驚いてしまう。

「どうかした?」

 消しゴムを拾い上げた相川さんが不思議そうな顔をして首を傾げた。

「いや、絵が上手くて驚いたんだ。良く描くの?」

「――うん」

 咄嗟に誤魔化した僕に対して、相川さんは少しだけ耳を赤くしながら、恥ずかしそうに頷いた。その仕種がとても魅力的で、思わずドキリとした。


『二つ目。四月二十二日、二時間目の数学の時間。隣の席の相川沙希から、教科書を忘れたから一緒に見せて欲しいと頼まれる』

 再び予言は的中した。

 僕はその事実に驚きっぱなしで、未来から来たというその手紙を信じ始めていた。


『三つ目。四月二十四日、相川沙希が先週のお礼だと言って手作りのクッキーをくれる』

 またも的中。

 僕はもう完全に、その手紙の事を信じて疑わなかった。

 未来の自分が言うのだから、そこに間違いなんてあるはずがない。

 だから、その後に続いた未来の自分からの”お願い”を何の抵抗もなく聞き入れたのだ。


『四月二十八日、相川沙希から呼び出されて告白を受ける。あの日、僕は彼女を振ってしまって後悔した。後になって自分の気持ちに気付いた僕は、必死で彼女にアピールして頑張って付き合う事ができた。でもあの時、振らなければ良かったと今でも思っている。どうか彼女の告白を受け入れて欲しい』

 

 そして予言の通り、僕は放課後に相川さんに呼び出された。

 みんなが部活に行って誰もいなくなった教室に二人きり、部活をサボって残っている。

 開いた窓からは爽やかな風と共に、皆が最後の大会に向けて部活動を頑張る声が聞こえてくる。

「話ってなに?」

 白々しくも僕はそう尋ねた。

「えっと、あの……」

 僕達の間に少しだけ気まずい沈黙が訪れる。それでもこれから起こる事を知っている僕は、ちっとも不安に感じたりはしなかった。

 あの時、あんなにも落ち着いて大人のような対応が出来たのはそのおかげだと思う。

「大丈夫だよ。ゆっくりで良いから話してみて」

「――ありがとう」

 そう言った相川さんの瞳は涙で濡れていた。彼女が動く度に僅かな光を反射して、キラキラと光って見えた。

 それは今まで僕が見て来たどんなものよりも、綺麗だと思った。


「大好きです。私と付き合ってください……」

 たっぷりと時間をかけてから言った相川さんの告白。最後の方は消え入りそうだったけれど、確かに聞こえた。

 僕は手紙の通りに告白を受ける事に決めていた。でももし手紙がなかったとしても断るなんて選択肢はなかったように思う。まぁどちらにしても生まれて初めて恋人が出来る。

 その事実に胸を高鳴らせつつ、僕は相川さんに頷いてみせた。

「よろこんで」


 そうやって僕らは付き合い始めた。でも付き合うって何だろう?当時の僕はまだまだ子供だったんだ。

 だから一緒に下校するだけで、それを満たしている気になっていた。

 でも、どうしてだろう。

 せっかく付き合っているのに、なんだか少しだけかみ合っていないような気がしていた。

 部活を引退して、少しだけ伸びた髪を相川さんが弄るのを見ながら、そんな事をぼんやりと考えていた。


 そんな折、僕の元に再び未来からの手紙が届いた。

『久しぶり。お願いを聞いてくれてありがとう。君のおかげで未来が少しだけ変わった。さて、お礼と言ってはなんだが、僕からアドバイスを送ろう』

 手紙には、相川さんとの距離を縮める方法が事細かく書かれていた。


『まず一つ目。呼び方を変えてみよう。いつまでも苗字のままじゃダメだ。下の名前で呼んでみよう。いい加減彼女も他人行儀な呼び方は嫌なはず』

 

『二つ目。手を繋いでみよう。七月七日、放課後に一緒に勉強をしようと誘われる。その帰り道、神社の方へ行けば七夕のお祭りをやっている。そこがチャンスだ』


『三つ目。デートに誘おう。もうすぐ夏休み。二人きりの思い出を作れるように、今の内から予定を立てよう』


 付き合うって事がよく分かっていなかった僕にとって、その手紙の存在はとても大きかった。

 そして僕はそこにあった内容に従って、彼女との距離を縮めていった。


 あれから十年。

 気付けば、あの日僕に届いた手紙の年齢に達していた。

 

 今日までいろんな事があった。

 高校、大学、就職と少しずつ大人になってきた僕の隣には、今も変わらず沙希がいる。

 正直に言えば、何度も別れの危機はあったと思う。それでも、どうにかこうにかやってこれたのは、相手が沙希だったからだ。

 さて、そんな僕だけど、沙希に秘密にしている事がある。


 そう、あの手紙の事だ。

 あの日、どうしてあの手紙は届いたのか。未来からきたと言うその手紙の真実に、僕はとっくの昔に気付いていた。

 だってそうだろう。未来からの手紙なんて、ある訳がないんだから。

 じゃあどうして、あそこまで正確な未来予知が書かれていたのか。そんなのは簡単だ。予知の内容はいつだって対象が限定されていたんだから。

 あれは予知ではなくて、沙希が書いた予告だったんだ。

 でも僕は今日までずっと、その事に気付いていないフリをしてきた。それは全て今日の為だ。


 今までずっと考えていた事をこれから話すつもりだ。

 丁度十年という事で、区切りも良い。マンネリ化している僕らには丁度いいのではないだろうか。


「――話って何?」

 少し緊張した様子の沙希に、僕はゆっくりと話し出した。

 未来から来た手紙の事を。

 その事を信じて疑わないと装って。

 そして話の最後のこう付け加えた。

「昨日の事だけど、久しぶりに手紙が届いたんだ」

「――え?」

 当然そんな事、身に覚えがない沙希は驚いた顔で固まっている。

 その事に気付いてないフリをしながら、僕は話を続けた。

「これなんだけど、読んでみる?」

「……いいの?」

「うん」

 僕が渡した手紙を、沙希が恐る恐るといった感じに慎重に開く。

 そして……。

 

 沙希の瞳にみるみると涙が溜まり、すぐに滴となって零れ落ちた。

 その涙は、あの日見た涙よりも、もっとずっと輝いて見えた。

「ばか……」

「うん。それで?」

「――はい」


 震える手で握り締められた手紙。そこに僕が書いた文字は、沙希の涙で少しだけ滲んでしまっていた。


『結婚しよう』


 

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