調子にのってウィスキーをひとくち
某ドラマに影響を受けて酒という飲み物に興味が沸いた。子供の頃、水と間違って親父が飲んでいる日本酒を飲んだことがある。
「マズっ!!!!!」
今まで経験したことのない味やアルコールが鼻に抜ける時の匂いは、当時の僕にとっては毒としか思わなかった。
「子供にはまだ早いんだよ。」
「僕は子供じゃないもん!」
そう言って日本酒という名の毒を飲もうとしたら母親に怒られた。
20歳を迎えてようやく飲酒が合法になる。僕はこの時を待っていた。
午後6時10分。改札から親父が出てくるのが見えた。
「おかえりなさい。」
「ただいま。」
必要な言葉はそれだけ。2人は肩を並べて歩いた。帰宅ラッシュだけあって駅周辺の人の混みようはすごかった。僕は人を避け続けていたが、親父は避けるというよりも人が避けて道を譲ってるように見えた。これがサラリーマンなんだなと感心した。
歩いて15分ぐらい経った。
「まだなの?」
「そろそろ着くぞ。」
それから3分後。
「ほら!着いたぞ!」
大通り沿いにあるスポーツ店を右に曲がって細い道を抜けたところにあったのは、茶色のレンガで建てられたジャズバーがあった。そこは親父の行きつけの店であり、マスターとは高校時代からの友達である。
店内に入るとモダンな感じの家具があり、壁にはレコードが沢山見せびらかすように飾ってある。見ただけで大人のお洒落が感じ取れる。
「おう!久しぶりだな!!あれ?若いのはお前の息子かい?偉く大きくなったなー!!」
「僕のこと知っているんですか?」
どうやら、物心つく前に親父がマスターに僕を連れてきたらしい。
「そんなことどうでもいいから。1杯くれよ。」
親父はマスターにそう言ってカウンターに座った。隣に僕も座った。物静かに流れるジャズの音色は緊張をほぐしてくれる。
マスターが親父の前に氷が2つ入ったグラスを置きそこにウィスキーを入れた。
「親父って日本酒のイメージしかなかった。。。」
「バカ野郎。俺だって何でも飲むぞ。それに初めて飲んだ酒がウィスキーなんだぞ。」
マスターはニヤニヤしながら親子会話を見物していた。
「マスター。こいつにも同じの。」
「あいよ!!」
僕は人生初のお酒がウィスキーになるとは思っていなかった。ましてや、先輩の話からはウィスキーは不味いと聞いていた。できればビールとかカクテルの方がいいなーと思う。まぁ時既に遅し。ウィスキーが目の前に置かれた。
「こいつが20歳になって初めての酒だ。このウィスキーは上等だから飲みやすいぞ。」
「で、でも初めてがウィスキーってきつくない?」
「まぁ飲めなかったらマスターにやって。」
てへぺろな感じが似合わない親父だ。
「よしっ!乾杯!」
「か、かんぱい」
グラスを口に運び飲んでみる。うん。不味い。
「どうだ?美味しいか?」
「やっぱり僕には早かったんだよー。」
日本酒とも違う匂いや味は口の中にへばりついていく。
「まだまだ子供だな。まぁ慣れだよ慣れ。」
大人は同じことを言うと心の中で思った。すると、
「こいつ、息子と酒飲むのを楽しみにしてたんだぞ。店に来てはそればっかり言ってきてな。」
とマスターが言った。
「ばっ、バカ。こいつの目の前でそんなこと言うなよ。」
その話を聞き僕は、相手の弱みを握った悪役のような目をして親父を見た。まぁ分かってたんだけどね。
その後も親父やマスターとの会話は楽しかった。高校時代や母親との出会い、社会人になってからの話とか沢山聞いた。まだまだ子供なんだなと僕は思った。グラスにはまだ大量にウィスキーが残っているが、調子にのってひとくち飲んだ。