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ア戦sioン  作者: 唖ヰ路 むネん 
第三章
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「異端」と呼ばれた男 0.3

 昼飯を食べ終わった後、翠は一度自分の家に帰った。直ぐに入用の生活費を取りに行く為だった。ついでに駅前の薬局で怪我の治療に必要な物も買い足してきてくれるというのだから、菫青は彼女の献身的な働きに感謝するばかりだった。


 翠は当分、彼の部屋に泊まって面倒を見るつもりだった。菫青はその申し出を断った。身体中に包帯を巻かなければならない状態なので確かにちょっとした助けは必要だったが、翠にも自分の生活があるし、必要以上に世話になるのは申し訳ないからと、本人には説明した。その気持ちも嘘ではない。然し実際のところは、お互いの認識の相違から発生する違和感を拭えなくなった、というのが本音かもしれない。


 翠が再びアパートに戻って来た後、菫青は学校にいる榴輝に今後の事を相談しようと電話を掛けた。昨夜の礼を云うつもりでもあったのだが、学校に通っていた頃の時間割の感覚をすっかり忘れていた菫青は、相手の事情も考えずに電話をして授業中の榴輝の携帯端末を鳴らしてしまった。そのせいで榴輝はえらくご立腹だった。それでも根が真面目で友達想いの彼は通話を切らずに、菫青と話を続けた。

 相談の結果、傷の手当は二人が交代でしてくれる事になった。朝は翠、夜は榴輝という具合だ。翠は夕飯を作りに来るので結局夜も来る事になり、結局菫青は翠の世話になりっぱなしだった。


 お金の件も何とか算段が付いた。菫青は簡単な依頼を受けて、それで足りない分は榴輝が貸してくれる。榴輝の家は両親が二人とも大学教授で、菫青や翠よりもずっと経済的余裕がある。「だから自分が払うのは当然だ」と榴輝は云い切った。

 菫青はこれ以上誰かに借りを作るのはごめんだと思っていた。それは病院の先生然り、榴輝然りである。それなのに榴輝は、「ぜひ借りを作ってくれよ」と云った。本人曰く「いつか倍で返してもらうから今は沢山貸し付けてやりたい」のだそうだ。

 そんな訳で借金はさらに膨れ上がり、菫青は傷付いた身体に鞭打ってでも仕事の依頼を受けなければならなくなった。翠がいくら止めようとしても、菫青自身の気が済まなかったからである。


 スマホでSNSを開き、依頼が来ていないかを確認する。菫青は今までとは違う緊張感を持って依頼を選別しなければならないと思っていた。

 志垣は菫青の読心術が直接的に人と対面しないと発揮されない事を利用し、依頼当日まで顔を合わせない事で罠がばれるのを防いだ。実際に連絡を取り合っていたのは桐谷創二だったが、入れ知恵をしたのは間違いなく志垣だろう。

 志垣が菫青の能力の弱点に関してどれくらいの確信を持って計画を遂行したのかは分からない。そもそもこれが単純な志垣の思いつきなのか、それとも自分に恨みを持っている奴がいて、そいつが弱点に気付いて志垣に教えたのか……可能性は色々と考えられるが、真相は闇の中だ。ただ一つだけ、菫青にも確かだった事は、今回の一件では不注意の代償があまりにも大きかったという事だ。


(これからは必ず事前に一度依頼主と接触し、依頼自体の真偽を確かめなければならない)


 菫青は仕事を進める上での新たな心得を噛み締めた。自分の能力を疑う人にそれを信じさせるだけでなく、自分にも相手を信じる証拠が必要になったという訳だ。


(これは、何というか……皮肉だな)


 人の心をある程度読めるが故に自分が騙されるという落とし穴に全く無警戒だった、というのは。


(人間の傲慢はこうやって始まるのかもしれない。見えないところ、自分が最も自信を持っているところから。もっと気を付けないと……)


 画面が割れたせいでタッチパネルの反応が悪い。スクロールするたびに指が引っかかるからだろうか。こんな時に限って依頼の数は多くない。自分宛に送られたメッセージはたったの一件しかなかった。それもごく短い、一言のメッセージのみが書かれていた。その内容を目にした時、菫青は思わず息を呑んだ。


「『私は君の能力について詳しく知っている。重要な話があるので、出来るだけ早く返信してほしい』……そうはい……げんぶ?」


(これは一体どういう事だ? そうはいげんぶって誰だ? 何故こいつが俺の能力について知っている?)


 菫青がこれを見てまず思い当たったのは、差出人が実は志垣であるという線だった。


(ネットを使って俺を探していた志垣が偽名を使って接触してきたのではないか? 奴は日本総連合の幹部であるが故にその名を広く知られているはずで(少なくとも裏社会では)、迂闊に本名など名乗るはずがない。そもそも志垣清介が本名なのかも分からないが、今はどうでもいい)


 然し冷静に考えれば、そうはいげんぶを名乗る者が志垣である可能性は低いように思われた。理由はいくつかある。

 一つ目は昨日警察の手を逃れたばかりの志垣が呑気にパソコンの前に座っているか、という事だ。昨日の一件で日本総連合のメンバーは十人が逮捕され、三人が死んだ。一日で十三人もの戦力を失ったのである。志垣は三人を殺した当事者でもあるし、組織内の混乱を考えればとてもじゃないがネットサーフィンなどしている暇は無いだろう。

 二つ目は文章から感じる違和感だ。志垣は自分の事を「お前」或いは「天河菫青」と呼んでいた。「君」なんて使わないだろう。それに、私は君の能力について詳しく知っている? 回りくどいったらありゃしない。もっと端的に要件を書けばいいものを。


 これらを踏まえると、どうにも志垣とは思えない。菫青はとりあえず様子見を兼ねて返信してみる事にした。


『こんにちは、曹灰玄武さん。大変恐縮ですが、お名前は何と読めばいいのでしょうか? それから私の能力について知っているとはどういうことでしょうか? もしよければお答え下さい』


 返信した後、ふと思いつく。


(あれ、これイタズラじゃね?)


 冷静になって見返してみるとますますそれっぽく見えてきた。以前にも冷やかしたり、いきなり暴言を吐いてきたりする輩に暫く付きまとわれた事があった。それらとよく似ている。書き手は読んでいる人間が気を引かれたリ、思わず返信したくなるような文面を適当にでっち上げて反応を見ているのだ。もしそうなら、自分は相手の思惑通り餌に食い付いた事になる。腹立たしい事この上ない。絶対に釣り上げられてたまるものか。


 そんな事を考えていると、あっという間に返信が来た。


『返信ありがとうございます。私の名前の読み方は、そうかいくろたけです。あなたの能力についてですが、私は独自の情報ルートを使って知りました。詳しくはプライバシーの関係からお教えできませんが、あなたの近くにいる人と云えば分かるかもしれません。然しその人の事を責めないであげてください。その人はあなたの為にそうしたのです。

 私は大学に付属する研究施設で生体物理学の研究をしている者です。私はあなたの大切な人を救えるだけの資金を持っています。あなたがそれを手に入れる為には、ある実験に協力していただかなければならないのです。

 できれば直接お話したいのですが、これからお時間を頂く事はできませんか? 場所を指定してくださればこちらから伺います』

 

 菫青は画面上の言葉だけを見て心を読む事は出来ない。それでも、曹灰玄武に情報をリークした人間は容易に想像がついた。


(なぜあいつがこんな事を…………)


 気にならないと云えば嘘になる。でも今ここで大切な事は、曹灰が明らかに御影の事情を知っているという事。そして御影を救う為の大金が手に入る可能性があるという、この二点のみだ。

 

(あいつの知り合いなら曹灰は反社会的組織の一員ではないと断言できる。恐らくこの話も真実だろう)


 菫青はすぐに待ち合わせの場所を指定した。


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