罪と罰
「…どうした?」
いきなり泣き始める愛子を見て敦は少し焦った。
「……私、敦を殺さないといけない。信じてもらえないかも知れないけど私…、私の家系は殺し屋の家系なんだ」
「ほん…とに?」
「敦に近づいたのも本当は殺すためだった」
蚊のような声で愛子は言う。泣きながら伝えた。敦は黙って聞いていた。
「だけど……、仲良くなっていくうちに敦のことが好きになってしまった。殺さなきゃいけないのに好きになってしまった……。
私…敦を殺したくない。敦と一緒に生きていたい」
嗚咽混じりに敦に訴えた。プロ失格だ。これでもう確実に敦を殺さなければいけなくなった。殺し屋は一般人に存在を知られてはいけないのだ。横で縮こまって泣き崩れる愛子の背中をポンポンと敦は叩いて撫でた。
「信じるよ……」
「………え?」
「信じる。オレ、愛子がこんな嘘つく奴じゃないって知ってるから」
「ッ………」
愛子は殺し屋の仕事のシステムを全て敦に説明した。一般人には正体がバレてはいけないこと。仕事を果たせなかった殺し屋はギルドから送られてくる殺し屋に殺されること。
殺されなかったターゲットは次に派遣されてくる殺し屋にまた狙われるということ。つまりもう敦が生き残る可能性はないということ。敦を今日殺せば、愛子だけは生き残れるということ。それは説明しなくても敦は分かっていた。
「そっか」
敦はいつもの、いつも愛子に見せる顔を愛子にあげた。
でもそれは強がりなんだってことぐらい愛子は分かっていた。
「……いいよ」
「え……」
「愛子だけでも生きてほしいから。なにも二人して死ぬことはない。これから愛子にはもっともっと楽しいことや嬉しいことがきっといっぱい待ってるから。オレはさ、愛子の笑ってる顔見るのが好きだった。それだけで安心出来た。こんな捨てられた自分でも大切にしてくれる人がいてくれるんだって、そう思えたからさ」
「………」
愛子はもはや泣き崩れて聞くことしか出来なかった。
「オレは愛子に殺されたって恨んだりしないよ。でもたぶんお前のことだ、どうせ罪悪感に押しつぶされると思う」
敦は続けて言う。
「大丈夫だよ。その罪悪感はオレも半分もっていくから。愛子一人で悩むことはないんだよ」
そういうといつもの小さい子をあやすかのように優しく頭を撫でた。
最初はイヤだったそれがいつのまにか、大好きになっていた
何分たっただろう。敦は黙って手を繋いで愛子が泣き止むのを待ってくれた。愛子は本当はいつまでもいつまでも泣いていたかった。泣いて泣いて、そして涙が枯れて、死ねればいいのになぁと思った。
「大丈夫だよ」
泣き止んだ愛子にそう言った。
「そろそろオレが殺されないと、オレが死ぬ意味がないじゃん」
いつものおちゃらけたそんな声色だった。
「………」
黙って愛子は殺し道具のナイフを取り出した。
覚悟を決めた目をした。手にしたナイフは敦の首の脈に添えた。よく切れるように研がれたナイフ。
敦も覚悟を決め、目を閉じた
「……出会えてよかった。幸せにな」
覚悟を決めた目から、ポロポロと流れ頬を伝った……。自分は生きていたらいけないのだと思っていた。人を殺して生きなければいけない運命の下で自分の存在価値を疑っていた。自分なんかがいなければ助かる命もあるのだろうと、金で他人の命を奪う輩たちに金で使われて生活していく自分に嫌気がさす日も何度もあった。
でも運命には逆らえない。だからせめて日陰を歩いて生きていこうと決めた。誰からも必要とされず生きていこうと決めた。
ずっと捨てていたんだ。人を殺して自分も同じだけ殺した。でも初めて自分で、生きていたいと思えた。捨てた自分を大切にしてくれた人がいたから。それに気付くことが出来たから……。
出会えてよかったって、ずっとずっと誰かに言ってほしかったんだ。
生きていていいんだよ。生きていてほしいんだよって。そしてずっと一緒にいてほしいって、ずっと憧れていたんだ。届かないものだと、自分には関係ないものだと、そう思って強がって無理していらないって。ほんとはやっぱりこんなにも温かい…。
――――ポロポロポロポロ
目を開いたまま愛子は涙を流した。固まったままずっと涙を流した。
「…ずっと二人でいれる時間が……死ぬまで続いてほしかった」
「じゃ結婚でもすっかぁ……」
敦は目をとじたままいつも私にくれる声でそう言った。