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バレンタイン


騙し騙し敦と友達でいた。

まだ大丈夫。五月になったら殺せばいい。初めからそのつもりだから。今仲良くしたって大丈夫。殺せば大丈夫。自分にそう言い聞かせていた。

どうせ殺すならば仲良くして後悔しないようにしたほうがいい。そう言ってほかの誰でもない自分自身に言い訳をした。


「もうすぐ二月十四日かー」

部室でわざとらしく敦は一人言をつぶやく。二人しかいないので聞こえないわけはないのだが愛子はわざと無視をする。

「ねー。愛子さん?」

「なに?」

「もうすぐ十四日ですねぇ」

「だからなに?」

愛子は手元においてある雑誌をパラパラとめくった。

「チョコくださいよ」

「えー・・・」

なんて面倒くさいことを頼んでくるんだこいつは。それに

「私べつにあんたのこと好きじゃないんだけど……」

「知ってるよ。友チョコじゃん」

「ギ・リ・チョコね」

「そんな強調しなくても」

「だってあんたあげたら勘違いするし」

「しませんよ。じゃあ決定ね!」

嬉しそうにへへへと敦が笑った。本当にこいつは・・・。いつもいつも私はあんたをどうやって苦しませずに殺してあげようか悩んでいるっていうのに。それなのに私の前で脳天気に笑いやがって。


バカだなぁ・・・。


「なんだよ?」

「んー。バカだなってさ」

「なんでだよ」

「チョコを自分から催促する男なんて初めてみたから」

「そっかなぁ」

「どーせ誰からももらえないんでしょ?」

「残念ながら僕は君と違って、異性の友達は多いのだよ」

安定のどや顔をくれる

「じゃあいらないじゃん」

「お前からほしいの」

こいつなにいって……。

「だってお前言わないとくれないじゃんか」

「だって別にあげたいわけじゃないし」

「まーいいや、楽しみにしてるから」

そういって敦は部室を去っていった


「……」

「だいたいバレンタインっていつよ」

携帯を見る。二月十三日。もう明日だった 仕方がないから帰り道スーパーでチョコを買った。買ってあげた。そういちいち思い直す。ネットで検索した。生チョコに必要なものも買い揃える。

「なんでこんなことを……」

作り方は簡単だ。市販のチョコを溶かし、生クリームを加え混ぜる。混ぜ終わったら冷やして放置。固まったら包丁で切って形を整えて、最後にココアパウダーをふりかけそれでおしまい。一口食べてみた。甘くておいしかった。



「はい」

小さな包装紙に包まれた箱をぶっきらぼうに敦に渡す。

「こ…これは……」

敦がにやけながら、驚いた演技をする。

「いらないのならもう渡さない」

「ごめんごめん欲しいです」

目線は合わせないで渡した。

「ありがとう。嬉しい」

ほんとかよ……と心の中で腕組みをする。

「食べてもいい?」

「どーぞ」

それを聞くと敦は丁寧に包装紙を開封していく。

「わお」

外国人のような反応を披露してみせた。

「いただきます」

「はいどうぞ」

「んー!うまい」


敦はチョコを頬張り幸せそうな笑顔を私にくれた。その顔を見て私はなんだか泣きそうになったんだ。


こんなにも嬉しそうな笑顔を私にくれた人が今までいただろうか。そしてその笑顔の持ち主はもうすぐ殺される運命なのだ。もうすぐ死んでしまうのだ。死んでしまったらもう今みたいなやりとりは出来ない。死んでしまったらもうこんなふうに笑えない。それがイヤだった。なんでイヤなんだろう……。

私はコイツと会えなくなるのがイヤなんだ。なんでなんだろう。


あぁそっか、いつの間にかターゲットから大切な人に、私の中で変わってしまっていたんだ。コイツといると私は優しくなれるんだ。嬉しいんだ。満たされるんだ。初めてだから分からないけど、たぶんこれが好きって感情なのだろう。この気持ちが好きって感情であってほしかった。



ごめんね。



「おい どうした?」

「えっ……?」

「なんで泣いてんの?」

気づけば私は泣いていた。心配そうな顔で敦がのぞき込む。本当のことを言ってしまいたかった。でもそれは自分が罪悪感から逃れたいがためだけにすることだ。この罪悪感を敦に背負わせてはいけない。


「あんたが嬉しそうに食べるから」

「オレが嬉しそうに食べるから?」

「バカだなぁって思いすぎて涙がでたのよ」

「なんじゃそりゃ」

「なぁお前ってさ、好きな人いる?」

「えっ。な、なによ急に」

少し動揺した。それを隠そうとしてまた動揺した。

「オレはいるんだけどな」

「ふーん。じゃあその子からチョコもらったらいいじゃん。私なんかじゃなくてさ」

「もうもらった」

「そっか」

「……」



なにこの沈黙。

「異性の友達多いって言ったけどさ、今年はまだ一つしかもらってねんだよ」

「……ん?どういうこと?」

「オレ、愛子のこと好きだよ」

「……そっか」

「お前はどうなの?」

敦が真面目な顔で問う。


「好きって気持ちがどういうのか、まだちゃんと分からないけど、あんたと一緒にいると嬉しい」

「お子さまだなぁ。愛子ちゃんは」

「なによそれ……。あとちゃん付けはやめて。鳥肌立つから」

「はいはい」

そう言うと敦は愛子を抱きしめた。

「オレ今すっげー幸せだ。もう死んでもいいくらいに」

「……私もだよ」


心臓の音を聞きながら敦の腕の中で、届かない声でそう言った。




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