殺し屋の家系
「愛子。今高校生を殺す任務期間中らしいな」
殺し屋の父が居間で新聞を読みながら愛子に問いかけた。
「そうだよ。」
隠すこともなかったので、素直に答えた。
「殺し屋として個人で請け負った任務は今回で二人目だな。どうだ?殺せそうか?」
「…うん」
「愛子よ。殺し屋の任務で一番難しい任務が何か分かるか?」
父の鋭い眼光が心を見透かすようだった。
「うーん。総理大臣とか大統領とか?」
「まぁ、それも簡単ではないな。でも、俺からしたらそんなもんは難しくない」
「じゃあなに?」
「それはな、自分の友達や、家族。恋人だ。まぁ、つまり自分が大切にしている者だ。いくら任務だとしても、それが一番難しい。殺し屋だって、人の心をもっている。だから、ターゲットと接触する際、一番気をつけなければならないことは、相手を知りすぎないことだ。」
愛子は困った顔をした「…知りすぎない?」
「そうだ。知らなければならないことは、殺しと関係することだけでいいんだ。総理大臣や、大統領だって俺たちはみんな知っている気でいるが、本当はなにも知らないんだ。知ってしまったら感情移入してしまうからな。感情移入したら、殺すことが辛くなる。だから、それだけは気をつけなさい」
「分かった……」
言うのが遅いよお父さん。私の家は代々続く殺し屋の家系。そこに生まれた私に幸せな未来などはなかった。孫の代まで恨んでやる。とかもうそんなレベルを越えて恨まれていることだろう。それならこんな人生も納得出来る。
「ねぇ。母さん」
台所で料理の準備をしている母に話しかけた。
「母さんは、殺し屋になりたかったの?」
「……この世界の人で、自分から殺し屋になりたいだなんて言う人間はプロじゃないわ。そんなのはただの人殺しよ。私含め、みんな普通に生きたかったと思うわ。父さんだって、ああみえて散々悩んで生きてきたのよ。」
「そう……だよね……。」
「ごめんね」と申し訳なさそうな声で母が謝ってきた。
それは殺し屋の家系に産んでしまって。という意味か助けてあげたいけど、出来ない。という意味か。それを問うことは出来なかった。
「仕方ないよ」
そういって愛子は笑顔をつくった。私のミスだ。接し方を間違えてしまったんだ。経験不足から生じたミス。ただ単純に仲良くなればいいというものじゃなかった。相手を信用させるそれだけすれば済む仕事だったのに。内容的にも最も簡単なはずだった。
それを変えてしまったのは、紛れもない自分自身だ。
***
「どうした……?」
「えっ…?何でもない…」
「悩んでることあったら言えよ?」
「うん。ありがとう…」
敦はいつも、私を気にかけてくれる。そんな優しい人だ。なんで、そんな優しい人が殺されなければならないのだろう。私が殺さなくとも次の殺し屋が派遣されてくるだろう。つまり、敦の死は避けられないのである。
「ねぇ。敦ってなんで一人暮らしなの?」
「んー。知りたい?」
「いや、別になんとなく。高校生で一人暮らしって珍しくない?」
「俺んちお母さん死んだからいなくってさ。中学卒業と同時にオヤジは他に女作ってソイツと結婚。金は振り込んでやるから、一人で生きろってさ。」
思わず愛子は手で口をおおった。
「つまりね。俺、いらない子なんだ。お払い箱ってやつ。」
笑いながら敦はそう言った。そのときの敦の寂しいのに無理して笑う笑顔が愛子の胸に深くささった。
「……いらない子なんかじゃないよ」
気づけば、敦の頭を撫でていた。目からはボロボロと涙が溢れていた。
「…だったらいいんだけどねぇ。」
俯いている敦の顔はよく見えない。
「いるよ…。私は敦にいてほしいよ…。だって、私は何度も敦に助けられたから……。敦がいてくれてよかったって思ったことがたくさんあるから……」
「あんがと…。泣かないでいいんだよ?」
「ごめんね……」
敦の父と新しい嫁の間には、すでに赤ちゃんがいるらしい。
父親からしたら生きているだけでも邪魔なんだそうだ。そんな酷いことはない。