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クリスマス



いつもの部室。なにもすることがない。

「山中さんクリスマスのご予定は?」

「ないけど」

はぁー、と大槻敦は深くため息を吐く。

「そういう大槻君はどうなのよ」

「あったら、毎日こんな部室でウダウダしてるわけないじゃんか」


それもそうだ。よく考えれば大槻敦にとったら、人生最後のクリスマスである。このままクリスマスの楽しみもなにも知らないで死ぬのか。そう思うと、自分のことではないとはいえ少々悲しくなる。それならば、殺すことを辞めればいいじゃないかと思うが説明したとおり、そういうわけにもいかない。殺し屋にとって依頼主との契約は絶対。そして失敗は死を意味する。殺し屋の世界とはそういうものなのだ。そして愛子はその家系に生まれ落ちた。そういう運命なのだ。



「好きな人とかいないの?」

「いない」


吐き捨てるように愛子は返事をした。作ったところで、隠し続けなければならない。結婚も一般人とは出来やしないのだから。そんなのは夢の夢だ。

「そもそも私、友達だっていないし…」

窓の向こう側を見つめる。日が暮れるのが早かった。世間ではクリスマスの準備に慌ただしい。誰もが幸せになりたいと思っている。そんな普通の幸せを愛子は求めることはできなかった。

「…俺がいるじゃんか」

「え…」

「俺は友達じゃねーのかよ」


実際のところ愛子は友達をもったことはなかった。周りは愛子のことを友達と認識していたかも知れないが、愛子から友達だと認識したことはなかった。自分だけが人間の皮をかぶった別の生き物のような気がして、自分から友達だと思うのはなんだか申し訳ないように思えていたからだ。


正体は殺し屋でも表では一般人。当然、価値観などは他の同世代と同じように学んでいく。ただ違うことは、家では別の価値観を植え付けられるということだ。その間で愛子は苦しんでいた。そのことを父に相談すると殺し屋の誰もが通る道で、それを乗り越えてこそ一人前の殺し屋になれると教えられた。



「…なんだよ。友達だと思ってたの俺だけかよ」

不満げな顔を愛子に見せた。

「いや…だって。私みたいなのが友達だと思ってもいいのかなって……」

「誰かが、そう思うことはダメだって言ったの?」

「いや、そんなことは言われたことないけど……」

それを聞くと、大槻敦は優しい表情を愛子にあげた。

「お前と友達になれて、イヤな気がするやつなんていねーよ。むしろ嬉しいと思うぞ?」

驚いた顔で

「私が友達で……嬉しいの?」

と応えた。

「おう。嬉しいし、みんな喜ぶからもっと友達作れ。人を喜ばしてダメだって言う奴なんていねーよ」

「じゃあ私たち友達なの?」

「そーだよ。」

「……ありがとう」


心になにか溜まった。それは温かいものだった。安心出来て、心地よかった。思わず笑みがこぼれて泣いてしまいそうなほど優しいものだった。初めてだったから驚いた。胸に手を当てて、確かめてみた。なにかは分からなかったけど、幸せだった。 愛子にとって初めて出来た友達は自分で殺さなければならない人だった。そうして何日か過ぎ雪が降った。薄暗い空に真っ白な雪。色褪せた冬の世界で私は息を染めていた。



クリスマスイヴ。いつものように部室にいく。まだ誰もいなかった。そのうちアイツもどうせ来るのだろう。読みかけの小説をカバンから取り出した。一時間たっても誰もこなかった。そりゃそうか。だって今日はクリスマスイヴ。独りぼっちなのは私くらいか。アイツも誰かいい相手を見つけたのだろう。最後のクリスマスイヴくらい幸せになってほしいものだ。窓の外は暗かった。遠くで笑い声が聞こえた。読んでいた本をぱたんと閉じた。



「………」

なんで今日に限って来ないんだよ。いつもいるくせに…。

「帰るか……」 

上着を羽織り出口に向かって歩き始めたとき勢いよくドアが動いた。

「……あれ?帰るの?」

今ごろ来やがったコイツ……。

「帰るわよ」

「じゃ、どっか行かね?」

「……え?」

「イヤなら別にいいけど」

コイツなんなんだ?なんのつもりで私を…。もしかして好きなのか?いや、ないな。コイツに限ってないし、私に限ってもないな。つまり100%そういうのはないな。だとしたら暇潰しか…。それはそれで失礼な奴だな。まぁ、暇だからいいけど。

「……いいけど別に」



雪が降り注ぐ街はカップルで溢れかえっていた。みんながみんなお互いのことを好きなのだろうなぁ。そんな奇跡よりもすごいことを私は出来る気がしなかった。

「ったく。カップルばっかだなオイ」

「ほんとだね。バカみたい」

「おいおい。妬むな妬むな」

「なっ…!べ、別に妬んでないじゃん。ばか。死ね」

「はいはい」

大槻敦はいつものように笑って流した。


私たちはゲーセンに入った。

「…このクマかわいい」

「ん?このUFOキャッチャーの?」

小さく頷いて返事をした。

「やってみたら?案外とれるかもよ?」

「いいよ。こういうの下手くそだもん」

「じゃ、俺がやってみるよ」


二百円を取り出し大槻敦はボタンに指を添える。下がるアーム。それは見事に重心の頭を三点でガッチリ捕らえた。

「え?うそ」

驚いているうちに、ぬいぐるみは穴に落とされた。取り出し口から、大槻敦はとりだし、そのまま私に渡した。

「ほら、やるよ。クリスマスプレゼント」

そういうと今までに見たことないくらい壮大なドヤ顔をされた。

「ドヤ顔きもい……」

「えっ?!うそ?俺そんな顔してたか?!」

「なんで自覚ないのよ……。きもい」

「うるせぇな。ほっとけ」

なんだかこのやりとりがバカバカしくなって二人で笑ってしまった。

「……大槻くん。ありがとう」

「大事にしろよな。」

「仕方ないなぁ。」

本当は、嬉しかった。


「せっかくだから、プリクラでも撮るか?」

「私プリクラとったことないんだけど」

「へぇー」

大槻敦は怪しい笑顔を浮かべた。…絶対なんかいじられる。今までのコイツとの経験上こんな顔するときはいつもなにかやらかしてくるときだ。

「…やっぱ辞めとこ」

「え?なんでだよ。早く撮るぞ」

「だってあんた。なにか企んでる…」

ギクッとした表情をした。すぐに隠したみたいだけど、私は見逃さなかった。

「まぁ、まぁ」と背中を、押されカーテンをくぐらされた。 白いキレイな空間。

「俺が設定やるからちょっと待ってな」

キョロキョロしているあいだに

「始まるで!」

「なんで関西弁?!」

『まず一枚目いくよぉー♡』

「ふぇ。どうしたら」

「前だよ前!前見てポーズ」

「あえ。」


カシャ!『二枚目いくよぉー♡次は小悪魔ポーズ♡』

えええ小悪魔ってなにそれ?!架空の生き物じゃん!見たことないよってかアイツ等のポーズってなにアイツ等ポーズするの?

「ほら!小悪魔なポーズだってば」

「そそそそんなこと言ったって」

カシャ『三枚目ー…』カシャ『四枚目ー…』カシャカシャ

「つ…疲れた。もう二度とやらない。」


「まだ終わってないよ。こっちきて」

「もうやだよぉ」

「今から撮った写真に落書きします。」

「どうやって?なに書けばいいの?」

「えー…。たとえば」

大槻敦はバカと書いてその矢印を私にもってきた。

「あぁ…。なるほど」

私も負けじとアホと書いて矢印をもってきた。

「うはっ。そうそうその調子」


「変な顔」

そう言って手に取ったプリクラを見て大槻敦は笑った

「あんただってなによ。この誘惑のポーズ!なんで脇見せてんのよ!臭いのよ!」

「えっ!?俺の脇くさいの?!」

「いや、冗談だから」

そう言っているうちに半分こしたプリクラを渡してもらった。

「半分こな」

「ありがとう」

「じゃ、ご飯食べて帰るかー」

「南国?」

「南国」

「あんたあそこ好きねぇ」

「世界一うまいラーメンだしな」

あーあ。コイツって絶対悩み事とかないんだろうなぁー。



「いらっしゃい!」

麺の茹できりをしてる元気なおっちゃんの声が店内を響きわたった。

「なんだよ。敦君。クリスマスくらいキレイなとこ連れてってやりなよ」

「いいじゃん。うまいし。ここ」

いつものラーメン。温かかった。おいしかった。一人で食べていたときよりもずっと。

店を後にして帰路につく。


「はー。美味しかった」

「だね。」

「………」

大槻敦はいきなり静かになった。なんだこの空気…

「……どうしたの?」

「いや、なんか普通に遊んじゃったけど、俺なんかと一緒にいてよかったのかなーって。もっと別に遊びたい男とかいたんじゃないかなって。そう思うと申し訳なくなって。ほら、俺がきたときにはもう帰ろうとしてたし…」

「…それはアンタが来ないから」

「え?」

「い、いや、なんでもない」

「そか」

危なかった。聞かれていたら誤解されるところだった。でも、コイツ私のこと心配してくれていたのか。いつもバカにしてくるからなんも考えてないと思っていた。

……仕方のないやつ。


「別に私は大槻君と遊んで楽しかったけど?」

大槻敦はほっとした顔をした。

「あ、てかさ。俺のことあつしって呼んでいいよ?仲いい奴らはみんなそう呼んでる」

「あっそう。なら、敦。私のことも愛子でいいよ。私だけ山中さんって変じゃん」

「んえ?わ、分かった。でも俺女の子の名前呼んだことないっつーか…」

珍しく敦がたじろいた。コイツが恥ずかしがるなんて珍しいこともあるんだ。

「じゃあ。また明日ね。あつし。バイバイ」

「おう。また明日な。あ…愛、愛子」

「なんて?」

「うるさい。さっさと帰りなさい」

そうして私たちはそれぞれの家に帰った。




………………。

そういや、私殺し屋だったんだ…。アイツといるときは忘れられた。普通の女の子でいれる気がした。もっと別の形で出会えていたらもっとずっと仲良く出来たのかな。それともなにも接点もなくお互い知らないまま卒業したのかな。

嬉しいのに悲しい。悲しいのに嬉しい。こんな気持ちは初めてだった。なんだろう。すごく温かくて嬉しい。きっと敦がバカなのに優しいせいだ。私まで優しい気持ちになってしまうんだ。


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