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金獅子のビルギット  作者: 彼岸堂
第二章
14/29


 黒煌宮のあるカシナ森林地帯までは、グリフスから徒歩では5日以上かかる距離がある。

 カシナの付近には大きな都市が無く、小さな林業を兼業で勤める農民の村が散在するのみで、道中にも街らしい街が二つほどしかない。それはつまり、途中でどうしても野宿が強いられるということであった。ビルギットはそれを見越して、馬に野宿に用いる道具を積み、グリフスを発った。リーシャが乗る分の馬も皇女が用意してくれたので、もともとビルギットが所有していた馬だけでは過重であった荷物も小分けにすることができた。


「グリフスを出ると、全然景色が違いますね」


 左右に広がる穀倉地帯の景色を馬上から眺めながらリーシャが言う。彼女の装備は迷宮内外で通して使えるほど軽量なもので、今はその上に外套を羽織っていた。腰には、護身用の小さな短剣が備えられている。この外見であれば、少なくとも素人には探宮者として通すことができた。


「あそこは大陸一番の街だもの。これからいくカシナなんて、田舎以下よ」

「迷宮ってやっぱり、そういう人が少ない所に湧きやすいんですか?」

「まぁ、大抵はね」


 ビルギットとリーシャは、ときに馬上で雑談をしつつ、馬のための休憩や食事も頻繁に交えながら、着実にカシナへと進んでいた。リーシャが馬術も習わされていたのはビルギットにとってはありがたい誤算であり、彼女がリーシャに合わせて余裕を多分に含んだ行程を元々描いていたこともあって、旅は非常に順調なものとなった。

 それ以外にも、ビルギットはいくつかリーシャに驚かされる点があった。

一つは、リーシャが自分で言うように、彼女には結構な体力があることである。城でどのような労働環境にいたのかはわからないが、休憩を適度にとれば、ビルギットの計画した行程にもちゃんとついていく程度の体力が彼女には備わっていた。夜目が利かないことや、そもそもの視野が狭いことに関しては素人故に仕方ないとしても、基礎的な体力が備わっているのであれば、迷宮では十分な力になる。

 それとは別に、リーシャの好奇心にもビルギットは感心していた。


「――【妖魔(ネム)】と【真魔(ダァクス)】って、迷宮で出るかどうかの違いだけじゃないんですね」


 ある野宿の夜に、焚き火を見守りながらリーシャが口にする。


「探宮者じゃない人間からすれば、厳密な違いなんてどうでもいいからね。そこらへんは気にしないのよ」


 ビルギットはその時、習慣である長柄斧槍の鍛錬を焚き火の近くで行っていた。


「【妖魔】は迷宮にも地表にも、瘴気や魔素の濃い場所ならどこにでも現れる。生物の精気を求めて、うろうろしては、襲い掛かってくる。間抜けな奴は陽の光の強い場所に出てしまって、消し飛んだりもする。一方で【真魔】は迷宮にしか湧かない。というかあいつらは【異界(ヘラ)】の住民だから、そもそも【妖魔】とは成り立ちが違う。【妖魔】よりもずっと賢くて、そして、恐ろしい存在よ」


 薪が爆ぜる音が響く。


「【真魔】はどうして迷宮の外に出られないんですか?」

「それは私達が【異界】に行けないのと同じ。あいつらにとっての【玄界(アーシア)】は、私達にとっての【異界】にあたるのよ」

「なるほど……」


 リーシャは、気になったことは何でもビルギットに聞くようになっていた。それは最早信頼の獲得とは関係ない、純粋な好奇心から発せられるものであった。

 探宮者の世界は、普通の生活をしている人間からは忌み嫌われることが珍しくない。迷宮の穢れを浴びて生活しているわけだから、ろくに迷宮を知らない人間が偏見を以て恐れることは仕方ないとしてビルギットも理解していた。だが、リーシャの好奇心はそういったものが一切ない、真っ直ぐなものであった。

 ただそんなリーシャでも、ビルギットの過去については全く聞こうとしなかった。グリフスの教会でビルギットと皇女のやり取りから、ビルギットが重い何かを秘めていることを察したのか、リーシャは明らかにその部分にだけ距離を置いていた。ビルギットもリーシャがその部分を避けていることには薄々気づいていたが、かといって自分からリーシャに過去を話すことは、逆に今築きつつある信頼を崩してしまうかもしれないと危惧していた。ビルギットには、自身の探宮者としての成り立ちがそれだけ異質であるという認識があった。


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