5
グリフスの街に、夜の帳が下り始める。
ビルギットとリーシャは、宿の近くの酒場に入り、その日の夕食にありつこうとしていた。リーシャは小間使いの服装ではなく、ハンスの店で見繕った丈夫な探宮者用の服装に身を包んでいた。ビルギットがそうであるように、地肌を露出している場所が指先以外なく、首元から足先まで肌に密着するような内着を付けており、その上に、皮鎧と合わせることを前提とした厚手の記事の服を重ね着して普段着のような体裁を整えている。よほどの衝撃でもない限り破れない非常に上質な加工がなされた物なのだが、機動性を重視したためか、身体の曲線がわかりやすく浮き出てしまうことにリーシャは最初少し恥ずかしそうにしていた。しかし、ビルギットやジルから「似合う」と言われ続けることで徐々に慣れ、酒場でビルギットと向い合って座る頃にはすっかり気に入ったようであった。
「――私、全然知りませんでした。探宮者ってたくさん用意しないといけないんですね」
料理を待つ間、今日一日ビルギットに連れられて様々な店を訪れたことを思い出すリーシャ。その表情には、疲れより感動に近いものがある。
「まぁ、今回はお金に余裕があるしね。この機会に全部新しく良い物を仕入れたっていうのもあるのよ」
「なるほど」
一々面白そうに反応するリーシャを見て、ビルギットも自然と柔らかい微笑を浮かべる。
「どう? 疲れた?」
「いいえ、こう見えて城の小間使いも長いので、朝から夜まで動き続ける体力はありますよ!」
と言った瞬間、リーシャの腹から間の抜けた音が響く。
「ただ、お腹は減りました……」
ビルギットとリーシャが同時に笑う。
ビルギットは、今日一日で随分リーシャと打ち解けることができていた。これは、彼女自身非常に驚くべき事実として受け止めていた。
(よくよく考えたら、私にも歳の近い女の知り合いなんていなかったな……)
同世代の同性と共に迷宮に行く経験は、ビルギットにも皆無である。彼女のよく知る人間は皆、彼女より一回りも二回りも年齢が上な存在ばかりだったのだ。
(……私もあの皇女様と変わらないのかもね)
リーシャに気づかれないように、ビルギットは内心で苦笑する。そして、自分も相当な空腹であることを認識する。
「さて、今日は決起の意味合いも兼ねて沢山食べるとしましょ」
「はい!」
やがて、二人の囲むテーブルに料理が運ばれてくる。こんがりと焼いた鴨の身に、同じく鴨の骨から出汁を取って作った濃厚なソースをかけた香ばしい匂いがたまらない『ホシュエ』や、塩漬けした鱈を野菜や芋と共にすり潰して揚げた、まだかすかに弾ける油の音が食欲をそそる『カラッタ』。細い小麦の麺を獣肉からとった出汁に浸して食べる国外の嗜好を感じさせる『クースーファー』など、海も近く輸送路が整備しきっている大都市グリフスならではの、多彩な料理が並んだ。
「こ、こんなにいっぱい食べられるかな」
「私が全部食べるから気にしないでいいわよ」
ビルギットは葡萄酒を自分とリーシャの盃に注いで、リーシャにそれを手渡す。二人の盃は、ビルギットの方がリーシャのそれより2倍近く大きい物であった。
「探宮者はね、乾杯のときに決まり文句があるの。折角だからやってみる?」
「いいんですか?」
「勿論。私達は今、同じ旅団の仲間だからね」
そう言われ嬉しそうにするリーシャに、ビルギットは作法を簡単に教える。
「じゃあいくわよ」
「はい!」
「――未来の栄光を、旅の神に!」
乾杯の後、リーシャは城では食べることのできない数々の皿に、満腹になるまで舌鼓をうった。一方のビルギットはリーシャの倍以上に食べ、酒に至っては10倍以上飲み干し、リーシャを唖然とさせた。そして、食べ終わった後も体調を崩さずけろりとしているビルギットに、更に驚かされたのであった。




