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金獅子のビルギット  作者: 彼岸堂
第二章
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 淡い月光が、礼拝堂を照らしている。大樹像に反射する光は、まるで像が光を蓄えておりそれを自ら放射しているかのようであった。

 ビルギットは、依頼の受託を宣誓した後、マンティコール宮廷理術師のタンジムを介して、シヴルカーナと契約の術式を結ばされることになった。これに関してビルギットは、特に拒否することはなく、むしろ探宮者と依頼者の相互の信頼を構築するための過程として当然のように受け入れた。

この契約の術式により、ビルギットが依頼の達成期限――それは即ち、見届け人であるリーシャの命の刻限――を遵守することができなかった際、シヴルカーナにそれが伝わることとなり、これを以て依頼は失敗と見なされる。迷宮でビルギットが死んだ場合でも、同様であった。


「探宮者というのは、律儀なものね」


 それは、契約の術式を交わすために皇女がビルギットに接近した際に口にした言葉であった。合理的に考える皇女からすれば、ビルギットが何の反論もしない態度が興味深く見えたのかもしれない。


「リーシャ」


 皇女が呼ぶと、リーシャは彼女の下へ足早に近づいていく。皇女は、リーシャを目前に立たせ、その手に何かを手渡した。


「私からは、こんなものしか与えられないけれど……これがあなたの命を守る力になることを祈っているわ。必ず生きて帰ってきてちょうだい」


 皇女がそう微笑むと、リーシャは身体を震わせて、瞳を潤ませながら、何度も感謝を述べる。リーシャに手渡されたのは、複雑な術式を秘めたのであろう深緑の理術光石であり、大きさや輝きからして恐らくそれは市場の価格を崩壊させるほどの価値を宿すものであることをビルギットは見て取った。

 その後、皇女は依頼の前金を、グリフス金貨と、換金できる範囲の高価で小さな宝飾品を詰めた袋でビルギットに手渡し、更に、ビルギット達がカシナへと向かうために必要ないくつかの物資は、前金とは別に宿の方へ送らせることも約束した。前金は、本来であれば探宮者側の事前準備金として用いるのが普通なのだが、「これも皇族ならではの大雑把な勘定によるものか」として、ビルギットはおとなしく受けることにした。


「それではビルギット様、これからよろしくお願いします! せめてあなたの足手まといにはならないよう、何でもいうことを聞いて、精一杯、頑張ります!」


 そう言って頭を下げるリーシャに対し、まずはこの馬鹿丁寧な態度をなんとかする必要があるかもしれない、とビルギットは感じていた。

 ビルギットとリーシャは、その後、再び地下の道を通って、宿の方へと戻ることになった。

 シヴルカーナは別れ際、ビルギットに対し、「この場所で再び会えることを期待しています」と微笑み、二人を見送った。短い時間での対面であったが、その印象から、次期マンティコール皇帝になるのはこのシヴルカーナ皇女であることを、ビルギットはほぼ確信した。

 探宮者として様々な人間を見てきたビルギットであったが、シヴルカーナはこれまで見たことのあるどの王侯貴族とも違う、不気味で、底の知れない何かを秘めていると感じたのだ。

 だからこそビルギットは思う。果たしてこのリーシャという女性が、どうしてあのシヴルカーナに友人と言わしめるのか。それでいて、何故皇女は『友人』をわざわざ危険な場所に赴かせるのか。


(皇女だってわかっているはずだ。あんな理屈で、私が完璧に納得するわけがないことを)


 【鉄華の姫】が、内に隠す真意。その存在を忘れてはならない。ビルギットは、宿へ向かう道中、闇を見据えながらそれを自身に刻みつけていた。



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