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おいわちゃん

おいわちゃん

作者: 後藤十蔵

「いちまあああああいいいいいいい」


 夏であった。


 振り仰げば、ジリジリと照りつける太陽。真っ白な砂浜。美しく輝く、ビーチ。開放的な水着のおねーさん。甘いロマンス。一夏の、メモリー…。


 そういった面は確かに夏は夏のイメージとして存在するが、しかし、そんな情景はTUBEやらサザンのそれに任せておいて、大抵の場合、強烈な日差しを食らって辟易しながら仕事なりなんなりに無理矢理精を出すか、せいぜいが生ビールがうまい程度の感覚で進行するのが一般的である。

 夏というのは、そんな世界であって、決して甘い世界ではない、と、彼は思っている。

 甲賀六郎。24歳である。仕事は営業であった。


 もちろんそれはそれで、彼の狭い感覚の中での思いこみという説もあるが、しかし脳みそのどこかではそういった事を了解しつつも、ここ数日の記録的猛暑とやらのせいで、すっかり捻くれてしまった彼である。

 そもそもにして外回り営業とかいう、現在の状況下に置いて、まことに気の毒としか言いようがない職種の上では、前者のイメージなどは死んでも認めることが出来ないという事情もあった。


 一時にはそんな気分に浸る試みもしてみたものの、ふと我に返ってみると、それが紛う方無き現実逃避という事に気づき、より深刻なダメージを受けたりしている。全く不器用としか言いようがないが、しかし持って生まれた性分なのか誤魔化しが効かない彼である。


 もう夏はビールがうまいってことでいいじゃないか。


 彼なりの精一杯の前向き加減でそう結論して、そしてそれ以外のイメージは実力で排除した。簡単に言えば、何も考えないようにした、というのが正解である。


 そんな思いで全く自分を誤魔化しつつも、案外精力的に(やけくそとも言う)営業の仕事もこなし、冷静になってみると勤務時間の1/10ぐらいしか居ないクーラーの思いっきり効いて本当に必要な者には決して許されないクールビズを着用した同胞の籠もる会社を辞したのが1時間前。


 取りあえずわき起こる負の感情を抑えつつ、ビールの事だけを努めて頭に描いて、可能な限り早く自分のアパートへ戻る最中の事であった。


 そう、それが聞こえたのは。


「にいいいいまあああああいいいいいい」


 やけに間延びした、か細い声が、どこからか聞こえてくる。


 一枚、二枚。


 四枚まで来た時、漸く六郎はその声に対して意識を傾ける気になった。実際には一枚の段階から、すでにその声は十分脳に届いていたモノの、なんか嫌な予感がしたので、無理矢理ビールという意識でその声をブロックしていた彼である。


 しかし、彼は思わず現実に立ち返ってしまった。それが何故かと言われても本人をしてよくわからないが、おそらくは持ち前のかなり要領の悪い原因ともなっている好奇心のせいである。兎も角も、六郎はふと足を止めて、その声に意識を奪われた。


 「ごまああああああああああああああああああああああ」


 あああああああああああああああああああ。


 あー。


 早く続きを言え!と内心突っ込む。

 それが六郎の足を止めたのであれば、実際大した演出であった。正直気になって仕方なかった。一枚二枚と何でもなく数えて居たのなら、六郎もそれが「ちょっと変わったピザ屋である」と無理矢理結論して、通り過ぎたであろう。しかし、六郎は立ち止まってしまった。勝ち負けで言うと負けである。


 「ああああああああーーーーーーーーーーーげふ、げふん」


 なんやねん。

 と続いて突っ込む。そしてかなり仕方なく、ぐるぐると周りを見回して声の主を捜す。


 がたがたと偶に音を立てる、電車の高架下。そこに何故か柳が一本たっていて、側に、これまた場違いな古井戸がある。そもそもにしてこんな街中で井戸というのも珍しいが、その井戸というのも、時代劇なんぞで良く出てくる木枠のアレであった。

 さらに言えば、それ以上に問題だったのは、その井戸っぽいのから体半身出して一生懸命何かを探して居る少女の方が問題だった。白い、透き通ったような肌。それから白い着流し。白い帯。

 そういえば、3年前無くなった爺さんがそんな服を着ていたなあと、何となく思い出す六郎である。


 ある程度、情報を制限してみると、何でもない凄くステレオタイプの何かがイメージとして頭の中に構成されるのだが、女の子が妙に一生懸命な事と、偶に通る電車がかなり雰囲気を壊していたので、それはそれ非現実な光景でありながら、それでも比較的冷静な彼である。


 「うう、5枚目がないよぅ・・・」


 そんなつぶやきすらも聞こえてくる。かなり女の子は一生懸命だった。そして、六郎は醒めた頭の中で、彼女が一体何を探しているのかわかってしまっていた。


 彼はかなり仕方なく、何故か自分の足下に転がっていた、餃子の皿のような楕円形のそれを、危なっかしくも井戸の縁に重ねられていた皿の上に無言で置いてやった。かしゃり、とやけにそれは大きな音を立てる。少女はそれに気付いて、皿に目を落とし、それから上目遣いに六郎を見てから、さも今気付いたかのように顔を紅潮させ慌てて頭を下げた。


 「あ、ありがとうございます」


 真摯な顔で感謝される六郎。この段階で、彼自身はそもそも彼女がなんなのか、不幸にもわかっては居たが、あまりの事に取りあえず現実だけを認識する事となった。とりあえずぺこぺこと頭を下げる彼女に曖昧な笑みを浮かべてみる。


 「今無いと困るんです」


 彼女はいけしゃあしゃあとそんな事を言って、嬉しそうに先を続けた。


 「ごまあああああああいいいい♪」


 そりゃ、そこで止まったら色々な面で困るだろう、と六郎も思う。

 いや、しかし結果を考えれば特段五枚目がなくっても問題ないんじゃないだろうかとも思う。アドリブさえ効かせば早く終わって良い。意外性も兼ねて、なかなかナイスな演出ですらあるかもしれない。例えば「五枚も足りない!」とか。


 「ろーーーーーーくまぁぁぁぁい♪」


 もちろんそんなにわかプロデューサー気分の六郎の思惑を無視して、かなり無理矢理加減に進行する不思議世界。余程皿を取って貰えた事が嬉しかったのか、声の感じも心の他アップ気味ではある。いよいよ眉をしかめるような事態ではあるが、言ってる度に女の子が上目遣いにちらちら六郎の方を見るので、何となく邪険に出来ないという意識から、どういった表情をも取ることが出来ず、結果的に無表情で成り行きを見守る。


 「ひぃーーーーーーーちまああーーーーーい」


 「ひちまい」というと、アレか。新しい米かなんかか。というか、そこは「ななまい」だろう。ああそうか、古い言葉じゃそっちのほうが普通なんかもしれないな。でも「ひちまい」とか、パソコンで変換出来ないんだよなぁ。「しちまい」はどうなんだろう。


 漠然とそんなことを考える。要は、眼前に展開される不思議世界と、そしてちっとも涼しくなんかなってこない雰囲気と現実にトリップ気味になっている六郎であった。

 そうこうしているウチに少女は、そういえばどこから取り出しているのかさっぱりわからない皿を、さらに一枚、井戸の縁に重ねた。

 なんというか、回転寿司のカウンターのようではある。皿は、餃子のそれだが。


 「きゅうまああああああいー」


 いよいよ九枚である。六郎の記憶で言えば、次こそが例のアレのはずだった。これまでの演出がそーいう感じだったので、もしかしたらそれは自分を油断させるためで、最後は一気にホラーっぽく来るのかもしれないとフと思う六郎だったが、そうかというと九枚目が終わった段階で、「いくよいくよ」という感じでにへにへ笑いながらやはり上目遣いに六郎を見る彼女の様子に、すっかりそんな考えがかなりバカバカしくなってしまって、落ち着いて最後を待つことにした彼だった。

 やっぱり最後は驚いて見せなきゃダメかなあ、とかも思う。悩みどころではある。


 「いちまいー・・・・・・・」


 そこで止まってタメを作る少女。ソニックブームが発射されそうな雰囲気に思わず身構える六郎。


 「たりなああああああああああああい!」


 わーっ!という擬音が聞こえそうな勢いで彼女は六郎に向かってかなり嬉しそうに両手を大げさに広げて見せた。昔、誰かを驚かせる時に、廊下の影からばぁ!とかいって驚かしたなあと、懐かしく思い出す。


 要は、当然だが彼は驚かなかった。さぁ、どうしよう。困る六郎。


 そんな冷静な彼の前で、件のポーズを取ったままの少女は、嬉しそうな顔から、ちょっと不安げな表情に変わり、それからもう一度、「わぁ!」と小さく声を上げて二度目を試みる。しかし一回目と少しパワーが落ちてるそれに、最早驚く事も出来ない。というか、それ以前の問題である。


 「・・・・」


 「・・・・」


 微妙に気まずい時間が流れる。これは、アレだ。自分ではオオウケだった人のギャグを自信たっぷりに他人に聞かせてやったら、「それで?」と真顔で言われてしまったあの感覚に似ている。もちろんこの場合ギャグではないが、しかし方向性は一緒だ。


 「・・・あのぅ」


 主観的には地球が滅亡しそうな程の時間が経った後、不安そうな顔のまま、少女は六郎におずおずと声をかけた。


 「怖くないんですか?」


 んなわけあるか。

 と、即時つっこみそうになった言葉をのど元でぐっと堪える六郎。日々研鑽を重ねる営業仕事の賜物である。同時に「なぜ、こんなところでそんな努力をしなければならないのか」とちょっぴり哀しい気分になった。


 「まず」


 ふう、とため息をついて、少し心を落ち着ける。


 「俺個人としては、一枚足りなくても特に問題ない」


 一発目の指摘事項としては相当ずれているということを了解しつつも、正直あまりに指摘事項が多すぎて上手く言えない六郎だった。よって、変な指摘となる。


 それでも女の子は十分ショックをうけたようで、がーん、という擬音が聞こえてきそうなほど驚愕の表情をしている。なんというか、わかりやすいコだなと六郎は思った。


 「それから、十枚目が無い事は、相当以前から知ってる」


 あうっあうっといちいち六郎の言葉に衝撃を受ける少女。ちょっと涙目であった。「何で知ってるんですか卑怯じゃないですかぁぁぁぁ」などという怨嗟っぽい呟きも漏らす。ある種、それはそれで幽霊っぽい。それでも六郎はすっぱり無視して言葉を続けた。


 「要は、意外性が無い。よって驚けない。当然だけど、全然怖くない」


 全然、というところに思わず力を込める。


 「!!」


 それは見事にトドメとなった。少女はショーック!という表情で固まっている。微妙に、涙目だ。六郎はちょっと気の毒に思ったが、しかし正直この熱気と不思議空間から逃れてとっとと家に帰りたい気持ちが強かったので、さくさく結論を出したのである。

 とりあえず、六郎が少女に視線をやると、10秒前と同じ格好で固まったままだった。あまりにも自分の試みが図に当たりすぎたため、ちょっとかわいそうだったかなあとか思いつつも「じゃ、そーいうことで・・・」とか言いながらゆっくりと井戸から後ずさる。


 取りあえず、気になることはたくさんあったが、そんなことは出来ればビール飲んで泡の中に封じ込めてしまいたい気持ちで一杯だった。直感的に、これ以上関わってはいけないと彼の脳のどこかがそう告げていた。


 「ちょ、ちょっと待ってくださいよう」


 しかしそんな六郎のスーツをぎゅっと掴んで帰るのを阻止する少女。六郎はぐっと唸って歩みを止める。逃げれなかったかというと、そんなもの振り解いて一目散に逃げ帰ってしまえばいいのだが、そうできないのが彼の性分であって、営業としては落第ダヨネとかついそこまで考えてしまうのだった。トホホと実際口にしてしまうと心底間の抜けたため息を漏らす。


 「驚いてくれないと、帰れないんですよぅ…」


 続けて先細りっぽく上目遣いで呟く。


 「ど、どこへ」


 半分ほどはわかっちゃいるけど、その必死な上目遣いの迫力に押され、つい聞いてしまう六郎。

 すると、そのままの表情で、少女はすっと空を指さして言った。


 「天へ」


 ラオウか。


 と、口に出そうなところを寸でのトコでこらえる。

 しかし同時に、なるほど、そういわれれば幽霊なんかなあこの娘とか、改めて思った。あまりに突拍子無かったのでそういった有る意味重要な事柄からすっかり気持ちが離れてしまっていた。そーかというと、ゾッとはしなかったが、しかし、例のポーズで中空を見る少女に気付かれないように、こっそり足下を見る―――井戸の中だった。なるほどうまく出来てる。


 とはいうものの、事実彼女がソレかどうかなどは取り敢えずどうでもよく、差し当たり重要なことは、どうやってこの場から逃れるか、という一点に尽きる。穿って考えると、その突っ込みどころ満載な、姿とシチュエーションとその他諸々は、その重要な点を忘れさせる為にそうなのではないだろうか、とか思った。陰謀である、と。若しくは罠だ。


 「とにかく、俺は帰らなきゃならないから、マタネ?」


 微妙に後ろめたい気持ちが最後の最後で疑問系となってしまう六郎。それでも、そのように言い切り、一目散に駆けだそうとした。未だ例のポーズな少女が気の毒だったが、とにかくさっさと逃げたかった。暑いのである。いや、そうではなく。


 「あっ!あっ!待って!」


 しかしさすがラオウの方が素早かった。すっとぼけた雰囲気で有るにも関わらず、もの凄い勢いで六郎のスーツの裾を掴む。


 が、そこまでだった。


 素早かったのはそこまでで、取り敢えず”裾を掴む”という事以外は頭に無かったらしく、少女はそのまま急に止まれようもない六郎に引っ張られる形で、その場に井戸ごとすっ転んだ。


 がしゃーんがしゃーんがしゃーんがしゃーんぱりーん


 当たり前だが、元々不安定な井戸の縁に重ねてあった皿もそのまま路上に散乱し、粉々に砕ける。


 「あーーーーーーーーー!」


 現在目の前で目下進行中の惨劇に、転んだまま悲鳴を上げる少女。六郎は六郎で、そのまま逃げりゃいいのに、思わず立ち止まる。


 「お皿がぁあぁぁあぁぁぁ」


 1枚足りない、というのに比して36倍ぐらい恨めしそうな声で少女は呻いた。

 対して六郎は、今までも十分衝撃的だったにも関わらず、皿が割れた、というその事実以外に、足もない幽霊がなぜ転ぶのか、とか、そもそも井戸までなぜ転げるのか、とか、そういった新事実に衝撃を受ける。

 ざっと確認すると、少女にはちゃんと(裸足だったが)足はあるし、井戸はハリボテであった。そういった事実を全部つなげると、常識的にはやはり、面白くも傍迷惑な女の子のどっきりである、という現実が見えてくる。そうなのだ。やはり、そうだ。なんで自分は幽霊なんだとかストレートに事実を受け止めてたんだろうやはり暑いからか?そうなのか。


 醒めてみると、少女は未だ転んだまま、皿を見つつえぐえぐと泣いていた。


 「大丈夫?」


 十分冷静になった六郎は、また今までとは違った形で少女が不憫になり、ふうとため息をついてしゃがみ込み、少女に手をさしのべる。


 その手が、少女の手をすり抜けた。


 その時初めて、六郎はゾッとした。

 指先から後頭部にかけて、刹那ぞわぞわとしたものが通り抜けるのを感じた。一瞬、間をおいて、努めて冷静に、しかし静かに混乱しながら、自分の手を見つめ、そして、それが間違いでなかったかどうか確認する為に、もう一度、少女の手を取る試みを行う―――抜けた。後は遠慮無く何度も手をひらひらさせる。

 

 すかすかすか。


 思う存分手を抜けさせると、六郎は出来うる限り平静を装いつつ、しかし十分強ばった表情で少女の顔を見た。きょとんとしている。そして六郎が何かを言う前に、察しないでいいのに、少女は先に六郎にトドメを刺した。


 「幽霊ですから」


 えへへ。と繋げそうな調子で、やや恥ずかしげに少女は答えた。


 「・・・・・・・・」


 軽い目眩と共に、何かが脳髄を駆け抜けていったが、ソレが何なのか了解する前に、無意識の自制が働いて結果無表情になる六郎。幽霊。ほんものの幽霊。その事実だけが頭の中でぐるぐる回っている。

 すっかりそれ以外の思考はなくなり脳みその中は真空になったが、十分たっぷり時間をかけてそのぐるぐる回る矛先を「ああ、やっぱりそうなのね」という泥縄っぽい結論へとへし曲げた。ここで衝撃を受けてはイケナイと、先ほどの「1枚足りない」の時のあまりにもしょーもない演出を鑑みるに、人間としての尊厳が警告した為だ。

 要は、こんな幽霊に驚いてはイケナイ。人として。という事である。


 「・・・・・・まあとにかく」


 帰るからねッ!と強く宣言、しようと思ったら、気付いたら居ない少女、もとい幽霊。


 「取り憑いてみました~」


 何処へ?と思う間もなく、背後から、というか、耳元で聞こえる内容に比して、素晴らしく明るい声。ナニィ!と首を巡らせると、少し恥ずかしそうにはにかみながら確かに少女が背中に乗っている。重さは、ほぼ、無い。背丈的に間違いなく宙に浮いているのにである。

 いやそんなことは兎も角。


 「なぜに!?」


 何はともあれ、そこが聞きたい。何がかなしゅーてイキナリ取り憑かれなければイケナイのか?助けてドラえもん。六郎は心の中で悲鳴を上げた。


 「だって・・・」


 「だって?」


 妙にもじもじしながら、続ける。


 「だって、六郎さん、私のお皿割っちゃいましたし・・・うらめしやぁ~」


 取って付けたように、歌を歌う調子で怨めしやと嬉しそうに続ける少女。


 「い、いや、割ったのは僕のせいじゃないし!そもそもなんで僕の名前を知ってる?」


 「幽霊ですから」


 きっぱりと告げられ、二の句が継げずに口をぱくぱくさせる六郎。


 「私、取り憑くの初めてなんですよぅ・・・優しくしてくださいね」


 そんな勝手な事を言いながら、ぽっと頬染めたりしてる少女を見ながら、再び気が遠くなる六郎。放っておけば「ふつつか者ですが」とか続けそうな勢いである。


 「ふつつか者ですが」


 「言うのかYO!」


 思わず声に出して突っ込む。急に背中が重くなった気がした。






 朝、起きてみると、自分の部屋だった。

 ぼんやりしながら、ベッドから半身起こして朝日刺す自分の部屋を眺める。


 ―――夢


 だったのか、と続ける前に、部屋の片隅にきちんと畳まれた井戸を見つけた。


 盛大にため息を付く。


 しかし、少女の―――幽霊の姿が見つからない。やはり、日光の下では居られないのかもしれない。つまり日中は平穏ってわけか。と妙に冷静に考える。


 「とにかく、夢じゃないってことだなあ」


 思わず独り言る。


 「あ、おはようございます~」


 その瞬間、足下側の布団がにょっきり起きて、少女が現れた。

 予想と期待を裏切られて、たまげる六郎。驚愕する六郎を無視して、一つあくびをして、目をこする。そして再び六郎を見て言った。


 「おはようございます」


 ぺこり、とお辞儀する。案外礼儀正しいらしい。


 「あ、ああ・・・おはよう」


 色々聞きたいことがあったが、毒気を抜かれて、挨拶を返す。

 なんなんだこれは。

 と、思わざるを得ない。

 それでも、だんだんどーでも良くなってきた六郎である。

 とにかく、どうも今日からはこういう生活ラシイヨと、人ごとのように自分に言い聞かせた。


 「それはいいとして」


 すっかり落胆した調子で、少女に声をかける。


 「あい」


 なにが、それはいいのか理解してなさそーな調子で答える少女。


 「・・・名前も知らないぞ、僕は、キミの」


 「あー」


 そういえばそうでしたね、という感じで間抜け声で答えてくる。そして、ちょっとはにかみながら、少女は答えた。


 「おいわって言います」


 それは四谷怪談であって番町皿屋敷違う。

 思わず眉間に皺が寄る六郎であった。


~完~


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